1613_稀なるものあらぶる。
希少であることは価値を持つ、ように観察されるわけでございますが、少数派であるからこその強みというものもあるのであろうかなとか連想するわけでございます。ただそれは、同情を引くやり口になるわけでございまして、倫理的に問題があるとされると、ただ単に迫害の対象になるだけであるのであろうかなと、どれだけの利益が見込めるかで影響方向が変化するのではなかろうかとか想像するあたりから始まる今日のゴブリンでございます。
幼子が少なくなってきたからこその希少性による価値上昇というものはあるのでありましょうかね?今日も元気可愛いですね。
大多数の人格に無視されてきた、ないがしろにされてきたので、それは不当であるからして不利益を補填しなければならない、この論調にはそれほど間違いはないわけでございますが、そのために、他の少数派閥を攻撃して良いものであろうかという問いが発生するわけでございまして、ある意味これもまた弱いものいじめによる利益搾取になるのであろうかなとか、予想するわけでございます。
何者かを攻撃することで利益を得るという行為は、端的に言うならば戦争であり、侵略戦であるわけでございまして、そこに秩序はあるのかと言いますと、結構あったりするわけでございますが、平和的なそれではないのではなかろうかなとか、予想するわけでございます。つまりは最低限これだけは守るべき何かがあるけれどもそれ以外はうまくやったもの勝ちであるという、客観的に見るとずるいのでは?となる行為が正着となるように観察されるわけでございます。
短期的な利益だけしか得られないように見えるけれどもよろしいのでありましょうか、というような問いに対しては、最後まで逃げ切れればそれで良いのでは、という返答が戻ってくるように予想できるわけでございまして、大多数を犠牲にして少数を生かすような経済活動をしようと最初から計画しているわけでございまして、今更何を指摘しているのでありましょうかとか、怪訝な顔をされる展開もありそうでございます。
流されないことが寛容であるのであろうかなとは予想するわけでございますが、そのことに思考やら時間やら、そのような人間的資源を消費することが無理であったり、非効率であったりするように見えてしまうので、直接関わらない限りは静観してしまうか、むしろ反対する方が熱量を使用するならば、消極的に賛成していたり、そのふりをしてしまう、勢力が一定数存在するのではなかろうかなとか予想するわけでございます。
もちろん全てのことに全身全霊をかけて取り組むことは、不可能に近いものであり、むしろそのように行動するならば、逆に仕事過多などで体調不良になるに違いないので、避けるべき案件ではあるわけでございますが、であるならば、最低でも無視するべきではなかろうかなとは、予想するわけでございます。
関心を集めること、反応を得ることが利益確保の手段としている方々におきまして、倫理的に、もしくは将来的に社会的な不利益が発生しそうな活動に対して、おそらく効率の良い封じ込めとしては無関心であることであろうかなとか、予想するわけでございます。
ただ、まっとうな、少数派を守ろうとするような方々との線引きがこれがまた難しくなるわけでございまして、この辺り、社会全体側と申しますか、多数派側のそれに対応する技術の育成やら、学習やらが必要になるのであろうかなとか、ぼんやり想像したあたりでおしまいです。
「石を投げる前に己を振り返りなさいとか諭している宗教も多いですね」
「無条件に正義であると信じる無邪気さは結構怖いですね」
「内省した上で石を嬉々として投げる人もいそうですな”旦那様”
利益不利益を吟味した上で正義を語る方もまあ普通に怖いですな”奥様”」




