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1610_まてらて、寺アート、まぴちゅぴちゅ。

 文化財はいつか燃える運命にあるのではなかろうかとか、積極的にそうするのではなく、少しづつ置き換わるように燃えていくとか、何かとそれは反応して熱量に変化していき、資源として消費されていくような素材ではなかろうかなとか、物理的にそのうちに酸化して消え去る可能性もありそうではあるけれども、それはまあ自然の摂理であるわけでございまして、その移った熱量が何かの働きをするものであるのであろうかなとかぼんやり想像しながら始まる今日のゴブリンでございます。


 何かに夢中になることは良いことです。それがたとえ破壊につながるしかないとしてもです。さあ、お片づけはしましょうね?今日も元気可愛いですね。


 そうしてみたいからそうしたのであって、その後のことはそれほど考えていないという何かは結構あるのではなかろうかと、その過程が大事であるからこそ、出来上がったものはむしろ早く壊した方が次が作れて効率が良いまである場合もあったりするのであろうかなとか、恒久な芸術というものが意味をなさない方々も多いのではなかろうかなとか予想するわけでございます。


 むしろ儚い方が価値があるのではなかろうかと、再現性もなく、その揺らめきだけで感動させるような、二度と訪れないことが確定しているからこその希少性が、想起されるのであろうかなとか予想するわけでございますが、後になって冷静に評価するとそれほどでもなかったのではなかろうかという流れにはなりそうであります。


 それは当然であり、それがなされているその瞬間にこそ感動の頂点はあるとするわけでございまして、残りは全て蛇足に過ぎない、と定義されるのではなかろうかなとか、予想するわけでございます。祭りは最中の心の動きがもっとも重視されるものであるのではなかろうかなと、であるからこそ準備が大事であり、逆に後片付けはないがしろにされる傾向がある、のであろうかなとか。


 なんども同じような祭りをして定期的にその瞬間を楽しみたいということになれば、これは後始末も大事になるわけでございます、けれどもそれは同じようなことを繰り返してまで得たい刺激であるのかどうかと、評価を比較してみなければならないのであろうかなと。


 後のことは知ったことではないくらいにその瞬間に全てを注ぎこむことによって得られる快楽というものは、これはそれを得られると予想している方が多いのではなかおろうかと、観察できるわけでございまして、そこには想像力が足りないのではなく、あえて見ないことによって、感動を高めたいという欲求があるのであろうかなと想像するわけでございます。


 ここに祭りを楽しむ、しかもその一度きりに二度目がないという状況を含めて踏み込んでいく方々と、そうではなく、振り回されて、難儀をする方々との温度差が問題になったりするのであろうかなとか、何故ならば、それに夢中になろうとする方々にとって、後のことはどうするのですか、とか、それに何の意味があるのですか、とか、とかく客観的に冷静に指摘してくれる存在は、邪魔でしかなく、排除したい存在であるからであるのだろうなと、予想するわけでございます。


 つまるところ、その祭りによって発生する感情の高鳴りその絶頂において、それを求めていた存在は、その気持ちのままその人格を昇華させることが幸せなのではなかろうかなと、究極の無責任を楽しむようにするには、その心をどこか遠くへ押し上げてしまわなければならないのであろうかなと、ある意味その時点で死ななけれならないのであろうかなとか、予想するわけでございます。


 そして、その人格の死亡後に冷静で客観的な人格が後始末を始めるわけでございます。ある意味余生となるのであろうかなとか、ぼんやりと連想しつつ、おしまいです。


「満足したならサポートにまわりましょうという教えに近いのでしょうかね?」

「文化は消耗品であるから生産し続けなければならない、のでしょう」

「思い出にして楽しむフェイズを得るための後始末でしょうかね?”旦那様”

 忘れ去られ消えることが多いですからでしょうな”奥様”」

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