1608_ベーだ卿といえば、あっかん。
昔に既読した漫画の影響は結構大きいものがあるのではなかろうかなとか、それは読んだというそれと同様に読ませてもらえなかったという印象も多大なものを感情とのつながりを作り出しているのではなかろうかなと、保護者の目を盗んで摂取した何かであるならば、やはり強烈な印象を与えているのではなかろうかなとか、なるほど平坦な人格形成を目指すならば、求められるだけ与えるのもありなのではなかろうかなとかぼんやりと連想しつつ始まる今日のゴブリンでございます。
であるからといって、叶えられない願いばかりを発言されると、何か愛情を試しているのかなという以前に、そのくらいは簡単でしょう?というような過度な信頼を得ているような感じではありますね。あの衛星はみんなのものですのであげられません。今日も元気可愛いですね。
物欲と申しますか所有欲と申しますか、自分だけのものというものを持っていたいという気持ちは、これは生存本能と直結している感情であるのではなかろうかなとか、予想するわけでございまして、他の個体よりも優位になる場面をできるだけ多く用意することによって、資源の確保を狙うわけでございまして。
そのようにすることで熱量を十分に得られたので子孫を残すことができた結果、そのような特質が受け継がれてきているのであろうかなとか、この場合は遺伝子に書き込まれているとか発言すると胡散臭く感じられるわけでございますが、要はどのような行動、信号が、快楽につながるか、不快につながるかの、反応する脳みそを含めた肉体てきな構造の連鎖でありまして、そうなると、遺伝子の力と表現した方が違和感がないわけでございまして。
快不快の判断が感覚によってなされているのであるならば、それは生き物として受け継がれてきた性質であり、なるほど、淘汰された結果がこれであるのであるかなと納得もいくのではなかろうかと想像するわけでございまして、そこに外界からの情報のものを刺激として判断する、物質と申しますか、食料やら快適な環境やらにあまり影響を受けないそれを、受け継いできたものは何であったのであろうかという疑問が浮かんできたりもするわけでございます。
それの答えは既に出ているようでございまして、そのまま環境であるのであろうかなとか、それを是とする手本が周囲にあるならば、それに倣っていくのであろうと予想できるわけでございまして、自身を社会的に安全であることを保つために、同化する流れであるのであろうかなとかも予想するわけでございます。
その行為を肯定されて喜ぶ、快楽に結び付けられるわけでありまして、そうなれば、それに近い行為を進んでするようになり、また賞賛され良い刺激という利益を得てさらに繰り返すという連鎖が生まれてくるわけでございまして、なるほど褒めて伸ばすということはこのことであるのであろうかなとか、予想できるわけでございますが、これには限度があるのではなかろうかという意見もありそうでございます。
つまるところ印象の操作が難しいわけでございまして、快楽は徐々にもしくは劇的にその効果を軽減させてしまう、慣れてしまうのではなかろうかという予想があるわけでありまして、同じような行為を同じように褒めていても、効果が薄くなるのではなかろうかという考察でありまして、であるならば、それは時にはそうしない方が良いのではなかろうかとか、さらに上に行った時にまた褒め出せば良いのではなかろうかとか、などと思考してしまうのであろうかなとか予想するわけでございます。
あまりそれはよろしくなく、それは評価の基準が公平でなく、制御されているものであると見抜かれてしまい、行為への動因を無くしてしまうものではなかろうかなとか予想するわけでございまして、まあ、無邪気に褒め続ける存在も必要ではなかろうかとか、ぼんやりと想像しつつおしまいです。
「神様は果てしなく甘く褒めてくれますよ」
「おざなりにならないけれどもわざとらしくしてもダメなのですよね」
「全てを肯定してくれると信じられることは幸せでしょうな”旦那様”
無邪気に頭悪い感じでいつも褒めてくれる人格は好ましいですな”奥様”」




