1598_ぺいぺい支払う、受け取りばいばい。
語感だけで見るとどちらも手元からなくなっているような気がする今日この頃でございますが、基本支払いに見合う商品が手に届くことが健全な経済活動であるわけでございまして、気のせいであるのではなかろうかなとか、それがそうではなければそれは詐欺案件であるわけでございまして、訴えてよろしいかと存じ上げる次第でございます、この場合儲かるのは誰なのでありましょうかね?などとぼんやり連想しつつ始まる今日のゴブリンでございます。
静かにしていることが対価になる年代ももちろんあるのでありますね。状況が違えば破落戸となるところではございますが。今日も元気可愛いですね。
支払うと言うことは自身の資源を放出していることになるのでありましょうかね、それと別の資源を交換していることになるわけでございまして、対価として釣り合っているのであるならば、そこに優位の差はないわけでございまいして何も前後で変化していないことになる、この理屈は当然おかしいわけでございますが、等価交換と言う意味合いだけにとらわれると陥りやすい罠とも言えるのではなかろうかなとか、予想するわけでございます。
同じ資源であっとしても条件と環境によってその働きが大きく変化することがあると申しますか、むしろ変化しないことはないとまで言ってもよろしいかもしれないわけでございます、過言である可能性もありますが。適切な場所と時間に必要な資源が投入されるように交換をすることができれば、全体として有利な展開に持っていくことができるという発想があるわけでございまして、それはそれほど間違ってはいないのではなかろうかと予想できるわけでございます。
一見不均衡な取引に見えたとしても、それは必要な要素を見落としているだけである場合もあるのではないかということでございましょうか、もっともそのように見えてもちろんそのまま一方に負担しかない取引である場合もございまして、その場合はどのようにかしてごまかして、搾取しているのであろうかなと予想できるわけでございます。
この辺りの見極めができるかどうかにも技術が必要になるのであろうかなとは予想できるわけでございます。基本取引する場合には双方に損失が出ることが前提であるとも言えるわけでございますが、それを上回る利益が双方に生まれるならば、これは当然資源のやり取りが活発になる動因となり得るわけでございます。
その損失が目に見える形であればあるほどごまかしがきかず、取引を躊躇することになることは間違いないわけでございまして、そうであるがゆえに、間接税というものは、経済活動を抑制する仕組みとしては優秀な方策であると言えるのではなかろうかなとか、予想するわけでございます。
よく考えて資源を使うようになるという意味合いでは、保護的な政策の一環と言えるのではなかろうかなとはいえるわけでございまして、急激に変化せず、何しろ動かせる資源に心情的にも物理的にも経済的にも縛りが存在するわけでございますから、失敗を最低限で抑える働きが予想できるわけでございます。
一方で成功への道筋に時間が必要になるという明確な、この場合は表裏一体となった不利益も目に見えてくるわけでございまして、この辺りは、管理者側、行政側のやり口とか趣味であるのであろうかなと予想できるわけでございます。つまるところ急激な変化を厭う性質が現れているのではなかろうかなとか、想像するわけでございます。
終焉を迎えることはこれは避けられないと予想している上でそれができるだけ遅くなるように、種々の資源を消費する動きを抑制していると見ると、なるほど頭の良い行政ではあるのではなかろうかなとか、適当にうがってみて、おしまいです。
「種族の終末医療的な精神ケアがための宗教とかはありそうですね」
「単純に時間稼ぎをするために資源の浪費を抑えているとかはありますね」
「本来の役割に近いのではないでしょうかね”旦那様”
そこまで考えているのかというと結果としてそうなっているだけでしょうね”奥様”」




