1595_恋に変する年頃月。
破落戸と感じでは書くようでございまして、要は無法者と申しますか、社会不適合者と申しますか、血と暴力の世界で生きているような、鉛玉のお風呂に入っていますよと表現することがふさわしい、かどうかは文明によるのでありましょうか、暴力を主な対話方法としている方々とか、こう真っ当に生きていないとされる方々の呼称になるようでございまして、迷惑をかけないだけ良いのではと、比較対象とされて安心するための仕掛けでもありそうななさそうな、などとぼんやり連想しつつ始まる今日のゴブリンでございます。
怒りのまま暴力に訴えてもどうにもならないことが多いのでありましょうが、幼い身の上ではそうするしかない現状もあるのでありましょうかね?落ち着きましたか、では何をしたいのか考えてみましょう。今日も元気可愛いですな。
ごろつき、ならずもの、とかを読みとするようでございますが、これはまあどうやってもそうは読まないであろうという難読語に当たるのではなかろうかと予想するわけでございますが、そもそも当て字と申しますか、遊びやら趣やら、文章の流れやらでこうなったようでございまして、ある意味文学的な名称であるのであろうかなと想像するわけでございます。
由来は古い大陸国家の物語にあるようでございまして、漢字を生み出した文化圏でありますが、落ちぶれた家の者という意味合いがあるようでございまして、如何にもこうにも食い詰めて犯罪に走ったような流れで使用されるようでございますが、本人の責任でそうなったのではなく、社会的な構造欠陥によってその立場に追い込まれてしまったであろうに、そう呼称するのは少々、おかわいそうなこと、ではなかろうかとも思考するわけでございます。
もっとも外的要因と言ってもそれがない環境はありえないわけでございまして、常々申しておる通りに、自我というものの存在が明確でないように観察される状況で、責任の所在をどこに持ってくるのかは、これまた、外的要因が起因されるものになるわけでございまして、ある意味堂々巡りであるのであろうかなとも、想像できるわけでございます。
感情的に爽快感が得られる、納得ができる、という理由からそのように分類して対処するわけでございまして、本質はこれは違うのであろうかなとか、そのようなものはなく、見たままであるものもまた本質と言って良いのかもしれないとか、連想するわけでございますが、そのような型があるのであろうかなと、成り易い展開がその社会構造的にあるのであろうなと予想するわけでございます。
であるならばそれを改善するためには、それそのものを含む環境を変質させていかなければならないのであろうかなと、劇的にそれを変えることはこれは運の要素が多分に絡むわけでございまして、難しいと予想できるわけでございまして、徐々に徐々に働きかけることによって、世代の交代と合わせて、知らず知らずに整えていくことが確実な動きになるのであろうかなと、予想するわけでございます。
とかく時間がかかることは確かでありますが、それに対処するために、しっかりと継続していく仕組みを作っておくことは大事なのでなかろうかなとか予想するわけでございます。特に逆行するような動きは、これは徐々に変質させていくやり口から見てかなりの不利益を被るわけでございまして、監視して、それとなく誘導する方策を仕様として確立させておく必要があるのではなかろうかなとか、予想するわけでございます。
ただ時間とともにその本質は短期的な利益を求めて変容していくものでございますので、複数の干渉しあえる組織のようなものを構築し相互に確認していきその道行を修正していかなければならないのであろうかなとか、まあ、普通の当たり前のことを述べたあたりで、おしまいです。
「複数の宗教があったほうが良いとする方も多いですね」
「組織は必ず寿命を迎えるという認識は必要でしょうね」
「一神教でも宗派の違いが受け皿になりますな”旦那様”
破壊されて終わるか静かに消えるか台替りするかで展開が違いますな”奥様”」




