1496_LAN ろーかるえりあねっとわーく。
限定的な広さの通信網とかでありましょうか、閉ざされていることもあり、どこか一つに門を用意して広域の通信網と繋がるようにする構築もあるわけでございまして、端末同士をつなげることで情報の共有化を円滑に行えるようにする技術でございますが、最近はほぼ自動的に端末間との設定ができるようになってきましたので、有線で結べばあとは機械任せにできるようになったようでございます。進歩に乾杯、とか多少酔っ払いながら始まる今日のゴブリンでございます。
大事な線をいじって抜かないように気をつけなければいけませんので、基本入れない部屋があるということであるわけでございます。はい、そういう理由ですのでそこから先へは行けません、行けませんたら、いけません。今日も元気可愛いですな。
情報のやり取りができない閉じた端末ではあまり有用性を感じられないわけでございまして、そもそも出力装置のない計算機にどのくらいの価値があるのであろうかなとかぼんやりと想像するわけでございますが、最終的にどうにかして利用しようとするならば、何らかの結果を提示しなければならない、道具としての役割を放棄したならば、そこに価値を見出せるのであろうかな、とかぼんやりと連想するわけでございます。
役に立たないから、価値があるという物品は、これはまあ実はそれほど珍しくはなく、多くは芸術分野で活躍している、のではなかろうかなとか、想像するわけでございます。感情を揺さぶることができるのであるならば、本来の性能を完全に止めてしまっても良いのであろうなとか、想像するわけでございます。となれば、役立たずであるからといって安易に廃棄して良いのであろうかという、住居に我楽多が積み上がる理論が成り立ってしまうわけでございます。
自己診断を繰り返すだけの、内省するだけの電子計算機、決して何も出力せず、ただただ演算をするだけというそれにどのような価値を見出すのかという疑問はあるわけでございますが、ある意味、修行めいた行為に感動する方もおられるのではなかろうかなとか予想するわけでございます。
計算の元となる情報は与えられていると考えると完全に外界から切り離されていないとも言えるわけでございますが、わずかなしかし莫大な熱量を持つ、一つの始点のみを与えられて、後は、自己計算のみで外界から独立しているう計算機というものは、ある意味一つの完成された世界になるのではなかろうかなとか、想像するわけでございます。
その計算機に十分な能力があったならば、独自の法則に基づく、何らかの宇宙のようなものが誕生している可能性もあるわけでございます。しかし、前提に基づいてそれが出力されることはないわけでございまして、ある意味想像上の産物、妄想に過ぎないわけでございまして、ただ、それが動いていることだけがわかるような、なるほどこれはこれで感情を強く刺激するような出来事ではなかろうかなとか予想するわけでございます。
計算速度だけを延々と上げていくような自己開発、拡張、進化的な何かを行えるようにしてしまえば、こちらから中を観察できなくても、外面の変化を見ることで、より一層妄想が捗るようなことにもなるのでありましょうか、なるほど、その自己改造ですら外から観察できないようになっており、その可能性が推測される程度にとどめるならば、より素晴らしい、状況になるのかもしれないということでございましょうか。
別に機械的に独立している必要はなく、相互に干渉しあわない、何らかの計算そのものが、現状の情報網に隠れていると想像することもできるわけでございましょうか。お互いに感知することはできず、しかし、同時に同じ通信網に依存している存在があり、独自に進化しているとか変化しているとか、情報を構成要素にしている生命体とかが存在するとか予想すると、なるほど、感動的ではあります、とまあ連想を発散させて、おしまいです。
「何かのきっかけで、遭遇するとそれは神とか呼ばれそうではありますね」
「電子的な揺らぎが生命として成り立ってしまうわけですね浪漫です」
「どちらがどちらにとっての神なのでありましょうな”旦那様”
見えないけれどもいるかもしれない、あやかしですかな”奥様”」




