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聖なる夜に降る雪は

作者: 玄斗楽

付き合いたての初々しい二人のお話になっているはずです。

『さて、青年よ。君は、今この瞬間を、きちんと"生きている"かい?』







‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡






「あーあ……」

空に向かって吐き出した息が白く染まる。

今日は12月24日。

世間ではクリスマスのためのイルミネーションがそこかしこに灯され、すれ違う人々は皆訳もなく"聖夜"に浮き足立つ。

そんな中、一人寂しく駅の汚いベンチに腰掛け、盛大に溜め息を吐いている僕。

待ち人は、来ない。

「……はは、フラれちゃったかな……」



僕は、御堂みどう大雅たいが。17才、高校二年生。

特筆すべき点は皆無。

写真部の立派な幽霊部員の一人である。

……胸をはって言えることではないが。

生まれついての不幸体質で、人生をもはや達観していた今日この頃だった。

そんな僕が唯一の幸運とも言える出逢いを果たしたのは、約二ヶ月前。

"少女漫画あるある?"の場面シチュエーションに遭遇したのだ。

いや、大したことでは無いのだが。



電車を30分ほど乗り継がないと学校に辿り着かない僕は、その日も朝から電車に揺られていた。

乗車人数の99.9%がスマホをいじっているなかで、僕だけが所謂いわゆる"ガラケー"を弄っていた。

その日もいつもと同じ様に、線路の連結部分に電車が差し掛かる。

電車が揺れ、隣に立っていた女子高校生が踏ん張りきれずに大きくよろける。

咄嗟に伸ばされた彼女の腕は、僕のガラケーに見事直撃クリティカルヒット

"ばきっ"という嫌な音に慌てて手元を見ると、そこにはガラケーのキーボードの部分だけが残されていたのだ。


南無三なむさん


いやあれはきっと、運命だったのだろう。

そうだと信じたい。

まあ、そんなこんなで僕のガラケーは御陀仏になり、彼女は涙目になり、僕の方がなぜか申し訳なくなり、と。

何度も謝る彼女に、流石に弁償しろとは言えなくて、代わりの台詞が"テレホンカード下さい"。

阿呆の極みだ。



そんな馬鹿みたいな出会い。

それ以来彼女は行き合うと会釈を返してくれるようになった。

制服から察するに、彼女は県下一の進学校に通っているみたいで、電車の中でも携帯スマホではなく、単語帳やら教科書やらを熱心に眺めている。

別にずっと彼女のことを見ていたわけではなくて──そんな事をするのはストーカーくらいだ──、大体朝の電車に乗る面子は決まっているからよく会うというだけ。



で、ここで一つ。

彼女はとてもかわいいのだ。美少女と言っても過言ではない。

少し癖のある焦げ茶色の髪に、赤いカチューシャがよく似合っていて、ぱっちりした二重瞼ふたえまぶたの目が印象的だ。

彼女は赤が好きらしい。

そんなわけで、電車でも駅でも目立ちまくっていた彼女の事は、僕も前から知っていた。

知っていたし、憧れていた。

だから、接点ができたことをこれ幸いと、ついこの間、勇気を出して告白してみた。

もちろん、玉砕覚悟。というか玉砕確定だった。


だがまぁ、結論から言うと、OKだった。


この僕が、彼氏、という立場ポジションになれたのだ。


今日は、その件の彼女との初デート。

しかしお互いに学生という身分のため、自由になる時間はほとんどなかった。

今日だって、彼女は"優等生の為の冬期講習"、僕は"成績不振者の為の補習"があったのだ。

だからデートといっても、駅から彼女の家まで二人で歩くだけの予定だった。

たったの15分。

でもその約束をするのに、僕は一週間悩んだ。


が、肝心の彼女が来ないのである。

約束の時間から既に、二時間が立とうとしていた。

彼女からの連絡は、無い。

「クリスマス.イブにフラれるとか、ほんっと、ついてね~……」

笑ってみても、虚しいだけだ。


告白したとき、彼女も僕の事を好きだと言ってくれた。

だから、彼女が僕を嫌いになるまでは、幸せでいたいと思っていた。

付き合い始めてからまだ三週間くらいしかたっていない。

まだ彼女の事についてはほとんど知らない。

でも、嘘をつくような人には見えなかった。

あくまで僕の勝手な思い込みであるが。

それとも、彼女はガラケー事件で僕に負い目を感じていて、しょうがなく僕に付き合ってくれていたとでもいうのだろうか。


……いや、人の事を疑うのはよくない。

今日だって、ただ約束を忘れてるだけかもしれないじゃないか。


何度自分に言い聞かせても、心のどこかで声がする。


もう、諦めろ、と。

僕が幸せになんか、なれるわけがない、と。


そしてそんな言葉に、納得してしまう自分がいた。

思考がばらばらと散っていき、やがて僕は頭を抱えてしまう。

自分が何をしたいのかわからない。

どうすればいいのかも。

寒さと疲労にがっくりと肩を落として、


『やぁ、悩める青年よ。君は今この瞬間を、きちんと"生きている"かい?』


僕は"そいつ"の声を聞いた。


目の前に、"サンタ"が立っていた。


『この幸せに浮かれ騒ぐ人々に混ざりたくて混ざれなくてああ君は今壮絶に悲しげな顔をしているねどうだい私で良ければ話を聞くよ!』


胡散臭い宗教勧誘のような科白せりふを一息に言って、彼が僕の顔を覗き込む。


顔半分を白髭で覆い、例の赤い服を着込んだ若い男のように見えた。

いわゆるサンタクロースというやつだ。

ただ大分細身で背が高い。

よくイラストで描かれるでっぷりした幸せそうなおじいさんではない。


『……誰ですか』

『私はサンタクロース!』


いやそういうことじゃない。

間髪いれずに返ってきた答えに心のなかでツッコむ。


『まあまあ私が誰かなんてそんなことどうでもいいそれより貴方アンタのことですよ貴方のその悲しそうな顔の訳を教えてほしいんだ皆が楽しそうにしているなかで貴方だけ不幸だどうして!』


頼むから息継ぎをしながら喋ってほしい。

喋り終わってから"ぜーはーぜーはー"うるさいから。

でもまあ、誰だか知らないなら、少しくらい話したところで個人情報の流出とかにはならないだろう。


普段なら絶対にこんな思考には走らないのに、このときの僕は、どうかしていたみたいだ。



‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡



『ふむふむ……。それで不幸体質な君はフラれて当然だったんじゃ無いかと悲しみに暮れていたわけか……。しかしまぁ、不幸体質というのは具体的にはどんなもんなんだい?』


『……ほんとに聞きたいですか?』


『やや是非とも!』


『……教室に落ちていたティッシュを拾ったら生ゴミを包んであって、それがまだ湿っていて持ち上げたらティッシュが破れて、ゴミが床にちらばって、男子共に笑われたりとか。朝早く学校に行かないといけない時に限って、人身事故で電車が遅れたりとか。トイレで個室に入ったらペーパーが無かったりとか。自動ドアに反応してもらえなくてガラスに突っ込んだりとか。補習の帰りにコンビニに寄ったら財布を忘れてたりとか。テスト中にシャーペンが壊れてテストが白紙で零点になったりとか。雨の日に限って傘を持っていなかったりとか。鞄に荷物を詰めすぎたせいで駅の階段を上ってる時に鞄の底が抜けたりとか。家の鍵を道路脇の側溝に落としたりとか。……まだ聞きたいですか?』


『……………………やや、遠慮しとくよ』


自分で言っていて、悲しくなる。

人からすればほんの些細な事なのに、僕にとっては一大事。

この人も笑うだろうか。

僕の不幸体質のことを初めて話した親友と同じように。


『いやつまり、君にとって日常とは刺激と驚きで満ちているものなんだね!ならば問題はないじゃないか。彼女はきっと来るし君は現に待ち続けているそれが答えだ!…………嗚呼、君は幸せだな』


『え?』


刺激と驚きで満ちている、なんて考えたことも無かった。

人生は大変だな、とか。

世界は恐いな、とか。

そんなことを考えながら日々を過ごしていた。


だけど。


『……そう、か。……そんな考え方も、アリなのか』


そう考えると、見える景色が前よりも明るく、楽しそうに、幸せそうに、輝いて見えた。


『おおやっと笑顔になったねやっぱり笑顔が一番だと思うよふふここで最後にもう一つだけおしえてあげよう。あと少しだけ待っていて御覧よきっといいことがあるよ』


サンタはふふ、と意味深に笑ってなにかを差し出した。

それは、赤い大きな石がぶらさがった二本のネックレスだった。


『これを君と彼女に。……幸せの御守りだよ』


サンタの温かい手が、僕の手をとり、ネックレスをてのひらに落とす。


『え?そんな、悪いです……よ…………?』


顔を上げたときには、サンタはもう、どこにもいなかった。

さっきまで確かに目の前にいた筈なのに。

煙の様に消えてしまっていた。

僕と彼が喋っていた事の証拠は、掌に残されたネックレスだけ。

微かに温もりを宿す石を、ぎゅっと握りしめる。


その時、


『…………ぅくーん!……どぅくーん!みどうくーん!』


改札の向こうで、彼女が手を振っているのが見えた。

改札を抜けて彼女が走ってくる。

赤いカチューシャ。

赤いマフラー。


やっぱり彼女には赤がよく似合う。


『……ごめ、んね、ごめんなさい。……ほんとにもう遅れちゃってごめんなさい……!』


走ったせいで荒くなった呼吸の下で、彼女はごめんなさいを続ける。


『いや僕は全然大丈夫ですから!由依さんもそんな謝らないで下さい』


『塾の授業が、長引いちゃって、そのあと、プレゼントを、受け取りに行ってたら、電車に乗り遅れちゃって……。電話スマホの充電が切れちゃって、電話も出来なくて、だからもう帰っちゃったかなって、ほんとにごめんなさい!』


『そういう事なら仕方ないですよね。スマホは充電の減りが速いですし。それにほら、僕たち会えましたから!結果オーライです』


そう言って微笑んでみると、やっと彼女も笑ってくれた。

そして、鞄の中から大きめの包み紙を取り出す。


『これ、私とお揃いの、マフラー、なんだけど』


二時間の待ちぼうけの疲れも一瞬で吹き飛んだ。

彼女とお揃いのマフラー、なんて、そんな幸せそうに笑って差し出されたら、逆に申し訳なくなるじゃないか。


『ありがとう、由依さん。……僕の方も、これ』


サンタからもらったネックレスを渡す。

彼女は一旦マフラーを外して、ネックレスをける。

その上からまたマフラーを巻いたが、ネックレスの鎖は充分な長さがあったため、ちょうど鳩尾みぞおちの辺りに赤い石がくる格好だ。


『御堂くんも、マフラー、着けてみてくれない?』


言われた通り、まず先にネックレスを首にかけ、それからマフラーを巻く。

マフラーの色は、彼女と色違いの濃いあお


『うん、似合ってる!よかった~』

『由依さんも似合ってるよ』

『…………』


お?

なんか変なこと言ったかな?


『……由依さん、じゃなくて、由依、って呼んでほしいんだけど、ダメ、かな、御堂くん?』


お?

おお?

本物の恋人みたいになってきたー!


『……わかった、由依さん。じゃなくて、由依。わかった。…………でも、僕の事も、"御堂くん"じゃなくて、大雅、って呼んでほしいな』

『……わかった…………大雅』


あー、なんか恥ずかしくなってきたぞ?

まあでも、可愛いからいっか。


『ふふ、なぁーんてね!そろそろ帰りますか!』

『そっ、そうだね』


自然に伸ばされる手。

繋いだ掌から伝わる体温が、幸せを運んでくる。

今日はたったの15分だけど、今はそれでいいかな。

彼女と、それから、"サンタ"のお陰で、日常も案外楽しいもんだって、気付けたから。

ただその幸せな日常を、彼女と積み重ねていこう。




‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡



『ああ、それと、いい忘れてた』

『なぁに?』

『……由依、メリークリスマス♪』

『ふふふ、そうだね……大雅!メリークリスマス♪』



クリスマスってなんだか訳もなく楽しくなります。

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