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スーパーヒーロー少年(魔法少女)  作者: シャル青井
第三章 オープン・ユア・アイズ!
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オープン・ユア・アイズ(後編)

 ひとみがすり抜けるように教室を出て行くのを見て、真も慌てて後に続く。

 その前にちらりと横目でブラウを確認するが、なぜか真のことをまったく気にすることもなく、ぼんやりと昼食の準備をしている。

 ブラウだけではない。

 教室でも、廊下でも、誰もひとみと、その後を追う真のことを気にもかけない。

 それなりに慌ただしく歩いているにもかかわらずだ。

 そして追川ひとみがやってきたのは、特別教室棟の果ての果て、四階奥の家庭科準備室であった。

 いつも持ち歩いているのか、何事でもないかのように鍵はすぐに開けられる。

 そして入り口で、ひとみは仁王立ちで真を待っていた。

「ずいぶん楽しそうだったわね、真くん。あんなにデレデレして」

 いきなり飛んできたのはそんな嫌味の言葉である。

「なんのことだよ……」

「あの、よくわからない金髪の子のことよ。あんなに顔も近くて……!」

「いやいやいや。お前はなにを言っているんだ」

 どこからその光景を見ていたのかわからないが、その言葉にからわかるのは、ひとみが壮大な勘違いをしているということであった。

 真は、自分が心配していたことがあらゆる意味で馬鹿馬鹿しくもなってくる。

「あいつが魔法少女についてを探ろうとしていたから、俺も情報を集めようとしていただけだ。そもそも、あいつは男だぞ、たぶん。イチャつくもなにも……」

「男でも女でも関係ないわよ! あー、もう、私がいない間に真くんが汚れてしまったわ……!」

「お前はなにを言っているんだ。それより、大丈夫なのか……?」

「大丈夫じゃないわよ! 真くん、まだ変身できる? 心まであの金髪に売り渡していない?」

 ひとみが肩を掴んで揺さぶってくるのを、真は呆れて止めるばかりだ。

「……お前がそっち方面で大丈夫じゃないのはわかったから、その、サポート役とかそういう方向でだよ。変なこととかされなかったか?」

「心配してくれていたの!」

 そのひとことだけで途端に目を輝かせるひとみに、真も思わず苦笑する。

「そりゃ、まあ、俺が巻き込んだみたいなものだしな……。それに、あのウサギも信用できないし」

「それには同意するわ。というか、なにが手続きは一時間程度よ!」

「な、なにかあったのか……?」

「お役所仕事よお役所仕事!まったく、書類一つ用意するのに一時間かかっているんじゃ手続きの時間だけで考えても無意味じゃない!」

 真がルイスの話題を出したことで堰を切ったらしい。

 そこからはひとみの愚痴の時間の始まりだった。

 曖昧な言葉でいくつもの部署をたらい回しにされる。

 ハンコ一つもらうのにさらにハンコが三つは必要な承認制度。

 受けて結果が出てから不足分が判明し、項目を追加して再度最初から行われる各種検査。

 そして最終的には、既に退勤してしまった役員から許可を貰うために、今朝出勤するのを待って、朝一番で申請書を提出してきたのだという。

「あー……」

 話を聞いただけでも精神的に参りそうな手続きの数々である。

 なにが空しいといえば、それら全てが特に意味がなさそうなことが空しい。

「でもまあ、その結果が、これよ!」

 そう言いながら、ひとみは自信たっぷりに、左手を掌を上にして広げてみせる。

 途端に、その白い手の上に、赤く輝く小さな宝石が浮かび上がった。

「ほら、これが意志の石よ。真くんのバックルと対になるルイスの力が込められた石、らしいわよ」

「いや、意志の石ってお前……」

「文句ならあのウサギに言ってよ」

 その反論に、真もルイスがテキトーな言葉を並べ立てる姿が浮かぶ。

「これでもう、危険だから関わるなとは言わせないわ」

「で、それでなにができるんだ」

「さっき見たでしょ?」

 意味深に微笑むひとみの笑顔に、真もなにが起こったのかを察した。

「ここに来るまで妙に他の生徒の反応が薄かったのは……まさか……」

「そう、私のサポート能力の一つよ!」

 胸を張るひとみに、真は少しだけ背筋が寒くなった。

 効果の範囲がどの程度なのか冷静に考えれば、とんでもなく恐ろしい能力である。

「そりゃ、それだけの承認が必要なはずだな……」

「もちろん、悪用しないように誓約書みたいなのは何枚も書かされたわよ。魔法少女と無関係な場面で使えば、使用停止やその他の処分もあるとか」

「さっきのは魔法少女と無関係じゃないのかよ」

「もちろん魔法少女関係よ」

「どこがだよ!?」

 真の言葉にひとみはニヤリと笑う。

 まるで真のその反応を待ち構えていたかのようでさえある。

「真くん、ここがどこだかわかるかしら?」

「どこって……家庭科準備室だろ」

「そう、家庭科準備室、我らが被服研究部の部室よ」

「我らって、お前一人じゃなかったのか」

「今は一人よ、今はね」

 自信満々にそう返されてしまっては、真もそれ以上ツッコミきれない。

「あらためて聞くわ、宇佐美真くん、被服研究部、いえ、魔法少女研究部(仮)に入らない?」

 そう言いながら、ひとみは鞄から入部届を出し、机の上に置いた。

 既にほとんどの項目が記入されており、あとは真が名前を書くだけである。

 しばしの沈黙。

 真の中に迷いがあるのは、昨日この話を聞いてからずっと変わらない。

 だが、拒否ではなく、迷っている時点でもはや答えは出ているも同然だ。

 それも昨日の時点でわかっていたこと。

「まあ……やむを得ない、か……」

 ひとこと、独り言を自分に言い聞かせるようにして、真はその入部届を手に取った。

 一晩考えた。

 変身も不可能になった。

 朝はひとみがいないことを心配した。

 転校生を見ては、ひとみが自分より向こうを選んだらと気が気ではなかった。

 そこに先ほどの能力まで見せられては、これ以上なにを悩むというのか。

 真の反骨は既に崖っぷちで足元もおぼつかない。

 そして最後は諦めがそれを殺した。

「宇佐美、真、と……」

 かくして、宇佐美真は被服研究部の二人目の部員となったのである。


「じゃあ早速、親睦を深めるためにもお昼ごはんにしましょう、お昼ごはん!」

 底が抜けてしまったような嬉しそうな声で、ひとみは机の上に大きな弁当箱を置いた。

 それはもはや、弁当箱というよりは重箱である。

 蓋を開けるとそこには、ぎっしりと色とりどりのおかずが詰まっていた。

「お、お前、これ、全部食うのか?」

 真の驚きも無理はない。

 その量は明らかに、通常の男子の一人前を越えてなお多い。

 華奢なひとみがこれだけの量を食べるとは到底思えない。

「もちろん、これは私と真くん、二人で食べる分よ。初日だし、だいぶ奮発して作ってみたわ!」

「あー……」

 重箱を見せつけるひとみと漠然とそれを眺める真。

「真くん、どうせ昼ごはんは今日もコンビニで買ったパン三つなんでしょう?」

「あー……」

 図星である。

 なぜひとみがそのことを知っているのかはもう問うまい。

「これからはパートナーである私が、魔法少女としての力を身につけるための食事を用意してあげるわ」

「あー……」

 言いたいこと自体は山のようにあったものの、目の前に出された圧倒的な昼食の前にはただただ黙るしかない。

 パン食には、真もなんだかんだで虚しさを隠しきれずにいたのだ。

 ひとみの用意した取り皿を受け取ると、ゆっくりと、そのなかにあった肉団子へと箸を向けた。

「あ、うまい」

 一口食べた後、思わず声が出た。

 実際にはそこまで飛び抜けて美味というほどではなかったのだが、昼に学校でこうやってまともな食事をすることが、真にその言葉を出させたのである。

 そしてその感情は、真以上に、ひとみを強く揺さぶっていた。

「お、おい追川、お前、なんで泣いているんだよ……」

「ずっと、こうすることが夢だったの……」

 箸を抱えたまま、ひとみはただ真を見て、大粒の涙をこぼれさせる。

「好きな人と、二人きりで、こうやってお昼ごはんを食べて……、そんなの、ただの夢だと思ってた……」

「そうか……」

 本当は、それは夢で終わるはずだったのだと、真は思う。

 同じクラスにいても、宇佐美真の人生は、追川ひとみと重なることなど考えられなかった。

 自分に向けられた感情など、気が付くはずもなかった。

 それが今、こうして、特別教室棟の端っこで、二人で昼食を食べている。

 なぜこうなったのだろうか。

 思い出しながら、右手が少しだけうずいた気がした。

 立ち上がる。

 右手を見る。

「真くん?」

 驚くひとみを尻目に、真はその手の中にバックルを願う。

 銀色と基調とし、赤い宝石が中央に据えられた、想いが実体化したかのようなベルトが、そこに現れる。

 それは確かに、真の願いそのものであった。

 しかし、変身後の姿は、追川ひとみの願いだ。

(俺も、願っていた、ということなのだろうか……)

 ベルトを付けることなく、真はぼんやりとしたまま再び腰掛け、昼食に戻る。

 バックルもそのまま消える。

「か、勘違いするなよ、俺はただ、自分の正義の為にやったことだ。それがたまたまだな……」

 立ち上がったことが急に気恥ずかしくなって、顔を背ける。

「それでいいよ。私は真くんの正義に助けられたし、私は私の意志で真くんに協力する。それが、私のやり方だし」

 涙を拭いて、そう笑うひとみの顔は、真にはとても美しく見えた。


「で、魔法少女研究部というが、いったいなにをするつもりなんだ?」

 昼食も終わり、真はゆっくりと本題を切り出した。

 だが、次の瞬間には、切り出したこと、もっといえば入部してしまったことさえも後悔するような品物が出てきたのである。

「まずは、これを見てもらえるかしら」

 ひとみが取り出してきたのは一冊のノートである。

 一番上の物を手に取り、中を見てみる。

 様々状況に応じた解説イラストと、びっしりと描かれた注釈。

 それは魔法少女としての振る舞い方についてだ。

 ようするにこのノートは、魔法少女の衣装スケッチの行動版なのである。

 あるのだが。

「なんだ、これは……」

 質問ではなく、純粋な驚愕として言葉が漏れる。

 ページをめくる。

 同じようにページいっぱいに解説で埋め尽くされている。

 さらにめくる。

 同じようにページいっぱいに解説で埋め尽くされている。

 めくる、めくる、めくる。

 どこも同じようにページいっぱいに解説で埋め尽くされている。

 手を止め、これを書いた主である少女の顔を見る。

「どう、少しは参考になりそうかしら?」

 何事でもないように微笑む少女の顔が、今の真には底なしに恐ろしく見えた。

「な、なんなんだよ、これ……」

 見ればわかることだはあるのが、それでも、真はそれを聞かずにはいられなかった。

「なにって、魔法少女が魔法少女らしく行動するためのガイドよ。まさかこれを活かせる日が来るなんて。ずっと書いてきた甲斐があったわ」

「待て」

 一瞥しただけで予想できたことだからこそ、真はそのひとみの言葉を即座に止めにかかる。

「この内容をしろというのか? 俺に?」

「理想としては、ね」

 無邪気な返答。

 頭を抱えるべきか。

 バカを言うなと怒鳴るべきか。

 それともただただ呆れ返るべきか。

 結局どれも選ぶこともできず、真は、黙ってそのノートを閉じた。

「いや、俺は、俺のやり方でやりたいんだが……」

 いかにも穏健な言葉で探る。

 もちろん、ひとみがそれで意見を曲げるわけもない。

「それじゃあ魔法少女にならないじゃない。形から入るのは重要よ」

「うーん」

 姿が魔法少女である以上、強く出られないのが真の弱みである。

 それに、サポート役がひとみであるのも問題だ。

 どうにかもう少し、変身ヒーローに寄せられないか。

 そんなことを考えながら、真は、言われるがままノートを受け取るのだった。


「宇佐美くん! どこに行っていたんだい?」

 昼休みの終わりがけに教室に戻ってくると、いきなり駆け寄ってきたブラウがそう問い詰めてきた。

「いや、なにかあったのか?」

 真としてはそう言われてもブラウの目的がわからない。

 警戒心ばかりが高まっていく。

「いや、魔法少女について、ボクたちはもう少し話し合う必要があると思うんだ。例えば、今後の方針とか……」

「今後の、方針……」

 その言葉だけで真は、ブラウの中で話がよくない方向へと進んでいるのを悟る。

 だが、そんな真に対して、助け舟がやってきた。

 もっとも、それは助け舟というよりは海賊船のようなものであったが。

「魔法少女の話なら、私も参加させてもらいたいのですが」

 その声の主は追川ひとみ。

 真の入部届を提出しに行っていたため、教室に戻ってくるタイミングが微妙にずれていたのである。

 つかつかと歩いてきて、真とブラウの間に割って入る。

「えっと、君は?」

「私は追川ひとみ。その、魔法少女の助けてもらった者です」

「ああ、君が魔法少女に助けられたっていう少女なのか」

 無邪気なブラウと棘を隠すひとみ。

 だが真には、ひとみが教室での猫かぶりモードでありながら、その口調に確実な敵意が滲んでいるのがわかった。

 なにしろ真が昼食後にブラウについて話すと、ひとみは強い警戒心と敵対心を示したのである。

 特に魔法少女の正体を探っているというのが逆鱗に触れたらしい。

 真は根掘り葉掘り質問を受け、まるで仮想ブラウの如く問い詰められることとなったのである。

「あの魔法少女って、結局、どんな奴だったんだい?」

 ひとみの隠した敵意を知ってか知らずか、ブラウはひとことひとことにひとみの感情を逆なでするような言葉を口にしていく。

 特によくないのは魔法少女に対する態度である。

 正体を探るために来た、というのは真にしか明かしていないようだが、正体を探っている事自体はあまり隠すつもりはないらしい。

「さあ、どんな奴と言われても……」

 今となってはひとみは正体を完全に知っているが、まったくそんな素振りを見せぬまま話を流そうとする。

 もちろん、その煮え切らない態度にブラウも苛立ちが募るばかりだ。

 次第に、質問も乱暴なものになっていく。

「そもそも、あの魔法少女が信用できるかどうかも怪しいとは思うんだ。なにか変なことはされなかったかい? 記憶が曖昧なのもそのせいの可能性もあるよ」

 そして真は、虎の尾を踏んだ音を聞いた気がした。


 真は出来うる限り当事者になることを避け、こそこそと自分の席へと戻る。

「おいおい、何だありゃ」

 完全に他人事である立花がニヤニヤと笑いながら真の元へと寄ってくる。

 もちろん、視線の先にあるのはひとみとブラウの鍔競り合いだ。

「あれ、お前が止めないとマズイんじゃないか?」

「知るものか……」

 立花の意味深な言葉にも、真はただ投げやりにそう答えるだけだ。

 魔法少女の正体を聞き出そうとするブラウに対し、ひとみは訝しみ、頑なに情報を出すのを拒み続けている。

 結局昼休みの終わりとともになんとなく場が流れることとなったが、真は、あの二人、そしてそれに関する自分の今後を考えると頭が痛くなるばかりであった。


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