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スーパーヒーロー少年(魔法少女)  作者: シャル青井
第六章 信じた道を行け!
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信じた道を行け(中編)

「あ、ところで、さっきのやり取りで一つ重大な事に気が付いたんだけれども」

 真の決意を気にすることなく、ひとみが素っ頓狂な声でいきなりそう言ってきた。

「なんだよ、気が付いたことって……」

 雑に変身を解きながら、真は適当にそれを流そうとする。

 一気にやる気が削がれたように思えて、どうにも言葉も投げやりになってしまう。

 しかし、そこで語られたひとみの意見は、真を戦慄させるには充分なものだった。

「真くん、会話とかどうするつもりなの……?」

「か、会話……?」

 一瞬、その意味するところがわからず、真はただオウム返しにそうつぶやく。

「さっきだってずっと黙っているだけだったじゃない。まさか決闘もだんまりでやり過ごせるとか思ってる?」

 そこまで言われて、真はひとみが問題にしている事の本質に思い当たった。

 相手が人間である以上、どうあってもコミュニケーションの必要が生じるのだ。

 これまでのような着ぐるみ怪人相手みたいに、ただ黙って倒せばいいというわけではない。

 しかもあの黒い魔法少女、椚雅美はよく喋る。

 口調はあくまで落ち着いて抑揚のないものなのだが、口数はかなり多めなのである。

 これまでの動向を見ている限り、挑発や揺さぶりも間違いなくかけてくる。

 そしてそれに対応しなければならないのは、他ならぬ真自身なのだ。

「マコピュアのキャラも固まってないし、今のままであいつとやりあえるの?」

「えっと、決闘なんだからいきなり戦闘に持ち込めば……」

 真自身、口にしながら無理があることは自覚している。

 しかし悲しいかな、それ以外に今言うべきことがない。

 もちろん、その発言にひとみは呆れ果てたようで、これ見よがしにため息をついて見せた。

「いい、真くん、これは喧嘩じゃないのよ。魔法少女同士の決闘なのよ。まずはそれを自覚してもらわないと」

「いや、そうは言うが……」

 少なくとも、真にはあの黒い魔法少女、椚雅美は喧嘩をしたがっているように思えていた。

 それは生徒会室での口ぶりからも断片が感じられたことだ。

 しかし、喧嘩にせよ別のなにかにせよ、黙ったままで相対するなど不可能だろう。

 そうなる以上、真も魔法少女としての会話を迫られることになる。

「だからもっと魔法少女の自覚を持てと言っていたのよ、私は」

 悩む真に対し、ここぞとばかりにひとみが重圧をかけてくる。

「……じゃあどうすればいいのか、お前、そこまで言うならなにかアイディアはあるんだろうな」

「もちろん」

 真は嫌味を込めてひとみに尋ねたのだが、返ってきたのはそんな自信に満ち溢れたひとことだった。

 その力強さだけで、真の精神は不吉な予感に埋め尽くされる。

 ひとみのアイディアが、内容はともかく真の感情にとっていいはずがない。

 そして、その予感は当然のように的中した。

「今から決闘までの間に、真くんがマコピュアになりきるのよ」

「はあ?」

 聞いたその場では理解できず、考えて、噛み砕いて、やはり理解できなかった。

 そもそも、マコピュアと呼ばれている存在は真自身なのだ。

 それになりきるとは、いったいどういうことなのか。

 いや、なんとなく答えはわかっているが、真はあえてそれについては考えない。

 だがもちろん、そんな真の精神的逃避はあっけなく打ち砕かれた。

「魔法少女マコピュア。希望を背に受けて舞う皆の憧れのプリンセス」

「プリンセス」

 真は自分を指さして復唱する。

 そうして抗議の視線を向けるが、ひとみは気にせず言葉を続ける。

「それに変身する宇佐美まことは、ちょっと照れ屋な高校一年生」

「ちょっと照れ屋な高校一年生」

 プリンセスに比べればまだ自分に近い気もしたが、油断はできない。

「今日は大好きな親友の追川ひとみちゃんに服を選んでもらうため、お泊り会にきたの」

「お前、ドサクサに紛れてなにを言い出した」

 慌てて真はひとみの肩を掴むが、ひとみはなんら気にするそぶりも見せはしない。

 真剣な顔で真を見つめながら、肩に乗せられた真の手を取り、握りしめる。

「これもあなたのためよ、真くん、いえ、マコピュアちゃん! 今からでもマコピュアになりきって、付け焼き刃でもいいから魔法少女魂を身体に叩きこまないと」

「魔法少女魂」

 またもや、真はひとみの言葉の中のキーワードを繰り返すことしかできなくなる。

「そんなわけで、今から早速私の家に行きましょう! マコピュアにピッタリの可愛い服を用意してあるわよ」

「ちょ、ちょっと待てお前! おい!」

「どうかした?」

 全面的に戸惑いに満たされた真に対し、ひとみは不思議そうな顔を向けてくる。

 まずなにから問い詰めるべきか。

 真は混乱していない部分を必死に回転させ考える。

「その、可愛い衣装とやらは、まさか……」

 そうして、最初に出てきた言葉がそれだった。

「もちろん、あなたが着るための衣装よ、宇佐美真くん」

 ひとみの微笑みから告げられる、死刑宣告にも似た確認の言葉。

「心配しなくてもいいわよ、この日のために、私が選んでおいたものがあるわ。大丈夫、衣装代を請求したりもしないわよ。そのための部費!」

 なんという力強い言葉だろうか。

 それを聞いて、真は自分の逃げ場がないことをあらためて思い知る。

「なんでそんなものがあるんだ」

「こんな事もあろうかとよ!」

「どんなことだよ……」

「当然、サイズも大体合っているはずよ、成長期の男の子だからもうずれてきているかもしれないけど……」

「待て、問題はそこじゃない……いや、まあ、もういい」

 もちろん真はこれまで一度もひとみに服のサイズの話などしたことはない。

 そもそも魔法少女になる前はほとんど会話らしい会話もしていない。

 それがなぜ、服のサイズを把握しているのか。

 その裏にあるひとみの行動を、真は考えることを放棄した。

「それじゃあ決まりね、早速私の家に行きましょう。真くんは今からでも、自分がマコピュアであることを意識してね」

「待て」

「なに? まだなにかあるの」

「今からその、お前の家に行くのか……?」

「当然じゃない。私の家に服があるんだから」

「しかし、時間的に、その、色々とマズイんじゃ……」

 既に夕暮れ時、健全な高校生ならそろそろお互いサヨウナラまた明日という時間であろう。

 真は自分が健全な高校生であると思っていたし、ひとみとそういう関係になろうとも考えてもいなかった。

 だが、ひとみの方はそうでもないらしい。

「大丈夫よ。今私の家、両親いないし」

「え」

「元々留守にしがちだし、今回もしばらく帰ってこないんじゃないかしら」

 気楽に笑うひとみとは対照的に、真は言葉を見つけられずに渋い表情でその笑顔を見ているだけだ。

 そしてひとみの気楽さは、そんな真の中にある複雑な感情を気にすることもない。

「だから、真くんは別に心配することなんて無いわよ」

「そんなわけあるか! もし間違いとか起こったらどうするんだ」

「間違いって?」

 そう言ってすぐに真は自分の発言の迂闊さを呪い、その迂闊さをひとみは見逃さなかった。

「ねえ真くん、私の家に来てくれたら、間違いとか起こしてくれるの?」

 ひとみの微笑みはあくまで無邪気だが、その言葉には明らかに邪念が篭っている。

 真はなにも答えられない。

 答えてしまえば、どう答えようともそれを認めてしまうことになりそうな気がしたのだ。

 真が口を閉ざしているのを見て、ひとみも諦めたように溜息をつく。

「……まあ、今日はそんな暇もないし、間違いを起こすような心境になられても困るのも事実ね。なにしろ、真くんはマコピュアにならないといけないんだから」

 予測された問題は去り、目の前に立ち塞がるより大きな困難が顔を出す。

「なあ、そこまでする必要はあるのか……?」

 もう一度だけそれを確認する。

「じゃあ、ぶっつけ本番でやってみる?」

 そう言われ、その状況を想像して、絶望した。

「……なぜ、魔法少女なんだ……」

 いまさらながらに、真はそのことを嘆く。

「まあ、考えるのは後。決戦はもう明日なのよ。時間が惜しいわ。早く私の家へ行きましょう!」

 そう言うと、ひとみは真を引きずるようにして帰路につく。

 言いたいことは山ほどあったが、それでも、今の真はそれに従うことしかできなかった。


 追川ひとみの家は、中心街から少し離れた、閑静な郊外住宅地の中にあった。

 白く綺麗な一軒家で、真がふだんよく目にするような家とは明らかに作りやデザインが違う。

 格が違う、と言ってもいい。

 真にも、それがいわゆる高級住宅があることはわかる。

「さあ、入って」

 真の反応を気にすることもなく、ひとみが家の中へと導いてくる。

「お邪魔します……」

 その家の雰囲気に気圧されながら、真もゆっくりと後に続く。

 家の中は静かで薄暗く、人の気配がない。

 しかし、床を埋め尽くさんがばかりの大判本や紙切れが、この家に住んでいる物がどういった人物なのかを雄弁に物語っているかのようだ。

「あ、ゴメンね、床とか散らかっていて。ママの資料だから、適当に避けてきて」

「ああ……」

 適当な返事を返しながら、真はその無造作に積まれた本をいくつか目だけで確認する。

『全国高校制服図鑑』

『中世ヨーロッパの装飾』

『アメリカン・モダンファッション』

 ぱっと目についたのはそれらだが、大半の本は英語か英語ですら無いもので、真にはまったく理解ができなかった。

 ただ、どの本も表紙を飾っている衣装が印象的な本で、そこにはある法則があるようでもあった。

 その中で真が思い出したのは、ひとみのスケッチブックだ。

 あそこに描かれていた様々な衣装は、確かにこれらの本の影響の片鱗があるようにも思われた。

 ひとみもまた、日常的にこれらの本を読んでいるのだろう。


「はい、ここが私の部屋よ」

 そうして案内されたひとみの部屋は、物も少なくシンプルで、真の想像していた同級生女子の部屋とはかなり異なるものだった。

「どうしたの、ボーっとして」

「あ、いや、女子の部屋にはいるのなんて初めてだったから……」

「そんなことでどうするのよ。今からあなたも女子になるのよ、真くん」

「ううっ……」

 そう言われては真も気が重くなるばかりだ。

「ほら、早速服を脱いで着替えましょう! こっちとこっち、どちらがいいかしら?」

 一方でひとみは早速クローゼットを開け、二着の服を取り出して真に問うてくる。

 シンプルながら可愛らしさを滲ませる白い清楚なワンピースと、少し派手目な柄のピンクのパーカー。

 そのどちらも、真は自分が着るなどと想像できなかった。

「いや、本当に、これを着るのか……?」

「いまさらなにを言っているのよ! それとも、これなら大丈夫かしら?」

 そう言ってひとみはその二着の服をベッドへと投げ出し、クローゼットの奥からさらに別の服を取り出してきた。

 それは真にも見覚えのある、筒橋高校の女子の制服だ。

 つまり今、目の前のひとみが着ているものと同じものである。

「ああ、心配しなくていいわよ。こっちは一度も着ていないし」

「いや、なんで二着あるんだよ」

「女子なら制服二着持っているのも普遍的によくある話よ。改造とかしちゃう娘は普通にもう一着用意してたりするしね。まあ、これは真くんのために用意しておいたものだから、私とはサイズが違うんだけど」

「待て。もう何度言ったかわからんが待て」

 自分用の女子制服がある。

 しかもまったく無関係だった追川ひとみのクローゼットに。

 その事実は、真にとってあまりにも衝撃的であった。

「心配しなくても大丈夫よ。これは被服研究部の資料として用意してもらったものだから、代金は必要ないわ」

「俺が心配するのはもっと別の部分だ。具体的に言うとお前の頭だ」

「あらひどい」

「お前、俺が魔法少女にならなかったらこの制服をどうするつもりだったんだ」

「私はね、真くん。あなたがいつかこれを着てくれるという妄想だけで、充分に幸せになれるのよ。そして今、それは現実になった!」

「なったのか、なるんだな……」

 他人事のように、諦めたかのように、真はそう呟いた。

 もはや逃げ場はない。

 あの、完全に女性用でひとみの趣味丸出しの私服を着るくらいなら、男女の差が少ない制服のほうがマシだろう。

 そうやって自分を誤魔化した。

 しかし、もちろんそんなに甘くはない。

「さあ、着替えましょう。真くんの生着替えよ。なにかわからないことがあったら言ってね! 夢にまで見た真くんの生着替えよ……」

 満面の笑みを浮かべ、眼を爛々と輝かせながら、ひとみはその制服を手渡してくる。

「……スカート、だけでいいよな?」

「……いい、真くん、あなたはマコピュアなのよ? これはただの女装じゃないの。マコピュアになりきるのよ。ほら、こっちに下着も用意してあるわ。これを身に着けて、心も身体もマコピュアをして生まれ変わるのよ!」

「か、身体は無理だろ」

「変身すればいいじゃない」

「変身しても付いてるものは付いたままだ」

 これまでも何度か確認してみたが、変身後も身体そのものは変化していない。

 変わるのはあくまで衣装であり、身体能力なのだ。

「なんだ、そうなのね。でも、その方がいいかも」

「なにがいいかもだ……。とにかく、スカートだけだぞ」

「真くんはどんな下着穿いてるの?」

「……なんだその質問は……普通のトランクスだよ」

「じゃあスカートが捲れた時、その下着が見えたらどうするのよ!? 魔法少女が! トランクス!? ありえない!」

「いや、変身後は穿いてるものも変わるからな。お前だって知ってるだろ」

「大切なのは心の持ちようだと言っているのよ」

「とりあえず、まずはスカートだ……」

 あまりにも煩いひとみを黙らせるように、真はひとみが手に持っていたスカートを奪う。

 手に取り、広げてみて、そのズボンとまったく違う存在にあらためて言葉を失う。

 これまでも、魔法少女に変身した後には成り行きでスカートを身につけていた。

 だが、今は、自分でこれを穿かねばならないのだ。

 自らのその姿を想像し、真は大きなため息を付き、なんとか心を決める。

 その後ろでは、ひとみが待ち構えるように目を光らせていた。

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