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スーパーヒーロー少年(魔法少女)  作者: シャル青井
第六章 信じた道を行け!
17/23

信じた道を行け(前編)

 そして放課後。

 真とひとみは、二人で街へと繰り出していた。

 もちろん目的は、次なるボーゼッツの出現予定箇所の確認である。

 真の変身や今後の方針など問題はまだ山積みではあったが、ボーゼッツが出現する以上、それを確認、把握しておく必要はある。

 自分自身の中でもいまだ悩みは多いが、それでも、現れるであろう怪物を放置したままにしておくことは真にはできなかった。

 そうした事情を抱えたまま、二人で並んで、駅の側の商店街を歩いて行く。

 外から見たら、これはどういう光景に映るだろうか。

 ちょっと想像するだけで真はすぐさま答えに突き当たって、マフラーで口元を隠す。

 その想像を補完するように、真の横ではひとみが楽しそうに、ウキウキと軽い足取りで歩いてる。

 その足取りが軽ければ軽いほど、反比例して真の足取りは重くなりがちなのであるが。

「そうだ、ちょっとあそこの小物屋に寄って、なにかアクセサリーでも買っていきましょうか」

「……いつも思うが、部活はいいのか? これじゃあ帰宅部と変わらないぞ……」

 真が指摘するように、彼らが被服研究部として放課後に家庭科準備室で活動するのは多くても週に二度程度だ。

 顧問も事実上名義だけであるため誰もそれを咎めるものはいないが、あまりにも自由奔放すぎるのではないか。

 もし、魔法少女活動のためにこのような状況になっているのだとしたら、真としても色々な意味で不本意である。

 だが、そんな真の心配とは裏腹に、ひとみは自信満々で、楽しそうに笑いかけてくる。

「もちろん、これも部活動の一環よ」

「はあ?」

「被服研究部の活動はなに? はい真くん答えて」

「えっと、そりゃ、なんか服とかの研究じゃないのか……」

「では、その服は誰が着ているのかしら?」

 その禅問答のようなひとみの質問に、真は首を傾げるばかりである。

「……人間か?」

 質問への無関心と掴みどころのなさに投げやりにそう回答するが、ひとみはそれを聞いて満足気に口元を歪めてみせる。

「そう、真くん大正解」

「そりゃどうも」

「服を着るのは人間。そしてそんな人間は街に出ないと見られない。学校にいるのは、同じ服を着た同じような連中ばっかりだし……」

 そう言われては、真も返す言葉がない。

 真だって、いつも同じ制服を着て、特に工夫もせず毎日を過ごしている。

 しかし、ひとみが見ているものは異なるらしい。

 どこか嬉しそうに微笑み、その細い指が真の首元を指し示した。

「そんな中で私が真くんに注目した理由の一つは、そのマフラーなのよ。あの没個性の中で、その赤いマフラーはひときわ目立ってた」 

 真っ直ぐな言葉と視線が真を貫く。

 なにも言わず、真はそのマフラーで口元を隠す。

 確かに宇佐美真は、入学初日から一貫してこの赤いマフラーをつけていた。

 薄手の、スカーフのようでもある、鮮やかな赤い大きめのマフラー。 

 授業中などは外したりもするが、それ以外の時はずっと身に着けている。

 それに対し、誰もなにも言ってこなかった。

 あくまでただのマフラーなのだ。校則などで縛ることなどできない。

 からかって手を出してきそうな面々は、既に宇佐美真の名前を知っており、むしろマフラーを見たら避けて歩くほどであった。

 真はそれでいいと思っていたが、まさかまったく別の目でこのマフラーを見ている人物がいたとは。

「真くんは、どうしてずっとそのマフラーをつけているの?」

 それは、何気ない質問だったのかもしれない。

 仮にも被服研究部の部長と名乗るひとみである。

 純粋な疑問だったのかもしれない。

 だが、真はそれを聞いて立ち止まり、言葉を探した。

 探して、絞り出した言葉は……。

「それ、答えないと、いけないか?」

 口元を隠したままのくぐもった声で、真はただそう口にした。

 少し前にいたひとみが振り返り、真の顔を見る。

 目が合う。

 もう、ひとみの眼も好奇心ではなく、真剣な光を宿している。

「私は最初、被服研究部としての興味で、この質問をしたわ」

 もう完全に身体を真の方に向けて、ひとみはさらに言葉を続ける。

 少しずつ、距離が詰まる。

「でも今は、真くんの心境が、過去が知りたい。マフラーではなく、真くんが知りたいの。パートナーとして、恋人として」

「恋人じゃない。それに、大した理由なんか無いぞ。聞いてもガッカリするだけだ」

 向き合えず、顔を背ける。

 だが、ひとみは諦めることなく、回りこんでさらに真に顔を寄せてくる。

 逃げ場がなくなっていく。

「じゃあ真くんから直接聞いて、それでガッカリしたい」

 キッパリとそう言われてしまい、真は困惑を誤魔化すように頬を掻く。

「本当に、大したことないんだがなあ……」

「大したことないのなら、さくっと言っちゃえばいいじゃない」

 ひとみの言葉はブレることなく真を捕まえようとする。

 逃げ場がないことを自覚しながらも、真はまだ、言葉を濁そうとする。

 自分自身でも、逃げようとしていることはわかっているのだ。

 だが、自分は、いったいなにから逃げようとしているのか。

 その答えは、ひとみが抉り出してきた。

「……そのマフラーは、真くんのヒーローとしての証じゃないの?」

「ヒーローの、証……」

 それを聞いて、真は、頭を金槌で殴られたような気分だった。

 するするとマフラーを解き、あらためてそれを見つめる。

 真も、ひとみも、その赤いマフラーに目を落とす。

「……このマフラーは、俺が小学生の頃、見様見真似で巻いたのが始まりだった」

 そうして、真はぼんやりとそうつぶやきだす。

 ひとみに聞かせるのではない、自分自身が確認するかのような、曖昧な声。

 ひとみがただ聞いているだけなのを確認して、真はさらに言葉を続ける。

「マフラーさえ巻いていれば、俺が正義なんだって……、周りもそんな風に思ってくれて、あの頃は、そんな単純な世界だった」

 マフラーをぼんやりと手にしたままそう口にすると、真の言葉はどこかに流れていく。

 マフラーも、同じように風に流されそうになる。

 だが、それをひとみが掴み取り、握りしめた。

「じゃあ、今は違うの」

「正義のヒーローなんて、どこにもいない。真の悪がどこにもいないように。俺はそれから目を背けていただけだったんだ」

 不良を追い払っても、街をパトロールしても、真は正義のヒーローではなかった。

 ボーゼッツという怪物が現れて、自分が魔法少女になっても、根本の問題はまだくすぶり続けている。

 正義のヒーローなんて、どこにもいない。

「私は、そうは思わないけれど」

「お前になにがわかるんだよ」

 無責任なひとみの言葉に、真は突き放すようにそう吐き捨てた。

 吐き捨てて、少し後悔したが、ひとみはまったく動じることなくなお強い眼を真に向けている。

 そして、吐き捨てられた真の弱気をまるでどこかに蹴り飛ばすかのように、真に向けて言葉をぶつけてきた。

「私は、そんな正義のヒーローに助けてもらった。そのことを、真くんはもう忘れてしまったのかしら?」

 ひとみは笑っていた。

 力強く、そして楽しげに、真に微笑みかけていた。

「私は、その正義のヒーローをサポートするパートナーになったはずなんだけど」

 そう告げた時のひとみの口元は、まるですべてを理解していると言いたげに吊り上がっていた。

 それを聞いても真はなにも言い返せない。

 言い返せないまま心の中で感情が渦巻く。

 自分はまだ正義のヒーローなのだろうか。

 だがそれさえも、ひとみは笑い飛ばした。

「真くんが悩んでいるのが、あのもう一人の魔法少女の言葉のせいなのだとしたら、もう無視しちゃえばいいじゃない」

「無視……」

 真を縛っていたのは黒い魔法少女の言葉だけではなかったが、そのひとみの乱暴な意見は、それを考えることすら馬鹿馬鹿しいものだった。

「魔法少女が一人でいいなんて、こっちからすれば知ったことじゃないし、真くんは真くんの目的で正義のヒーローを続ければいいのよ」

 ひとみの言葉が必ずしも真の心境を代弁していたわけでもないし、真にとって完璧な奮励の言葉だったわけでもない。

 むしろ無責任な意見の押し付けだ。

 だが、今の真には、そのいい加減さこそが背中を押してくる。

 俺は、まず、自分と向き合うべきだったのだ。

「……ひとまず、ボーゼッツの発現場所を探そう。考えるのは、後だ」

 そう切り出して、真はようやく一歩を踏み出せた気がした。


 そうして二人がたどり着いたのは、商店街から少し離れたところにあるオフィスビル街の立体駐車場である。

 三階と屋上の、特に変哲のない建物だ。

 詰め所らしき場所もあるが、ほとんど人の気配はしない。

 しかしそこで真は異常に気付く。

 駐車場から漏れてくる、人間のものとはまた違った魔力の奔流のような気配。

 横目で見れば、ひとみも同じように警戒心を宿した眼で駐車場を見つめている

「気が付いたか……」

「ボーゼッツ? にしては力が奇妙ね……。もしかして、シケルトンのほう?」

「にしても、なにか違う気がする……。いずれにしても、ボーゼッツもここにいるのは間違いないんだ。確認だけしておかないとな……」

 顔を見合わせ、頷き合う。

 そうしてゆっくり駐車場に近付き、気配のする上の階へと上がっていく。

 ひとみの能力が発動しているため一般人がいても自分たちは意識されないが、もし敵がいるのなら話は違う。

 いつでも変身できるように真はバックルを手に持ち、中の様子をうかがう。

 奥に、緩慢に動く影が見える。

 駐車場の利用者にしては、車に対してなにかをしようとする素振りもない。

 間違いなく、別の目的でここにいる存在だ。

 となれば、真は迷ってはいられなかった。

「お前はここで待っていろ……」

「真くん!?」

 ひとみの返事を聞くより先に、真はバックルを持ったまま走り出す。

 まだ変身はしない。

 万が一、相手が一般人である可能性もあるからだ。

「魔法少女の敵が車上荒らしというのも、どうにも格好がつかないしな」

 その予想はハズレだったが、その判断は正解だった。

 影の正体が判明して、真は急ブレーキで車の陰に隠れ、手で後方のひとみを押し留めた。

 そこにいたのは、他ならぬもう一人の黒い魔法少女、椚雅美だったのである。

 もちろん、変身後の姿だ。

 どうやら彼女もボーゼッツの調査をしているようだ。

『真くん、いったいなにがあったの?』

 バックルを通してのテレパシーでひとみが質問してくる。

 真は一瞬悩んだが、正直に、あるがままを伝える。

「……あの、黒い魔法少女がいる」

『なんですって!』

 バックル越しでも、ひとみの驚いた感情が伝わってくる。

『ど、どうするの!?』

 その質問に、真はしばし沈黙した。

 真自身、まだ迷いがある。

 しかし、ひとみの言葉を思い出す。

「そうだ、無視すればいい。俺は、俺なんだ……」

 自分に言い聞かせるようにそうつぶやき、ゆっくりとバックルを腰に当てる。

「変……身ッ」

 ピンクの光が薄暗い駐車場に溢れる。

「これは、なに……?」

 当然、黒い魔法少女の驚きの声が聞こえる。

 そして光が晴れると、そこには薄い水色を主体としたフリフリの衣装に身を包んだ、宇佐美真が立っていた。 

「さあ、もう後には引けないぞ……」

 さらに自分を鼓舞する言葉をつぶやき、ゆっくりと、車の陰から姿を現す。

 二人の魔法少女。

 真は初めて、椚雅美と、魔法少女として対峙する。

「あら、あなたは……いや、別人なのね」

 真の姿を確認して、黒い魔法少女が静かにそう口にした。

 どうやら、ひとみとの差異はわかるらしい。

 では、自分の正体そのものは、宇佐美真として認識されているのか。

 そこまではわからない。

 しかし、全てはもう動き出している。

「あなたもここに来たということは、この怪物の繭を認識しているということね。丁度いいわ。あなたに、真の魔法少女がどちらか、決闘を申し込みます」

「決闘……」

 予想していなかったわけではない。

 あの言葉から考えれば、もう一度遭遇した時、こうなる可能性は充分あった。

 緊張を押し殺すように拳を握り、次の言葉を待つ。

「今からでもいいのだけれども、もっとちゃんとした証人が必要ね。明日の夕方、前回のデパートの駐車場で待っているわ」

 真はそれを無言で聞いている。

 否定もせず、ただ強い眼光だけを向ける。

 それを見て、黒い魔法少女もまた、無表情で視線を交錯させてくる。

「その眼、同意と見ていいのね。じゃあ、また明日。待っているわ……」

 そして一方的にそれだけ宣告し、そのまま駐車場から飛び去っていった。

 無人となった駐車場で、真はただ、その場に立ち尽くしていた。


「決闘なのね……」

 黒い魔法少女がいなくなったのを確認して、ひとみも真の元へとやってくる。

「決闘か……」

 真自身も現実を確かめるようにそうつぶやいた。

 なにができるのか。

 なにをすべきか。

 なにがしたいのか。

 もう一度、それを考え直すのだ。

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