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スーパーヒーロー少年(魔法少女)  作者: シャル青井
第五章 己の望みを言え!
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己の望みを言え(後編)

「……失礼します」

 生徒会室は真の想像とは異なり、こざっぱりとしていて少しばかり殺風景にも見えた。

 長机を二つ合わせたものが中央に置かれ、周囲にはよく整頓された棚がいくつかあるだけだ。

 特に装飾品の類もなく、機能性ばかりが重点されている。

 その中にあって真の目を引いたのは、机の上に無造作に広げられた数枚のプリントアウトされた画像だった。

 そのどれもが、昨日の黒い魔法少女のものだ。

 真自身も昨日その現場にいただけに、あの少ない観衆からよくこれだけの枚数を集められたものだと感心する。

 幸いにも、一目見た感じでは真が写っているものはなさそうだった。

 それどころか、ひとみの魔法少女もほとんど写っているものがない。

 あの黒い魔法少女のみに焦点が当てられているものばかりだ。

「どうぞ。座って」

「はあ」

 椚の外見そのままの、クールさが音になったかのような、抑揚のない言葉。

 一方の真も気のない返事で答えながら、ゆっくりとその生徒会長と向き合って座る。

 その間も、真の視線は目の前の写真に向けられたままだ。

「その画像、そんなに気になるかしら?」

「ええ、まあ……」

 椚の隙の見えない質問に、答えようもなく曖昧な返事をする真。

 そんな様子に椚は満足げに頷き、じっと真の顔を見つめてきた。

「なるほど、噂通りね。宇佐美真くん、あなた、口は堅い方?」

 そして椚雅美は、変わらず静かな声色のまま、そんな質問を口にした。

 だがその口調とは裏腹に、椚の眼は、全てを見抜こうとするかのような鋭く冷徹な光を宿している

 向き合い、視線が交錯するだけで、真は緊張感で背筋が痺れてくる。

「堅い、とは思いますが……」

 適当なことを言ってどうにか誤魔化そうという意思に蓋をして、真は、最低限の真実だけを口にした。

 嘘で取り繕っても失敗するだけだろう。

 それに元々、まともに人と話すことも少ない真である。

 あまり他人についての話などしたこともないし、そんな話題には興味もなかった。

 おそらく、誰かに秘密を語ることなどあるまい。

 ひとみはその相手にはあまりに不適切だし、立花など論外だ。

 それを堅いとするのなら、概ね堅いといえるだろう。

「そう。それはよかったわ。じゃあ、今から話すことは、この生徒会室にいる二人だけの秘密ということでお願いできるかしら?」

「はい……」

 元々言い触らすつもりなどなかったが、その鋭い眼光に負けた真は、なんの反応もできずただそう頷くことしかできなかった。

「そこに画像があるでしょう。魔法少女の画像。まずはそれを見てもらえるかしら?」

「……昨日の、黒い魔法少女……」

 椚が指し示すのは、机の上に置いてある黒い魔法少女の画像。

 こうして見比べると、面影はあるように思えるが、目の前の生徒会長は別人のようにも思えてくる。

 それはあの結界の効果が、真にも浸食しているということなのだろうか。

 だが真の心境など気にすることもなく、椚はさらに話を進める。

「そう、魔法少女グランツナハト。昨日鮮烈なデビューを飾った、真の魔法少女よ」

 それまでと打って変わり、魔法少女の話題となると、突如、椚の口調に熱が帯び始める。

 その豹変ぶりを見て、真は、自分の中にあった予感を越えた、危機のようなものを感じずにはいられない。

 いまからこのスーパー生徒会長が口にするのは、とんでもなく恐ろしいことなのではないのか。

 もちろん、その予測はただの当てずっぽうではなく、今の場の空気と、揃えられた状況証拠によって導き出されたものだ。

 それゆえに、準備はできても避け難い。

 そして、予想されていた、だが想像を超えた言葉が椚の口から飛び出した。

「そしてその黒い魔法少女、グランツナイトの正体は、私、椚雅美なのよ」

 一点の曇りもなく、自信に満ちあふれた口調で、椚雅美はその事実を高らかに宣言した。

 自ら正体を明かすことまでは真にも予想できたことであったが、これほどにまでストレートに、自信満々で宣言されるとはまったく考えてもいなかった。

 唖然として、椚の顔を見る真。

 だが椚は、真の表情の中にあった驚きの質を汲み取ったらしい。

 真の顔を見て、静かに微笑みかけてくる。

「ふーん、その様子だと、ある程度予測はできていたみたいね」

「あ、ええ、まあ、なんとなくは……」

 図星であった。

 だが、自分も魔法少女だから察知できた、とは流石に言えない。

 椚がまだ真の正体に気が付いていないと思われる以上、手札は隠しておかなければいけない。

 ましてや、昨日のあの言葉もある。

 椚にとって、あの黒い魔法少女にとって、他の魔法少女は相成れない存在であると考えている可能性は高い。

 余計な真実は伏せておくに限る。

「なるほど、筒橋高校ナンバーワンの魔法少女マニアは伊達ではないということね。流石に感心したわ」

「はい?」

 予想もしなかった自分への評価に思わず声が出てしまう。

 筒橋高校ナンバーワン魔法少女マニア。

 あまりにも無体な評判が途方もなく一人歩きしていることに真は頭を抱える。

 確かに、魔法少女の正体がバレてしまうよりはマシではあるが、それにしても限度はある。

 自分の知らないところで自分に対する滅茶苦茶な評価がなされていることをどう受け入れればいいのか。

 これでは、勝手な妄想をされている魔法少女と大して変わらないではないか。

 宇佐美真は、変身もしていない、自分自身そのものであるというのに。

 だが、椚には真のそんな反応さえ折り込み済みだったようだ。

 悩む真を一瞥すると、特に気にすることもなく話を進めていく。

「一年A組に熱心に魔法少女の情報を集めている生徒がいるという評判は、三年生にまで伝わってきていたわ。まさかこんなかわいらしい子だとは思わなかったけど。まあそれはいいわ。それより、そんなあなたにだからこそ、私も頼みたいことがあるの」

 その一言で、真も再び緊張感を取り戻す。

 あの黒い魔法少女が、その正体を打ち明けてまで頼みたいこと。

 考えるまでもなく、それは真の魔法少女としての存在、いわゆるマコピュアにとっても問題となるはずだ。

 じっと口を閉ざし、その後に続く言葉を待つ。

 そして、椚の口が開かれた。

「あなたに私の、グランツナイトのプロデュースをしてもらいたいの」

「え?」

 真はまず、信じ難い言葉を聞いたその耳を疑った。

 そして、言葉の意味を理解しようとしてそれを放棄した。

 最後に、椚が自分がなにを言ったのか理解しているのかを疑った。

「プロ、デュース……?」

 思考停止寸前の中、真はなんとかその言葉を絞り出す。

 なにかの間違いか、その意味を理解しているのか、それを確認せねば。

 だが、椚の返事は真にとって無慈悲なものであった。

「ええ。魔法少女マニアであるあなたの知恵と情熱を、私の、グランツナイトの今後の為に貸してもらいたいの」

 どうやら間違いでも勘違いでもないようである。

 だが、様々な問題を脇にどけたとしても、黒い魔法少女のために真になにができるというのか。

 真面目に考えてもよくわからないし、そもそもなぜ、そんな敵に塩を送るような真似をしなければならないのか。

 考えれば考えるほど、理解が遠ざかる。

「……それ、本気で言っているんですか……」

 煽りではなく本心で、真はそれを尋ねていた。

 このスーパー生徒会長様は、いったい自分になにを求めているのだろうか。

 それが見えないのが、真にとってもっとも引っかかる点であった。

「ええ。今のグランツナイトに足りないのは、グランツナイトの強みを客観的に見て、それを伝えてくれる存在。魔法少女にマスコットがいるように、グランツナイトにも、それを支える相棒が必要になるわ」

 そう語る椚の眼はいっさいブレることなく真を見つめていて、真は目の前の黒い魔法少女の変身者が完全に本気であることを思い知る。

 だが、だからこそ、真は目の前の人物とは相成れないことを確信する。

 彼女は黒い魔法少女で、自分は先に存在した魔法少女だ。

 魔法少女は一人でいいと言う以上、そこに交わる道はない。

 そして真は、それをゆっくりと言葉で示した。

「あいにくですが、俺は、あなたの力にはなれません」

 単刀直入でシンプルな意思表示。

 それを聞くと、面食らったように椚の眉がつり上がる。

「理由を、聞いてもいいかしら?」

 当然ではあるが納得がいかないらしく、椚はよりいっそう感情を押し殺して尋ねてくる。

 真にとって理由は少なくはない。

 だが、最大の理由は口にはできない。 

「俺、もう片方の魔法少女派なんで……」

 それゆえに真は、出来うる限り真実を伏せて、ただそう答えるだけである。

「どうして……」

 椚の口から、ただひとことそう漏れた。

 それは、これまでとはまったく異なった、感情に揺れたひとことだ。

 しかし、椚はすぐにそれを制御して、あらためて、元の抑揚のない口調に戻って言葉を続けた。

「どうして、私ではなくあの魔法少女を支持するのか、あなたの中に理由はあるのかしら?」

「理由は……」

 反射的にそう口にしながら、真は必死に次に使う言葉を探す。

 単純に、理由だけなら山ほどある。

 だが、自分の情報を限りなく隠蔽しつつ、この目の前の人物を納得させるとなると、途端に使えるものが限られ、消えていく。

「……好みの問題、じゃ駄目ですか?」

 結局真がたどり着いたのは、そんな単純な感情の主張だった。

「好み、ですか」

 それにはさすがの椚も返す言葉が見つからないらしい。

 それだけつぶやくと、まるで思考停止してしまったかのように動きを止め、しばしの熟考へと入ってしまった。

 不自然な沈黙。

 もう全てを言い終えた真は、なんとかしてこの状況を打破して脱出を図ろうとしていたが、立ち上がろうとしたその瞬間に、先手を打つかのごとく椚が先に口を開いた。

「あなたが向こうの魔法少女が好みだというのは、私たちに相互理解が足りない為ではないかしら」

「相互理解……」

「そう、あなたは私とグランツナイトについて、まだほとんど知らない。私も、あなたのことを知らない。だからこそ、お互いを知る必要があるわ」

 椚はそう言って、真の顔をじっと覗き込んでくる。

 真は思わず息を呑む。

 黒い魔法少女の印象が強く、冷たく近づきがたい雰囲気ばかりが残っていたが、こうして近くで見るとその顔はやはり美しく、それ以上に、情熱の光が奥底に宿っているのが感じられた。

 あの黒い魔法少女もまた、強い意志の力で動いているのだ。

 それが真自身とはまったく重なり合うことがなくても、そのことを現実として認識するだけで、世界のヴェールが一枚剥がれたような錯覚を受ける。

 自分はもっと、世界を知らなければいけない。

「知るって、一体なにをするつもりなんですか……」

「宇佐美真くん、あなた、私と付き合う気はないかしら」

「え?」

 予想もしていなかった提案に、真の思考は一瞬で真っ白になった。

「付き合うというのは……」

「恋人同士にならないか、ということね」

 椚は事も無げにそう告げるが、真としてはまずそれがどういうことなのかを処理しきれていない。

 自分が、このスーパー生徒会長様にして黒い魔法少女と、恋人になる?

「いや、いや、どうしてそうなるんですか」

「あなたに知ってもらいたいし、あなたのことが知りたいからよ」

 動揺して声も乱れる真とは対照的に、椚は相変わらず抑揚の少ない声で、自らの提案を述べ続けている。

 真の立場からすれば、その提案を受け入れることなど不可能であるのだが、心情的には揺れ動くのを止められない。

 一度世界を知りたいと思ってしまった以上、心の隙間に誘惑と衝動が忍び込んでくるのだ。

 しかし、真の悩ましき思案は、強大な闖入者のよってあっさりと壊されることとなった。


 二人の悩む魔法少女のいる生徒会室に突如ノックの音が響く。

 控えめだが、どこか乱暴さを感じさせるような、粗いノックだ。

「お客様かしら」

 すぐさま反応した椚が立ち上がり、ドアを開ける。

 するとそこには、真が今この場、この状況で、もっとも会いたくなかった人物が立っていた。

「なるほど、ここにいたんですね、真くん」

「あなたは確か……被服研究部の……」

「追川ひとみです」 

 椚の言葉に返事をするひとみは、まさに先ほどのノックと同じく、一歩引いたような感覚と相手を威嚇するような鋭さを合わせ持っていた。

 もちろん、ひとみと真の関係など知る由もない椚は、そんなひとみの態度に戸惑いを隠せない。

「追川、なんでここに!?」

 だが、この状況にもっとも戸惑っているのは、他ならぬ真であった。

 ひとみの視線が一瞬、椚から真へと向けられる。

 鋭い矛のような眼だ。

 その、どこか仁王立ちのようにも見えるその姿から、よからぬ感情と言葉を秘めているのが見て取れる。

 もちろん、ただ見ただけではわかるまい。

 真がこの一週間で見抜けるようになったものだ。

「生徒会室になんの御用かしら? 部費の予算増額?」

「いえ、それは今日はいいです。それより、ウチの宇佐美真がここにいると聞いて様子を見に来たのですが、まだかかりそうですか? 被服研究部でミーティングがあるんですが」

「ウチの……」

 内心に渦巻いているであろう感情を表面上はまったく見せることなく、ひとみは椚にそう言って微笑みかける。

 しかしその瞳の奥では、ドス黒いなにか揺らめいているのを真は見逃さない。

 椚の方も事態の異様さを察したのだろう。

 ひとみに見えないように真に微笑みかけると、そのまま、机の上の書類を整頓し始める。

「まあ、話はまた後日ということで。それじゃあ宇佐美くん、今日の件、考えておいて」

 そう言われると、真ももう引き下がるしかない。

 迎えに来たひとみと共に、そのまま生徒会室をあとにした。


「それで、重要な話し合いを放り出して、一体なにをしていたの?」

「生徒会長直々に呼び出されたんだ、仕方ないだろう……」

 家庭科準備室にやってきた真を待っていたのは、当然、追川ひとみによる厳しい追求だった。

 昼食を食べながら、幾つもの質問を受ける。

 なぜ呼ばれたのか。

 何が目的だったのか。

 どうしてついていったのか。

 だが、真はその内容をほとんど語らずにいた。

 せいぜい、あの会長が魔法少女に興味を持っているということくらいだ。

 その正体をひとみに明かすのは色々な意味で危険な気もしたし、その後の付き合って欲しいという話は、それこそストレートに巨大な危機になりかねない。

 しかし、黒い魔法少女との関係は、今後、間違いなく問題となるであろう。

 自分は変身を止め、椚に今後を任せるのか。

 それとも、自分もまた変身して、黒い魔法少女と並び立っていくのか。

 決断せねばならない。

 だが真は、まだ自分の望みを消化しきれていなかった。

 魔法少女は、一人でいいのか?

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