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スーパーヒーロー少年(魔法少女)  作者: シャル青井
第五章 己の望みを言え!
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己の望みを言え(前編)

 謎の魔法少女の登場から数分後。

 真は、そのデパートの中にあるフードコーナの隅に座っていた。

 目の前にはもう一人の魔法少女であった追川ひとみと、うさぎのぬいぐるみのような存在、ルイスがいる。

 バックルのテレパシー機能を使って合流し、こうして向かい合っているのである。

 だが、いざ目の前に相対すると、なにを言っていいのかわからなくなる。

 昨日の昼休みに別れてからのこの一日の間に、あまりにも色々なことが起こりすぎた。

「つまり、だな……」

 言葉を探しながら、真はどうしていいかわからずにマフラーで口元を隠す。

 言うべきことも、聞くべきことも、言っておきたいことも山ほどある。

 しかし、今の真の脳裏に焼き付いている光景はただひとつだ。

 戦い、傷付くひとみを前に、自分は変身さえできず、新たな魔法少女が出てくるのを見ているだけだった。

 それだけである。

 なにもできなかった。

「助けられなくて、すまなかった……」

 堪え切れず、真は静かに頭を下げた。

 文句を言いたかったはずなのに。

 不満爆発させようしていたのに。

 注意をしようと考えていたのに。

 だがそれらよりも先に、真は、自分の過ちを吐き出した。

「真くん……」

 その態度に、謝罪された側のひとみもただただ困惑するばかりだ。

 今はあの魔法少女の衣装から見慣れた制服姿に戻っており、外見だけ見る限りどこにも傷などもない。

 真もそうだったが、魔法少女の姿の間は、外傷や衝撃などは全てあの衣装や力が肩代わりしてくれるらしい。

 つまり、あの時のひとみも魔法少女だったということであろう。

 それは真を少しは安堵させたが、それでも、ひとみを危機に晒してしまったという事実が消えるわけではない。

 ましてや自分は、それをただ見ているだけだったのである。

 正義のヒーローに憧れて、自称して、力まで手に入れたのにもかかわらず、真はなにもできなかったのだ。

 しなかったのだ。

 そのことが、真の心に重くのしかかリ続けている。

 そんな真に対し、ひとみは小さく首を振った。

「私の方こそ、真くんに謝らないと……」

 ゆっくりとした言葉とともに、真っ直ぐな瞳が真をみつめてくる。

「ああやって……、自分で戦ってみて、真くんがどれだけ危ないことをしているのか、やっとわかった……ごめんなさい」

 そう語るひとみの表情には恐怖の色が滲んでいる。

 あの一方的な戦いでは無理もあるまい。

 そもそも追川ひとみは、これまでの人生の中で、あのような暴力と敵意に対峙したことなどなかったはずだ。

 それを思うと、真の胸の奥に積もった泥はまた重くなる。

 自分が戦っていれば、ひとみはそんな恐怖を知らずにいられたはずなのだ。

「……あの変身は、いったいどういうことなんだ……」

 ひとみの言葉に答えることもできず、自分の感情とも向きあうこともできず、真は誤魔化すようにそう尋ねた。

「あれは簡単に言えば、僕らキーボンに備わった緊急処置システムの応用みたいなものだピョン」

 その質問を聞くや否や、それまで黙っていたルイスが、待ってましたと言わんがばかりに饒舌に語り出した。

「……よくわからんが、俺の変身とは違うのか?」

「原理というか、大元としては概ね一緒だウサ。むしろ、ベースとなる要素としてはこっちのほうが上ともいえるピョン」

「そうなのか……」

 それまでの空気をまったく考えてもいないような自慢げなルイスの態度に、真は呆れながらも気持ちが切り替わっているのを自覚する。

 もっとも、このウサギにそんな意図などないだろうというのも真は確信していたが。

「真の力の根源は希望の石に込められた願いだけれども、今回のひとみの変身は、僕が貸した完成形のキーボンの力そのものなんだウサ。まあ簡単に言うと、誰でも最初から強い力を出せる、初心者用の構築済みシステムってところだピョン」

「……真くん、ルイスさんがなに言ってるかわかる?」

 ぼんやりと把握しようとする真だが、一方で変身した当事者であるひとみはまったく理解できていないようである。

「ようするに、お前の変身は誰でも美味しく作れて食べられるカップラーメンで、俺の変身は職人の腕が必要な生麺ということことだろう、多分」

「それもなんか違う気がするウサ……」

「仕組みなんてどうでもいいんだよ。それより、ひとみの変身は問題なかったのか?」

「もちろん、問題がないわけじゃないピョン」

「なにがもちろんだ!」

 真はルイスの耳を掴むが、すぐに周囲の目が向けられていることに気が付いてその手を放す。

 なにしろ、一般人にはルイスの姿は見えないのである。

 はたから見れば、真が一人でおかしな動きをしているようにしか映らないだろう。

 誤魔化すように咳払いをして、手を引っ込める。

 話の内容も内容だし、目立っていいことなど一つもない。

「それで、問題ってなんですか?」

 その一方でひとみは深刻な顔を浮かべてルイスを見ている。

 どうやらその問題も事前に話をしていなかったようで、真はルイスの態度に呆れ返るばかりである。

 しかしそこにも自分の責任もあることを考えると、真剣にならざるをえない。

 静かにルイスの言葉を待つ。

「さっきも言ったように、あの変身はあくまで応急処置的なものだウサ。だから一度アレを使うと、チャージやら手続きやらで、おおよそ一週間は再変身できないんだピョン」

「一週間!」

「一週間……それは俺もなのか?」

 思いがけぬその時間に驚きを隠し切れない二人。

 だが、ルイスの次の言葉で、その緊張感はあっという間に消えていくことになった。

「いや、真は関係ないウサ。あくまで僕の力を使った擬似変身についての話だピョン」

「なんだ……」

 流石にそれには真も拍子抜けである。

「つまり話をまとめると、ひとみがもう一度変身できるようになるのは一週間後ということか」

「それはまとめすぎのような気もするけど、まあそういうことウサ」

 ルイスは不服そうではあるが、自分に影響のないとわかった真は特にそのことを気にしない。

 となれば、ルイスの愚痴が始まる前に、他に確認しておきたい話題へと移るべきである。

 つまり、変身することによるひとみ自身への負担だ。

「肉体的な問題やリスクはないのか? あの変身に」

「ないわけじゃないけど、今回の場合は関係ないピョン。限界を超えた肉体酷使とか、各種能力の使用となると色々と代償が出てくるけど、ひとみはなにもしなかったも同然だったから問題なしだウサ」

 バッサリとそう切り捨てられては、真もひとみも一瞬言葉を無くす。

「そ、それはほら、あの変な魔法少女が現れたから……!」

 流石に気にしているらしく、必死に弁明するひとみ。

 だが、真の意見は正反対だ。

「いや、まあ、無理はしないほうがいい。無事が一番だ」

 真の目から見れば、あの魔法少女が現れなければもっと無残なことになったとしか思えなかった。

 無理をして肉体にまでダメージが来ていたとしたら、それこそ、真は立ち直れなかったかもしれない。

 そうして、真はひとみが無事だった理由の大元へと話を向ける。

 つまり、もう一人の魔法少女。

「それより、あの魔法少女は一体何者なんだ? ルイス、お前らの用意した別働隊か?」

 あの動き、あの衣装、そしてあのオーラ。

 どれをとっても真と同質の魔法少女であるのは間違いない。

 では、彼女は何者なのか。

「いや、僕もまったく関知しない存在だピョン。そもそもあんな魔法少女がいることがわかっていたなら、ひとみの変身をなにがなんでも止めていたウサ」

「それもそうか……」

 ルイスのその言葉に嘘はあるまい。

 感情的なものは別として、ひとみが変身したことによりもっとも損をしたのはルイスなのである。

 今後しばらく変身ができないことが問題なのは、おそらくルイスにとってのほうが大きいはずだ。

「まったく、なにが『魔法少女は一人でいい』よ。その言葉、そっくりそのまま返してあげたいわ」

 ルイスが困惑しながらも落ち着いているように見えるのに対し、ひとみは明らかに苛立っている。

「いやお前、助けてもらった立場だろ……」

「あいつに助けてくれと頼んだ覚えはないわよ」

 その言葉には明らかに棘がある。

「勝手に来て暴れてただけだし……。そもそも、私が真くんに助けてもらうチャンスを潰したのよ! そんなこと、許されるはずもないわ」

「いやいやいや」

 放っておくと際限なく妄想と暴言が広がっていきそうなのを察知して、真は慌ててひとみの言葉を遮る。

 だが、そんな言葉の中で、ひとみもまた真に助けられたいと考えていたのを知り、真の中で感情が複雑に混ざり合う。

 頼られていることへの安堵の心。

 魔法少女を辞めようとした反発。

 それでもそこに行った優柔不断。

 戦えないひとみの姿への哀れみ。

 ヒーローとしてのあり方の悩み。

 変身への迷いと、遅かった決心。

 そして、自分の手で助けられなかったという、事実。

「とにかく、今後はボーゼッツだけじゃなくて、あの黒い魔法少女のことも考えながら活動する必要があるわね。今のままだと、あちらに一歩リードされてしまった感じだし……。本当に、ごめんなさい」

 自分の不甲斐なさを思い出してか、ひとみはまた頭を下げる。

「いや、それはまあいいんだが……」

「でも、こうして真くんも戻ってきてくれたことだし、今度はこっちがあいつをギャフンと言わせる番よ! 今日の借りは必ず返すわよ、ねえ、真くん!」

「いや……」

 相変わらず一人で勝手に盛り上がっていくひとみに対して、真は、どこか冷めた気持ちのままそれを見ているだけだ。

「……あいつの言う通り、魔法少女は一人でいいんじゃないかな、とも思う」

 そして静かに、心の棘を引き抜くように、ゆっくりとそう告げた。

「えっ……」

 今度はひとみが言葉を無くす番である。

「いや、あいつ、多分ちゃんとした魔法少女だし、戦って平和を守ってくれるというのなら、様子を見てもいいんじゃないかって」

「ど、どうしたのよ真くん! 正義のヒーローじゃなかったの……」

「昨日も言っただろ。俺は見世物でも幻想でも殺戮装置でもない。魔法少女は、なんか、違う気がする……」

 歯切れの悪い言葉が真の心境を表しているかのようで、ひとみも、それ以上はなにも言い返さず少し考えているようであった。

 騒がしいフードコーナーの中で、二人の間だけが沈黙に包まれる。

「とにかく、俺の今後については、もう少しだけ考えさせてくれ。明日は学校にも行くし、被服研にも顔を出す。多分まだ次のボーゼッツの出現にもいくらか余裕はあるだろう。だからもう一度、あの黒い魔法少女の様子を見て……、すべてはそれからだ」

 それだけ言って、真はゆっくりと立ち上がった。

 だが、その言葉には強さがまったくない。

 なにも決められないまま、真はひとみたちに背を向けて歩き出す。

「真くん……」

 ひとみが名前を呼んだが、それ以上の言葉もなく、真は足を止めることなくただゆっくりと離れていく。

『魔法少女は、一人でいい』

 その言葉がまだ耳に残っている。

 それを肯定すべきか、否定すべきか。

 真はそれを決められずにいた。

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