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スーパーヒーロー少年(魔法少女)  作者: シャル青井
第四章 魔法少女は一人でいい!
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魔法少女は一人でいい(前編)

 公園の中央で光に包まれ、塵となり雲散霧消していくセミ型の着ぐるみ怪人。

 それを撃破した魔法少女は、残心を取り、背後のその気配を感じている。

「ありがとー! 魔法少女!」

 遊んでいた少年少女の声を背に受ける。

 彼らの親たちも拍手でもって、その魔法少女の奮闘を讃えている。

 その魔法少女の正体は、県立筒橋高校一年A組、出席番号二番、宇佐美真である。


 宇佐美真が魔法少女になってから一週間が経過した。

 その間に倒したボーゼッツの怪人はこれで四体目である。

 通算二体目のボーゼッツであるコウモリ型着ぐるみ怪人の時は、出現場所が郊外のマンション屋上だったこともあり、誰にも見られること無く倒すことができた。

 だが、次がよくなかった。

 クモ型の薄気味悪いボーゼッツが現れたのは、よりにもよって夕方のスーパーマーケットの駐車場だったのである。

 人々が、特に噂話が好きな主婦の方々が目撃する中での戦闘は、完全に、その魔法少女という存在をこの街にしらしめることとなったのである。

 元々、最初の戦闘の画像は個人単位ではそれなりに出回っていたのだが、一般の人々にとってその実在性は半信半疑だった。

 しかしスーパーでの一件の後、その存在を疑うものはいなくなった。

 少なくともこの街では。

 だが他の街、特に全国区のニュースが魔法少女に触れたという話は聞かない。

 ネットですら流れていないらしい。

 真が戻ってきたルイスに聞くと、どうやら最初の段階で張られたボーゼッツ側の結界によって、ボーゼッツ関連のニュースはこの街の中でとどまるようになっているらしい。

 この世界に進出するにあたり、あらかじめそういった結界などで地盤を固めておくのがボーゼッツの基本方針だという。

 だからこそ、ルイスたちキーボンもボーゼッツの動きを察知し、すぐ対応できるのであるとも。

「前にも言ったけど、絶望を回収するためのキャパシティの問題があるんだウサ。だからボーゼッツはひっそりと活動したがっているんだピョン」

「なるほどな……」

 しかし、真にとっても、ボーゼッツの戦いがむやみに拡散しないのはありがたいことであった。

「真くんが全国区のスターになるのは見てみたいような気もするけど、まだ時期尚早ね。まだまだ私にとっての魔法少女でいてもらわないと」

 追川ひとみは相変わらず勝手なことを言っているが、それでも魔法少女の話題がこの街を出ることに関しては、なにかしらの抵抗意識が働いているらしい。

 それは元々の本心なのか。

 それとも、結界によって認識が歪められた結果か。

 だがそれは真も同じで、この街で話題を終わらせたいという意識が強い。

 もちろん、真はそれが自分の意思であると信じてはいたが、必要以上にヒステリックになっている気もしている。

 自分の背後で誰かがささやいているかのような錯覚を覚えてしまう。

 もっとも、過程がどうあれ、その情報の閉息は真にとっては望ましい結果であるのは変わりない。

 街のローカルヒーローであるなら、まだ状況をコントロール可能な範囲だ。


(ほら、自己紹介。自己紹介しないと!)

 残心を取る真に、サポート役であるひとみからテレパシーでそんな指示が飛んでくる。

 変身時には、ひとみからこのようにテレパシーを受信できるようになっていた。

 一応双方向であるのだが、真からひとみにテレパシーを送るにはバックルに手を触れる必要があるため、真からはほとんど活用できずにいる。

 それもあって、ひとみの指示に対して反論している暇はない。

 真としては不本意ではあるが、 何度か手を交差させて適当なポーズを決め、一つ咳払いをした後、野次馬に向かって語り出す。

「えっと、悪に、ボーゼッツにこの街は渡しはしない。正義の魔法少女……あっそうか……、えーと、正義の魔法少女にお任せあれ! さらば!」

 たどたどしくそれだけ告げて、真は飛行能力を駆使してその場を離れる。

 見ていた子どももその親も、唖然とした表情で飛び去る真を眺めているだけだ。

 空からちらりと目に入ったその光景に、真はやってしまったという絶望感を強く感じてしまう。

 そしてそれに追い打ちをかけるように、ひとみから不満のテレパシーが入る。

(もう、どういうつもりなのよ、さっきの名乗りは!)

 そう言われても、真には返す言葉が見つからない。

 なにしろ一番後悔しているのは真自身なのだ。

 今まで、何度も何度も名乗りのシーンは脳内で妄想してきた。

 どう名乗れば一番インパクトが残るのか、カッコよく見えるのか。

 正体を隠しつつ、存在感は極大に。

 そう考えていたはずなのだが。

(どういうつもりなんだ、さっきの名乗りは……)

 過去の真も、ひとみと同じように先ほどの名乗りを責め立ててくる。

 心を殺してそれを無視して、真はなんとか少し離れたところで待っていたひとみと合流する。

 だが、状況はなにひとつ改善されてはいない。

「で、さっきのはなんだったの?」

 待ち合わせ場所に到着するなり、呆れた視線が真に向けられる。

 真にはその表情が、怒りというよりは失望に似た感情であるように見えた、

「……なんだ、と言われてもだな……」

 誤魔化すようにそうつぶやくが、その言葉はあまりにも歯切れが悪い。

 真自身の迷いが、そのまま言葉になったかのようである。

「せっかく、大衆に魔法少女の存在をアピールできるチャンスだったのに、いったいどうしたのよ」

「いや、少し考えてみたんだが……」

 ひとみのキツイ視線に相対しながら、真は、ゆっくりと意見を述べる。

 それはまるで、自分の中の迷いを言葉に組み上げようとするかのようでもある。

「あの魔法少女、名前とか決めた方がいいんじゃないか?」

 それが、真の中に生まれた迷いであった。

 魔法少女であることに不満や戸惑いは数あれど、この件に関してはそういった次元の話ではない。

 名乗ろうとして、真はその致命的な欠落にいまさら気が付いたのである。

「あっ……」

 ひとみもそれを聞いて、同じくいまさらのように驚いた表情を浮かべた。

「ないんだよ、名前が。だから名乗れなかったんだ」

 指摘を受けて、ひとみも言葉をなくして考え込む。

 あれだけ衣装を考えていたひとみだが、魔法少女の名前についてはなにも考えていなかったらしい。

「……えーと、『魔法少女まこと』でいいんじゃない、ひとまずは」

「いいわけないだろ!」

 ひとみの適当な返答に、真は思わず声を荒げる。

 言うに事欠いて魔法少女まことである。

 自分の名前であの魔法少女をするなど、自殺行為にも等しいことだ。

「あれはあくまで変身後の姿なんだ。なんで自分から正体をバラしていかないといけないんだよ」

「どうせバレないって」

 興奮する真に対して、ひとみの言葉には明らかに気持ちがこもっていない。

 真もそれを見ては、感情をむき出しにしていることさえバカバカしくなる。

「他人事だと思って……」

 思わずそうこぼすが、それを聞いたひとみは、今度はにっこりと笑って真を見つめてくる。

「むしろ他人事にしてあるから適当なことを言っているんじゃない。パートナーとして言わせてもらうなら、自分から積極的にアレは自分だとアピールしていくべきだと言いたいところね。むしろ私個人としては……」

「いや、もういい」

 ひとみがさらに続けたのは、聞くだけで気分が重くなるような主張である。

 自分からあの姿をアピールするなど、真は考えるだけでも背筋が寒くなる。

「なんにしても、ちゃんと名前を考える必要があるな」

 ひとみにそれ以上言葉を続けさせないために、真は強引に話題を引き戻す。

 あの名乗りのたどたどしさが、今も脳裏で真にのしかかる。

 もう二度と、あの悲劇を繰り返してはいけない。

「じゃあほら、アレとかどう? 前に名乗っていた、あのドラなんとか……」

「……龍聖騎士ドラグディンか?」

「そう、それ、そんな感じの。それでいいんじゃない? 変身した姿ってことになっているんでしょう、アレって」

「そうではあるが……」

 またも真は言葉を濁す。

 真がずっと抱き続けていたドラグディンのイメージとあの魔法少女とでは、あまりにもかけ離れている。

「いや、駄目だ駄目だ! ドラグディンは使えない。あれはあくまで正義のヒーローなんだ」

「でも、今の真くんだって正義のヒーローみたいなものじゃない」

「正義のヒーロー、か……」

 確かに、それはひとみの言うとおりではあった。

 ここまでまだ大きな問題にまではなっていないが、ボーゼッツと呼ばれるあの怪物たちは、確実に、街の危険の芽となる可能性を秘めていた。

 最初の橋の下に現れたイヌ型はともかく、マンションの上に現れたコウモリ型は明らかにマンション一帯を危機に晒そうとしていたし、スーパーマーケットのクモ型はまさに典型的ともいえる敵怪人の行動そのものであった。

 そして、公園に現れた今回のセミ型である。 

 もう少し遅ければ、公園にいた人々に被害が出ていたかもしれない。

 実際、子どもたちの目には恐怖の色が見えていた。

 だからこそ、怪物と戦う正義のヒーローが、希望の象徴が必要なのだ。

 それこそがあの魔法少女、すなわち宇佐美真自身なのである。

「……しかし、魔法少女なんだよなあ……」

 あらためて、真は自分の戦う姿を思い出し、嘆いた。

「でもグロくて変な怪物みたいな姿より、よっぽど安心させられると思うけど?」

「うっ……」

 その指摘に、真は少し言葉に詰まる。

 現実において正義のヒーロー的な行いをするのなら、助ける相手に不要な恐れを抱かせてもいいことなどない。

 敵と同じ力を使い、異形のヒーローとなったところで、外から見ればただ厄介な存在にしか思えないのかもしれない。

 そんなことを考える真に、ひとみがさらに追い打ちを掛ける。

「まあ実際、ドラグなんとかみたいな名前も違和感しかないし、ちゃん魔法少女らしい名前を考えた方がいいかもしれないわね」

「魔法少女らしい……」

 当然のように付いてくるその条件。

 真も考えてみるが、全く思い浮かばない。

 だが、黙っていては完全にひとみに主導権を握られてしまう。

「えっと、て、テイルファング、とか……」

「なんでしっぽと牙なのよ」

「なんで、と言われても……」

 実のところ、その単語選択に特に理由はなかった。

 真の知識の中で、なんとかして魔法少女らしいとおぼしき単語を組み合わせただけにすぎない。

 ファングは真自身もどうかと思ったのだが、慌てて言葉を探すとそれしか出てこなかったのである。

「もう少し、魔法少女らしい名前にしないと」

「じゃあ、お前はなにかあるのかよ」

 わかりきっていた部分に予想通りのケチを付けられ、真のイライラが蓄積していく。

「そうね……マコピュアとかどうかしら?」

「いや待て、なんかもう全体的に待て!」

 真は全力でその名前を否定する。

「なによ?」

「いいか、ちょっと冷静になれ。言いたいことは山ほどあるが、まず最初の一つだ。マコピュアの、マコってなんだ?」

 真が不服を突きつけたにもかかわらず、ひとみは待ってましたと言わんがばかりに勝ち誇った笑顔を向けてくる。

「もちろん、真くんの名前から取ったものよ」

「あ、やっぱり……」

 その時、呆れて声も出ないと言う体験を、真は知識ではなく経験として知ることができた。

「そこに純粋さをアピールするためのピュアをつける。どう、完璧な魔法少女でしょ?」

「……お前、少しは考えて喋れ」

 もはや自分の名前が入っているといった話ではない。

 まったく関係なくても名乗ることに躊躇してしまうレベルのネーミングである。

「テイルファングより意味は通ってると思うけど」

「意味が通ればいいってもんじゃない。なんだよマコピュアって……」

「いいじゃない、マコピュア」

 頭を抱える真だが、今の流れではマコピュアになってしまう可能性が非常に高い。

 結局、真は真正面からひとみに口論で勝てる術を持たないのだ。

「……まあ、明日までにそれぞれ考えてくるってことで、今日のところは解散だ」

「えー、マコピュアでいいじゃない」

「よくない」

「えー」

 有無を言わさずマコピュアを拒絶して、真はそのまま帰路につく。

 もう少し話をすべきとも思ったが、とにかく今は名前を考えなければいけないという意識が強い。

 もちろん、一人でだ。

 ひとみの合いの手が入ると思考がどんどん歪んでいくのは、この一週間で学習したことであった。

 必死に、なんとかしてマコピュアを避ける事だけを考えながら、真は帰り道、自分の世界へと没入していった。

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