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運の良い物乞い

作者: 古緑空白

 この街は旅行者が多い。観光地が近くにあり、そのための中継地点として使われる。

 その為に宿屋や飯屋が数多く存在する。住民には食い飽きた郷土料理を名物料理として売りに出す。

 ただ、観光地特有の問題がある。

 初見の旅行者にとってどの店が美味しいのかがわからないことだ。

 それをあっさり解決する方法はある、飯屋に与さない第三者からの証言だ。

 もちろん美食家ではない。尋ねるのは物乞いだ。

 彼らの生き方は綺麗とはいえないだろうが、有用ではある。

「なぁ、この町で一番美味しい店はどこだい?」

 町の物乞いの一人である彼は壮年と言っていい年だ。身形は汗と埃にまみれた茶色の外套を身にまとい、靴は履いていない。痩せた体つきで、彼は尋ね人である彼女を見上げた。

 彼女を見て彼が思ったことはまず価値の大きさだ。卑屈になっているわけではないが、高級品である眼鏡を掛け汗などすったことのないようなシルクの召し物を上品に着こなしている。旅人、というよりはどこかの貴族のようだった。

 歳は彼よりも二回りも下に見えた。それなのに物怖じしない言動は少女らしい幼さとも世慣れた女のものとも見えた。こんな昼間でも暗いような路地裏に来るのだから後者なのだろうが。

「もちろん、お礼は弾もう」

 肩にかけたバスケットから彼女は大きなパンを取り出した。

 これだけあれば数日は持つだろう、高慢ちきであるが彼に断る理由はなく、指差して料理屋を示した。

「ありがとう、あぁ、僕のお礼は自分で言うのもなんだけどいいものだよ?」

「……食べる物で遊ぶようなことをしなければ、オレはなんでも構わないさ」

 これは失礼、彼女は笑う。

「一つ、忠告をしておこう」

 彼女は去り際に言う。

「僕は施したのではなく、貰ってもらったんだ――実際、僕はそれの貰い手に困っていたからね」

 不思議なことを言う、彼はパンにかじりつきながら返す。

「――僕が言えるのはそこまでだ、また、生きていたら君の紹介した料理屋の批評をするよ」

 妙に耳朶に響く声で彼女は去っていった。

 彼としては今日の飯を労せず確保できたのは行幸だった。薄汚れているが、彼にとっての城に戻って寝るとしよう、そう算段をつけパンをかじりついた。

 その拍子に硬質なものを予期せず噛み付いたことで、歯に衝撃が走る。なかなかに痛い。だが、抜けるようなものではない。

 何だ、と思って彼はパンを見る。

 薄暗い隘路に差し込む僅かな光に照らして彼はパンの中に入っていたものを見定める。

 ――金貨だ。

 どうしてパンの中に、と思いながら渡された相手の言葉がよぎる。

「金貨を貰ってほしい、ってのはずいぶん気前がいい」

 金貨一枚の価値は彼には今はわからない。一週間のメシ代にはなるだろう。

 だが、彼は物乞いだ。収入源はなく、雑事を対価に食べるものを得ている彼が金貨を使えばそれに寄ってたかる同じ物乞いが来るだろう。

「厄介事はゴメンだ」

 金貨は惜しかったが彼はこの辺り一帯を取り仕切る物乞いの長に金貨を渡すことにした。

 長は喜んで自分の持つ食べ物を彼に渡した。

 一日が終わり始める宵闇が訪れた頃には彼はねぐらに帰っていた。

 眠りながら、ふと物音と罵声が飛び交うのを聞いた。

 なんだろう、と気にはなっていたが、久方ぶりに満腹になっていた所為か睡眠を優先した。

 次の日、朝早くに起きると路地裏に静かな異変があった。

 どこかピリピリと張り詰めた緊張感があり、普段見かける物乞いたちの姿がない。

 ようやく見かけた物乞いに、どうした、と聞くとなんと殺しがあったというではないか。

 詳細が気になり物乞いに聞くと彼は驚いた。

 なんと死んだのは昨日金貨を渡した物乞いの長だというではないか。

 誰が殺したということは解らなかったが、理由は明白だった。金貨である。

 こんな警邏も入ってこないような物騒な場所で光り物を見せるなんて馬鹿な真似をしたな、とつぶやいている物乞いの言葉を耳にしながら、彼は本当にそれだけなのだろうか、気にかかり宿屋へと向かった。

 貴族のような昨日の女に会うためだ、だが、みすぼらしい彼を宿の中に入れようとする主人はいなかった。

 そも、宿屋だけでも数十軒とあるのだ、不健康な彼が音を上げるのにさほど時間はかからなかった。

「おや、君か?」

 噴水の側で渇いた喉に水を流しこんでいると声をかけられた。

「お前は」

 昨日の女だった。

「君の教えてもらった料理屋はずいぶん美味しかったよ」

「教えろ、お前はこうなることを知っていたのか?」

 肩を掴んで彼は問いただした。鬼気迫る顔をしていた、と彼は自覚するが、彼女の上品な顔を歪めさせるには少々鬼気は迫っていなかったようだ。

「痛いよ、まぁ、ゆっくり落ち着こう」

 何かあったんだね、やはり、彼女は尋ねる。

「お前から貰ったパンの中に金貨があった、それを渡した物乞いの長が殺された」

 ふむ、自分の小さな顎に指を当て彼女は思案している顔をする。

 それから、言う。

「君は運が良かったね」

「なに?」

「あの金貨、たしかにあれが原因だ。呪いのコインとか言われててね」

「ほんとにそんなものがあるのか?」

「知らないよ」

 見上げる彼女はネコのように目を細めて笑う。

「あんな路地裏で、物乞いがいっぱいいるのに、金貨を見せた、だから殺された、それが呪いだとするなら、コインは全て呪われているよ」

 ただ僕は、彼女は続ける。

「コインが呪われているんじゃなくて、コイン一つで揺れ動く人間の心が呪われているんじゃないかと思うよ」

 彼女は背を向ける。

「いずれ、これで僕とコインの縁は切れた。美味しい料理も食べられたし、僕としては満足だよ」

 そう言って彼女は彼から背を向けた。

「君と会うことはもうないだろうね」


 それから彼は物乞いの長になった。長、といっても調停役であるだけなのだが、前の長よりも評判は良かった。

 ある時、彼のもとに物乞いがやってきた。

 金貨を拾ったと言って渡しに来たのだ、という。

 彼の脳裏に以前の思い出が蘇る。

 だが、彼は受け取った。

 彼女の言葉を思い出す、呪われているのは人の心だ、と。

 道具は道具にすぎない、だから彼は自分のためではなく路地裏に住む物乞いたちのために使おうとした。

 刃を突き立てられた、最後の瞬間まで阿呆のように彼は思って、死に絶えた。

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