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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

クリスマスイブの予定

作者: 夕凪真潮

「あ、あの……こ、これ受け取ってください!」


 授業の合間にトイレでも、と思って廊下に出ると胸元のリボンが黄色、一年生の女子が両手を突き出していた。

 いや、ここは女子高だから女子しかいないのだけど。

 あたしより頭一つ分低いその一年生の表情は、目を塞いでまるで審判の時を待っているかのよう。

 その手には、ピンク色で赤いハート柄の可愛い封筒が握られている。


「あ、ああ。あとで読んでおくよ」


 あたしが手紙を受け取った瞬間、一年生は真っ赤になりながら廊下を走って去っていった。

 なんというか小動物っぽい子だったけど、廊下は走っちゃダメだろ。

 その一年生の後姿を眺めていると、後ろから声が飛んできた。


「おや旭、またラブレターかい。モテる女は羨ましいね」


 振り返ると羨ましいくらい白い肌に、長い腰まである髪を三つ編みで一本にまとめて細いリボンで固定していて、そしてモデルのように小さく可愛い顔の同級生、いや腐れ縁と言っても過言ではない女がいた。

 何しろ家はお向かいさんで同じ学年、そして保育園から高校まで全部一緒なのだ。

 聞けば大学もあたしと同じところを目指しているらしい。

 彼女曰く、ここまで同じならいっそ大学、そして会社まで同じところを目指すよ、らしい。

 あたしも気心の知れた彼女なら近くにいても良いのだが、大学はできればライバルの少ないほうが嬉しいけど。


 彼女……桜井雫さくらいしずくは、長い髪を背中から前に移動させ、にやりと笑みを浮かべた。

 そんな笑みですら彼女の魅力を一層引き立てている。

 ちなみに、あたしは桜木旭さくらぎあさひという名で、雫と名字もかなり似ている。


「うるさい。あたしにはそっちの趣味はないよ」


 そんな彼女とは対照的に髪をかなり短くしているあたしは、受け取った手紙を無造作に制服のポケットに突っ込んだ。

 そして思い出したかのように「雫、つれションいくか?」と聞くと、雫は大げさに右手を額に当てながら、呆れたように言い放った。


「あ、あのねぇ。旭も一応生物学上女なんだから、そんな言葉使わないでよ」

「生物学上って……そこまで酷く言うか普通?」


 制服なら間違えられることはあまり・・・ないが、休日に雫と私服で町を歩いていると恋人同士に必ず間違えられる。

 特にあたしはスカートよりズボン派だからな。

 というか、スカートなんぞ制服以外一着も持っていない。

 そしてあたしの身長は百七十を軽く超えている。

 雫も百六十五くらいあるけど、あたしより拳一つ分は低い。

 顔立ちも中性的であり、声も普通の女性より低い。

 生まれてくる性別を神様が間違えたんじゃないか、と我ながら思っている。


 そしてこんな容姿だからか、女子高でありながら下級生から上級生までしょっちゅうラブレターを貰っている。

 いや女子高だからこそ、同性から貰うのであろう。


 あたしとしては近くにある共学の高校で良かったんだが、両親からここまで男っぽいあたしを危惧したのか女子高以外認めぬ、と言われたのだ。

 周りが女ばかりなら、多少は見た目を気にするだろう、との事らしい。

 結果は見ての通りだが。


「ま、行ってくるよ」

「そろそろ休み時間も終わりよ? 急いでいってらっしゃい」

「あいよー」


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「そういえば、今日貰った手紙読んだのかい?」

「そういや読んでないな」


 学校も終わり、雫と一緒に帰宅していた時のことだ。

 帰りの電車の中でぼんやりと外の景色を眺めていると、雫が何気に問いかけてきた。

 手紙は今だポケットの中に入っている。

 それを取り出して中を見ようとしたが、ここは電車だ。

 さすがに公共の場で読むものじゃないだろう。


「で、受けるの?」


 雫があたしの顔を覗き込んできた。

 何やら楽しそうな、それでいて意地悪そうな顔をしているよ、こいつ。

 もしそっち系の事が書かれていたとしても、あたしはノーマルだ。受けるわけが無い。

 雫も長い付き合いだから当然それくらいは分かっている。

 だからこそ、そんな顔をしているのだろう。


「何を受けるのかは知らないが、まだ読んでないよ」

「どうせ付き合ってください的なものでしょ」

「お友達になってください、かも知れないし」

「え-、だってあの手紙の子って一年でしょ。二年生うちらに対してお友達になってください、は無いわよ」


 そりゃそうだ。

 部活でもやっていれば、先輩後輩という間柄にはなれるだろうけど。


「まあそうだろうね。もしあたしが部活やってたらどうなってたことやら」

「今頃一年生が大量に入部してたんじゃない?」


 あたしは部活も入ってない。

 一年の時は雫と一緒に写真部に入ってたけど、二年になって辞めた。

 それは写真を撮りたかったのに、なぜかいつもモデル側になっていたからだ。

 しかも当時の部長が様々なアニメのコスプレ服を持っていて、無理やり着せられたのだ。

 もちろん着せられた服は全て男用だ。

 平日は部室内、或いは校庭だけだったが、夏休みなんかは合宿と称して二泊三日くらいで山に行ってたくさん撮られたなぁ。


 時には他の部員とペアで撮られたし。

 いや一番多く一緒に撮られたのは雫とだったけど。

 しかも、雫に熱い視線を送って! とか、お姫様抱っこして! とか指定されたっけ。

 もはや殆ど部長の趣味だったな。


 ……部員には好評だったけどさ。


 そして部長が卒業したと同時に辞めたのだ。思いっきり次の部長に引き止められたけど。


「そろそろイブだね」


 唐突に雫が話題を振ってきた。

 確かにあと一週間もすればクリスマスか。

 と言う事は……。


「冬休みが待っている。そしてお年玉も」

「俗物的ねぇ。ロマンティックにならない?」

「何を言うか雫よ。お年玉は学生にとって最大の収入源だ」

「そして今年もカメラ類買うのかい?」


 雫の言うとおり、あたしは毎年お年玉でカメラの機材を買っている。

 父親がカメラマンで、あたしも小さい頃からカメラをおもちゃ代わりに使っていた影響だろう。

 父親が使っていた減価償却の終わったカメラ機材を譲り受けているものの、さすがに古いものが多い。

 だからお年玉で新しいものに換えていっているけど、譲り受けた古いカメラは学生のお年玉程度じゃ到底買えないほど高い。

 プロ用だしね。

 それを考えると父親には感謝したいけど、少々重いのが欠点だ。

 あたしが普通の女の子の身長しかなかったら、とても扱いきれなかっただろう。


 そろそろ小さく軽いミラーレスカメラにしようとも考えたけど、そっちにすると今まで使っていた機材が殆ど使えなくなるのが痛い。

 よくカメラは沼だ、と言われるけど、本当に底なし沼だね。

 次々と新しい良いものが出て、どんどん欲しくなっちゃう。


 去年は大きな三脚を買ったけど、今年は何にしようか。

 標準のズームレンズ使っているけど、そろそろ単焦点の広角レンズも欲しいし、でも望遠で鳥とか撮ってみたいし。

 悩むなぁ。


「あんなでっかくて重そうなカメラで何を撮っているのかな? 非常に興味があるよ」

「色々なもの。紅葉も終わったし次は雪景色と星空かな。どうせ年が明けたら父さんが雪山に行くと思うから、それについていく予定。雫も一緒に行く?」

「雪山って……寒いの苦手だよ私は」

「最後には寒さで感覚が麻痺するから大丈夫」

「それ凍死寸前って事じゃない」


 父さんは徒歩で良いポイントを探しにいくけど、あたしは流石にそこまで根性はないから、外にカメラを設置して車の中からレリーズリモコン使って写真を撮っている。

 冬の山は星が綺麗に撮れるのだ。

 そうだ、今年は赤道儀にしよう。でもうちのカメラ重いし、安いやつで大丈夫かな。


「雪景色もいいけど、旭は彼氏作らないの?」


 突然何を言い出すのかと、思わず雫の顔を凝視してしまった。

 その目には何か探るような、しかしその奥底には不安が少しだけ混じっているのが読み取れた。


「そっくりそのままお返しするよ」

「私はまだいいや。旭よりかっこいい男が居れば考慮するかな」

「あたしは女だってば」

「旭をずっと見ているからね。目が肥えているのよ」

「じゃああたしも、あたしよりかっこいい男が居れば考えるよ」

「それは非常に難しいと思うわ。私が思うに旭が男装すればシャニーズでも上位に食い込めるよ」

「それって褒めてるの?」

「最大限の賛辞だよ。ヅカに入っても人気出るよきっと」

「演劇なんて出来ないけど」


 そう言い合っているうちに、降りる駅についた。

 電車を降りて改札に向かったときだ。

 前を歩いていた雫が定期入れを取り出した時、はらりと一枚の紙が落ちた。


 ん? なんだろう。


 雫はそれに気がつかず、そのまま改札を抜けていく。

 あたしは雫の落とした紙を拾い上げ、何気なく見てみるとそれは一枚の写真だった。

 しかも去年写真部で、あたしと雫が熱いまなざしで見合っていた時に撮られたものだ。

 わざわざこんな写真を持っているなんて、何があったのかな。


 あたしも改札を抜け、待っていた雫に写真を渡してあげた。


「落し物だよ」

「え? ええっ?!」


 異様に慌てふためいて、写真を奪い取るように引ったくり、定期入れの中に仕舞った。。

 彼女がこんな慌てたことなんて滅多にない。


「……見た?」

「うん、というかその写真まだ持ってたんだ」


 確かこの写真は、部長が一番上手く取れた写真だからと言って部員全員に配ったものだったはず。

 あたしも貰ったんだけど、そのまま家の机の引き出しに仕舞ったままだ。


 そのまま無言で歩き出す雫。慌てて彼女を追いかけた。


「どうしたの? いきなり歩き出して雫らしくないよ?」

「な、なんでもない!」

「何でもなくないよ。いつもの雫じゃない」


 ぐいっと彼女の腕を引っ張り止めた。

 力を入れて離そうとするが、あたしの方が強い。

 伊達に何kgもある重いカメラや三脚を担いで写真を撮りに行ったりしていないのだ。


「どうしたのよ。そんなに慌てて」

「うぅー。見られたぁ……」


 目が赤くなり今にも泣き出しそうな顔だ。


「ちょっ?! なんでいきなり泣くの?!」

「だってぇ……うっく……ひっく」


 さすがに駅前で泣かれたら目立つので、彼女を引っ張って駅のトイレへ連れて行く。

 その途中、ふと昔の事を思い出した。

 雫は小さい頃泣き虫だった。

 今でこそ女の子にしては身長も高いけど、小さい頃は本当に身長が低くよく男の子にからかわれていたのだ。

 あたしは当時から身体も大きく、雫をよく男の子から庇ってたっけ。


 トイレについて個室に二人で入ると、雫の目から堰を切ったように涙が溢れ出した。

 あたしが困ったようにしていると、雫が泣きながら呟き始めた。


「ご、ごめん……ひっく……旭に見られたと……思ったらどうしても……止まらなくって……」

「写真を見られたくらいで何をそんなに泣くのよ」

「だ、だって……えっぐ……私はずっと、ずぅ~っと……旭が好きだったんだもん」


 突然の告白に頭が真っ白になる。

 あたしの混乱をよそに雫が次々と爆弾を落としてきた。


「この写真……旭と私が恋人同士……みたいだから……ひっく。宝物にしてたの。で、でも……旭に見られた……ずっとこの気持ち……隠そうとしてたのに」


 泣いている彼女を見ながら、あたしは困っていた。

 確かに雫は可愛い。

 あたしが男であれば放っとけないだろう。

 でもあたしはノーマルだ。雫の気持ちには応えられない。

 でも男が好きかと言われれば、今のところそんな気持ちもない。


 となると、あたしは何だ? 恋愛感情の無い人間か?

 もしくはどちらにも興味がないという事は、逆にひょんなことから男女区別なく両方いけるぜひゃっはー的になる人間か?


 まあ落ち着けあたし。

 まずは雫をどうにかしよう。

 話はそれからだ。


 無言のまま雫を抱きしめる。

 突然の事に一瞬身体を強張らせたものの、彼女はあたしの胸の中で更に泣き出した。

 そんな彼女の頭をゆっくりと撫でる。

 昔は泣き出した彼女を止めるために、こうしてよく抱きしめて頭を撫でてやったっけ。

 暫くそうしていると、徐々に雫の泣き声が小さくなっていく。

 そして数分も経った頃、彼女はあたしの胸から離れた。


「……やっぱり旭の胸は小さいよね。抱きしめられた感が薄いよ」

「何をいきなりのたまうかこいつは」

「でもありがとう。やっぱ旭に抱きしめられると安心するわ」

「あたしは雫のお母さんじゃない」


 いつものような軽口を言うが、雫の表情は不安げだ。

 さて、あたしはどうしたらいい?

 このままだと確実に雫はあたしから離れていく。小さい頃からの付き合いだから分かるが彼女は逃げるだろう。

 それは避けたいけど、かと言って恋愛感情も無いまま付き合うなんて、あたしには出来ない。


「今のままじゃだめ?」


 そう問いかけるものの、雫は「無理」と一言だけ呟いて顔を伏せた。

 そして沈黙が場を支配する。


 どれくらいそうしていただろうか。

 トイレの個室に篭りっぱなしだと匂いがつきそうだな、何て事を思っていると雫が何かを決意したかのように顔を上げた。


「私は決めた。もう逃げない」

「え?」

「旭を私の魅力で落してみせる」

「えっと……何か悪いものでも食べた?」


 そんなあたしの冗談を軽くスルーした雫が畳み掛けてくる。


「そしてまずはイブ! 一緒にデートしよう」

「え? え?」

「デートと言っても普段通りでいいよ。いつものようにウィンドショッピングでもしようか。あ、でもカメラ屋を見るのは抑えてね。旭ってばカメラ屋に行くと長時間ずっと見ているし。あ、でも私にもカメラの良さを教えてくれるのならいいかな。まずは旭の趣味を理解するところから始めたほうがいいよね」

「えーっと……」

「夜はどこかのレストランで食べようね。でも高いところはパスだよ? そして夜通し私の部屋で映画のDVDでも借りて一緒に見よう。朝日が黄色いぜ的な発言してもいいからね」

「雫さん?」

「じゃあそうとなったら着る服を考えなきゃ。目一派可愛い格好をして旭を落さないとね」

「あの……もしもし?」

「ああ、夜も一緒だからパジャマも新しいの買ってもらおう。旭もちゃんと用意しておいてね」


 無理をしている。

 不安なのを抑える為にやっているのがわかる。

 でもあたしも彼女を失いたくないし、暫く付き合うか。

 イブはカメラ屋巡りして機材の値段を知りたかったんだけどな。


「じゃあイブは雫様に付き合いますか」

「うん、絶対旭をメロメロにするからね」


 そう言った彼女の笑みは同性から見てもとても魅力的だった。


















 そして数ヵ月後、あたしは雫に落とされたのでした。

 おかしいな。

 あたしはノーマルと思ってたのに。




赤道儀とは。

星が動くスピードに合わせて回転する機械。これを使うと暗い星でも長時間露出することにより、写真に写ることが出来る。

星雲とかもばっちり写りますよ奥さん。



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