修行生活のはじまり
ソチオリンピック始まりましたね。
関東は大雪で大変でした。
霊峰山、虚空上人が住むその山は、
人っ子一人居なかった。
近くの街までは、自分の足だと一月は歩くらしい。
約束だからと、師匠に教わったのだが、
どう考えてもそこに辿り着くのは、今の俺では不可能に近い。
気を取り直して、ここでの暮らしに慣れることにした。
師匠は家というのに無頓着らしく、何年も前からこの霊峰山の至る所に、
小屋のようなモノを建てては、転々と住み替えながら暮らしていたらしい。
飽きっぽいあの師匠らしくはあるが。
住めるという点で残っているのは、今では俺が居るワラ小屋くらいらしかった。
それでも本家は別にあるらしいのだが、自分の足ではとても辿り着けないので、
しばらくは、この小屋で暮らしながら修行するように言われたのだった。
……新しい生活。
朝は日の出と同時に起床し、山の麓近くにある小川での水汲み。
それがまず最初に課された修行だった。
少林寺で使いそうな棒に縄で縛られた桶を二つ背負うあのスタイルだ。
最初は1時間もあれば終わるだろうと思っていたのだが、
食料としての鮭とばのようなジャーキーと、
竹筒に入った水を師匠に渡された時点で、
考えを改めるべきだと何と無く分かってしまった。
これは何かあるに違いないと、急いで日の出からすぐに出発したはずなのだが、
何と麓の川へ辿り着く頃には太陽が真上に来ていた。
自分の勘の良さに辟易する。
そもそもあの師匠が楽な修行などするはずが無いのだ!
肩で息をしながら、なんとか水をこぼさずに山路を登る。
気が付けば小屋まであと半分くらいの所に来ていたのだが、
歩きながらそんなことを考えていると、不意に足を窪みに取られて、
身体のバランスを崩してしまい、片方の桶の水が半分くらい
こぼれてしまった。
「ありゃありゃ、こぼしてしまったぞ。でも水を汲んで来い!
と言われただけだから、まぁ大丈夫だろ…あうち!」
誰もいない山路で独り言を呟いてたはずなのだが、
どこからともなく飛んで来た石が背中にクリーンヒットした。
直後にどこからともなく、辺り一帯に声が響く。
「バカもんが!雑念に気を取られるからそうなるんじゃ!
やり直しじゃ!水を汲み直して来い!」
「その声は師匠?分かりました。汲み直して参ります!」
そう言って俺はまた麓の小川へと戻る。
こぼすとまたやり直しになるので、必死にやった。
最初の2ヶ月くらいまでは、水をこぼさずに小屋に戻った頃には、
日も沈みかけており、辺りはすっかり暗くなる寸前だった。
その頃から徐々に水汲みにかかる時間が縮んできて、
半年後には太陽が真上に来る頃には終わるようになっていた。
水汲みがお昼くらいまでに終わるようになると、
次は山で薪集め、それが終わると薪割りが日課になった。
2年くらい経った頃には、薪割りまでがお昼には終わるようになり、
初めて師匠から稽古をつけてもらえるようになった。
「よしよし、これくらい身体が丈夫になれば多少は大丈夫じゃろう。
今日からお前には内気の使い方を教えてやろう。」
そう言いながら、師匠は久々にニパッと笑った。
…師匠がニパッと笑うとロクなことがない。
もう2年ほどの付き合いになるが、それは薄々感じていた。
(なんだかんだで師匠は影から助けてくれたが、水汲みにしても、
山路で蛇に噛まれて13度死にかけたし、小川では熊に5回ほど襲われた。
…次も生命の危険はあるのだな。)
俺は覚悟を決めて質問する。
「内気とはどういうものでしょうか?」
「うむ。良い質問じゃな。ほれっ。」
「っっ!?………うぐぅ………」
無造作に師匠にみぞおちを抉られた俺は堪らずその場に膝を着く。
師匠は笑いながら俺に告げる。
「大の男が呻きながら膝を着くとは情けないのぅ。」
息苦しいままではあるが、負けず嫌いな性分から、
なんとか反論の言葉を紡ぎ出す。
「しかし、不意打ちされたら誰でもこうなりますよ。」
ふぅむとうなると、師匠はこう続けた。
「まぁ、気絶しないだけ良いか。虚雲よ、よく聞け!
これまでの水汲みやら薪割りは、これからの修行の準備にあたり、
いまワシが打ち込んだ一撃に耐えられる者のみが次に進める。」
「と言いますと、今のが試験なのですか?」
「そうじゃ。まぁ正確には試験の為の試験といったところじゃがな。
虛雲よ、へその辺りが少し温かくなってないか?」
「そういえばなんだか少し温かく……!師匠!
どんどん熱くなってきます!どうしましょう!?」
「よしよし、まずは気を沈めよ。水汲みで山路を登るイメージを持て。
……よしよし、そうじゃ…できたな?次は目を閉じる。薪を探す時のように
広く自分の周りを感じて見よ。足元から徐々に遠くへ意識を広げるイメージじゃ。」
師匠に言われるがまま、俺は目を閉じて意識を徐々に広げる。
するとヘソの下辺りの温かいモノが徐々に全身を包み込んで行き、
やがて周りの大気と同化したように感じた。
その瞬間、今まで聞こえなかった山の麓の渓流の音が聞こえてきた。
また、不思議と空を飛ぶ鳥の描く奇跡とその数までもが、手に取るように分かった。
「師匠!なんだか山の麓の小川や、はるか高い空のことまで、
手に取るように分かります!でも、なんだか気が遠くなってきました。」
「うむ。上出来じゃ。それでは薪割りのイメージで、身体を覆う内気を
背中から腕に流すようにイメージしろ!」
俺は言われた通りにやってみる。
スーッと腕に収まる感じがして目を開けた。
「師匠!出来ました!これが技なのですね!ありがとうございます!」
「いや、これは技でもなんでもない。内気を操作しただけじゃ。
今日から毎日、薪割りが終わったら今の所作を続けろ!
1日たりとも休んではいかん。今日からワシは少し留守にするが、
帰って来た時にもう一度みてやろう。」
「はい、ありがとうございます!」
俺は素直に師匠の言葉に従い、毎日続けた。
師匠はそれから何処かへ出掛けて行った。
師匠が戻ってきたのは、それから約1年後だった。
もう少し修行編が続きます。




