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雲のように生きる

やっと前振りが終了です。

まるで卒業アルバムを逆回転で見せられているような

そういった感覚に陥る。


先日の出向がなくなった会議、

部長昇進祝いに彼女とレストランで乾杯した夜、

初めて主任になった日に部下がくれたネクタイ、

入社後の研修で仲間と語り合った居酒屋。


ドンドン記憶が遡りつつ、まるで他人のストーリーを

映画館で鑑賞しているように、ゆったりと時が過ぎてゆく。


(登場人物の顔が見えないのは何故だろう?

…そうか、他人の物語だからか!でも自分の人生にそっくりだな)


やがてそのシネマは小学校の入学式あたりに差し掛かり、

そこで不意に暗転した。


(なんだかフワフワしていて気持ちいいような感じだ。

このままずっと見ていたかったのに無粋なことをする。)


そう思った瞬間、全身に激痛が走った。

言葉にならずに、呻くことすら苦しい。


何故か目を開けない。

開こうとすると頭が引き裂かれるような痛みが襲ってくる。


(何なんだ。この痛みは危険だ。何かしらヤバイ事態に陥っている。

思い出せ!このまま死にたくはない!)


目を開くことを諦めた俺は、全身の痛みは頭で認識して、

感情で捉えないようにして、何とかゆっくりと記憶を辿れるようにする。


(そう、俺は気が付いたら小屋に倒れていた。

そこで老人にあった!そうだ!薬を飲まされた!)


…あの老人に対する怒りが込み上げてくる。


(見ず知らずの人間に何を飲ませた?そもそも何者だ?何の為にこんな酷いことを?

俺はただ家に帰りたいだけなのに!………………!?)


頭をフル回転させるが、どうにも思い出せない。


(……………家に帰りたい?家は何処にある…?俺は何処から来た?)


すぐに気付いてはならない問題に気が付いた。


(…………俺の名前は何だ?)


頭にイヤな予感がよぎる。


(まさか過去の記憶を奪われたのか?)


痛みを受け入れる覚悟を決め、俺は目を見開いた。


そこにはどアップであの老人がいた。

正確には顔を覗き込まれていた。


「ほっほっほ。やっと目覚めおったか。余りにも起きんから、

死んでしまったかと思ったわい。お前さんが起きるまで、

見ていてやったワシに感謝するんじゃぞ!」


まるで俺の苦悶の表情など意に介さず、老人はそう言ってきた。


「ご先輩、あなたは私に何をした?

この耐えきれない全身の痛みはどういうことですか?

そして、過去の記憶がどうにもあやふやなんですが?」


痛みを堪えながら、俺は抗議する。

老人は眉一つ動かさずにその疑問に答える。


「お主が何者であるかは、ワシには分からん。

他派からの暗殺者にしては弱っちいし、

行き倒れにしては身なりが整い過ぎておった。」


更に老人はこう続けた。


「 ここが何処か分からんし、街は何処だと聞く。

おまけに、教えてくれたら何でもすると言いおった。

それで3つ条件を出した。その1つ目がその薬じゃ。

忘れたとは言わさんぞ?」


何だか腑に落ちないが、俺はひとまずうなづいておく。

更に老人は続けた。


「先祖代々伝わって来た秘薬を飲ませた。

《九死一生得丸》という伝説の秘薬じゃ。この世に二つと存在せん。

飲めば大方は死ぬが、ごく稀に助かる者も出るらしい。」


俺は堪らず言葉をぶつける。


「罪も無い人間に何と酷いことをされるのか!?」


ニパッと老人は笑う。


「バカもんが!ワシの霊峰山に無断で入って来て、生きて出られると思ったか?

赤子でも知る常識じゃろう?しかし、ワシもただ殺すのではつまらんからの。

秘伝の薬を試してみたんじゃ。自ら薬を飲みおったでな。

まさか生きておるとは思わんかったが…。」


俺は背筋に寒気を覚える。

この老人を信用したのが馬鹿だったようだ。

しかし、今更どうしようもない。


(何てことだ。どうやら取り返しのつかないとこまで来てしまったようだ。)


…頭の中が真っ白になる。

そして何と無く今までの全身の痛みが嘘のように引いて行く感覚がある。


(どういうことだ?意識もはっきりしてきた。)


俺は全身の変化に戸惑う。

その姿を確認したのか、老人が語りかけるように言う。


「おお、薬の効果も終わったようじゃな。

お前さん、自分の身体を良く見てみるんじゃ。どこかおかしい所はないかな?」


横たわって居たままだった俺はむくりと起き上がる。

が、バランスが上手く取れない。


(ん!?何かおかしい。…少し手が小さいような気がする。

そして薄っすら黒ずんでいるような…?本当に俺の手なのか?)


遠慮なく老人に疑問をぶつける。


「ご先輩、非礼はともかくとして、お尋ねしたい。

あなたの目の前にいる私の姿は以前と変わっていませんか?」


ちょっと困ったなという表情をして、老人は答えた。


「うむ。今のお主は10歳くらいに見える。薬の影響と見て間違いないじゃろう。

本当に残念だが、生き残ってしまったのでは仕方ない。

2つ目の条件を出そう。薬の事は他言無用じゃ。全て忘れろ!良いな?」


動揺を隠せない俺に気遣いなどなく、老人は全て忘れろという。


(ふざけるな!俺はモルモットかちゃ!後で見とれよ!)


内心怒りで震えるが、今の状況では全てを受け入れるしかない。

覚悟を決めてうなづく。


「分かりました。全てを忘れます。」

「思ったよりも賢いな。断ってくれたら楽じゃったんだが。」


老人は少しがっかりした表情で答える。

俺が断ったら、きっと生命を奪うつもりだったのだろう。

少しだけ辺りの空気が和らいだ気がした。


「さて、3つ目の条件じゃ。これは特別に選択肢をやろう。

ワシの弟子になってここで暮らすか、このままここを立ち去るか選ぶが良い。」


…さて、どうするか。


この新しい身体ではどうにも不安が大きい。

しかしまた、この老人の弟子になるとしてもかなりのリスクだろう。


だが、今はより生き残れる可能性が高い方を選びたい。

とすれば、今は動くよりも機会を待つのが得策だろう。


「ご先輩、弟子にして頂きたい。」


今の俺にはなす術がないし、若返りを受けたのは事実のようだから、

怒りの感情は心の奥底にねじ込んで、御礼を言うことにした。


「ご先輩、いえ、師匠。新しい身体を授けて下さり、心より感謝します。

よろしければご高名をお聞かせ下さい!」


「ほっほっほ。とても10歳の言葉とは思えんが、ワシは虚空上人と呼ばれておる。

お主が暮らして行けるように、最低限の技は授けよう。どうかな?」


「本当に恩にきます。ぜひお言葉に甘えさせて頂きたい。」


「うむ。よくぞ言った。

退屈しのぎにはなるじゃろうから、特別に弟子にしてやる。

そこに跪いて、3度叩頭しなさい。」


俺は言われるがまま、地面に3度頭を叩きつけ礼を払う。


「改めまして、師匠!どうぞよろしくお願いします!」

「うむ、弟子よ!よろしく頼むぞ!そうじゃ、自分の名前は覚えておるか?」

「お恥ずかしながら思い出せません。」

「ではワシが付けてやろう。」


過去の記憶はあやふやなままだったが、考えても分からないことは仕方ない。

せっかく新しい身体になったのだ。


気持ちを切り替えて生きて行こう。

そう決意をしたら、心はずいぶん軽くなった。


…そんなこんなで俺は虚空上人の元で励むことになった。

名前も付けてもらった。


今日から俺の名前は「虚雲」

雲のように何事も流れるように生きて行く。


何処かに帰りたかったはずだが、それが何処か分からない。

でも俺はそれが何か分かるまで、やってみるつもりさ!

分かるだろう?


俺は虚空上人の元で約7年にも及ぶ修行を積むことになった。

続きはきっと早いうちに!

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