弱み
6話 弱み
腫れたなぁほっぺた。
自分の頬を鏡で見てため息を付いた。
別れを切り出した直後口論になり、ビンタをされた。
あたしの頬には手のあとが付き、それをみた彼氏は青くなりながら走って逃げてった。
あたしは薬局で冷却シートを買い、赤くなっていく頬を冷やしながら1人で深夜の道を帰ったわけだ。
手の形に腫れたわけじゃないけど何かあったのだということは一目瞭然だわ。
でも今日は数学の小テストがあるし学校に行かないと。
もう、悪口を言いたいわけじゃないけど、あいつ、人としてどうなのよ!
あたしの顔によくもこんなこと。
確かに、あたしが別れ話をするだなんて思っても見なかったでしょうから動揺しても仕方ない。プライドが傷ついたんでしょ。口論の末にかっとなって叩いてしまったのもまあ仕方ない。
でも、もう夜遅いのに叩いた女の子放って帰るって……。
しかもその後なんにも連絡なし。こっちから電話しても出ない。
今日あたり、きっと電話番号でも変えに行くんじゃないかしら?
あーもう!
でもそんな人と付き合ったあたしが悪い。好意はあったけど好きではなかったのにね。
イチ君には別れたってことはまだ内緒にしておこう。
ぬか喜びさせちゃうもの。イチ君と付き合うって決めて、それで別れたってわけじゃないのに。
帰りに校門を出たところでイチ君に捕まった。
「咲~」
イチ君はあたしに近づいて来て頬の腫れに気付いたみたい。急に顔が怖くなった。
「どうした? それ。……誰にやられた?」
なんかイチ君から怒りのオーラが出ていて怖い。
「誰だっていいでしょ! あたしって皮肉っぽいしいろんなひとから不評を買ってるのよ」
「……彼氏か」
なんでこういうときばっかり感が良いのよ! イチ君は!
「だから別れろって言ったのに! あんな変体大学生! ぜってーあいつロリコンだったし」
なんかその言い分に腹が立った。
別にあたしの問題じゃない、誰と付き合おうが。何にも知らないくせに干渉されたくない。
「なんでイチ君にそんなこと言えるのよ! 店でちょっと見かけただけじゃない!」
「そんなん見ればわかるんだよ! 咲のことヤラしい目で見てた!」
「ヤラしい目って親父か! イチ君にけなされる謂れはないでしょ!」
「何で、あいつの肩もつようなこと言うんだよ! こんな、叩かれたんだろ!?腫れて……痛そう」
イチ君はあたしの頬に手を伸ばしてきて触ろうとした。
あたしはその手が頬に触れる前に振り払う。
「痛いわ! だけどイチ君に関係ないでしょ! 彼にだっていいところが沢山あった。だから付き合ったの。イチ君に言われたからって別れるわけないじゃない!」
付き合ったのは適当だったけど、いいところがあったって言うのは本当。
付き合っていくには耐えられないって思ったから分かれただけで嫌いになったわけでもないし。
「関係なくねーんだよ! 俺は咲が好きなんだから! 俺以外の奴が咲になんかするのなんて黙ってらんねぇし!」
「何よソレ! 自分には常に彼女がいたくせにあたしが彼氏作るのは許せないって!?」
「俺は5年前から彼女なんていねーよ!」
「ウソツキ。じゃあいつも一緒にいた子はなんなのよ!」
だんだん野次馬の生徒が集まって来た。かなり目立っている。
でも止まらない。
「あれは友達とか、勝手に寄ってくるやつとか……」
「嘘ばっかり! 馬鹿にすんのもいい加減にして!」
「してねーよ! 咲こそちゃんと話聞けって」
「聞いてられるか!この尻軽男!」
「はぁ!? なんだよ尻軽って! 俺は童貞だ!」
……
…………
………………は?
「はぁ?」
あまりの衝撃的発言にしばし意味が飲み込めなかったわ。
「咲が誘ってものらなかったんだろ!」
「はい?」
「好きでもない奴とそんなことするわけねーだろーが!」
イチ君は真っ赤になって顔を背けた。
校門の周辺に集まってた人たちがザワザワと笑い始めた。
まぁ、そりゃ笑うよ、ね? 意外すぎる、と言うか。
こんなナリして何言ってんだ? って思うじゃん!
イチ君のことを呆然と見てると……どうも涙をがまんしてるっぽい表情だった。
「もぅ。ちょっと行くよ」
あたしはイチ君の腕を引いて家に向った。
**********
家のリビングに通して座らせた後、飲み物を取りに台所に来た。
うちはカウンター式だからココからでもイチ君が見える。
うなだれてる……泣いてるのかなー。あんな風に笑われたらまぁ傷つくけどさぁ?
そう言えばイチ君でロマンチストだったっけ……しかも少女マンガ大好きっ子だった。
特に恋愛で甘いかんじの。
よくよく考えてみるとイチ君が女遊びなんてする分けない??
麦茶を持ってイチ君の隣に座った。でもイチ君はこっちを見ない。
「イチ君」
「……」
答えない。どうしたらいいの?
さっきの元気さはどうした!って感じなんですけど。こう落ち込まれると慰めなきゃいけないんだろうなぁって思ってしまう。
「イチ君!」
答えないイチ君の頭を顔が見えるように持ち上げた。
目が真っ赤で顔も真っ赤で情けない顔してる。
あたしと目が合うとすぐに逸らした。
「見ないでよ。俺格好悪い。咲には絶対言わないで上手くやるつもりだったのに」
「はい?」
やっと喋ったと思ったらそんな言葉。
「やるって何よ?それってアレ?経験豊富そうに見せてたこと?」
イチ君はあたしの手を無理矢理外してまたうつむこうとした。
「答えなさいよ~!」
イチ君の頬っぺたをつまんでやった。横に引っ張る。
「だって……咲が、ヤキモチやいてくれるかと思っ……て」
思わず頬っぺたを離した。ヤキモチだって?
「はい?」
「だって咲は俺のこと好きじゃないの知ってるから。でも俺は、咲じゃなくちゃ嫌なんだもん」
「だもんとか言わないでよ~」
なんか気が抜けた。そんなこと思ってたの? こいつ。
ずっとずっとあたしのことが一番大事、ってからかってるわけじゃなかったの?
あたしは気が抜けてソファに寄りかかってずるずると落ちた。
「咲?」
「イチ君、あんた馬鹿だわ」
本当に、馬鹿すぎる。一途すぎる。
「そんなに、あたしのことが好きなの?」
「好き。って言うか愛してる」
「臭いよ」
そう言いながら、今ちょっときゅんってしちゃったわ。
愛してる、なんて本当に言う人いるんだなぁなんて。
「ねぇイチ君、イチ君が本当のこと言ってくれたから……あたしも素直に言うわね? あたしはイチ君のこと好きかどうか分からない……性的な意味で。だって一緒に居すぎたもの。もう何がなんだか。でも大好きよ? 誰よりも一緒にいると安心するし……たまにドキドキするしなんか……幸せな感じがする。たまにがっかりもさせられるけど」
イチ君に抱きしめられてソファの上に持ち上げられた。
「嬉しい、咲。俺こんな格好悪いのに。ねぇ、もしかして咲だけって言ったらずっと一緒にいてくれる?」
「うーん……イチ君があたしを満足させてくれるなら。今までみたいにさりげない気の使い方されると弱いのよね」
「じゃあずっと大事にするよ、咲のこと。だから」
1回イチ君はあたしを離して向き合った。
「俺と結婚してください」
もちろん返事は決まってる。
即答。
「嫌です!」