キス、きす、×
4話 キス、きす、×
「ただいま~、ママ~咲連れてきた~」
イチ君の後を追っておうちにお邪魔する。
何度も来てるけど慣れない、かわいらしいものたちでいっぱいな家。
昔最初に通されたのは母屋だったから普通だったんだけど二回目にここに通されたときは唖然としたわ。
イチ君が母屋って呼ぶのはお祖父ちゃんとお祖母ちゃんの住んでいる方の家で、隣接しているこの家が“うち”なのだそうだ。
「咲ちゃん! いらっしゃい! 待っていたのよ。イチも気まぐれで連れてくるからいつくるか分からないし。丁度いいわ、浴衣縫ったのよ。咲ちゃんにあげようと思って。今度花火大会あるじゃない? 10月だけど浴衣着ても寒くはないと思うし」
「はいはい、中に入ってからにしろって話は。ママ、やかんがふいてる音がする」
いつまでも続きそうなおばさんの話をイチ君が止める。
「あ! そうだった。お茶入れようとしてたのよ。忘れてた」
おばさんはそう言って台所に戻って行った。
「浴衣かぁ。おばさんが作ったってことは、柄は薔薇とかかしら? レースの半襟とかもありそうよね」
「張り切って作ってたからな。いつも言ってるよ。イチが女の子だったら良かったのに! ってな」
あたしたちはリビングに入り、パッチワークのカバーのかかったソファに腰を下ろした。
「そのために連れてきたの?」
「いやそういうわけじゃないよ。いつだって咲と一緒にいたいと思ってるから」
イチ君の腕が腰を抱こうとしてくる。
あたしはそれを払いのけた。
「ママ来るわよ?」
「見せ付けてやったら喜ぶよ。咲はすっげー気に入られてるし」
イチ君は強引に腕を腰に回してくっついてきた。
「はーなーせー!」
「ダメ」
「イチ! 無理矢理はダメよ無理矢理は」
おばさん入って来ていきなり何言うの?
「そうだ! 今度咲ちゃんが来たら聞こうと思っってたんだけど」
「はい、なんですか?」
あたしはイチ君を引き剥がし、隣のソファに移っておばさんに笑いかけた。
「いつイチと結婚するの?」
思わずあたしの顔が固まった。
やっぱりおばさん、あたしのことイチ君の恋人だと思い込んでる!?
「俺的には誕生日来たらプロポーズしようと思ってたんだけど。ママ先に言うなよ」
「ちょ!?」
イチ君があたしの顔を覗き込んでくる。
「咲、俺の誕生日来たら結婚して」
「咲ちゃん! 返事返事!」
イチ君はニヤニヤしながらあたしの顔をじっと見てる。
おばさんもじーっとこっちを見てる!
「ほ、本気?」
「嘘で言わねーし、こんなこと」
「だって! そんなこと急に言われたって」
やばい、顔にどんどん血が上って来たのが分かる。
「咲、顔真っ赤」
イチ君の顔が段々近づいて来て、目が合った。
何が起こるか脳で理解する前に唇に感触が。
気付いて、顔を離そうとしたらイチ君の腕が頭に回ってきて押さえ込まれる。
「ん、う~~」
離そうと抵抗すればするほど腕に力がこめられる。
息を吸おうと口を開けた瞬間イチ君の舌が口に入ってきた。
しばらくしてやっと口が離れる頃にはあたしの息は上がっていた。
「おばさんの前で……信じらんない!!」
思いっきりイチ君の顔をひっぱたく。パン! と、透るいい音が響いた。
あたしはわき目も振らず急いで玄関に向かった。
しばらく走って、ようやく心が落ち着いてきた。
あーもう! 本当に信じらんない!
何がって全部。今まで一度だってイチ君があたしに許可なくあんなことしたことなんてない。昔付き合ってたころですら!
キス。たかがキス。されどキス! おばさんの前でディープキス!! 最悪。
しかも何よ、結婚って!!
誕生日にプロポーズする予定だったって、イチ君誕生日来週じゃない!結局すぐじゃない!
あたし達付き合ってもないのに、あたしにもイチ君にも恋人が他にいるじゃない……本当にあり得ないこと言ってくれるわ!
昔のイチ君はすごい気を使ってくれる良い子だった。
この良い子って言うのはあたしから見て、っていうのじゃなくて学校でも優等生で人気者だっただろうって意味の良い子。
今だってモテるだろうし、クラスの人気者だろうなって思うけど。
やっぱり変わってしまった。あたしは昔のイチ君のほうが近くにいて安心できた。
今のイチ君は……友達だけどよくわからない。
なんであんなキス!あーもう色々考えれば考える程嫌になる!
どうせ明日も文化祭の書類まとめに早く行って生徒会室行かなきゃいけないし、もう考えずに風呂はいってねる!
あたしはそう決めて見えてきたマンションのエントランスに駆け込んだ。
過去の自分に問いただしたいな!
なんだこの恥ずかしいサブタイトル!