初めての事故
逃げたユッグとその時のザンの話。
[ザン の レベル が 6 に なった]
[必要条件を満たしたので 発展スキル 【肉体再生 弱】を 取得しました]
「……はっ!?」
なんだか妙に聞き慣れてしまったファンファーレに、
聞き慣れないシステム音が加わったことでようやく俺は動きを止めた。
何かを吸収するような感覚に夢中になって我を忘れていたようだ、
急速的に沸騰していた思考が醒めていく。
「うっわぁ……」
周りを見渡すと惨々たる光景が広がっていた。
「これ、俺だよなぁ?…だよなぁ」
記憶もしっかりしていることに、安堵と落胆を同時に覚える。
数分前か十数分前か数十分前かは判然としないが、
最初に襲ってきた(元々いきなりぶん投げたのは俺だが)木の化け物
―いちいちファンタジーじみた怪物をこう呼ぶのも味気無いので仮にトレントとしておく―
を返り討ちにした俺は、
そのまま手当たり次第に周囲の木を文字通りちぎっては投げちぎっては投げ、
起き上がる奴はトレントだ!起き上がらない奴は訓練されたトレントだ!!
とばかりに森林破壊に勤しんだ。
なぜこんな蛮行に及んだかといえば。
「いや、うん……レベルアップがこんなに気持ちが良いのが悪いんだ、俺は悪くない」
そう、単純にレベルアップの快感にハイになっていたからである。
元々ゲームをするときはいつも最初にフリーバトルを出来る場所を探し、
ちょっと過剰なまでにレベル上げを行い、
主人公単独で雑魚敵の集団を瞬殺出来るまでレベリングを行う主義であった。
そんなレベル上げ大好きな俺が、実際にレベルが上がる実感込みで
まるでゲームのようにモンスター狩りができるとなればそれはもう嵌らざるを得ないだろう。
「なんかネット創作モノにあるVRMMOみたいでついテンションあがっちゃったんだよなぁ
……ん?MMO―ネトゲ?そういやここにくる直前のあの広告もそれっぽいような、うん?」
冷静に戻った途端にまた疑問が沸いて出るが、またも思索に耽る前にトラブルはやってきたようだ。
「そこのオーガ!何をしている!!」
うん、俺を中心として周囲にはトレントどもの残骸がなぎ倒され、引っこ抜かれ、
土がメートル単位で掘り返されで確かに人のできる大暴れの範囲を超えているとは思う。
だが。
……オーガ。
オーガ……かぁ……。
この世界……オーガ居るんだぁ……。
ストレートに人外扱いされたことに少々傷つきながら声のする方向を見ると、
上半身が木槍と革の装備で武装した人間で、下半身が馬のよくわからないナマモノが、
3人?3体?……3匹でいいか、ほどこっちを睨み付けていた。
「何……と、いってもな、しいていうなら怪物退治かな?
とりあえず話の通じる相手ならありがたい、
ちょっと話がしたいんだがダメかな?」
激しい運動と、堅い樹の幹にこすれ、袖がよれよれどころか
ぼろぼろになったスーツを広げるように両手を挙げ、
日本人独特の初対面の人に対する中途半端な半笑いで敵意の
ないことをアピールしつつ話しかけてみる。
わざわざ警戒してるとはいえ、問答無用となる前に疑問を投げかけてきてくれる相手だ。
問題が起きる前に交渉出来るならすべきだろう。
こちらの対応が予想外だったのか、ひどく怪訝そうな表情を浮かべて
真ん中のケンタウロスもどきが思わず、といった感じに呟く。
「……亜鬼人程度に話が通じるとは正直思っていなかったが、妙に理性的だな……変異種の類か?」
「穏便に解決できるならそうするべきでは?弓矢もさっき分かれた隊長殿しか持って来ていませんし、私オーガ種と白兵戦とか勝てる自信微塵もないですよ?」
「なっ、言葉の通じるアンノウン相手に自分の武装聞かせる奴がいるか馬鹿者め!それだからお前は能無しポピィなのだ!」
「名前のことをいうなぁ!?」
「そんなことを言っている場合か!!」
喧々諤々。
どうやら最初の呼びかけは形だけ行って、その後はすぐ攻撃を仕掛けてくる予定だったのか、
仲間内で意見が割れているようだ。
……なんかめんどくさい流れになってきた。
だんだんこっちへの警戒も薄くなってる(気がする)し、
もうこのままこっそり逃げてもばれないんじゃなかろうか。
よし、じゃあ放置で。
あっさりと方針を決めた俺は営業スマイルを浮かべたまま思考する。
さてどの方向へ逃げたものか、希望としては街道とかに出て真っ当な人間と遭遇したいもんだが……
いや、突然出てきた不審者相手に真っ当な人間ならなおさら優しくしてはくれないような?
というかユッグもどこへ消えた?
いつの間にやらいなくなってるし。
さっき感じた悪寒の様な殺気の様な、なんともいえないいや~な感覚は
まだ感じ続けていることから無事かはともかく
生きているだろうということはなんとなくわかるが……。
……逃げたか。
俺が襲われそうなのを見て囮にしようと逃げたのか、
一人でも何とかなりそうだし戦闘に巻き込まれないようにしようと考え逃げたのかで
奴への対応を改めなければいけないかもしれない。
そんなことより俺も自分の身の振り方を考えなければ。
このまま人馬野郎共になんらかの形でついていくのも、武器を構えて突貫されるのも勘弁願いたい。
この自分の【動き】もどこまで通用するものなのかもまだ未知数な訳だし……。
あとあいつらなんか獣臭そうだし。
とりあえずは俺もこの場から離脱しよう、
幸いなことにあのヒトウマケンタウロスもどきも仲間内の議論がヒートアップして
此方に気付いていないようだ。
そろりそろりとケンタウロスもどきの方向を向いたまま抜き足差し足で後退。
もちろん足元にも注意を払いながらだ。
ふふ……うっかり小枝を踏んでパキリ、ニゲタゾオエー!
なんてお約束なんてやってたまるかってんだあっはっは。
数メートルほど後退したあたりでそんな調子に乗ったことを一瞬でも考えたことが、
俗に言うフラグとやらにでもなったのだろう。
足元と前しか向いてない状況で後ろ歩き、
言うまでもなく不注意極まりない行動だ。
とんっ。
と、中途半端に腰の位置で漂わせ、後ろに向けていた掌が
何かに触れた瞬間、(あ、やべ)と思うまもなくその触れた何かに向き直り。
「ぬおおおおおおおおあぁああああっぃいい!!」
うむ、我ながら見事な投げっぱなしジャーマンだな。
そんな現実逃避じみた思考で投げ飛ばした何か―トレントの生き残り―
を投げたポーズのまま、逆さまになった視界で2,3メートルの巨体をお見送り。
うげ、顔に砂かかった。
「うぼろばぁっ!?」
「ちょっ!?」
「副たいちょおおおおお!?」
トレントの胴体部分である幹に豪快にぶち当たった真ん中の一匹
―どうやら副隊長であるらしい―へ僅かな謝罪の念を妙に澄んだ思考のなか送って。
「…………ッ!!」
一拍ほどの間をおいて全力で跳ね起き、ケンタウロスもどきどもとは逆方向へ思い切り駆け出した。
一緒にいた2匹も副隊長殿の応急手当と、
ぶん投げられつつもしぶとく生き残っていたトレントにてんやわんやで、
どうやら俺にかまっている状況ではなくなったようで、なんなく逃げ切れそうだ。
「うっわぁもうこれ友好的とかそんなレベルの話じゃねぇって……!!」
とりあえずユッグのほうへ向かって合流しよう……どうやらあの嫌な感覚が大きくなっているし、
このまま走り続ければ合流できそうだ。
(ああもう、こんなことする気はなかったんだけどなぁ!?)
足場の悪い森の中だというのに自己最速記録を叩き出せそうなスピードで
走る、走る、たまに樹にぶつかって投げるを繰り返しているとだんだん明るくなってきて、
ついには森の中から抜け出せたようだ、
どうやらこの森は小高い丘のような立地にあったらしく、一面に新緑色の草原が見渡せる。
「あ゛ぁ、革靴で障害物競走とかやってられん……うわ!?靴底壊れてやがる!?
結構高かったんだぞチックショウ!!」
やるせない気持ちになりながらも顔を上げると、
草原の新緑以外にもちらほらと別の色が混ざって見えた。
だいぶ離れたほうには黄土色の細い街道らしきものも見えるし、
さらに強くなった嫌な感覚の方向をよくよく見ると、
黒い豆粒のように遠く見える場所に見覚えのある背中が目に入った。
「……あんにゃろ、こっちは散々な目に遭いながら逃げてきたってのに
あっさりと脱出してやがって……」
どちらかというと散々な目に遭ったのはトレントやケンタウロスもどきかもしれないが、
それはそっと棚に上げて恨み言を呟く。
「うん……うしろから急に声をかけて驚かせるくらいの八つ当たりはしても罰は当たらんよな、
当たらん、むしろ苦労した俺には正当な権利だよな?よし、チクショウめ」
高速で自己弁護と詭弁になっているかも怪しい言葉で自分を納得させ、
急斜面を描く丘を強引に駆け下りていく。
(とりあえず合流はできそうだが……あれ、おかしいな、あんまり事態が好転する気がしないぜ……)
なんともいえない気分のまま、だらだらとした足取りで歩いているユッグの背中を追いかけ。
(第一声はどんなものがいいだろう……『ダァアアァアリィイイイイイン!!!』(野太い声で)とか……か?
いや、それは微妙だな。なんかインパクトのあるものは……?)
くだらないことを真剣な表情で考えるザンを、曇りなき晴天と晴れやかな太陽が燦々と照らしていた。
波乱万丈の一日は、未だ終わりを告げそうにはなかった。
週1ペース……うん、休みが多ければちょっとは更新ペースもあげられるかもですが、これくらいが限界だと思うので気長にお待ちくださるとありがたいです。