初めての闘争
ザン視点。
ちょっと短かったかもしれません。
「は……あ……?」
ズゥゥゥウウウン……
ユッグの呆然として思わず出たような吐息と、一拍遅れて森の木々が薙ぎ倒された音が聞こえた。
異常だ。
何が異常かって、片っ端から何もかもだ。
まず俺は確かに平均より体格は優れているほうだが、日々の運動はたまに思い出したようにやる筋トレに、大学への往復1時間少々の徒歩での通学程度だ。
間違っても一抱えもある若木を力任せに引き抜き、格ゲーか何かのようにものすごい勢いでブン投げるなどという人外じみたマッシヴボディは持っていないはず。
この状況も異常だ、ネットの胡散臭い広告をクリックした瞬間に光に包まれて、気がつけば二人揃って大森林の中などどこのネット小説のテンプレだ?
テンプレだとしたら早急にこの状況の説明がほしい。
説明キャラの例を挙げるなら、自称神を名乗るおっさんの使いだとか、異世界勇者にこの世界を助けて欲しいとかぬかす無責任王族と美少女召喚術師のセットでもいい、なんらかの行動の指針や呼び出された理由を知りたいところだ。
異常といえば先程ユッグがスイッチを押した瞬間に、ファンファーレとともに脳裏に浮かび上がったスキル?や、同時に感じた異様な寒気……殺気、悪寒、狂気などとも言えるあの感覚はなんだったんだ?
いや、過去形にするべきではない、今もまだユッグの方からは尋常じゃない寒気のような気配が漂ってきている。
呆気にとられたような表情のユッグを見るに、どうやら無意識にそんな気配を発しているようだが、間違いなくこんな気配はまっとうな人間の出せる気配ではない。
スキルの闇の波動?とやらの影響だろうか。
そう考えると今の俺の馬鹿力もオートスロウとかいうスキルのせいか?
ミシリ……ギシ……
思考に没頭しかけた俺の耳に、異音が入った。
何よりの異常。
Wooooo……!!
【木とは、あんな風に雄叫びを上げながら、ひとりでに起き上がるものだったか?】
「う……あ……」
言葉が、出ない。
見ると俺が放り投げた高さ4メートルほどの木と、それにぶつかり薙ぎ倒されたもう一回り大きな木、二本の木が―(ひとりでに起き上がり、憎悪の感情を表したような表情の模様を浮かび上がらせている邪悪そうな何かを木といっていいのかはわからないが)―ズリズリと太い根をのたうたせ、擦り寄ってきている。
ついさっきまで普通の、いや森の普通の基準などよく知らないが、だと思っていたこの場所が、奴等【木】の化け物の巣だということを悟った。
「いやいや……っは、これはねーって、なんだよ、なんなんだよ?この化け物は!?」
混乱が、恐怖が、焦燥が、不安が咽を通して音となり、声となって口をつく。
体が強張り、のどがひりつく。
背中にじっとりとした汗の感覚。
なんだ これは
どうしたら?
思考する間も【木】は近づいてくる。
投げたときは目に入らなかったが、上のほうに伸びていた枝は節くれ立っていて太く、今はまるで鞭のようにしなり、振り回されている。
これにあたったら すごく痛そうだ
そんな他人事のような感想が頭に浮かんだとき。
俺の体はその枝の鞭の射程範囲に入って。
風を捲き、轟音を唸らせて枝は垂直に振り下ろされ。
俺はしなる枝を掴み取り、引き寄せた木を一瞬で地面に叩き付けていた。
「……あ?」
またも思考の空転。
え? 今の動きは?
俺が?
どうやって?
疑問符を脳裏に浮かべながらも、気付けば体の強張りは消えていた。
口の端が、勝手に笑みの形に吊り上っていく。
そうだ、一度軽々と放り投げた相手に、一体何をビビってたんだよ。
きっと今俺の顔はこの化け物の顔よりも化け物らしい表情をしているだろう。
なぜなら。
地に叩き付けられ、先ほどまでは圧倒的な存在感を持って憎悪を向けてきていたその化け物の表情には、隠し切れない驚愕と恐怖の表情が見て取れるからだ。
今の体の動きなら何でもできそうな気分だ。
さっきの体が勝手に動いたような感覚を思い出しながら、今度は自分の意思を載せるように体に力を込めてみる。
すると、頭の中に新しいナニかがインストールされたような感覚。
思考が透き通るような理解感。
そして
ぽつりと、暴虐の言霊を発する。
「パワースウィング……(たたき潰すよ!)」
取った行動は至ってシンプル。
ただ対象を片手で掴み上げて、思い切り振り地面に叩き付けただけだ。
しかしその対象が、目測で4メートルを超える木の化け物だった場合、【こうなる】。
ゴバギャシャア!!
工事現場でも聴いたことのないような破砕音が轟く。
木の化け物は丁度半ばの当たりから折れて砕け散り、地面に巨大なクレーターを作り上げた。
瞬間、今まで感じたことのないスバラシイ何かを全身で吸収したような多幸感と、自分そのものが【拡張】されたような充足感。
ポーン
【ザン】の レベルが 2 に なりました
この時ばかりは、自身の体に起きた異変は疑問は後回しにされた。
更なる【拡張】を求めて、視線はもうひとつの化け物を捉えた。
次はユッグ視点。