騒がしく森の中へ 4
……ぐぁあっ!?……なっ……ギッ!?……ゴァッ……貴様……なん……!!
轟音と、死を予感させる地揺れ、そしてそれが原因で舞い上がっているだろう土煙。
先ほどから少年少女らの頬を、轟音と共に吹き付ける余波による風が叩いている。
風で吹き散らされる度に舞い上がる土砂で未だ姿は見えず、その中からは途切れ途切れの悲鳴と、それを掻き消す様に、肉を殴打し、地に叩き伏せる様な音が重く、鈍く聞こえてくる。
状況に置き去りにされた三人は動かない。
動けない。
そこから逃げ出さなければ、次に同じく悲惨な末路を辿る事になるのは自分たちだと頭では分かっていても、恐怖が、数十分前には並んで笑って歩いていた人達が、あの死の幕の向こう側にいるという現実が。
彼ら彼女らの足を縛り付けて離さない。
どれくらい時間が経っただろう。
数分だろうか、数時間だろうか。
或いはほんの数十秒ほどだったかもしれない。
ナニかを壊すような音が途絶える。
悲鳴すら、聞こえない。
いや、微かに呼吸するような音は聞こえる。
だが、それが何の救いになるのだろうか。
今僅かながらに命があったところで、それは数瞬後には掻き消えているものなのでは無いか。
土煙が薄れていく。
ぼんやりとシルエットが浮かび上がる。
三人の目に映るそれは何か。
絶望か、死神か。
誰かが、からからに乾いた口内の唾を、無理やり飲み下した音が聞こえた。
途端。
薄まった土煙を吹き飛ばして、黒い影が三人に向かって飛び出す。
「ひっ」
喉を引きつらす声を上げたのは誰だったのだろうか。
明るい狩人ミトナか、生真面目な槍使いアニーか、優しい剣士テリアンか。
そんなことに関係なく、その影は勢いを落とすことなく飛来し。
【背後の大木に纏めて叩きつけられた。】
……………………。
「え?」
ゆっくりと、三人は振り向き、それが何かを確認する。
全身に打撲痕を作り、白目を剥いたハイオークとハイオーガだった。
目の前の光景を上手く認識できず唖然とする三人の耳に、声が聞こえた。
「おぉ、おぉ……ったくホント、お約束ってか……まあ、この流れで来るなら今だよな。」
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何故だ。
不意打ちのタイミングは完璧だった筈だ。
なのに。
何故私が膝をついている?
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一連の流れの中で一つ区切りがついたところで、片手で口を覆い、もう片方の手で袖を振り、土煙を払いながらユッグは言う。
「あぁ驚いた驚いた、全く心臓に悪い……もったいつけての本命のご登場、確かにお約束だよ。
これがゲームだったら画面中央にでも黄色地に黒でCAUTION!!とか大きく出るところだ、ビービーとうるさい警告音つきでな」
「だな、あの大猪を倒したところでクエストクリアにならなかった時点で何かしら追加は来るだろうとは思ってたけど、あの子らの反応を見る限り相当な大物っつか、この辺では出ないボスクラスだったみたいだぜ?」
「相変わらずゲームバランスの狂った仕様だな……まあ作者があれだからな」
返事があったということは向こうもある程度状況に余裕が出来たという事だろう。
どれ、では早いところ先程得たスキルの確認でも……
「がハッ……!?いっ、ぎゅぁ……こひゅっ、こひゅっ……」
おや、まだ息が有ったのか。
そこらのなまくらが普通に通じるから案外簡単に死んでるかとも思ったが、流石ボスクラス、頑丈なことだ。
煙の晴れた中、【それ】を見下ろす。
「ぎぃ、き、きさまぁ、なぜ、何故攻撃が効かないぃ!?」
欠けた仮面の奥で明らかに人とは違う、猿と悪魔を足して割ったような面相を歪ませ、荒い呼吸を繰り返し、全身に無数の刀剣を突き刺した燕尾服の化け物がいた。
文字通りに満身創痍といった所だろうか、手入れの行き届いた上質な黒のシルクハットは既にずり落ちて土埃に塗れ、紫色の水晶の様な輝きを放つ一本一本が大振りのナイフほどもある長い爪は半数ほどが砕け、地に這い蹲り、もう立ち上がる余力も無いといった風情だ。
「さぁ……?なぜだろうな?当ててみるがいい。
当たれば豪華賞品プレゼント、外れたなら残念ながらここで敗者脱落、といった所だ」
その答えは恐らく初期から持っていた……というより持ち腐らせていた【闇耐性 強】だろう。
闇属性の攻撃の威力を9割方カットし、混乱、恐怖、呪いといった精神関連の状態異常を完全に無効化するという(初期スキルでこれ序盤で使い道あんの?)としか思えないような無駄チートスキルだが……どうやら、思いのほか早く効果を発揮したようだ。
最初に不意打ちをかけて来た時点では余裕こいてレーザーみたいなものを撃つだけだったのだが、耐性によってあっけなくはじかれ、焦ったのかその後折角土煙で遮蔽が出来たと言うのに、煙の中でも良く目立つ紫に輝く爪を振り回したおかげで位置もバレバレ……こいつ、力の割りに妙に戦闘慣れしてないというか……もしかして研究職とかだったりするのだろうか?
或いはやたらと偉そうに上から目線であることだし、貴族のボンボンか?
ちなみに耐性のおかげかレーザーの体感威力は雨合羽越しにホースで強めの圧力で水をかけられたような感覚で、爪は竹刀で思い切り叩かれたような程度だった。
実際普通に痛い。
おそらく変に属性を付与しなければ後衛ステータスの私なんぞ紙切れの如く切り裂かれていたのだろうが、運が無かったようだな。
だがまあ、そんなことを教えてやる義理も無い。
それよりも、こいつが私に、この私に危害を加えようとしてきたことが問題だ。
丁度良い、罰を与えるついでに、たった今得たものを含めたスキルの練習でもさせてもらおうかな?
もしかしたらスキルの一定回数使用や、熟練度で新スキル開放とかもあるかもしれないからな。
「おいザン、私はこれからこいつを実験台に色々とやってみようと思うのだが」
「奇遇だな、俺も同じことを考えていた、いやぁタフな奴が相手だと練習が捗るな」
「うむ、全くだ」
街道でいつぞや私が馬鹿相手に考えていたことと同じ結論に達したようだな。
土埃のついている、月の無い夜を連想させるようなシルクハットを拾い上げ、軽く表面をはたく様にして汚れを落とす。
そして軽く品定めするに、やはり中々に上質な品のようだ。
色・デザイン・手触りに至るまで実に良い趣味をしている。
そしてそのまま上機嫌で被り具合はどうかと確かめていると、しゃがれた金切り声が耳を劈いた。
「ぎっざまぁっ!!こ、こんなことをして、ただでは済まさっ……!?があぁああああっ!?」
「おやおや、散々唸りに唸って捻り出した答えがそれか?どちらにせよ回答時間オーバーだ、はい、外れ、と」
そう言いながら背を無造作に踏みつけ、突き刺していた何本かの刀剣の内、丁度取りやすい位置に刺さっていた直剣を肉をぐいぐりと抉りながら引き抜き、そのまま右手の甲にを突き立てる。
……っと、つい傷口を広げてしまったが、加減には気をつけねばならないな。
うっかり検証前に殺しては実験台として使えない。
でもまあ、危険だし腕ぐらいは落としておくべきか。
「そして出題者に敬意を払っている様子が見当たらないな、ペナルティだ」
「あ゛、あ゛、あ゛あああああああああああああああ!?!?!?!」
右腕を押さえようともがきながら絶叫する化け物の、もう片方の手の甲も大振りのナイフを使い、足蹴にしながら同じようにして地に縫い付ける。
……なんだか妙に刃物の扱いに慣れてきたな?
レベル的に格上の相手を斬っていると熟練度の入りのようなものがいいんだろうか。
もしやしたらそれでスイッチやレベル上昇以外でスキルを獲得できるのかも知れない。
……ふむ、気が変わった、とりあえずはこのまま斬り続けてみようか。
「あ……ぐぅっぅ、ひぃぃ……」
血とそれで固まった泥に塗れ、無様に涙の様なものまで流しながら標本のように地に貼り付けられたそれの耳元に、踏みつけたままに顔を寄せ、そっと囁きかける。
「では、私の力の礎となってくれ給え」
コレはいつまで保つだろうか。
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ウィンドウを操作し、スイッチで手に入れた新スキルの説明ウィンドウを開きながら、横で始まった残虐公開処刑ショーから目を背け呟く。
「うっわぁ……引くわぁ」
ナチュラルに敵から高価そうな帽子をパクりつつ、持ち主が大声を上げた瞬間に刃物で切りつけて脅すという外道の所業をやってのけるユッグに、あれが今のところ唯一の旅の連れ合いという現実に思い当たって目頭が熱くなる。
あいつの社会復帰は望めるんだろうか。
まあ最終的にはやってる相手は敵だし別にいいかという思考に着地する訳だし今更咎めるつもりはないけれど、こんな見た目の我々の上に近くに多感な年頃の子供らもいることだし、少しはやることを考えて好感度とか気にするべきなんじゃないかなーとかそんな無駄なことを考えていると。
「うっ、うわぁあああああ!!!」
完全に意識が逸れていた方向からテリアンくんの悲鳴と、何か硬いものが破砕される音が聞こえた。
「っ!?」
はじかれた様に振り向くと、テリアンくんがさっきの鬼と豚頭に囲まれていてっ……!!
瞬間、振り向きの動きに連動して指先で、意図せず画面をタップしてしまった僅かな反発の感触と共に、腰の辺りに綱の様な形の反発する圧力が加わり、直後に視界が吹き飛ぶように流れた。
「っ!?どぉっわわわわわわぁっ!?!?」
原因のよくわからない力によってテリアンくんと魔物の方向に吹き飛ばされた俺は、体勢を立て直す余裕もなくみるみるうちにばたばたと体を動かしながら宙を泳ぎ……。
「っでぇい!伏せろテリアンくんっ!!」
「えっ!?ひゃわぁあっ!!?」
間一髪頭を庇う様にしゃがんだテリアンくんの真上を通り、驚いて目を剥いたような表情を浮かべるハイオークとハイオーガに激突した瞬間、土煙の中と同じようにオートスロウが発動する。
「「グゥォオオオオオ!?!」」
鬼の角の部分に触れた右手が、豚のみぞおちに突き刺さった左膝が、自分でも知覚出来ない動きで相手の体の自由を奪い取り、気付いたら鬼も豚もゴギンだかボキンだか凄まじい音を体の中から響かせつつ宙に浮き、代わりに俺がテリアンくん達を背に庇う様な姿勢で着地していた。
(体感的には)ジェットコースターの様な速度で吹き飛んできた俺の運動エネルギーを強制的に押し付けられ、汚い唸り声を綺麗にハモりながら投げ飛ばされる2体と、半壊した剣と盾を構えたまま何がなんだかわからないといった表情でこちらを見るテリアンくんに、投げ飛ばされた重量級2体に唖然として槍を取り落としかけるアニーちゃん、内股状態でしりもちをついたまま腰が抜けたのか、勝気に吊り上っていたまなじりを垂れさせて、座り込んだまま涙目でこちらを見上げるミトナちゃん。
「「「……えっ?」」」
またハモった、仲良いなお前ら。
そんな反応されたってこっちだってよくわからん。
まあ、十中八九このスキルの効果だとはわかってるんだが……。
NEW!! 任意アクティブスキル 【三次元軌道】
使用者の任意の場所に某超人プロレス漫画的、超耐久・超反発のロープを瞬時に設置可能だよ☆接触できるのはスキル使用者のみでーす^^
場所を指定せずに発動した場合はとりあえず前方に思い切りよく射出されるように設定してあります♪
格戯神眷属のコメント「どう?パチンコの弾丸体験、楽しめたかなぁ?wwwヒャァwww」
はははっ、ぶち殺してぇ。
……おっといけない、一瞬気が遠くなりかけた。
内容から口調まで全てにおいて腹が立つパーフェクトに煽りMAXな説明文だけど、今は戦闘中なんだ、気をしっかりと持たないと。
「グッゥゥ……ウヲォッアァアアア!!」
よそ見している間に、俺に投げられた後のピヨりだかスタン状態だかから抜けたのか、オーガの方が一足先に襲い掛かってくる。
流石高レベルモンスター、散々にぶん投げられまくってんのに動作に一切翳りが見えない、ってか正直動きなんてすごい速さでこっちに走ってきてることしかわかんないってくらいに人間離れってか生物離れしたスピードだが、そんなことは俺にとっちゃなんの関係もない。
「アアアアッ!?……ゴォッ!?!」
憤怒の形相を浮かべ、目にも止まらぬ速さで鉄棍を振りかぶったオーガが目の前に猛然と突進してきたかと思えば、自分でスキルを意識する間もなく地面に顔をメリ込ませている。
突進してきたオーガの影から死角をつくような形でオークも追撃を仕掛けてきたが、戦槌が横薙ぎに振り回されたと思った時にはそのハンマーを手首を捻られるように取り上げられ、焼き増しのように鬼の真横の地面に頭を埋める羽目になった。
……パッシブスキル、オートスロウ、か。
(俺もあいつも、接近戦に置いちゃ正にチートとしか言いようがねぇような力を手に入れちまったもんだ……ったく、最初から強力過ぎる力は身を滅ぼしたり後から致命的な欠陥が見付かったりしそうで、正直おっかねぇんだがねぇ)
口をへの字に曲げ、ふんと鼻息を一つ。
意識して自分を戒めないと、全能感に酔ってトンでもない事をしてしまいそうで困る。
わざわざ意味もなくチートを使わないで力を抑えるようなことはするつもりは無いけど、むしろ使えるものはガンガン使っていくつもりだけど、自分の能力を過信して勝てない勝負をしたり、いざというときに体に限界が来て動けなくなったりしたら文字通りの死活問題だ。
筋肉の細かい断裂、修復による発熱、およびそれに伴う筋肉痛、カロリーや栄養素などを消費しての超回復など、体の運動後の正常な反応がものすごい早回しで行われているような奇妙な感覚に眉を顰めながら、赤熱し蒸気を上げている腕を見ていると、オーガとオークがぐぐぐ、と力を込めながら体を起こし顔を引き抜こうとしているのに気がつく。
……なら、この好機にちぃとばかし俺も、効率的な体の動かし方、戦い方って奴を模索してみようかね。
右腕を上げ、肩を大きくぐるりと回す。
ついでに鬼と豚が勢いよく頭を引き抜くのに合わせて両手を伸ばし、その力を利用するイメージでオートスロウを発動し、今度は2体をブリッジのような形で海老反りに頭をさっきよりも深くズモッと肩まで地面に埋めなおす。
これでしばらく時間稼げるだろ。
「テリアンくん、よく二人を守った、お疲れ様、良く頑張ったね」
「……へ?」
大きく息を吸い、思い切り吐き出す。
強制ブリッジ状態から抜け出そうともがく2体をただ見つめながら、背を向けたまま語りかける。
「悪いけどもうちょっとかかるからさ、あいつらが復帰する前に離れておいてくれるかな?危ないからさ」
「え、あ!はい!あのありが、あ、え?あの……」
「すっ、すみません、了解しました!テリアン、そっち側お願……」
「ぎぃいいいいひひひっ!?もうッ!もうオシマイだァテメェラァッ!!後先なんて知らん、皆々グチャグチャに闇に呑まれろォッ!!個なんて群にあっけなく押し潰されるってことを思い知りやがれァッ!!!」
怒涛の展開についてこれていないのか、オタオタと情けない顔を見せるテリアンくんと、はっとしたようにミトナちゃんに肩を貸しながら下がろうとするアニーちゃんに苦笑していると、耳障りな声が周囲をつんざいた。
もしやユッグのヤロウしくったかと、未だにもがいているオークとオーガを視界から外さない様にしながら声の出所に目線だけ向けると、さっきの仮面野郎が両肘から先を細切れにされ、全身血達磨になりながらも膝を突いて立ち上がり、天を睨み付ける様にして甲高い奇声を上げ、仮面の割れた部分から異形の触手の束を伸ばしていた。
そしてその中から真っ黒な、黒色なのに光だと分かる不気味な輝きを放つクリスタルが現れる。
ちなみにユッグは正面でニヤニヤと二刀を弄びながら見守っていた。
いや、形だけでも阻止しようとしろよ。
頬を引きつらせながらも鉄棍と戦槌を回収し、とりあえず振り回せる程度の重さだということを確認していると、数秒でクリスタルに変化が現れた。
クリスタルはビシビシと砕けながら光を放ったと思うと、両脇に淀みの様な黒い半透明のもやを生み出し、濃縮したそれは空間にぽっかりと下向きに開いた闇色の穴を出現させる。
その中からは夥しい数のゴブリンと狼が産み落とされるように湧き出していた。
……いやいや、ホントに出過ぎじゃねぇ?
止め処なく濁流のように、もしくは満員電車から湧き出る人波の様に勢いが衰えることなく溢れ出す魔物の群れと、あっという間に囲まれて逃げるに逃げられなくなって立ち往生する三人の姿に、ちょっとだけ逃げ出しちゃおうかなぁという弱気な自分が顔を出す。
自由ヶ丘に振り回されて多少の荒事には慣れているものの、ナリの割りに小心な自分には中々酷な状況だ。
一方同じような体験に振り回されていたはずのユッグは、恐怖を感じるどころかこの状況をおいしい経験値稼ぎとでも考えているのか、鼻歌でも歌いだしそうなほどに無駄に上機嫌な様子で、肝が据わってるのか生まれながらの人格破綻者なのか、あまりの差に思わず顔が引きつる。
「ぎゅブフふぅ、ゴブリン種482体、ウルフ種264体、流石にこレホドの数が一気に溢レ出せば国もAクラスのバケモン冒険者を派遣してくるカラナ、せめて両方1000体を超えてからの出撃としたカッたが、これでもこんな辺境の森と周囲の村や町を呑み込むには十分な頭数だろウヨォ?」
厭らしい哂いを隠そうともせず、紫色の粘液を垂れ流す口から伸びた触手を噛み千切って分離し、仮面の男は膝を震わせながら立ち上がる。
その目には絶望に直面して自棄っぱちになったような、もう後が無いもの特有の狂気が宿っていた。
ザン『あー、昔近所のパチンコ屋の前でステテコ一丁で酒瓶振り回してたおっさんがおんなじ目ぇしてたわ。』
ユッグ『ブフォッ、げほっ、貴様折角のイベントの大詰めに一気に馬鹿らしくなるような例えをするんじゃあないよ』
ザン『敵勢力大量出現イベントを暖かく見守ってたような奴に発言権はねーですよこのボケ……どーすんだこれ収拾つくのかよ?』
ユッグ『スキル的に見れば余裕だろう、私は武器の耐久度という種の限界はあるが、闇の波動とオートカーシングを合わせれば基本的に意思持つ生物は全て無力化出来る。
貴様の武器は自動回復つきの肉体であるし、何気に今パクっていたハンマーや金棒を適当に両手にもって振り回しているだけでも無双ゲーのように敵は薙ぎ払える、実にヌルゲーだ……私としてはそんなイージーモードではイマイチ満足できんが』
ザン『武装解除の一環だよ、使えるとも限らん。
それにクソゲー無理ゲー死にゲー大好きなマゾゲーマーのお前的にはそうかもしれんが……てかいつも精神力ゴリゴリと石臼みてぇに削るを通り越して磨り潰すようなマゾゲーにばっか俺を巻き込むのやめてくんない?俺基本難易度ノーマル以下しか普段やらねぇ派なんだけど』
哂いながら半狂乱でクリスタルになにやらぶつぶつと語りかけている仮面野郎から視線を動かし、半目でユッグを睨むと、インベントリから取り出した小振りなナイフとピックに、何故か幾つかの石を両手にゴチャゴチャと纏めて持ち、なにやら闇の波動を手の周囲にぐるぐると濃密に回す様に、舞わす様に、廻す様に流している。
ゾッとするような濃密な怖気を感じる闇と、それを当然のように操っているユッグにドン引いて居ると、それに気付いたのかいつもの半笑いでこちらに挑発するように思念を飛ばしてくる。
ユッグ『そんな貴様に朗報だ、そこで死んだ目をしてる子供三人を守る対象として勘定に入れなければこのクエストはきっとベリーイージーで済ませられるぞ?』
未だに立つ事のできないミトナちゃんを、震えて顔を青褪めさせながらも歯を食いしばってボロボロの武器を構え、背中合わせに庇うようにして立つテリアンくんとアニーちゃんの姿をちらと振り返り、ユッグのチャットを鼻で笑う。
こんなことを言いながらも、俺が知っているこいつは、俺を知っているこいつは、俺がそんな選択肢を取ることが出来ないということを知っている。
周囲を埋め尽くす醜悪な亜人と飢えた獣の群れという、いっそ生理的な嫌悪感さえ感じる光景に怖じ気づき、弱腰な気分になりかけた自身の精神を叩き、叱咤する。
震えはもう、止まった。
それゆえに、俺は予定調和のように決まりきった答えを返す。
ザン『残念ながら、それをするにはこの子達に情が移りすぎたよ、それにこんな美少女二人に男の娘を失うとか世界の損失だしな』
かわいいは正義、ってね。
軽口で怯えを振り払い、自身を鼓舞する。
じわじわと、しかし急速に包囲を密にしていくゴブリンと狼に、ボコォと盛大に土砂を掘り返しながら復帰した鬼と豚頭に、腰を落として構え、気合を入れなおす。
「テリアンくん、アニーちゃん、ミトナちゃん……これから俺はこの鬼野郎と豚野郎を相手に大暴れをする」
「「「へ?」」」
ユッグ『さっきまでも十分大暴れの範疇だと思うんだが』
ザン『うっせ、出端くじいてくんなよ』
揚げ足を即効で取りに来るユッグに適当に笑いながら返す。
そして笑ったまま、背に庇う三人に顔だけ振り返る、安心させ、元気付けるように。
「だから、周りのあの有象無象どもに目がいかなくなるかもしれない、君達には俺の死角となる部分を守って欲しいんだ……代わりに、君達を絶対にこの2体から守る、絶対だ」
そう言って、三人を真っ直ぐに見詰める。
一瞬きょとんとした目に、徐々にそれぞれ力が戻る様子を見て、もう一度ニッと笑いかけて続ける。
「任せたよ」
「「「……はいっ!!」」」
機を計っていたのか、それとも案外律儀に待ってくれていたのかは知らないが、顔を正面に向き直ると、ハイオーガやハイオークを筆頭に有象無象どももヤル気いっぱい、といった様子。
若干乾いた唇を軽く舌で湿らせる。
ふくくっ、と、堪えきれなかった様なユッグの笑い声が、耳に届いた。
ユッグ『さて、では改めて問おうか、難易度はどれを選ぶ?』
脳裏に、いつもの調子の小馬鹿にしたようなユッグの声が響く。
内心の怯えを掻き消す様に、ニィと不敵に笑いながら。
叫ぶ。
「当然、ベリーハードだ!!」
あれ……この話でクエスト終わらせる筈だったのに……あれ?




