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寂しく森の中で

お久しぶりです。

続きました。

「……。」



ローヤルウッドを東に馬車で20分程度行った距離に、人の手によって整備された森の一角があった。


今はもう森林としての資源を―材木も食材も―あらかた取り尽くされ、

植樹された木々が育つまでの十数年間、数週間に一度衛兵のサバイバル訓練が

行われる以外誰も寄り付かない、人間の価値感としてはほぼ死んだ森。


その森を少々分け入った所に、風景に少々どころではなく似つかわしくない男が一人。



「……。」



静寂の中、焚き火の光に枯れ枝がパチパチとはじける音が辺りに響く。


男はやけに豪奢な馬車の傍らに座り、動きは目の前にある火に

座した横に積んだ枯れ枝の小山から、時折ひとつ枝を掴んで放り込むだけ。


じっと。


彼は鉄製の携帯用小鍋の中の水が沸騰するのを待っていた。

右手には茶色い粉の入った小瓶が一つ。


徐々に暖まる容器に湯気が昇る様子を見ながら、小さな溜め息を ふ、と吐く。


またひとつ枯れ枝を放り込みながら、心中に暗澹とした思いを浮かべる。



(……どうしてこうなった)



人気どころかスキルの影響も合わさって、鳥のさえずりも獣の遠吠えも、虫の羽音すら聞こえない森の中。

簡易的な居住空間となる馬車の横で粉末コーヒーを飲むための湯を沸かしている男は、何を隠そう。


仮名ユッグ・ボルヴェルグ。


私だ。



(……暖かな布団が恋しい)


こんな状況に陥った理由は、およそ二時間前に遡る。







「……ぁ」


「……うん?どったよ」



ギルドを出て、トルイヌ氏の所有するという宿屋に向かう途中、ふとあることに思い当たった。

小さく声を上げた私に対し、隣を歩いていたザンが眠そうな顔で一拍遅れて反応する。


非日常的なアクシデント続きで疲れもピークに来ているのだろう。

勿論私もそれは同じだ。


だからこそこんな簡単な事にも気付かなかったのだろうが……。



「寝ている間の闇の波動の制御の事、どうしよう」


「……あー……」


「やめろ、色々と諦めた憐れみの目を私に向けるな」



そう、現在ずっと制御に気を回し続けることでどうにか抑えられている闇の波動だ。


闇の波動のコントロールのコツの掴み方は、

こういうと急に庶民的なものに聞こえるかも知れないが、自転車のようなものだった。


最初は上手く乗りこなせなくても、あっちへふらふらこっちへよたよたと繰り返しているうちに慣れた。


無論、現状のとりあえず真っ直ぐ動かせるというところから、

精緻な動きまで制御するような巧さになるにはまだまだ熟練が必要そうだが。

……そう、たとえ寝ていようが制御出来る、そんな段階はまだまだ先なのだ。


シミュレートしてみる。

宿屋をとる→夜疲れて寝る→制御外れる→町中に闇の波動ばらまかれる

→恐怖に戦き狂気に呑まれた住民や勇気ある冒険者が押し寄せて来る→討伐される→BADEND


……まてまてまて!



「……あー……トルイヌさん、今日泊めて頂けるのはどんなとこなんです?」


ユッグ『ベネ!良い質問だザン!テンプレ的にはこういう場合、

権力者の家というのは町外れの大きな屋敷が多いが、贅沢は言わん。出来る限り人里から離れてさえいれば……』

「おおいい忘れておりました申し訳ないわたくしの屋敷はローヤルウッド中心街の一等地を使わせて頂いておりますよ高級住宅街に食料品店冒険用具品店も近くにあり滞在中に不便はさせませんとも!」


ユッグ『死ぬがよい』


ザン『俺悪くねぇだろ!?』



そんな道理は関係無い。

ようは私が心を安らげる場所を得られるかどうk

「もちろんセキュリティの面でもご安心ください近くに衛兵の詰所や富裕層が

個人的に雇っている護衛も大勢おりますので何かあれば腕利きの者がすぐに飛んで参りますよ!」


ユッグ『いよいよもって死ぬがよい』


ザン『あぁ……お前がな。御愁傷様』



ザンの馬鹿が憐れむような視線を更に上乗せしてきたので、とりあえず岩石ケツバットの痛みを視線に乗せ返しておく。


ビクンと一度全身を震えさせたあと、膝をガクガク笑わせながらも何事もなかったかのように歩こうとする、

ザンの涙ぐましく思えなくもない努力と、怒濤の勢いで押し寄せてくる苦情のチャットを

華麗に無視しつつも、どうにか次善の策をとれないかとトルイヌ氏に質問する。



「……トルイヌさん、御気遣い痛み入るが、その……どこか人里離れた所に寝泊まり出来る場所はありませんか?」


「はい?ええとそうですね無くはありませんが……」


トルイヌ氏にしては珍しく口ごもるような態度をみせ、



「私どもが家族でたまに休暇をとって使う別荘が町外れの森の近くにありますが、

普段人を招く事がなく定期的な掃除は指示してあるものの、すぐに誰かお客様をお通し出来るかと考えますとちょっと……」



と、やんわりと断りの文句が続けられる。


こちとら人の近くでうっかり気を抜けないのだ。

正直雨風が防げて、まともな屋根のある家ならもう埃まみれだろうが蜘蛛の巣が張っていようが

何でもいいのだが、流石の私といえど今日初対面の相手にこれ以上ごり押しするのは気が引ける。



(これは……詰んだな、諦めるか)



そうですか、とひきつりかけた表情で辛うじて相槌を打つと、小さく嘆息を一つ。

これは、野宿……か。

快適さの為だけに我が身を命の危険にさらせるほど、リスキーなギャンブルは好みではない。



覚悟は決めた。



「今日の晩御飯はなんですか?」



でもその前に空腹だけでも満たしておこう。


トルイヌ氏に馳走になった山の幸や、ここでは貴重であろう

新鮮な海の幸をふんだんに使った夕飯は、豪勢だが妙に悲しくなる味だった。





そして数分後トルイヌ邸に着き、せめてものもてなしをとトルイヌ氏が贅を凝らした晩餐をと手配してくれている間に、

先に戦いやら森の中の移動やらでついた身の汚れや疲れを落としてからと、風呂の用意をしてくれたのだ。


この世界、魔法の才能の有るものが三人から五人に一人くらいはいるらしく、

そのなかでも火や水の属性持ちはポピュラーで、中世ファンタジーの世界観イメージでよくある、

湯船にお湯たっぷりの風呂に入れるのは王公貴族だけなどということはなく、

各家庭とまではいかないものの、一定以上の上流家庭、高級宿、大商人ならば

所有していることがステータスのようなものなのだそうだ。


現代での自家用プールみたいなものだろうか?


大概の町の中央通りには公衆浴場が設けられているらしい。

町に住む魔法使いは風呂代を免除される代わりに、適当な時間に来て湯船に

火球をぶちこんでいくのが暗黙の了解となっているのだそうだ。


個人の風呂は使用人やギルドから派遣された専属の魔法使いなどが沸かしているとのこと。



閑話休題。



兎も角、風呂を使わせてもらう事となった俺達二人は、当然の如くついてこようとしていた

メイド達を(6人もいた、一人すら要らんのに)丁重に追い返し、脱衣場へとついたのだが……。



ぐっ。


「……。」


「ああいうとこでソッコーお断りして返すのがお前だとはわかってたけどよー、流石にもったいない気がするぜ?おい」


ぐいっ。


「…………。」


「あんな美人さんたちに風呂の世話してもらうとか二次元でもなかなかねぇって。

……ああでも、スキル的にそれもキツいか、お前は触れたら問答無用だし、俺もメイドさんたちが俺よりレベル上だったりしたら即アウトだし」


……。


「ふんっ!……っぐぅ!?」


ギュウウゥウゥ!!


「せっかくこっちに来た数少ないメリットのダイナマイトボディ(筋肉)を

客観的評価してもらえるんじゃねぇかと密かにwktkしてたってのに……ん?なにやってんだ?

……ああ、紋付きさっき血まみれになってたし、濡れて絡まったとかか?」


スッ。


「……っぐ、はっ!?はぁ、はぁ……それなら、その程度なら良かったんだがな。」



まさか。



着物を脱ごうとして、【明らかに意志がある抵抗力】に邪魔されていた両手の指を

そっと帯から外し、ステータスウィンドウから状況ログを呼び出すと……



「は、はは、流石私のスキルだ、仕事が早い」



【未看破名称 盗賊Bへ攻撃!クリティカル! 盗賊Bを倒した!】


【未看破名称 盗賊Hへ攻撃!クリティカル! 盗賊Hを倒した!】


【必要条件を 満たしました。】

【初期装備 由緒ある紋付き袴 は 呪術エンチャントを得ました!】

【未鑑定名称 呪われた 和装 へ ランクアップしました!】


【未鑑定名称 呪われた 和装 による バッドステータス 呪い 判定 ……スキル 【闇耐性 強】により無効化されました】


【未看破名称盗賊Dへ攻撃! クリティカル! ……




……どうやら、いつの間にやら呪われた装備を身に付けてしまっていたようだ。


というかこんなん有りか、おい。


普通にしていた(盗賊の処刑は別として)だけで自分の装備が呪われていくとか。

本当にネトゲだったらキーアイテムでも装備しているときに発動したらそれこそ即アウトじゃないか。


脱ごうとしていた指が離れた事で安心したのか、微妙にホッとしたような雰囲気を

醸し出す血濡れの紋付きに眉をひくつかせていると、一つ疑問が浮かぶ。


……呪い無効化してるのなら、脱げるのでは?


後ろから「おーい何固まってんだー?先に風呂いってんぞー?」とか馬鹿が呼び掛けて来るが無視。

表情を消し、ステータスの装備内容を確認する。



【未鑑定名称 呪われた 和装  効果 装備している対象への???に自動的に???を行う】



未鑑定とある通り、確かに詳細を確認することは出来ない。

しかし、文脈から見る限り、装備を解除出来ないという効果だとは考え難い。



だとすると……?



仮説1 呪い装備が外れないのはデフォルト、効果ではない。


ふむ、ゲーム的に考えるならさして違和感のない仮説だ。

だがこの仮説が真実だとすると、私は服を脱ぐ度に自分の服を服としての体裁を成さなくなるまで

ズタズタにでもしないと裸身になれないことになる。



別の仮説を考えよう。



仮説2 実は脱げないのが効果で、文脈からその効果はないと判断した自分が間違っていた。

無効化スキルは意識しないと効果が発揮されない。


……いや、無理矢理捻り出したがこの可能性は低いだろう。


オートスキルのはずの無効化スキルが意識しないと発動しないなら、

散々自分を手間取らせた(正確には今も手間取っている)闇の波動はなんだというのだ。


いくら脳のボルトが纏めてとんだような馬鹿女が総締めとはいえ、

流石にそんなことは……無いとは言い切れんのが恐ろしいな。



まだあるはずだ……ええと



仮説3意思ある服が、なんかこう……頑張ってしがみついているだけ、頑張れば脱げる。



……これは酷い。

なんだその頑張りの多用。

論理もへったくれもあったもんじゃない。

しかし、苦し紛れに出た仮説だが今のところ一番希望が持てる仮説だ。

こういうスマートじゃないやり方は私のキャラじゃないし、

努力やら頑張りと言った単語は大嫌いなのだが……まあ今はいっていても仕方ない。



とりあえず、頑張って、みるか。



「ふぬぉぉぉおおおお!?」


ぐっ?!ギュウウゥウゥ!?!





数分後。



かぽーん。


どこからともなく聞こえてくる鹿威しの幻聴を感じつつ、私は今、勝利の余韻に浸っていた。


結論から言おう。


勝った。



「脱衣場で随分騒いでたようだけど、なんかあったのか?お約束的なドッキリスケベとか」


「現実を見ろよ二次元脳。少なくとも私に有ったのは異世界でも変わらない世知辛い世の中だ」



しがみつく我が服を、躾のなっていない大型犬を引き剥がすような気分で無理矢理脱ぎ捨て、

後ろ足で蹴り飛ばすようにして脱衣場の隅へと蹴りこみ、やっとの事でこの風呂……というより大浴場と形容した方が正しいような規模の湯を浴びることができた。


メイドにも手伝いは不要、体を洗うための一式と水滴を拭うタオルさえ用意して貰えればよいと

話はつけておいたことだし、誰かが勝手に服に触れて呪いの影響を受けることも無いだろう。



さて。



「おいザン、やっと落ち着いて話ができる状態になった訳だ、一応ここで貴様の方針を聞いておこうか?」


「方針?」


「そう、方針だ」



森に飛ばされて樹の化け物や馬の化け物(私は奴等に人権を認めない)やらに立て続けに遭遇したりといった

アクシデントに見舞われたせいで、何だかんだと細かな意志疎通が出来ないままにここまで来てしまったからな。


まあ。



「当然私はいつも通りの積もりだが、貴様はどうだ?非日常に主義を曲げるか?非常識に考えを改めるか?」



若干挑発的な口調で、皮肉気な感情を込めて笑みを浮かべつつ言うと、

向こうも対抗するように牙を剥く獣のように凶暴そうな笑みを返しながら、こう言った。



「まさか、あのバカ女に付き合わされてるうちに学んだだろ?俺達にこうする以外に道はなく、こうする以外の手段は無い。



だから、俺達ゃいつだって」



一拍溜め、



「「好きなようにやるだけだ」」


ザンが硬く、力強く、大きくなった右手を広げ、空を掴むようにゴキリと鳴らし、

こちらも応ずるように黒色の波動が主の感情の動きに歓喜するように、勢いを増して渦巻いた。



「く、はははははははははははは!!」

「ふ、ふははははははははははは!!」



……徹夜のテンションとは恐ろしいな。

このあと普通に備え付けの植物系のスポンジらしきものと、

石鹸らしきもので体を流しあがった。


ふむ、うっかりしていた。

湯船につかるのは体を洗ってからにすべきだったな、反省反省。



ちなみに、風呂をあがった時には何故か脱ぎ捨てた紋付が完璧に乾いており

-色合いは全体的に赤黒く変色していたが-私の帰りを待つように

綺麗に畳まれた様にして竹で組まれた籠の中に収まっていた。


す、と、手を差し伸べると、恐ろしいほどの速さで私の体に絡みつき、

気がつくと誰かに着付けて貰ったかのように私はしっかりと紋付を着込んでいた。

この間2秒ほど。


恐ろしさ半分、便利で楽でいいなという楽観半分だった。




という訳で。

風呂と夕飯を馳走頂いた私は、近くに街があるというのにわざわざ一人野営での就寝を強いられているという訳だ。


一応その事情を微妙に嘘も織り混ぜて話すと、野営セットを発注しながらトルイヌ氏は、普段は屋敷で70余名ほど働いているという無表情メイド衆から、6人ほど



「野営の雑務はどうぞ彼女らにお任せ下さい!そこらの宿なんぞよりもよほど快適なご休憩を約束いたしますよそれに彼女らは商隊の護衛を務めることもある腕利きですし任務には忠実ですたとえBランクモンスターが群れを成して襲い掛かって来たとしてもユッグ殿には指先一つ触れさせませんとも!」



と熱の入った声で貸し出してくれたので、野営というわりには召し使い任せの割りと快適な休息がとれている。

至近距離でおっさんの顔面を見せられたことはともかく、これはありがたい。


テントの立て方や、野営にふさわしい立地などの条件はテレビ番組でうろ覚えしている程度だったからな。

ただ問題としては非常に優秀で見目も整って居るのだが、彼女らの無表情から滲み出る冷気染みた殺気がひしひしとこの身に感じられたことだろうか。

万が一にも傷をつけさせてはならない要人として護衛していたのか、油断ならない危険因子として監視されていたのか。

後者で無いことを祈る。



……ああ、どうでもよい話ではあるが、街を出る前に宿の二階の窓から顔を覗かせ、

遠慮せずにたらふく飯をかっくらって眠そうにしながらも

満ち足りた笑顔で手を振ってきたザンには親指を下に向け、今までの人生で一番キツかった頭痛の幻痛をぶちこんでおいた。


痛みを言葉で表すならば、金槌と鋸をもった小人達が指揮者の居ない音楽会を開いているような感覚

……やはり、実体験以外ではこの痛みは上手く言葉にして表現出来そうにないな。



ザマァ。



もちろんチャットの抗議は無視した。



そしてメイド衆の操る馬車は私を乗せ、街を出てしばらく夜の街道を走ると、

なにやら幹の細い木の集まった林と森の中間のような場所へ入っていった。


よくよく見ると切り株の数が多いことに気付いた。


御者をするメイド一人を除いたメイド衆と自身がゆったりと座ってなお、

広くてかつ魔道具の灯りがあり、ギミックを操作することで座席が簡易的な寝台にもなるという

一種のキャンピングカー染みた馬車の中、異様に正しい姿勢を崩さずに座り続けるメイドの一人に

話を聞いたところによると、ここはつい昨年開拓整備が完了し、材木になる一定以上の質の木は

粗方取り尽くされ、苗木を植林された今は半ば以上放置された状態なのだそうだ。


ここから続く道は東の山間を通る関所か、西のローヤルウッドへの輸送路しか無く、

北か南へ行こうとしても魔物の縄張りか亜人族の特別自治区が広がって居るので、

奇特な苗木泥棒や脛に傷をもつ後ろ暗い輩も寄り付かないのだそうだ。



ちなみに馬車のキャンプ機能を展開し、焚き火に夜食等の用意を済ませた彼女たちは、

「御用ができましたらいつでも及びください、では」などといって、

わざわざ6人揃って目の前に整列した後に、目で追えない様な速さで飛び上がり、

周囲の木々の中へと姿を消した。


ニンジャか貴様ら。



そして話は冒頭へ繋がる。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・






「ど、どうした?なんか、昨日より疲れた顔してねぇか?」


「……軽い、ショッキング映像を朝から見ただけだ。支障ない」



夜が明け、なにやら調理中のような良い匂いに目を覚ますと、

一人で寝るには十分だが、人が集まるにはちょっと広めのトイレ程度の面積しかないくらいに

狭い馬車の中、器用に5人のメイドが無表情のまま枕元に座り込んで勢揃いし、



「「「「「おはようございます、ゆっぐさま」」」」」



と、こちらを覗き込むように至近距離から抑揚のない声で一斉に挨拶をしてきたのだ。


創作上のパニックホラーや狂人、ヤンデレの類は好きな方だが、私とて人間やめたわけでは無い。

意味の解らない状況に恐怖ぐらいは覚える。


その時は思わず胆を潰し、寝起きから声にならない叫びをあげ、盛大に瘴気を撒き散らしてしまった。


……ちなみに、近くで瘴気の直撃を受けたメイド達が平然としていたのは当人たち曰く、

「日々の鍛練の賜物です」というしれっとした答えだった。


本気かどうかは判らなかったが、深く突っ込むのは危険と判断し、流した。



ちなみに、その場に居なかった残る一人のメイドは、黙々と料理の仕上げをしていた。



その後も気味が悪くなるほどスムーズに身支度に食事と世話をされ、

気がつけば晴れ渡る青空の下、昨日訪れたギルドの前でザンと合流していた。



「まあ、今はそれは置いて話題を変えるか」


「?そうか。」



こちらが報酬ですと、昨日トルイヌ氏を助けた礼金の詰まった皮袋を渡した後、

去っていく馬車のなかから顔を出し、無表情のまま手を振るメイド衆に

ひきつりっぱなしの笑みで見送りつつ返答すると、ザンは一瞬怪訝そうな顔をしたものの、

すぐに気持ちを切り替えた様子でギルドへと体を向け歩き出した。



(切り替えが早いのは、こいつの数少ない長所……といっていいかn)


「しっかしあのメイドさんたちえらく美人さんだよなー、無表情だけど」


「話変わってねぇぞ糞筋肉」


「なんで!?」



Gカードという名のキャッシュカードに金を移す途中に、

情けない顔で体ごと振り返ってこちらを向くザン。


おっといけない、思わず語気が荒くなってしまった。

とりあえずこいつの短所は空気が読めない所だな。



なおも抗議を続けるザンを適当にあしらい、朝一番の清々しい空気を吸いながら

ギルド内へ足を踏み入れると、受付の近くに立つ3人組の少年少女パーティーの青ざめた表情が出迎えてくれた。



「……?」



スキルの影響は極力撒き散らさないよう制御しているのだが、そんなに怯えさせる要素があっただろうか?

脳裏に浮かぶ昨日の態度やら自身達の見た目という単語を掻き消しつつ、

とりあえず目があった先頭の少年に微笑で返しておき(ますます顔色が悪くなった、失礼な)、

奥の受付に視線をやると、パルナさん?パメラさんだったか?が、一瞬うっ、と息を詰まらせるような反応をしたあと、



「お待ちしておりました、ユッグ様、ザン様。こちらへどうぞ」



と、昨日よりはマシ程度のぎこちない笑顔で促してきた。

……ここまで徹底して似たような反応をされると流石に傷付くな。


軽く意気消沈しつつも顔には出さないようにし、微笑のまま受付へと歩み寄る。



ザン『おい、笑顔ひきつってんぞ』



余計なことばかり気がつく筋肉だ。



「こちらが昨日の情報でお作りさせていただきました、

ギルドカードでございます。不備が御座いませんか、ご確認をお願いいたします」



そういって差し出されるのは黒色の金属的な光沢を放つ、手のひら大の二枚のカード。


私とザンがそれぞれ手に取ると、滲み出るように文字が浮かんできた。



【 ユッグ=ボルヴェルグ ヒューマン 20歳 スカウト  】


【 ギルド貢献度 0 ランク F 】



【 ザン=ギュルフ    ヒューマン 20歳 アタッカー 】


【 ギルド貢献度 0 ランク F 】




……ファンタジー系のネトゲとか某狩猟ゲーのステータスカードを思い出すな。


無表情のまま一瞬のそんな思考の後



「どうもありがとう、問題ありません」



と、笑みを浮かべ、返事を……そう、パルナさんで合ってるな、に返し、



「では早速、何か手頃なクエストがあれば受けたいのですが、今は何がありますか?」



とりあえずの日銭稼ぎと、経験値稼ぎをしておきたい。

金も力も、当面のところあって損はないからな。



「そのこと……なのですが……」



パルナさんが目を泳がせまくった営業スマイルに、冷や汗まで追加してこう述べた。



「最初の依頼、この子たちと一緒に受けていただけますか……?」



パルナさんが向かって左手を指す。


そこにはふるふると一昔前のCMのチワワのように震え続ける少年少女。



「「……は?」」



異世界トリッパーに、平穏は許されない。




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