構える人達の中で
ずいぶんとお待たせしてしまいました。
どうぞです。
……い、今起こった出来事をありのままに話そう。
待望の街に到着し、膝にしがみ付くアリスを苦心して引き剥がしつつ、
2時間も経たない内に襲ってきた筋肉痛にこれが自然回復速度上昇の弊害か……!などと
バカなことを考えつつも馬車から降りて、トルイヌさんが馬車返却の手続きを取っている間
先に門のほうに行って異世界初の建築物を見物にでも行こうかなーと
観光気分で向かったら、先に行ったユッグが金属鎧で完全武装に
身を固めた兵士たちに包囲されていた。
しかも緊迫した状況をどうにかしようと、まずは挨拶でもしてみようかなーなんて右腕を上げかけた
ところをいきなり叫びながら斬りかかられたもんで、咄嗟に上げていた手を突き出したら
その斬りかかって来た兵士さんの兜にスコーンと手の平がジャストミート。
額の辺りにきれいに掌底が決まったようで、一瞬ふらふらっとよろめいた後
カクンと膝をついて、そのままうつ伏せに倒れ込んでしまった。
……えぇー……っと……。
……もしかして、これって俺が悪いの?
一気に騒然とする兵士たちに、なにやら感心したような顔で振り返るユッグ。
いやいやいや!これ事故!!事故ですから!?
出来るだけ冷静かつ理性的に、相手に対しても落ち着いてもらうための弁解をせねば……!
とりあえずは軽く余所行き用のキャラを作って……。
「全く……この街の兵は、訪問者にいきなり切り掛かるように教育でもされているのですか?」
一歩間違えばお尋ね者になりかねない状況というプレッシャーに声が震えないように、
無理矢理気分を落ち着けながら余裕有り気にゆっくりと問い掛ける様に話す。
するとぱっと見て一番この中で位が高そうな、ヒゲの兵士のおじさんがこちらに視線を向ける。
槍を構えた臨戦態勢は全くもって解けそうにないが、一応話は聞いてくれるようだ。
「私たちは旅の者で、こちらの町に縁のある方を偶然野盗たちより救った関係で参っただけです。
現時点でこちらの街に対し、積極的に危害を加える意図はございません。」
ヒゲの人の視線がちらと倒れた兵士さんに向けられたので、
背筋に嫌な汗が伝うのを感じながらも弁明を続ける。
「彼に対しては悪いことをしましたが、いきなり斬りかかられては
自衛をしなくてはなりませんでしょう?
一応当たった感触としてはおそらく大事にはなっていないはずです……
誰か、救護の出来る方はいらっしゃいませんか?
私が言うのもなんですが、なるべく早く診て頂けると幸いです。
費用がかかるのなら、あまり多いとは言えない手持ちですが出させて頂きましょう。」
初っ端の町で治安組織と対立なんて真っ平御免なので、
どうにか善人というか常識人的な言動を心がける。
……敬語で話す俺に、気持ち悪いものを見るような視線を向けてくるユッグについては無視する。
すると、奥のほうからおずおずと小柄な女性の兵士さんが出てきた。
が、どうにもユッグの方にちらちらと視線を向けているようで……ああ。
最初にユッグが取り囲まれていた理由が判った気がする。
確かにこの何ともいいがたい威圧感というか、ぶっちゃけラスボス臭のある威厳は
初見では人類に害を成すナニカととられても仕方ないだろう。
ましてや我々の顔面の凶悪さは日本に居た時からのお墨付きだ。
……考えてて鬱になってきた。
とにかく今はそんなことを考えている場合じゃあない。
「ああ失礼、彼の発する威圧感というか、独特の感覚には事情がありまして。
……ええ、そう、その……過去に迷宮に潜った際に
性質の悪い魔道具を外せなくなってしまいましてね。
我々はその魔道具を安全に解く術を求め旅をしているのですよ。」
なあ?と、内心必死になりながらも、平静を装ってユッグにアイコンタクトを飛ばす。
急に振られたユッグは視線を僅かに泳がせたものの、すぐにこちらの意図に乗ってくれた。
「ええ、誤解を与えてしまったようで申し訳ありません……彼の話した通りで、
不注意にも迷宮で見つけたこの魔道具を何の気もなしに身につけてしまった所、
効果が他者に威圧感を与え、触れたものに悪夢の状態異常を与えるというものだったようで。
直ぐに外そうとしたのですがどうにも外し方が判らず、魔道具に詳しい職人に
見せようにも、職人が触れる度にバッドステータスに掛かってしまって……。」
と、左手首にはめたちょっと古風な見た目の腕時計をいかにもいわくありげに見せつけながら
もっともらしい嘘をすらすらと並べる。
流石ユッグだ、前振りなしのアドリブでも何ともないぜ。
ちなみにバッドステータスやら状態異常やらといったゲーム的用語は
トルイヌも普通に会話の中で出していたし、自身のステータスの閲覧なども
出来る世界のようなので、問題なく通じた。
「他の土地でも似たような経験をしたというのに、こちらでも同じようなご迷惑を
おかけしてしまったようで、情けない限りです。
ついつい噂に名高いローヤルウッドの街並みが拝めると思うと居ても立ってもいられず、
いやはや、本当に申し訳ない限りです。」
申し訳なさそうな笑顔を貼り付けながら、心にも思っていないだろうことをしれっと
言ってのけるユッグに上手く騙されてくれたのか、ヒゲのおじさんも「ふむ……その時計が……」とか
悩んだ様子を見せつつも、多少態度を軟化させてくれた。
……へー、この世界にも時計あるんだな。
そんな感想を脳内に浮かべていると、ヒゲのおじさんは周りの兵士たちに手を振り、
「戦闘態勢、止め!!」と号令をかけると、手当てを始めた女兵士さんと倒れた兵士さんを除き、
全員がザッ!と音を立てて武器をしまい休めの姿勢をとった。
「なるほど……事情は理解できましたが、その話が真実かどうかという確証はとれません。
何か身分を証明できるものか、その証拠となるものはお持ちですか?」
……非常にごもっとも。
どうしたものかと視線を少し先のユッグに向けると、
ユッグも何ともいえない表情で視線を返してきた。
なにせ今日この世界に召喚されたばかりなのだ、
こちらのの世界で身分の証明が出来るものなど一切持っていない。
いっそのこと馬車に乗っている最中、インベントリに鞄ごとまとめて突っ込んでいた
財布から、日本の運転免許証でも見せてやろうかと半ばやけくそな思考を思いついた直後、
「いやーお待たせしましたザン殿ユッグ殿!思ったよりも手続きに手間取ってしまいましたよ
あっはっは事務的な手続きはどうしても時間をとってしまっていけませんなぁ時は金なりと申しますし
このような処理はもっと効率的な方法を考えねばなりませんなぁはっはっは……
って、おや?デニム門兵長、どうされたのですこの騒ぎは?」
のん気な声をあげながらトルイヌがアリスを引き連れて追いついてきた。
……よくよくみるとついてきたアリスはぷらぷらと手を振りながらも、
人差し指をクルクルと回すように動かしながら俺の腹筋の辺りを凝視している。
油断ならねぇ。
「な!トルイヌ様!?今までどこに行っていたのです!?奥さんが
大事な商談を放り出してどこにいっていたんだとカンカンに……いや、
そんなことよりももしや彼らに野盗から救われたというのは……」
「ええ!ええ!彼らは命の恩人ですよまったくアリスをならずものから
命からがら逃がしていたときに偶然行き会いまして助けていただいたのですよ
それはもう彼らの働きは獅子奮迅の如く凄まじく襲い掛かる屈強な男どもを
ばったばったと薙ぎ倒し……え?今、メメがカンカンになってるって……?」
「なんと、貴方方はトルイヌ様を救ってくださったのですか!
これはこれは、この街の商売の中枢といっても過言ではないトルイヌ様を
お救いいただいたとなれば貴方方は街全体を救ってくださった恩人も同然です!
度重なる非礼、失礼いたしました!!」
「え?あぁいや、それは別に構いません、よ?なあユッグ」
「えぇえぇ構いませんとも、では私たちはこれで「ちょっ、メメがなんて!?デニム門兵長!?」」
「よし、全体、これにて解散とする。各自持ち場へと戻れ!
オルテガ!マッシュ!お前達は西門の警戒態勢の解除と、領主殿に連絡を!
ガイアはメメ殿にトルイヌ様がお帰りになったと伝えにいくんだ!!
……なに?とばっちりが怖い?馬鹿者!それは私もだ!言うだけ言って
さっさと逃げて来い!いいな!!……ではお待たせしました、どうぞ御通り下さい。」
「あ、あぁ、分かりました、じゃあいくぞユッグ」
「うm「ちょっと待ってください!デニム門兵長!?ちょ、なんで聞こえない振りしてるんですか!
待って!詰め所戻らないで!せめてメメに理由をちゃんとあなたの口からも説明を、ちょっとおおおおお!?」」
以後おっさんがおっさんを引き止めるという非常に見苦しいシーンが数分ほど続いたあと、
結局デニムさんとやらが耳を両手で塞いでアーアーキコエナーイとか言いながら走り去り、
傷の手当てを終え、こちらをものすごくおびえたようにびくびくと見ている女兵士さんに
トルイヌさんがどうにか頼み込んで街に入る手続きを行ったことで事態は終結を迎えた。
「……憶えていろよ、あの糞雑巾兵共が……」
「物騒なこといってんじゃねぇよおい。 ほれ、いくぞ」
……地味に面倒なフラグが立った気がするが、終結を迎えたのだ。
「……どうにか街に入れたな」
初期パーティー二人で始まり、職業は完全ランダム。
初エンカウントで片方離脱しても無双できる癖に、最初の街に入ることすら
容易ではないとか……この世界に俺たちを喚んでクエスト設定やら
ストーリー組んだ奴、確実に何かが狂ってる。
主にゲームバランスとか頭の中身とか。
移動中に回復しかけた気力が正常域に収まる前にまた削られ、正直非常にげんなりする。
早く宿でもとって泥の様に眠りたい……。
「いやぁお二人とも申し訳ない!てっきり腕前からギルドカードランクCを
超える位の冒険者の方だと思っていたので!はい!」
トルイヌはそんな気持ちを知ってか知らずか陽気に話しかけてくる。
……が、若干顔色は悪い。
門の一件から察するに相当大事な商談だったか、相当強烈な恐妻家だったのか
……後者であった方が端から見ている分には面白いが、まあどうだって良いことだ。
どうでもいいついでにトルイヌさんがユッグに竦まないのは、
彼自身が商人として得たスキルのひとつに【剛胆】というものが有るからだそうだ。
冒険者や傭兵のような直接戦闘の経験が無くとも、商いの経験を積んだり、
新しい知識を身に付ける事でもレベルは上がるとのこと。
もちろん経験の種類によって上昇する能力値の種類も変わるとのことなので、
図書館でひたすら魔導書を読んでレベルが上がったとして、
それで筋力が上がるような理不尽は基本的には無いらしい。
いずれその辺の情報も調べてみたいところだが、今はそれより……。
「まさかお二人のギルドカードがこちらで使えないとは……
このままではご不便でしょう直ぐに冒険者ギルドで登録し発行して頂きましょうか
幸い別ギルドの管轄ではありますが私も多少の顔は効きますゆえ
心配はご無用ですよさあさあこちらですどうぞどうぞ」
そう、異世界テンプレ、冒険者ギルドへの登録だ。
あのあとトルイヌさんの口利きで街には入れたがギルドカードが無いかと問われ、
女兵士さんにこういう物ですと、なにやら英語の筆記体をさらに崩したような文字が使われた
免許証サイズの金属プレートを見せられた時に、咄嗟に日本の運転免許証を見せて
「あー、辺鄙なところから来たもので、こちらとは形式が違うようですねぇー」とすっとぼけたのだ。
実際、異世界召喚のよくある翻訳チートの類いなのか、
この世界の字は不思議と文字を眼で追っていると
勝手に頭の中で字幕でもつけられたように読むことは出来るが
確実に自分の知らない言語が使われているようだから、
故郷の物とは違うと言うのは間違いではない。
女兵士さんも警戒が増したような視線をこちらに向けながらも、
こういうケース自体はよくあるのか
「ではこちらが仮の出入許可証です、なるだけ早く
他の身分の証明が出来るものを作ってくださいね?
あまり長い間作らないと、本格的に身辺調査等を行ったり、
場合によっては衛兵詰所に同行願う場合もあります」
関わりたくないなぁ……という内心が透けて見える態度だったが、
ユッグは微笑をたたえたままごもっともでと、受け流した。
……変な外来人相手でも事務的な事はやらないわけにはいかないだろうし、
こういう窓口の人は大変だよなぁ。
何気に無駄に時間をとられてユッグのストレスゲージが溜まっていっているように見えたので、
さっさとトルイヌさんを促してギルドへと案内してもらった。
ここで適当な兵士さんに八つ当たりでもされて
余計なトラブルでも生まれたらたまったもんじゃない。
「いらっしゃいま、ひっ!?」
受付のお姉さんの独特な歓迎の声を受け、
俺達は冒険者ギルドローヤルウッド支部へと足を踏み入れた。
……実はギルド内部に入る前に、
ユッグ『異世界モノのテンプレとしては、初見で他の質の悪いならず者どもに
甞められるとろくなことがないと相場が決まっている。
貴様は出来る限りの厳つい表情で周囲を威嚇しながら……
なんだ、既にやっていたか。分かってるじゃないか』
ザン『これが素の表情だよ判ってて言ってんだろコノヤロウ。
てか質の悪いならず者とか、俺達のツラで言えることか……?』
ユッグ『気にするな、それはしたら負けの部類だ』
というやり取りがあったのだ。
そのため仏頂面の俺と意味深気な悠々とした態度のユッグに、
何故かついてきて俺の背中にひっつき虫の如くへばりついているアリスという、
いつもより近寄り難さ二割増し(当社比)でドアを開けたのだが……。
……ザワ……ザワ……!?
ギルド内に居る人間の約八割程度の視線が俺達に突き刺さった。
見られてる……めっちゃ見られてる……!!
努めて表情を変えないようにしているが、
正直内心ナメられてもいいから穏やかな方向にシフトチェンジしたい。
安穏無事が大好きな日和見系日本人です。
そんな中、場違いなほどに明るい声がひとつ
「はーいはいパルナ嬢はいらっしゃいますかああいらっしゃいますねどうもどうも
いつもお世話になっておりますローヤルウッド商工組合トルイヌでございますよ
今日もお美しいですないやいやお世辞などではありませんともはい!」
入り口近くでどうしたものかと立ち尽くしていた俺達の隙間を、
その中年太りの体型には似つかわしくないほどの素早さでスルリと抜けたトルイヌが
またもや長台詞をノンブレスで噛みもせず、先程小さく悲鳴を上げた受付孃へと捲くし立てた。
この人普段からこんなマシンガントークなのか?
だとしたら非常にめんどくさいな。
口をひきつらせて固まっていた受付孃―パルナさん?が再起動する。
「あ、ああトルイヌ様ですか、こちらこそお世話になっております
……あの、今日のご用件は、もしやそちらの方々の件で?」
愛想笑いをどうにか貼り付けたパルナさんだが、言葉の端には
違う用件であってくれという感情が隠しきれていない。
それに気付いていないのか、気付いていながら無視しているのか。
トルイヌは満面の笑みを浮かべながら話を続ける。
「……ギルド登録……ですか?」
受付のお姉さんことパルナさんが、呆気にとられたように聞き返す。
無理もない。近くのテーブルで呆けた様にこちらを見ている、
あからさまに駆け出しですと言わんばかりの
十代半ば程度のパーティならともかく、見るからに屈強そうな大男と、
見るからに妖しげな胡散臭い男の二人組が
12,3歳の子供でもしていておかしくないようなものを今するというのだから。
正直この時俺は疲労やら眠気で上の空でぼんやりとしか聞いておらず、
あとでユッグに話をまとめてもらったところによると、最下級のクエストは街の中でのおつかいや、
家の片付け、倉庫の荷物運び等子供でも出来るものが多く、裕福な家はちょっとした社会勉強に。
そうでない家は家計の為などに子供のうちから最寄りの冒険者ギルドに登録だけはしておくそうな。
その為、冒険者登録をするのは10歳に満たない子供か、遅くとも15歳ぐらいの子がほとんどらしい。
……ちなみに、おつかい程度のクエストでも微々たるものだが経験値を得ることができ、
冒険者を目指す子供は10歳くらいからこつこつとクエストをこなしていき、
この世界の成人年齢である16歳になるまでにレベルを3か4程度まで上げてから
本格的な冒険を始めるのだそうだ。
胡散臭い微笑を向けるユッグに顔をひきつらせ、噛みそうになるのを
必死に堪えている様子のパルナさんを意識の端に置き、なんとはなしに周囲の様子を見回す。
古来RPGの酒場とはかくあるべきとでも言わんばかりの内装だ。
なかなかに繁盛しているのか、テーブル数は80ほどか?
ちょっとしたファミレスなんかよりはよっぽど広い。
夕方でこれからクエストの打ち上げでもするのか、食事とアルコールの匂いが漂っている。
席も半数以上は埋まり、普段ならば賑やかな喧騒が満ちているのだろうが
ユッグの放つただならぬ剣呑な雰囲気に、歴戦の猛者たちもなんとも盛り上がりに欠ける。
そんななかでも気にせず飲み続けているパーティーは4、5組ほど。
剛胆のスキルでも持っているのかよほど腕に自信のある者達か、
それとも空気の読めないただのバカ集団か。
いずれにしても顔ぐらいは印象に残しておいたほうが良さそうだ。
狩り場でおかしな奴に絡まれるのも、有力パーティーに知らずに喧嘩を売るのも避けておきたい。
他に目についたのは、いわゆる亜人と呼ばれるような外見の人達と、男女比だろうか。
ざっと見た限りでも猫耳犬耳狐耳ネズミ耳、あの丸っこいのはタヌキ耳か?
茶や赤や金の頭の中に、ちょんと乗っかっているのがわかる。
残念なことにユッグの波動もあってか、
外敵から身を隠す野生の本能に従いぺたんと伏せった耳ばかりだが。
生のケモミミを見れたのは嬉しいが、どうせならぱたぱたとはためく可愛らしい姿を見たいものだ。
それはともかくとして。
他に衝撃を受けたのはなにかというとこの事だ。
おにゃのこが多い。
流石にむくつけき男どもより多いということは無いが、
六対四か七対三ぐらいの比率で女性が混ざっている。
これもレベル制やスキルが存在することの恩恵なのだろうか。
その影響なのかは知らないが、イメージしていた男臭さは視覚的にも実際の臭い的にも薄い。
どの世界でも野郎は近くに女性がいると臭いのエチケットやら身嗜みに気を使うのだろう。
そんな考察とも言えない暇潰しから意識を浮上させると、ユッグの方の話も一段落ついたらしい。
「……細かいことはまたギルドの入り口横に規約関係の書籍を用意して
ございますので、必要になりましたらそちらをどうぞ」
ちらと振り向いて入り口の方を見てみると、
確かに大きめの本棚に辞書か六法全書かというような分厚い装丁の本がぎっちりと詰まっていた。
小説とか漫画ならともかく、あんな膨大な情報量の規約書に目を通すのは骨だな……。
思わずうへぇ……と顔をしかめると、パルナさんもよくこのような表情を
浮かべる冒険者が居るからか、ひきつった営業スマイルを僅かに苦笑へと傾け
「流石に、あれ全てが規約書ではありませんからご安心ください」
付近の魔物や植生の分布に、各種図鑑や資料も詰め込んであるからあの量になっているとのこと。
それに情報が欲しいときは、専門のスタッフが必要な資料を
特殊な加工を施した羊皮紙に魔力で文字を転写して貸与してくれるとのこと。
クエスト終了後にその羊皮紙は回収して魔力を抜くことで再利用するらしい。
ちなみに紛失や汚損の場合は罰金だそうな。
「あとはこの書類に、それぞれ情報をご記入頂ければ登録完了です、
もしご記入に問題があるようであれば一人2Gで代筆させて頂きますが?」
こちらの見慣れない外見を見てか、親切な申し出をしてくれたのでありがたくお願いする。
必要な情報は名前、種族、年齢、戦闘に於ける役割だそうだ。
年齢を答えた辺りで一瞬意外そうな顔を向けられたが気にしない。
役割というので答えに迷ったが、俺は前衛、ユッグは遊撃として登録しておく。
……そうだよな。ユッグ、ガチガチの後衛ステなのに直接ダメージを与える魔法が無くて、
動きを止めるようなスキルしかないから暗殺者か何かみたいな
戦闘スタイルを選ばざるを得ないんだよな……。
次のメインクエストが難易度低いもので、早く来ることを祈ろう。
「……はい、この情報を元にカードを制作致します。お疲れ様でした」
記入漏れがないかざっと目を通したパルナさんがぺこりと頭を下げる。
むしろそちらの方がお疲れ様といったご様子だが……原因となったこっちが言うこっちゃねぇか。
威圧したキャラを作ってることもあって下手に労うこともできないのが心苦しい。
せめて溜まっている仕事等を出来るだけハイペースで消化することで恩に応えよう。
「カードの作成には特殊な魔方陣を使った工程が必要でして、
一度開始すればあとは手を加える必要はないのですが魔力の定着に半日ほどかかります。
なので出来上がりは明日の朝、ギルドが開く頃になりますのでご了承下さい」
真正面でユッグと相対し続けていた為に多少は恐怖に耐性が出来たのか、
パルナさんは最初に比べいくらか力を抜いた様子でそう締め括った。
まあ出来上がりに時間がかかる事については問題ない、むしろ好都合といって良いだろう。
なんせこちとら朝6時に起きて成人式真面目に受けて、
そのまま夜中までアホほどチューハイかっくらった後に召喚されてで、
現在まで約丸一日以上起きっぱなしなのだ。
こちらの時間が夕刻だろうが関係無しにいい加減もう眠りたい。
体の疲れを自覚すると、なんだか急に眠くなってきた。
とりあえずここは軽くパルナさんに一礼でもしておいとまして、
トルイヌさんちという名の本日の宿泊場所への案内でも頼もうかと考えていると。
「……ああそういえばそうですね異郷の地からいらっしゃった方でしたら
そう考えるのが普通でしたねいやぁ失念しておりましたあっはっは……」
トルイヌさんがなにやら微妙に気まずそうに、何か誤魔化すように話す。
軽く首を傾げ、どういうことか視線で促すとトルイヌさんは懐に手を突っ込み、
やがて直径10cm弱ほどの水晶玉を取り出した。
「これは異国の方とでも契約書等を書けるように持ち歩いているのですが……」
そして若干腰の引けた様子でこちらを見ながら
「実はこの回数無限の魔道翻訳水晶球に触れるだけで
人族汎用語が修得出来るって今更言ったら……怒ります?」
……俺もユッグも、スキルの影響で軽い突っ込みが
致死の攻撃になりかねない今の状況が、非常に残念でならなかった。
ポーン
【ザン は 人族汎用語 を 修得した !】
【ユッグ は 人族汎用語 を 修得した !】
ちなみに今高レベル大商人(体力と知力、特殊なスキルを覚える)の
トルイヌに二人がドつき系突っ込みを入れると、オートスローで
ぶん投げられた後発狂寸前の悪夢を見る中年が地を這うことになります。
どう見てもやりすぎです本当にありがとうございました。




