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13/21

走る馬車の中で

戦闘無し、現状確認をする彼らの話です

半ば無理やりに我々が馬車へと連れ込まれてから30分ほど。

腕時計を見るに、こちらの世界へと飛ばされてもう5時間弱程度はたったようだ。

夕方に差し掛かり、西日に目を細めながらも一向は馬車に乗り道を行く。


よくよく考えてみるとこの腕時計、こちらに来る直前は日付が変わる前後くらいの

夜中だったはずだが、太陽の傾き具合を見るにまるで誰かが時刻を合わせなおしたかのように

ぴったりとこの世界にとっての現在時刻を表しているように見える。

召喚する際にあの馬鹿女が細工でもしたのだろうか。

そう考えると少々不愉快になる。


なんともいえない気分で周囲の草原を眺め、

ゴトゴトと車輪と地面とがぶつかり合って奏でる長閑な音と、

トルイヌの途切れることの無いマシンガントークをどうにか愛想笑いで半ば聞き流しながら。


私、ユッグは思う。



(……尻が痛い……)



サスペンションなどと上等な物は、まずついていないどころかその発想すらないであろう世界の馬車だ。

電車や車に慣れきった現代人の体には流石に負担が大きい。



(よく奴はこの揺れが平気だな……結構乗り物酔いする性質だと思っていたが)



銀髪幼女を膝の上に乗せ、アリスの頭越しに半透明のチャット画面を

微妙な表情で眺めているザンを横目に見る。



(……というか、何故平然と幼女を膝に乗せているのか。

全く、分かってはいたが度し難いロリコンだな。

あいつ、犯罪的な絵面になっていることについて自覚はあるのか?)



筋肉モリモリのマッチョマンの胡坐の根元付近に、

無防備に向かい合うようにして座る10歳前後のあどけない小柄な少女。

しかも据わりが悪いのか、少女は時折もぞもぞと動くようにして

一番座り心地のよいポジションを探している。



(……まあ、中世風ということを考えるに、こちらではおっかない青い服の警棒ぶら下げたお兄さんや、

子供の人権保護を謳い教育現場に乗り込んでくる脳の一部が妙な方向に進化した

一種のモンスターな保護者もまだ居ないだろうし、こういう場合ぐらいは見逃してやるとするか)



現代でなら思わず携帯電話に手が伸びていたような場面だが、軽く溜息をついて

とりあえずは放置の方向性で思考を終わらせる。


結局どうも納得のいく座り方が無かったのか、元々大きな体が更に巨大になったザンの

胡坐に、まるで人に懐いた猫のように丸まって寝るような形ですっぽりと収まる形で妥協したようだ。

しかし寝る訳では無いようで、ザンの腹やら脚の筋肉を凝視しつつ

時折指先でツツーッっとなぞったり、手の平で撫で摩ったりている。


見た目の犯罪感が増した。


まあ奴が人の道を踏み外そうが倫理観の一部を欠如しようが、私に実害が無いうちは放って置こう。

あのアリスとやらがこっちに来て『また』眼を凝視されても困る。



(穢れ無き瞳とは、あそこまでに心を苛むものだったか……)



馬車の入り口を、アリスがザンを誘導するように入っていった時に

数秒こちらの顔を無垢な瞳で凝視してきたが、つい目を逸らしてしまった。

そんな目で私を見るんじゃない……!

目をそらしては回りこまれ、顔ごとそらしては追い込まれ、結局馬車が走り出すまでの

数分間、ずっとあの琥珀色の瞳に追いかけられることになった。


微妙に疲れることを思い出したり、犯罪者染みたザンの現状を眺めたりしたが、

馬車の揺れによるダメージは中々意識の外には追いやれない。


その上ついさっき丁度臀部の座る辺りに岩製の凶器による強撃を食らったばかりだ。

正直、脂汗が滲み出るレベルでの鈍痛が今も続いている。



(これは確実に青痣が出来ているのだろうな……あのバカマジロ女、絶対に許さんぞ……!!)



ふとした怒りで気を抜いた瞬間に暴れ出しそうな

闇の波動の平時における使い勝手の悪さに心底苦慮しつつも、

スキルルーレットとやらで習得したスキルの名称についてザンとチャットを交わす。



ユッグ『名前はともかく、この†表記が非常に不安を煽るのだが……』


ザン『俺なんかあからさまにネタスキルだぞ、作った奴完全に面白がってやってやがる……!!』


ユッグ『アピールか、メタ的にゲーム思考で読むとヘイト稼ぎとか、なんらかの特殊状況でなら

使うタイミングがありそうなスキルだが……この世界を作ったトップが奴だからな』


ザン『ああ、正直シリアスな状況で使ったら確実に顰蹙を買うような類の技だろうな、これ』


ユッグ『それにこっちもだ。名前だけだと何やら暗黒系の広範囲の補助魔法というか、ダメージ系ではなくフィールド魔法とかそのような印象を受けるな』


ザン『某RPGの昼夜逆転呪文とかも連想されるな、流石に初期にそんな魔法を覚えたとしても影響範囲でか過ぎる上に使い道に困りそうだけど』


ユッグ『あー……私そのシリーズあまりやってないが、確かだいぶ後半に

レベル30とか40ぐらいで覚える一種のフレーバー魔法みたいな立ち位置だったよな。

貴様の家に転がっていた攻略本を見ただけだが、同じ効果のアイテムがほぼ確実にその魔法を覚える前に手に入るから、

普通にゲームをやっていると使うタイミングが縛りプレイ以外にないという』


ザン『本当にあの魔法存在する意味あったんかね……?いやどうでもいいんだが。

どうでもいいついでにその十字マークなんて読むん?変換できぬ(´・ω・`)』


ユッグ『†教 え な い (^ω^)†』


ザン『テメェ……(^ω^♯)ビキビキ』



冗談はさておいて。



ユッグ『そろそろ詳細も確認するとしようか、能力説明を原文のまま貼り付けあおう。

ついでに今のステータスもな』


ザン『あいよー、今コピペすっから……ほんとこれ便利だなぁ。

なんだろうこのバリバリ野外にいるのにネトゲやってる感』


ユッグ『便利なうちはいいだろう、使えるものは使っておくものだ』



トルイヌの視線が街道の向こう側に向いているうちに、

ささっとウィンドウを出して、ステータス部分と新しく習得したスキルを

指でなぞると、文字の色が反転した。


そのままザンの言ったようにPCでコピーアンドペーストをする感覚で、

ステータスやスキルの説明文を指でなぞる様にドラッグしてチャット画面に貼り付ける。



---------------------------





【  ステータス  】    


・男 20歳 人間 中立 柔術家?   

・ザン=ギェルフ 


LV 8

    

HP  35/43 5↑ 回復中…

MP  0/0

    

体力 32 4↑

知力 20 2↑

筋力 36 5↑

俊敏 25 3↑

器用 15 2↑



New 任意アクティブスキル 【アピールタイム】

存在感が上がるよ!娯楽神の眷属が頑張ってサポート♪



【  ステータス  】    

・男 20歳 人間 混沌 New呪術師

・ユッグ=ボルヴェルク


LV 8

HP 22/24 9↑

MP 28/44 24↑


体力 13 5↑

知力 43 18↑

筋力 15 7↑

俊敏 18 10↑

器用 26 13↑



New 任意アクティブスキル 【†闇の時間†】

術者の周囲を完全なる闇で覆う





---------------------------



ユッグ『……すまん、私には説明を読んでもアピールタイムの効果がいまいち掴めない』


ザン『俺ならわかるとでも言うのかお前は、こんなんで詳細わかってたまるか』


ユッグ『存在感……か、うむ、まあ、目立つんだろうな。あと娯楽神の眷属とやらも出る辺り

絶対に真面目な意図ではこのスキル与えられてないな』


ザン『フォローになっていないフォローをありがとよ。どこかで一度使わないと効果は確認出来そうにないか。

当たり前だけども。』


ユッグ『で、まあそれもだが私のスキルもだよ』


ザン『……なんだろうな、この、一見説明されているのに、具体的にどんな感じなのかよくわからない文章』


ユッグ『闇というならこの常時発生中の闇の波動で充分な気もするんだが』


ザン『濃度を操る手間が無いとかそういうことなんかね?煙幕代わりとかそれくらいにしか

使用法が浮かばないぞ。恐怖やらの付属効果が無いことをデメリット無しと取るべきか、下位互換と取るべきか』


ユッグ『……どこかで使い道があるんだろうか』



そんなチャットをしつつも、トルイヌの話を平行作業で半ば聞き流しながら聞いていく。

ついでに要点を抜き出してチャット欄にまとめておこう。


まずは今から向かうトルイヌが商工組合の代表を務めているという街【ローヤルウッド】



東の流通の要所の一つで、そこそこ以上には大きい栄えた街。

名産は町の東部にひろがる広大な森林から得られる森林資源と、

十数年前からトルイヌの息子、モモンが巨大な蜂型モンスターの調教に成功したために得られるようになった

国でも貴重で高価な大軍隊蜂の蜜と、建材や魔道具のコーティングに使われる蜜蝋。

トルイヌはそれらの分野の広範囲に先祖代々わたって手をかけている。

森は元々荒野で、そこは地下12階にもなるダンジョンが存在していた。

先祖は荒野にあったダンジョンを、森を巨大モンスターに追われ難民として流れてきた馬人族の先祖と共に攻略し、

ダンジョンの主に報酬にその場所を資源豊かな森に変えてもらった。

ダンジョンは最深部に赴き主を倒すことで、到達者の望む報酬へと姿を変える。

5つのダンジョンがなくなるごとに、6つのダンジョンが世界に出現するとのこと。



ザン『不思議なダンジョンをモンスター……もとい、亜人族とともに攻略する商人の中年か……』


ユッグ『おいやめろ、隣にいる中年が例のあの人にしか見えなくなってしまったではないか』


ザン『完全に名前も狙ってるよな、これ』


ユッグ『文字通り運命(神)のイタズラじゃああるまいな……』



町の主要施設は冒険者ギルド・商工ギルド・世界最大宗派の教会と他比較的メジャーな宗派の教会いくつか・

資源加工場・養蜂場・広場(トルイヌの先祖の像あり)・町の外れの高地に貴族の屋敷・

衛兵つめ所・ギルドと貴族共用の錬兵場など。


武器などの鍛冶は大規模には行っておらず、修理などを受ける個人営業の店舗はあるが、

大量生産はここより北西、中央都市北北東にある鉱山都市地域などから輸入している。



ザン『……ってことは、このおっさん商売やら生産関係のギルド長みたいな立場にいるのか」


ユッグ『たまたま助けた人間がお偉いさん、確かにお約束というかありがちな設定だが……

そんなに高い立場の人がなんでそんなに危険な綱渡りばかり渡らされるのか。

いや、むしろ窮地を乗り越えるからこそトップまで登りつめることが出来たというべきなのか?』


ザン『ああー……確かにその理屈は納得できるな』



南南西には性質の悪い貴族の納める領地があり、

暴動が起きるほどではないものの、治安悪く税率高し。

先々代までは善政をしいていたものの、先代の領主の妻が贅沢好きで

領主はそれを甘やかし、税の使い込みなどの不祥事を起こした事もあり、

国は領地の一部を取り上げ、こちらの領主に統治を任せた。

領主はその心労で早くに倒れ、妻がそれに激怒し、息子に隣の領主が

自分たちから土地も金も父も奪ったと教え込み、

贅沢趣味と醜い嫉妬心を幼いころから植えつけられた息子は

現在野盗まがいの傭兵団や山賊団を私兵代わりに雇ってはこちらの領地で人攫い等を行い、

奴隷売買によって私腹を肥やしている。

先代までいた心ある騎士や文官のほとんどは他の領地へ移り、

今はおこぼれを狙う心無いものたちが多くを占める魔窟となっている。

このままでは良心のある官僚の残りも逃げ出し、暴動が起こるのも時間の問題だろうとの事。



ザン『……これって露骨なクエストフラグだよなぁ』


ユッグ『ある程度ギルドでクエストなどをこなして、信頼を集めたら暴動発生でメインクエといったところか』


ザン『あれ、信頼集めるって俺ら特に難しくね?』


ユッグ『……仕事をこなす事でイメージ改善が出来ることを祈ろう』


ザン『何に祈るんだよ』


ユッグ『まあ……少なくとも神ではないことは確かだな』


ザン『迂闊に異端審問フラグまで立てるなよ?』



中央都市が政権や、国に認められた宗派の神殿本部等の集まる部分。

道路の整備なども優先して行われており、主要な交易ルートはレンガや

魔法使い達の地形操作魔法でほぼすべて舗装されている。

全体的に起伏も少なく、平坦な土地。

国の騎士の選抜や育成を行っていて、国立の魔法研究場や魔法学校、

仕官候補生の育成学校などの本部がある。

モンスターの分布は平野部分は駆け出し冒険者でも戦える程度の弱いものが多く、

代わりに迷宮の出現率が高い。

迷宮の難度は下の上から中の上程度がほとんど。



東側は現在いる地点。面積の多くが草原地帯と森林地帯で、比較的モンスターは弱い。

住人は獣系亜人と妖精系亜人が2割ずつ、虫系亜人1割弱 残りが人族

気候は年中平均して温暖で、過ごし易い。



ザン『そういえば確かに薄手でも寒さは感じないな』


ユッグ『暑いという程でもないのが幸いだな、厚手の和装束で夏場は地獄だぞ……』


ザン『それ下手に暑い所で動いたりしたら、あっと言う間に熱中症になりそうだな』



北側は長大な山脈が連なっており、貴重な鉱石が取れる鉱山がある降雪地帯。 

鍛冶が盛んでモンスターは数は少ないものの中の上程度の強さで、人間に住むのは厳しい土地。

住民はドワーフ族が2割、精霊系亜人1割、獣系亜人1割で残りが人族。

山脈の途中には怪力を誇る巨人の少数部族がいるという話。

魔道機械という物をドワーフ族が研究しており、十数年前魔道飛行船が開発された。



ザン『ファンタジーの飛行船って絶対に落ちるよな、イベント的に考えて』


ユッグ『鉄板だな、絶対に乗らないでおこう、イベント的に考えて』



西側は灼熱の砂漠が広がっており、その砂漠を超えると(こちらから見て)蛮族と呼ばれる戦闘部族が多く、

数年に一度、領地と神々に捧げる生贄を得ようと大侵攻と呼ばれる大規模な攻勢を仕掛けてくる。

砂漠向こうは鬼族6割、獣系亜人2割、虫系亜人1割、その他人族嫌いの亜人や異端と呼ばれる人族などが住む。

手前側に住むものはほぼ人族。侵攻に備え大型の砦や、大規模な魔道具工場などが作られている。

侵攻時は敵味方共に傭兵や冒険者が仕事を求めて詰め掛ける。

モンスターは中の下程度だが、数は非常に多い

侵攻時は高い知能を持つ上の下クラスのモンスターも指揮官としてやってきて、

たまにボス級の上の中クラスのモンスターも1体か2体ほど参戦することも。



ユッグ『西側はプレイヤー的に確実に鬼門だな。イベントと称して我々がついた途端に

大侵攻フラグがたってもおかしくない。』


ザン『少なくとも一定以上の実力をつけるまでは

近寄らないようにしておこう、うん。西側の平和(笑)のために』



南側は海に面しており、外交の港に漁港が多く、他国との貿易や漁業で栄える。

海洋系亜人とも貿易あり。

人族と人魚や魚人などの海洋系亜人が半々程度で住む。

大規模な闘技場があり、腕試しに国中の猛者や他国の冒険者をも訪れる。

海のモンスターは比較的弱いが、たまに遠くから超大型の海竜型モンスターが迷い込むことがある。



ユッグ『またエンカウントイベントのフラグ臭がするな』


ザン『行きたくない方角が増えすぎて移動するのが辛い

おい、拠点構えていっそこっちでたまーに冒険者稼業やりながらのんびりくらさねぇか?』


ユッグ『それを暇神どもが邪魔しなければ、な』



この国の地理的な情報としてはこんなところで、ほかに有益な情報としては以下の通り。


メジャーなギルドは冒険者ギルド、商人ギルド、魔法使いギルド、傭兵ギルドなど。

冒険者や傭兵を代表とする戦闘系ギルドに所属することで、モンスターとの戦闘勝利時に素材を得る事が出来る。

各ギルドに登録することで一般的な職業に就け、スキルを修練・会得することが可能。

登録に際して必要なのは金かコネか力、それぞれを担当する試験官のどれかの御眼鏡に適えば見事登録となる。

登録されるとギルドカードが発行され、簡単な身分証明証の代わりとなる。



ザン『ん、これを考えるとトレントの素材もったいねぇことしたな』


ユッグ『まあその分の補填は先ほどの賊どもからの剥ぎ取りで出来たからいいだろう

……というか、素材を得ることが出来るとは具体的にはどういった形でだろうな。

少なくとも戦闘能力をある程度持っているならば常識レベルのような言い方をされていたし、

ここで聞くのは少々不自然か』


ザン『カード貰ってから実際に戦えばわかる、ってのはちと楽観視しすぎかね?』


ユッグ『さあな』




(ふむ……大体こんなところか)


一通りの情報をチャット欄に打ち込み終え、羽織の袖に隠すようにしながら手を振って凝りをほぐす。

トルイヌの話す大量の無駄話の中にあった有益な情報を抜き出すのは、流石に少々骨が折れた。



(……にしても)



拭ったとはいえ、それでもかなり鉄分の濃い匂いが自身の羽織に染み付いていることに心底うんざりする。


野盗どもの反り血をたっぷり含んだ羽織はいつにも増して重く、色んな意味で体力を余計に消費しそうだ。



(先程のゾンビ化のように、この羽織まで呪われなければいいが……)



怨み辛みと断末魔に、重ねて血飛沫まで浴びた羽織だ。

何かしらのいわくがつくには充分な要素を兼ね備えている。



(一応スキルには呪い無効とあるはずなんだがな……

寝ている最中にいきなり襟が首を絞めあげてバッドエンド、とかにならんことを祈ろう)



但し祈る相手は少なくともこの世界の神ではないがな!

と、心の中でどこに向かって言っているのか判然としない叫びをあげていると、



「うおぅっふ!?」



奥に座っているザンの素っ頓狂な悲鳴が聞こえた。


何事かと思って振り返ると、ザンがなにやらアリスを膝に乗せたままワタワタと無様に慌てていた。



「……何をしている、騒々しい」


「いや!いきなりこの子が、うははっ!?」



奇声をあげながら、ザンが何かに堪えかねたようにアリスの両脇を掴み、

そのまま高い高いするようにその華奢な体を持ち上げる。


当のアリスはというと、「おー……」などとのんきな声をあげつつ、普段より高い視点を満喫している。


と、そこでアリスの指先に、黒い小さな液状の球がふよふよと浮いているのを見つけた。


あれは何かと目を凝らして見つめていると、前方の御者席に座るトルイヌが苦笑まじりに「こらこら止めなさい」とアリスをたしなめた。


あれは何かと表情で問うてみると、トルイヌは嘆息しながらも答えた。



「お連れの方に失礼を、あれはアリスの悪い癖でして」


「癖?というと?」



おうむ返しに聞き返すと、トルイヌは手のかかる我が子を見るような表情でアリスを見ながら続けた。



「あの子は、実は戦争孤児でしてね。


両親共に優秀な魔法研究者で、彼らとは王立学園で机を並べた親友だったんですが、数年前の戦争で……。

それで身寄りのない彼女を私が引き取ったんですが、あの子……昔の事を憶えていないのですよ。


しかし、戦争で自分の持っていた全てを失ってしまったのが関係しているのか、

気に入ったもの全てに所有権を主張するように自分のサインやマークを書かないと

気が済まなくなってしまいまして……」



トルイヌはアリスの指先にちらりと目をやり、



「昨年に初級の属性魔法が使える才能が開花し、その悪癖は更に加速しましてね……

それが、あのインクのような黒い水の正体なのですよ」



道のりにまた視線を戻し、横顔にうっすらと苦みの滲む、複雑な笑顔を浮かべる。



「強く叱れば止めるし、基本的に自分の物に名前を書くのは良いことですから、

なかなかあの癖をきっちり直すのは難しいんですよねぇ……」



はっは、と、渇いた笑い声をあげるトルイヌの表情は、悔やみきれないような感情が伝わってくるようで……。



ユッグ『初っぱなから境遇が重い、どうにかしろ』


ザン『んな豪速球投げてくんなよ!俺だってこんなん対処出来るか!?』



最初のクエストをクリアしたばかりだと言うのに、予想以上の地雷を掘り起こしてしまったようだ。

我々にどうにか出来るとは思えないので、速やかに他の誰か主人公補正のついてそうな勇者か英雄にでもパスしたい。

求む、他のトリッパーor転生者。


そういや最近ネット界隈でトリッパーという言い回しあまり見ない気がするな。

廃れたのか?などと全く関係の無いところに思考を反らして、なんとも言い難い空気から現実逃避していると、

ザン式高い高い(座高版)を満喫していたアリスが、

いつの間にか高い視点に興味を失ったのかザンに名前を書く作業を再開しようとしている。



「気をつけてくださいねー?その黒い液体、体に害は無いようなのですが、一度つくと一週間は消えませんので。

確か前回の被害は二番街道沿いのパン屋の飼い犬のモンチ君でしたかな?額にそれはまあ見事な黒いハートマークが……」


「づぉおおぉっ!?」



しれっと後ろを見もせずに言ってのけるトルイヌに、ザンが再度奇声をあげてアリスを高い高いからの人体ジェットコースターに導く。


ザンの腕などの上半身をレールに見立てた即席コースターに、アリスはころころと右から左、左から右にとお手玉でもされるように回される。


もちろん山賊相手にこいつが行ったような危険きわまりない処刑用アトラクションではなく、

搭乗者の安全に極限まで配慮された(多分、奴はロリコンだから)安心の遊具である。


自分の胴よりも明らかに太いんじゃないかと思われる幅のザンの両腕コースターに、

(無表情のまま)目を輝かせながら転がされていたアリスは、器用に不安定な姿勢のままザンに話しかける。



「だいじょうぶだ、よ?きっとこんどのわたしは、うまくやる、から?」


「自信無いのが透けてみえてんじゃねぇか!?」


「ぬるぬる、や?ならほかの、ある、よ」


「うん?他?」


「そ」



ザンがふと転がすのをやめると、アリスの指先の液体が空気に溶け込むように消え、

一拍の後、ボッという音をたてて同じく指先にゴルフボール大の火球が赤々と灯った。



「そう……やきごて?」


「やめて!?」


「だいじょうぶ、いたいのもあついの、も、ちょっとのあいだだから……」


「ぬわぁあああ熱い!?焦げる焦げる!?」


「うでにちょっとだけ、わたしのってかいて、マークをやきいれするだけ、ふ、うふふ?」


「予想外にこえぇぞこの幼女!?」


「すぐに、すぐにすむからね……?ふ、ふふ……」



ジェットコースターごっこが終わり、互いの手を取り合うプロレスごっこが始まったようだ。

本職のザン選手を相手取るアリス選手にはハンデとして

火球という凶器の使用が認められます、では焼きごてデスマッチ、スタート。



---------------------------



その後20分ほどかけてザンがマウントポジションを取られながらも凌ぎ切り、

苦心しつつの説得を行いどうにかこの場ではやめさせることが出来たようだ。


若干荒んだ目をしたザンが、若干空元気気味にモチベーションを上げようとしているのか、

半笑いで話しかけてくる。



「……これって一種のフラグだと思うか?ロリコン歓喜の禁断の愛ルートと地雷系ヤンデレ女ルートに分岐する系の」


「いや、多分そういう感情ではないと思うから安心しておけ」


「そのほうがありがたいが……根拠は?」


「その娘の目、どこかで見たと思っていたがようやく思い出した、そう、それは登別熊牧場で子供が初めて見た熊に興味津々な時の視線……!」


「そんなこったろうと思ったよド畜生!?」



無表情のまま、微妙に不貞腐れた様な空気を醸し出すアリスを膝に乗せながら話すザンに、

トルイヌは笑いながらも告げてくる。



「はっはっは!アリスともすっかり打ち解けることが出来たようでなによりですよ。

こんなにアリスが誰かに懐いたのはいつぶりでしょうか……ま、それはさておき」



トルイヌは一区切り置き、首だけをこちらに傾け、言う。



「つきましたよ?お二人方、木と蜜の街、ローヤルウッドへようこそ!!」



ようやく、我々は真っ当な人類の住む場所へたどり着くことが出来たようだ。

やっと安心できるとでも思ったのか?(ニヤリ


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