彼らは初クエストを受けた
戦闘?回
二人はナチュラルに外道
これも自由が丘ってやつのしわざなんだ!!
「……ッ。」
静かに舌打ちをひとつ。
中途半端な位置で固まっていた右手を、
嘆息と共にやりきれない気持ちで下ろす。
(あの自由馬鹿二世がッ……次は仕留める。)
下ろした右手を強く強く握り締め、深呼吸をすることで精神の安定を図る。
一度、二度。
三度目の息を吐き終えた後、不意に周囲がやけに暗いことに気付く。
いや、暗いのでは無いな、【黒い】のか。
最初は激怒のあまり血圧が上がって、視野狭窄に陥った結果の視界の暗転かと思ったが、
どうやら感情の大きなブレが原因で【闇の波動】スキルが暴走しかけているらしい。
さっきまでは勝手に体全体から何らかの流れが垂れ流しになっていたのが
ぼんやり分かる程度だったのに、今は自分の心臓の辺りにある水源から決壊したダムのように、
無秩序かつ暴力的な流れが撒き散らされているのがハッキリとわかる。
(これは……不味いか?)
幸いなことに自分の中の何かが減るような気配はしないが、
しかし確実に自分の中からその何かが勢いよく噴出し続けているという事実は
これまた確実に自身を焦らせる。
こめかみを、たらりと冷や汗が伝う。
(こちらに来てから一体何度冷や汗を流す羽目になっているのやら)
痺れそうになる手先を宥めるように自嘲し、思考を無理矢理ポジティブな方向に切り換える。
(そうだ、流れ出すのを暴走と考えるんじゃない、
丁度良いパッシブスキル制御の訓練の機会と考えるんだ)
問題ない、流れ出す黒いもやによる消耗は(感覚的には)無いのだ、大丈夫。
思考の論点を無理矢理にすり替え、自己暗示のように言い聞かせるように精神を安定させる。
あの生活無能力者のハリボテ美女に巻き込まれるうちに編み出した自己防衛法だ。
(こういうことを実際に口に出して言ったりしたら絶対に、
「あら、自然体で動いているだけで他人の精神まで鍛え高めてしまうなんて、
やっぱり私は最高ね!私に感謝する権利をあげるわ!!」とか調子に乗り出すんだろうな……)
余計なことまで想像してしまい、ほんの少しだけ安定しかけた精神がまた荒ぶりそうになる。
(ええぃもういい、実戦も近い事だしぶっつけ本番だが、制御の訓練に移ってしまおう)
よくよく考えたら時間もない。
さっきまで土煙しか見えなかった街道の向こうからは、
表情までは分からないものの顔で男女の区別はつくくらいには
馬車が迫って来ているのが見える。
視線を横に移すと、手首をぷらぷらと振りながら所在なさげに
こっちを胡乱な目付きで見ているザンが映った。
いや、見ているのは正確には私自身ではなくこのもやか。
「……落ち着いたか?」
「……まあまあ、といった所だ、とりあえずの思考の整理はつけた。」
そいつは重畳。
と、ザンが視線を街道の遠く向こうに移しつつ呟く。
それに合わせて自身も馬車の方を見て、すぐに視点を移した。
視界に収め歩いていくのは、先ほどまで自称美少女天使の馬鹿が入っていた石像の方向だ。
戦闘に備えてか屈伸をしはじめたザンが顔を馬車に向けながらも、
こちらに目線だけ向けていぶかしげな表情で「何をするつもりなんだ?」と短く問いかけてくる。
適当にひらひらと後ろ手を振り「なに、ちょっとした備えさ」と岩の前にしゃがみこむ。
岩に意識を向けるように集中すると、視界の上部に 岩(元・天使の依り代)と表示が浮かぶ。
ひょっとしたらとアイテムインベントリを取りだし、ウィンドウを掴んで岩にぐいっと押し付けてみる。
すると、予感の通り岩はポンッという軽い音と煙と共に消失し、インベントリの中に石像のアイコンが収まった。
指で触れてみると、岩を見たときと同じように、岩(元・天使の依り代)と表示される。
ヘルプを見るに、更に詳細な情報や解説を見ることが出来る設定もあるようだが、
それは今でなくともまた落ち着いた時で良いだろう。
ついでに岩が消えたせいでぽっかりあいた穴からも適当に拳大の石ころも拾い、
インベントリの中に収めていく。
自分のスキルを見て立てた仮説とも言えない思い付きのような考えだが、
それがもし当たっていたならば。
(この石ころは、当面の間の私の切り札となるやもしれぬからな)
10数個ほどの石をインベントリに収め、 『?鉱石』という
いかにも未鑑定らしき表示を確認すると、さっさと立ち上がりザンの近くへ歩み寄る。
ちなみに黒いもやは荒れっぱなしなのでザンには微妙に嫌な顔をされたが、勿論そんな些末事は気にしない。
イベントは既に遭遇直前だ。
馬車の御者台に乗る恰幅の良い男の、助けを求める声も。
隣に座るぼろ切れを纏う少女の、無表情な中に光る透明な目も。
後ろから馬に乗り追いかけてくる野卑な男達の、微かに漂う血の匂いも。
こちらに認識できた。
認識、できてしまったのだ。
「……さ、もう異常に気付かなかったからで無視できる距離では
無くなってしまったようだぞ?残念ながらこれでもう見て見ぬ振りもできなくなった」
「はっ、最初っから逃げるつもりも無かったくせになにいってやがんですかねこの吸血鬼ヅラは。
むしろおまえさんこそ馬車を囮にして、纏めて殲滅なり奇襲でもかけようとするかと思ったが、
真正面だなんてそんな立ち位置で大丈夫か?」
「大丈夫だ、問題ない。むしろ手段を考えればこの位置がベストだ」
不敵な表情で返すと、そのまま一歩前へ。
馬車との距離はもう50mを切った。
見える範囲でも10人前後はいる山賊どもは、その20mほど後ろを追って来ている。
相当その馬車に執着しているのか、距離があっても普段であれば違和感程度は感じるであろう
【闇の波動】の威圧感には未だ気付いていないらしい。
それでいい。
「合図で仕掛けろ」
短くザンに指示し、精神を集中する。
息を吸い。
(イメージだ。決壊したダムから流れる濁流に、人工的な堤防を建てて流れを制御するように。)
意識を前方へと波動が流れるように集中させ、
馬車の前で二手に割れて後ろの山賊どもにのみぶつける様に、
内から溢れ出るこの得体の知れない流れ出る闇を
(叩き付ける!!)
おそらく、これが私が常時発動というパッシブスキルの手綱の端を、
微かにでも握ることができた切欠だったのだろう。
私を中心に掻き乱された波紋のように全方向へ無作為に放射されていた闇が、
まるで濁流のような量と強烈な勢いをもって前方へ流れ出る。
指向性を持った闇は馬車の前で不自然なまでに綺麗に避け、後方を追う山賊たちを覆いつくした。
「う、うおっ!?」
「「「「っ!?うわああああああっ!?!?」」」」
そして聞こえる男性の単純に驚いたような声と、
それを掻き消す様な野太い男どもの悲鳴の大合唱。
全く、スキル説明と状況を見るに精々そこそこに怖くて周囲が見えない程度だろうに、
命のやり取りをする様な職業(?)の大の男が大げさな。
しかし、これで布石は打てた。
闇の波動も一度制御を掴む事が出来れば、その後は
ある程度遠くへ流れても意識によって操作が出来るようだ。
山賊たちを覆った闇をそのまま流れさせずにドームのような形に維持して撹乱し続け、
前方へまるでアニメの悪役が放つビームのような勢いで出ていた闇を
出来るだけ細く、薄く、緩やかに自分の身体を周回するように制御する。
うむ、これで最低限自分の身体と顔が見えるようになっただろうし、
敵意がないという証明にもなっただろう。
ようやく真っ当に人と交渉が出来そうだ。
「……なにそれ、お前殺意の波動にでも目覚めたの?」
「煩い黙れ」
ザンの妄言を一蹴し、両手を広げ敵意のないことを露骨にアッピルしつつ、
にこやかに馬車へと歩み寄る。
闇の流れも大体は制御しているし、この商人には
少なくともバッドステータスに陥るほどの悪影響は与えていないはずだ。
御者台に座り、警戒に嘶く馬を宥める事も忘れて
呆然と此方をみている商人らしき男性に話しかける。
「やあご主人、私たちは旅の術者と戦士だ。
どうやら暴漢に襲われているように見えたので助太刀させてもらったのだが、
余計なお世話だったかな?」
言葉にはっとしたように商人風の男はかぶりを振り、馬を手綱で窘めつつ
「い、いや助かった!詳しく事情を話す時間はないが、実は暴漢たちから
この少女を助けて逃げてきていたのだ!頼む!
後で報酬と礼はさせてもらうから、どうかこの男達を撃退してもらいたい!!」
「いいでしょう、お安い御用だ」
それに、こちらも試したいことは山ほどあるしな……
相手には聞こえないように呟き、馬の制御を取り戻した商人が私たちの後ろへ
避難した所でまた山賊達を対象とした実験を再開する。
ゆったりと闇のドームに向け歩きつつ、大仰に両手を振るい、
山賊どもを覆うように制御していた闇を解除する。
山賊どもはよほど混乱していたのか、落馬して
乗っていた馬に踏まれたり、狂乱状態に陥った仲間が振り回した
剣に切られていたりで、既に無傷でいるものは2,3人程度しか見当たらない。
急に視界が明るくなったことで何があったのかと周囲や空を見上げる
山賊どもに、大きく声を張り上げて意識を無理矢理に此方へ向かせる。
「こっちを見ろ!!」
混乱状態にあった山賊の多くは簡潔な命令につい従ってしまい、
バッと音がするような勢いで声の聞こえたこちら首を向けた。
そこでスキル発動。
【ファントムペイン】
妖しく自身の両の眼が光り輝くのが判る。
ただでさえ混乱している中に注意を引かれたのに、
視界の中でいきなり発光するものがあったならば
どれだけ修練を積んでいたとしても、それから目を離すのは困難であろう。
その生理的な反射とも言える動きを利用する。
(受けた事のある痛みか……癪だが、ついさっき手頃なものを受けたばかりだな)
選択し、与える痛みはもちろん。
「「「「ふぅっ!?おごおおおおおおおお……!?」」」」
臀部への岩石による強打だ。
傍から見たならば、私が目を光らせたとともに
男達が崩れ落ちていくというなんともバトル系のシリアスチックな光景だろうが、
当事者達にしてみればいきなり目隠しされて、動揺していたら
視界が開けると共にケツバットを食らったようなものだ。
シリアスもへったくれもない、むしろシュールギャグの領域だ。
そう……まさに尻Ass!
「また下らない事考えただろうお前」
「……何のことかな?それより、さあ今だ。
こっちをみていなかった残党を片付けるんだ。
ほどよく残酷に、出来る限り惨たらしくな!!」
「そこまでやるかボケェ!?
とりあえずは戦闘が出来ない程度を基準にボコッてくるぜ」
突っ込みを入れつつも死屍累々の山賊の残党に突撃するザン。
本人はああ言っていたが、今の身体能力でそんなに加減はできるのだろうか?
少なくとも先ほどの森の中で戦っていたトレントの連中は、通常の人間の戦闘力を
大幅に凌駕した化け物だと思うのだが……。
「スキル発動!っしゃらあああああああああああっ!!」
「ひぃっ!?」
尋常じゃない速度で迫ってくる巨体に、恐怖で身動きも取れない山賊の体を
両手でがっちりと鷲掴みにしたザンは、そのまま酷薄な簒奪者から哀れな被害者へと
クラスチェンジした山賊を天高く放り投げる。
「ひ、ひゃああああぁぁああああぁああぁああ!?!」
「って、あ!やっべ飛ばしすぎたかっ!?」
どうやら威力が想定したものを大幅に上回っていたらしく、
追撃しようとしていた動きを止め、落下予測地点へ移動。
そのまま野球のフライ球を処理するような気軽さで、山賊の体を片手でキャッチ。
「ぶげぅっ!?」とか呻き声をあげて山賊は気絶したようだ。
白目を剥いて痙攣する山賊をばっちいものでも扱うような仕種で脇へ放るとザンは
「んー……うん、まあ、結果オーライ、だよな?」
目的は達成できたし、と呟いて周りの2人の無傷の山賊と、
尻へのダメージから復帰しかけていた3人の山賊へと目を移した。
ターゲットが自分たちに切り替わったのを察した山賊たちがビクゥッと
体を竦ませて、回れ右して武器もなにも放り出して逃げようとするが、
如何ともしがたい身体能力の差。
すぐに追いつかれた挙句次々と天高く放り投げられ、
人間お手玉という通常ありえないアトラクションを堪能する羽目になり
全員が泡を吹いて気絶するまでその悪夢は続いた。
ちなみに、クリア目標にあった貴族の撤退だが、
山賊の遥か後方にあったやたら煌びやかな金色の塊のようなものが
その貴族の乗った馬車だったのだろう。
もっとも、私が気付いたのはザンが山賊を天高く放り投げたあたりで、
既に追い着けないほど遠くまで逃げていたのでこれで目標は全て達成だろう。
視線を後方に向けると、そこには危機が去ったのを確認した馬車が
こちらへと向かってきているのが見えた。
クエスト情報にもあったとおりにこちらの表情が素なのか、
人好きのする朗らかな表情で商人は「おーい」などと
のんきに手を振っている。
……どうでもいいが、スキルの影響は微弱ながら受けている筈なんだよな?
自分で言うのもなんだがこんな名状し難い気配を撒き散らす相手に、
よくもこんな気楽な声がかけられるものだ。
隣の少女は未だに無表情かつ透明な、こちらを観察するかのような目で
じっと見つめてきているが……さて、この少女はいったいどんな存在なのだろうか。
本当にお約束的に重大な使命などのイベントを背負っているのか。
それとも……はてさて。
ふぅ、と一息つき、ザンが森の中ででも拾っていたのか、
慣れない手つきで植物のツタのようなものを使って
山賊どもを縛り上げて戻ってくるのを確認すると、
ポーンという音と、どこかで聞いたようなゲーム的なファンファーレと共に
目の前にウィンドウが浮かび上がった。
[おめでとうございます! メインクエスト1:【お・約・束☆ミ】をクリアしました]
【ユッグ】の レベルが 4 に なりました
[クリア報酬の【詳細を見る】]
さて、ここからどうなるかな?
非常に気になる初クエストクリアの報酬についてのウィンドウを一旦横に押し遣り、
私は気付けばなっていたいつもどおりの胡散臭いと言われる半笑いの表情を引っ込めて
対外的に使う営業スマイルを顔に浮かべた。
「ご無事のようで何よりです。
さて、事情を聞いても、よろしいですか?」
私たちにとって難易度が高いのはむしろここからだ、さ、気を引き締めていくとするか。
終わってみれば俺TUEEEEEEEというかスキルTUEEEEEEEEしすぎた感も。
だが私は謝らない。
代わりに日常生活では非常に不便だということをこれから
書いていくつもりです、ただメリットだけなんて許されない。




