紀里姉と俺
「な、なーによおぅ」
「めぇーんどぉーくぅーさぁーいぃ」
緋奈の目が見えるようになって三週間近くになる。経過は順調で、すでに遠くの物も見えるようになったので今は退院して久しぶりの家にいるようだ。もうすぐ学校にも復帰することになるらしい。どこの学校だか分からないが。
今は学食で昼食中、ついさっき気持ち悪いくらい間延びした声を出したのは隣に座っている麻弥だ。
しかし、俺は無視して食事を続ける。
「つっこんでくれないのかぁーい?」
「あえて、つっこまないんだよ」
「なんでさ?」
「どうせ俺になんか手伝えっていうんだろ?」
「・・・なぜ分かった?」
「今までの経験から」
麻弥はむぅ、と少し唸ったが、
「ふっふっふ・・・」
と、いきなりふくみ笑いをした。
「おーいキモいぞー?」
「今回は違うのだよ良介くん!確かに君の助けは借りようと思ったが、なんと!今回はちゃーんと双方に利益があるのだよ!」
双方に利益ねぇ・・・
「一応聞いてやるよ」
「おぉ、そうか!では心して聞いてくれ!・・・・・・」
「まっ、まじか?」
一通り麻弥が説明し終わったあとの俺の感想だった。
「ああ、まじだ」
いったいどんなことだったかというと、
麻弥のばあさん、じいさんは小さな旅館を経営していて、来週の今日に来る予定だった団体さんがキャンセルになってしまい、その分の埋め合わせを孫の麻弥とその友達で来ないか?と言われたらしい。ちょうど今週で学校は長期休暇、つまり夏休みに入る。これはもう行くしかない!と麻弥は思い、行く!と速答したそうだ。そこで俺も行かないか?ということである。
「本当に俺も行っていいのか?」
「もちろん・・・でも六人くらい連れてきんさいって言われたからな・・・」
「人数はこっちで三人くらい調達しておこうか?」
「それを頼もうと思ってたんだよ」
「分かった。三人誘ってみるよ」
「頼んだ。詳しいことはまた明日な」
そうして俺たちは食器を片付け、それぞれの自分達の教室へ戻った。
「ただいまー・・・って誰もいないよなー」
学校が終わり帰宅した俺は誰もいないのに“ただいま”と言ってしまった。いつもは居るはずの母だが今日は友人と食事に行くと朝にうれしそうに語っていた。
しかし、俺は異変に気付いた。
「ん?・・・誰かいる?」
玄関にいつもは見ない靴が一足並べられていた。
俺は靴を脱ぎ居間に入り、辺りを見回す。すると、
「・・・ぅ〜ん」
とソファーの方から声が聞こえた。俺はそろーっとソファーの背もたれから顔を覗かせると、そこには・・・
「げっ・・・何で紀里姉が!?」
県外の大学に行ってるはずの姉の姿があった。
「ん・・・?誰?」
やべっ起きた!
「・・・良介!」
いきなり紀里姉はガバっと起き上がり
「ひっさしぶりー!っておわぁ!」
起き上がった勢いでソファーから転がり落ちた。あ、テーブルの足に頭ぶつけてる・・・
「おいおい、大丈夫かよ?」
紀里姉は頭を強く打ったらしく涙目になりながら頭をさすっていた。
「うぅー・・・あぁー」
・・・大丈夫じゃなさそうだ。
「いったーい・・・」
「ったく、一人暮らししてるから少しはましになったと思ったらぜんぜん変わってねーのな」
はははっと紀里姉を笑ってやった。
「笑うなよなー・・・」
と、言いながらも紀里姉も俺に釣られて笑いだした。
ひとしきり笑い終えた後、俺はなぜ帰ってきたのかを聞いた。
「そりゃー、あんた夏休みだからに決まってんでしょ?」
「大学とかって補習はないのか?」
俺のこの質問に対して紀里姉は人差し指を顔の前で左右に振り、「ちっちっちっ」と言い、
「私、成績優秀だから補習とかそんな馬鹿馬鹿しいことはしなくていいのよ」
と答えた。
「ふーん意外だな・・・」
「勉強で解らないところは私に聞きなさい」
紀里姉は誇らしげに胸を反らした。
「・・・ほんと紀里姉は変わらないな」
「そんなことないわよ?胸だってこの歳でもまだ成長してるのよ。この間なんかDからEの下着に…」
「そっ、そんなことを言ってるんじゃなくて・・・」
「お?良介君、顔が真っ赤ですよー?どーしたのかなー?」
ニヤニヤとした、いやらしい笑いを顔にはりつけながら紀里姉がソファーの隣に座っている俺の腕に腕をからめて、
「どうした?良介少年!腕に未知の感触を感じないかい?うりうり」
腕にご自慢の胸を押しつけてきた。
「やめろ、このド変態姉!」
必死に振りほどこうとするがなかなか離れない。
「こら!動くな!」
「じゃあ離れろよ!」
紀里姉は口を尖らせてムーッ、とうなりながらやっと離れた。
「ったく・・・」
はぁーっと俺は深いため息をついた。
「もー、照れちゃってー」
「さっさと帰っちまえ!」
「そんなこと言わないでよー」
紀里姉はまた口を尖らせてムーッ、と言った。
「・・・その口を尖らせる癖、まだ直ってないんだな」
「んー・・・まぁね」
「直したほうがいいんじゃないか?」
「何でよー?」
「かーわいいお顔が台無しですよー?」
紀里姉の顔が少し赤くなった。
「なっ、なーによぅ!」
「さっきのお返し、赤くなってる赤くなってる!うははははっ!」
…お帰り、紀里姉。
ポカポカ俺を叩いている紀里姉を見ながら俺は心の中でつぶやいた。久しぶりに会い、いろいろ変わっていて表にはださなかったが実は内心驚いてしまった。
「…って痛!」
「必殺紀里ちゃんパンチ!」
「パンチっていいながら思いっきり俺の爪先、かかとで踏んでるじゃねーか!」
「男はそんなこと気にしない!」
……前言撤回!やっぱり早く帰れ!この馬鹿姉!
お待たせしました!第九話です!
ついに姉ちゃん登場。これから夏休みはこの姉ちゃんに振り回される予定です。
つーか夏休み中に投稿するつもりが夏休み終わってから夏休みの話かよ!っていうツッコミは無しの方向で(爆)
今回も読んで頂き有難うございます是非是非次回も読んでやってください。それではっ!