空の色と空の想い
「良介・・・りょうすけ・・・りょうすけぇ」
夏祭りの次の日
「ふあ〜む」
今は一時間目の授業中。
結局昨日家に着いたのは十一時を少し過ぎていた。母さんは怒ったりせずに、緋奈ちゃん楽しんでたかい?とだけ聞いた。ああ、楽しんでたよ、と答えた。その後俺は風呂に入り、すぐに布団にもぐったが、
緋奈の手の感触、
緋奈のぬくもり、
緋奈の泣いた顔、
緋奈の体の感触、
緋奈の・・・
とにかく緋奈のことが頭から離れなかった。
俺は緋奈のことを好きに・・・?
みたいなことも考えてしまったが、それはあいつの今までみたことのない姿を見てしまったから、そういう幻想に陥ってしまったのだ。と、自分を納得させた。
・・・理由としては曖昧だけど
しかし俺は、無理矢理納得し、ほてった体に無理矢理布団をかぶせて、無理矢理寝ようとした。だが、結局最後に時計を見たのは午前三時になってしまった。
そして今に至る。
だから今の俺は猛烈に眠い。大好きな世界史なのに俺は立ち向かってくる睡魔に勝てそうになかった。先生の説明が子守歌に聞こえてくる。
あぁだめだ、寝てしまう・・・
寝ちゃダメだ寝ちゃダメだ寝ちゃダメだ寝ちゃダ・・・メ・・・ぐぅ。
「Zzz・・・」
先生ごめんなさい。僕寝ます。
「Zzz・・・」
世界史が始まって十六分後、俺は夢の世界へ飛び込んだ。俺はこの授業中に目覚めることはなかった。
はっ!
目が覚めた・・・!いっいま、何時間目だ!?
黒板に向かって字を書いているのは現国の先生。
つまり今は四時間目・・・世界史は一時間目・・・
俺は三時間分寝たのか・・・やっちまったな
俺は結構焦っていた。もうすぐテストだからだ。しかし、ここで追い打ちをかけるかのように
キーンコーンカーンコーン
四時間目終了のチャイムが鳴り響いた。
俺は、ほぼ午前中の授業を寝るために費やしてしまったようだった。
・・・はぁ。
途方にくれている俺に、隣の女子が話しかけてきた。
「良介君いつも寝ないで授業受けてるのにめずらしいね。それに寝ると全然起きないし・・・」
「はははは・・・」
俺は笑うしかなかった。
・・・はぁぁぁ。
午後の授業は寝る事無く受けることができた。まぁ、あたりまえだけど。
そして放課後、昇降口で麻弥と出会った。
「おっす、王・・・良介」
「よう、麻弥」
よしよし名前をちゃんと言ったな。もし“王子様”って言ったら殴ろうと思ってた。
「いきなりで悪いんだけど、あのさ俺の隣の席って空ってやつなんだけど・・・」
「クラス一緒なのは知ってたけど席隣なのか?」
「ああ。それで今日親に向けて大事なプリント渡ったじゃん?」
「ああ、あれね」
「でさ、困ったことにそれを空の家に届けないといけないんだよな・・・」
「おまえ空の家がどこだか知ってるのか?」
「先生から道は聞いた」
「ふーん・・・」
なんかいやな予感が・・・
「それで?」
「俺、今日家族で出掛けないといけないんだけど・・・空の家によってからだと時間がなー・・・」
そう言うと麻弥は困った顔をして俺をちらちらと何度も見てきた。
・・・まぁこの間付き合ってやれなかったからなんとかしてやろう。
「わかったよ、俺が行ってやるよ」
これで貸し借りゼロだ、とも言った。
麻弥はニヤリとして、
「いやー悪いねー」
と言った。
「つーか、最初から俺に行かせようと思ってたんだろ?」
「ありゃ?ばれちゃってた?」
そりゃあ、もう
「超バレバレ」
「なーんだー。だったら最初っから俺の素っ晴らしい演技を見せる事無く、普通に頼めばよかった」
「ったく・・・まずそんな事いいからプリントよこせ」
そこで麻弥はカバンから空に渡すプリントをだした。
「はい、これ」
「このプリントを届けないといけないってことは、空は今日学校休んだのか?」「ああ、いつも元気なあいつが休むなんて信じらんないよ」
つーか、うるさいくらいだ。と麻弥は付け足した。
「仕方がねー見舞い代わりに行ってやるか」
「そうしてやれそうしてやれ」
そして麻弥は本当に急いでいるらしく昇降口から校門に向けて走り去っていった。
俺は靴を履きかえて外にでた。相変わらず外はいい天気で、空に雲はなく青空だけがどこまでも広がっている。そして俺は校門までの五十メートルを、ゆっくりと歩いていった。今日はいつもより暑い。木陰がいつも以上に涼しそうに見えた。
着いた。
空の家だ。学校から結構遠いんだな・・・
学校から歩いて三十分。毎朝歩くのは大変なのではないだろうか?俺は大変だ。
玄関の前に立つ。
チャイムを押す。
ピーンポーン
少し間があり、インターホンから声が聞こえてきた。
「どちら様ですか?」
インターホンなので声の判別がしにくい。誰の声だろう?空の母さんかな?
「えっと、良介です」
「えっ!?良介!?」
・・・どうやら空らしい。
「あー空か?うん、俺」
「な・・・何しにきたのよ?」
「なぁ、とりあえず中に入れてくれないか?外はいい天気なんだけど暑くて・・・」
「・・・いま開けるから」
家の中から玄関に向かって歩いてくる足音が聞こえた。
カチャ
「どうぞ」
空が戸を開けてひょこっと顔を出した。
「おじゃまします」
「今、私しか家にいないから」
「母さん仕事か?」
「うん」
俺は居間に通されるのかと思ったが
「私の部屋二階だから」
「へ?俺、学校から預かってきたプリント渡したらすぐ帰るよ?」
「・・・少しゆっくりしていけば?」
・・・親がいないところに、お年頃の男女が二人っきりっていうのは・・・とと思ったのだが
「少しくらい、いいじゃん」
「でも、お前風邪か何かひいてるんじゃないのか?」
「さっきまで眠ってたから具合は良くなったの」
「いや、でも・・・」
俺がもごついてると、空は少し顔をそむけながら
「・・・私と二人はいや?」
と言った。
「は?お前、どうした?いきなり変なこと言うなよ」
「・・・とにかくさ、部屋に来てよ」
「・・・わかったよ」
俺はしぶしぶ了承した。
空の部屋はすごく片付いていた。というより、要らない物が一切ない感じだった。空らしいといえば空らしいのだが・・・
さっきまで寝ていたせいかカーテンが閉まっており、外はあんなに明るいのに部屋は薄暗い。ずいぶんこのカーテンは光を遮るようだ。
空と俺は部屋の中央にある足の短いテーブルに向かい合う形で座った。
「まずは、プリント渡しておくな」
「ん、ありがと」
「・・・なぁ、いつ頃から具合悪いんだ?」
「今朝から」
「何で悪くなった?」
空はうーん、と唸り困ったような顔をして
「昨日、色々あって・・・それで寝れなくて」
」
「そっか・・・今は本当に大丈夫か?」
「うん大丈夫」
そこで空は無理矢理笑顔を作った。
「あ、何か飲み物持ってくるね」
「おう、悪いな」
空は立ち上がり部屋から出ていった。
俺は部屋を見渡してみた。目についた本棚にはたくさんの本、漫画、CDが所狭しと並んでいた。その本棚の隣にある洋服掛けには五、六着の服と制服、そして浴衣が掛けられていた。
ついつい緋奈の浴衣と比べてしまった。空の浴衣は大小の水玉模様のついたよくあるやつだが、鮮やかな色づかいがずいぶん大人っぽい印象を与える。空が着たところ、少し見てみたい気もした。
・・・そういえば昨日は空も夏祭りに行ったんだよな。
「お待たせ」
戻ってきた空の手には麦茶とクッキーの盛ってある皿があった。
空はテーブルの上にそれらを置き、また同じところに座った。
俺は空が持ってきてくれた麦茶を一口飲んだ。渇いた喉が潤っていく。
「空は昨日、誰と夏祭り行ったんだ?」
「クラスの友達と」
「なんだ、だったら最初っからそいつらと行けば良かったんじゃないのか?」
「私は・・・良介と行きたかったの」
「なんで?」
「それは、その・・・かっこいい人と歩いて、羨ましがられたかったからよ」
俺は顔が熱くなるのを感じた。空にまでかっこいいと言われるとは思ってもいなかった。何だか複雑な気分だな・・・
しかし空はそんな俺を気にせず続けた。
「でも、そのかっこいい人は・・・可愛い女の子と手を繋いで楽しそうに歩いてたね・・・あれは彼女さんかな?」
なんか昨日のたこ焼き屋のオヤジと同じ勘違いしてるし・・・
「あっ、あれは幼なじみのだな・・・」
俺は必死に誤解を解こうと思った。しかし空は急に真顔になり、少し顔をふせながらまた俺を気にせず言った。
「良介・・・私は・・・私はそれを見た時、ショックだったよ・・・」
それは細く、とても切ない声色だった。
・・・え?
どういう意味だよ・・・
俺は弁解の言葉が言えなくなってしまった。
「私・・・良介とその子が神社の裏に行ったのをみちゃったの・・・それに気になって・・・それで・・・見てたの」
見てたのかよ・・・
「ごめん・・・」
「どこまで見てた?」
「良介が女の子に抱きつくまで」
「・・・あんまりまわりのやつに言うなよ?」
「・・・うん」
思い出しただけでも恥ずかしいのに、見られていたとは・・・しかも空に
「・・・ねぇ、良介はあの子のこと・・・好きなの?」
「なっ、何言ってんだよ!そんなわけねーだろ!」
俺はなぜか慌ててしまった。それが余計に空を勘違いをさせてしまった。
「そっか・・・可愛いもんね、私よりずぅっと」
「だから好きじゃないって!」
「はいはいわかっ・・・ゴホッゴホッ」
空はせきをしだした。
「大丈夫か?」
「ケホッ・・・たぶん」
「俺そろそろ帰るよ」
「・・・じゃあさ、台所にある薬、持ってきてくれない?」
「わかった」
俺は立ち上がり台所へ向かった。
階段を下りて右側に台所あった。そこはきれいに掃除されており、調理台はピッカピカだ。そのピッカピカの調理台に薬が袋に入って置いてあった。
俺はその袋を持って空の部屋に戻った。
「これだろ?」
「そう、それ。ありがと」
「おう。じゃ帰るから。お大事に」
そして俺が部屋から出ようとしたとき
「ちょっと待って」
と、空に呼び止められた。
「ん?他にもなんかあるのか?」
「そうじゃないんだけど・・・私の近くにもうすこし座っててくれない?」
「・・・?」
何だろう?と思いながらも俺は空の右隣に座った。
「この箱の上に開いてる穴から中を見て」
空は手のひらサイズの小さな箱を俺に渡してきた。
俺は穴から中をのぞいてみた。しかし中は暗くてよく見えなかった。
「なんも見えないぞ?」
「見えなくてもいいの。そしたら・・・目をつぶって、中に何があるか想像して」
「?お、おう」
なんも見えなかったのに何を想像しろと?
俺は黙って目をつぶっていた。
すると、突然
「・・・そっ空!?」
空の暖かくやわらかい手が、俺の頬を両側からやさしくおさえるように触れてきた。
「まだ目あけないで。お願い」
俺はわけが分からなかったが目をしっかりとつぶっていた。
「良介・・・」
空の吐息を近くに感じる。
「良介・・・」
空の手はほてった俺の頬をさらに熱くしていた。
「お、おい・・・空?」
混乱気味の俺に空は、体重をかけてきた。倒れそうになってとっさに後ろに手をつく。
空が俺にしなだれかかっているような体勢になってしまった。
「空いったい・・・」
どうしたんだ?と聞こうと思ったが、それはできなかった。
突然、唇にやわらかい感触。俺はそれが何かを理解するまでに少し時間がかかった。
それは、唇と唇が触れ合ったときの感触だった。
空は俺に“キス”をした。
それはやさしくて、やわらかい。初めての感触だった。
唇が触れあってから、おそらく五秒。ゆっくりと空は俺から離れた。俺はそろそろと目をあけた。そこにはうつむいた空がいた。
「空、おまえ、いきなり・・・」
空は俺が混乱してるのを気にも止めずに、小さな声だが、はっきりと、しっかりと。
「私、良介のことが好き」
・・・え?
「ずっと・・・転校する前から、ずっと・・・好き」
・・・本当かよ?
「それでね、私、良介と同じ高校行きたくて、ここの学校を受験したの・・・合格したとき、ほんとうれしかった。やっと、また良介に会えるって」
俺は黙って空の話を聞くことしかできなかった。
「でも、一年生のときは全然話できなかったよね?すごく悲しかった。それに私のこと忘れてるんじゃないかって胸が締め付けられるほど不安になった。そんな気持ちで二年生になって、この間公園で二人っきりで話せたときに、やっと不安はなくなったの。・・・それに、何だかすっごくかっこよくなってるし・・・私ますます良介のことが・・・」
そこで空は「えへへ」と、どう見ても無理矢理で不自然な笑顔をつくった。
「私、それから良介のことしか・・・考えられなかった・・・でも、昨日の夏祭りで知らない女の子と手繋いで歩いてたし・・・」
そこまで言った空の目には涙がたまっていた。
「それに・・・良介から・・・抱きついちゃうし・・・何だか良介が遠くに行っちゃうようで・・・すごく悲しかった」
たまっていた涙が、こぼれ落ちた。床にしいてある絨毯に、小さな染みができてしまった。
「それ、に良、介の、方も、まんざ、らじゃな、いみたいだし・・・」
「空それは・・・」
それは誤解だと伝えたかった。でも、言葉にならなかった。
「ねぇ教え、てよ良、介・・・私、の、この気持、ちは・・・どうす、ればい、いのよぉ・・・」
空は溢れた涙を手で拭ってはいるが、涙はとどまることを知らずにぽろぽろと落ち続けていた。
「良介・・・りょうすけ・・・りょう、すけぇ・・・」
俺の名前を呼びながら泣き続ける空。俺はそんな空に自分の気持ちを言うことにした。
「空・・・泣き止んでくれよ」
「だって・・・だってぇ」「空が・・・その・・・俺のことをそんなふうに想ってくれてて正直うれしいよ」
「り・・・りょうす、けぇ」
「だけど、俺は空のことをそんなふうに想ってなかった」
「う、うぇ・・・」
空はまた泣き声をあげそうになってしまった。
「泣くなよ。最後までちゃんと聞けって」
「うぇ・・・っく・・・うん」
「でも、これからは違う。空をちゃんと・・・見るから」
「・・・見る、てどうい、うふうに?」
「まぁ・・・可愛い女の子として、かな」
空は少しその言葉の意味を考えてから
「・・・もう、何言っ、てんのよ」
と言ってぷっ、と吹き出した。その時の空は涙でくしゃくしゃになっている顔で自然な笑顔をみせてくれた。
「そうそう空は泣いてるより笑ったほうがいいよ」
「・・・うん、わか、った。あり、がとう」
空はそう言って最後にもう一度涙を拭った。
「・・・じゃ、俺そろそろ帰るよ」
「うん、・・・今日は色々ごめん」
「いや、いいって」
「・・・キスし、たことは、忘れ、てちょうだ、い」
忘れられるかっつーの・・・
「忘れるように努力する」
「わた、しも、なるべ、く、努力する、か、ら」
でも、結局空が泣き止むまで俺はずっと空のそばについてやった。
しばらくして、空は泣き止んだが俺が部屋を出るまでずっと、ひっくひっくと言っていてうまくしゃべれていなかった。
玄関で靴を履き、外に出る。
空の部屋はカーテンでずいぶん暗かったが、外は眩しいくらい夕日が照ってていた。空が夕暮れで橙色に染まっている。
・・・空・・・か
あの空が俺のことを好きだなんて思ってもいなかった。それに・・・あれがファーストキスだなんて言えない。くそーなんか悔しい。
それにずいぶん恥ずかしいことをされたし、言ったのだ。今になって恥ずかしくなってきた。
さっき空の家で起こったことは忘れようとしながら俺は家まで歩いていった。
この日が照ってあっつい中を歩いていくのは気が重かったが、心はずいぶん軽やかだった。
時間かかった!遅くなって済みませんでした。DOGOONです。
今回はずいぶんと時間食ったちゃったよ。うまく表現できないところがたくさんあったりして何度も何度も書き直したんです。
ホントーに申し訳ない。でもその分良い作品になっている気がします(爆)
で、次は緋奈の手術前の話になる予定です。
それではさようなら!また会いましょう!