年下の小さな幼なじみ
「私・・・一生・・・」
太鼓の音に導かれて、夏祭りの会場である神社に着いた俺と緋奈。
太鼓の音もすごいが、人の声も負けてはいないくらいのざわめきだ。
「何だか、人いっぱいだね。熱気がすごいよ」
確かに神社は人でごった返しになっていた。
緋奈は暑そうに手を顔の前でぱたぱたさせていた。
「いいか緋奈、絶対に手を離すなよ」
「うん、わかった」
そう言って緋奈はキュッと手に力を入れた。
俺はこの小さな暖かい手を離すことはしないように、と心に決めた。
「さて、緋奈は何をしたい?」
すると、緋奈は今まで考えていなかったらしく少し考えてから、たこ焼きが食べたい。と言った。
「うっし。じゃあこのたこ焼き博士がうまいたこ焼きを探してしんぜよう」
「えぇ!良ちゃんってたこ焼き博士だったの!?」
実は俺、たこ焼きが大好きだったりするのだ。
「おう!たこ焼きには少しうるさいぞ」
「じゃあ博士、おいしいたこ焼きを私に食べさせてください」
「了解した」
こうして俺と緋奈の夏祭りが始まった。
「ここだな」
あの慣れた手つき、目にもとまらない手の返し、さらに中に入っていく、タコの絶妙な大きさ、そして何よりたこ焼きをつくるときの目の輝やき。
間違いない。この人のつくるたこ焼きは極上にうまい。
「すんません、一つお願いします」
俺がオーダーすると、あいよっ!と威勢のいい声をだしてパックに八つつめてくれた。
「いくらですか?」
と言うと
「お兄ちゃん、かわいい彼女もってるねー!」
「え、あのー・・・」
彼女じゃねーっつの
「それにかっこいい彼氏だな!可愛い彼女さん」
そこで否定をすればいいものを緋奈は
「えへへー」
とうれしそうに笑った。
「よし、このたこ焼きはただであげちゃおう!」
「え!まじっすか?」
「おうよ!可愛い姉ちゃんにかっこいい兄ちゃん、これは俺の気持ちだ、持ってけ!」
と言うので俺は遠慮なくもらうことにした。
「ありがとうございます」
「なーに、気にするな!これからも仲良くな!」
たこ焼きのオヤジには色々と誤解されたがまぁいいとしよう。
俺と緋奈はそこら辺にあったベンチに座ってたこ焼きを食べることにした。
たこ焼きの入ったパックの蓋を開けると、ソースの香ばしいにおいがあふれだした。
「緋奈、すっげーうまそーだぞ」
「うん、いいにおいがする」
俺はついてきたつまようじを一つ刺して緋奈の口元にもっていった。それが分かったようで緋奈は口を開けてたこ焼きを食べた。
つづいて、俺も食べてみた。
俺の目に狂いはなかった。極上にうまい。
「良ちゃんすっごいおいしいよ、さすが博士だね」
「ふっ、まぁな」
「良ちゃんもう一個」
「いいけど、一人四つずつだからな」
「えー少ないよー」
「半分ずつなんだから文句言わない」
俺は半ば無理矢理緋奈の口にたこ焼きを突っ込んだ。
「むーむー!」
「文句言うから口をふさいだんだよ」
その後、俺たちはたこ焼きをあっという間にたいらげた。
たこ焼きを食べてから一応境内を一周して遊んだ。緋奈の左手には戦利品の水ヨーヨーがぶらさがっていた。
「良ちゃん次はどこにいこうか?」
「うーん・・・そうだスーパーボール掬いに行こう」
「うん、そうしよー」
俺は目の前にあったスーバーボール掬いの出店の前に緋奈としゃがみこんだ。
「すみません、一回やらせてください」
そう言って俺は出店の人に二百円をだした。
「はいどうぞ」
俺は差し出された小さなおたまを手に取り、目の前に狙っているボールが来るのを待った。そのボールはきれいなスケルトンブルーをしていて、普通のより少し大きい感じのものだ。
来た。
俺はそれだけを狙っていた。
結果は他のボールも二、三個混ざったが無事にターゲットの捕獲に成功した。
出店の人に小さなビニールの袋にいれてもらい、俺たちはその店をあとにした。「そのスーパーボールどうするの?」
「んー?友達へのプレゼント」
「ふーん、もしかして女の子?」
「違うって」
「・・・」
「どうした?」
「ううん、なんでもない」
「そうか?そうならいいけど」
でも、緋奈の顔は不満たっぷりの顔をしていた。うーむ変な勘違いをしているようだな・・・
スーパーボールを取った後、何気なく神社の本堂にやってきた。
「良ちゃん、少し疲れちゃった。どっかで休もうよ」
と緋奈が言うので俺は本堂の裏につれていき、少し地面より高い縁側に緋奈を座らせた。
「ここはだいぶ静かだな」
静かといっても周りの喧騒は十分聞こえていた。
「うん・・・」
俺も緋奈の隣に座った。
ここなら別に手を離してもよいと思い、手を離そうとしたとき
「ここでも手は・・・繋いでてほしい・・・な」
と、言ったので
「わかった」
俺は手を握りなおした。
この後、なぜか緋奈は急に黙りこくってしまった。
何分たっただろうか?
緋奈はずっと何もしゃべらなかった。そして俺も何もしゃべらなかった。そんな雰囲気がずっと続いていた。さっきまでの楽しい雰囲気はどこへ行ったのだろう?
緋奈は時折、繋いでいる手に力が入れたかと思うとすぐに力を抜く。それを繰り返していた。
その動きはまるで何かを伝えようとしてしているようだった。
何回繰り返しただろうか?その時、沈黙を破ったのは緋奈だった。
「あのね良ちゃん・・・私良ちゃんに言っておきたいことがあるの・・・」
そこで緋奈は人呼吸おいて
「五日後・・・私、手術することになったの」
「・・・目だよな?」
「うん・・・もしかしたら見えるようになるかもしれないんだって」
・・・それって!まじかよ!
俺は最高にうれしかった、だが次の瞬間
「でも、確立は・・・失敗するほうが大きいの」
俺はがっくりしてしまった。
「うん・・・後は?」
緋奈を促した。緋奈は言いたくないかもしれないが、俺は知りたかった。何か俺にもできることがあれば、と思ったから。
「うん・・・それで・・・それで、もしだめだったら、私、一生・・・」
そこまでで緋奈は言葉を切った。その先は言いたくなかったろうし、言わなくてもそんなことは想像がついた。
「本当はね、こんな時に言いたくなかったんだけど・・・このチャンスを逃せば、きっと、ずっと言えないと思って」
「聞けて・・・よかったよ」
もっと気の利いた言葉を、もっと励ましの言葉を言いたかった。
でも・・・言えなかった。
「・・・」
俺たちは沈黙していた。
もし、手術が失敗したら、そんなことばかりを考えてしまう。それは緋奈も同じだろう。
いつのまにか太鼓の体に響く音が消え、人気もなくなってきた。しかし、俺たちは何もしゃべらず、ただお互いの手を握り合っていた。
何分たっただろうか?
緋奈が急に繋いでいた手に力をいれた。
俺は横にいる緋奈を見た。
「緋奈?どうし・・・」
最後に入るはずの「た」は言うことができなかった。
緋奈は泣いていた。
その閉じられたまぶたから、大粒の涙がこぼれ落ちていた。手で拭っても拭いきれないほどにぽろぽろと、涙はとどまることなく落ち続けた。
緋奈の肩が小さく上下している。必死になって嗚咽をこらえている。しかし、その嗚咽もしだいに大きくなってきた。
「・・・っく・・・ひっく」
「お、おい、大丈夫か?」
俺は繋いでいないほうの手を緋奈の膝のうえにおいた。
「大丈夫じゃないよ・・・恐いよ・・・良ちゃん」
「緋奈・・・」
緋奈は膝においた手と繋いでいた手を抱き抱えるように胸元へもっていき、ぎゅっと俺の両手を自分の両手で包み込んだ。
「もし・・・っく、だめだったら・・・私、ひっく、一生・・・」
「緋奈・・・」
「私、一生・・なっ何にも見れない」
「緋奈・・・!」
「良ちゃんを・・ひっく、見たいのに・・・」
緋奈のこんなに泣いた姿は見たことがない。いつも目の見えないことなんて気にしてないかのように振る舞っていた緋奈。そんな緋奈がいつもより小さく見えた。
同い年のように俺といつも話していたのに、今、目の前にいる緋奈は、年下のようだった。
「良ちゃん・・・良ちゃん」
震える声で俺の名前を呼び続ける、年下の、緋奈。
肩を上下にゆらしながら、大粒の涙を流している、小さな、緋奈。
その光の入ってこない目の手術の結果を恐れる、幼なじみの、緋奈。
小さな緋奈。年下の緋奈。幼なじみの緋奈。
その全ての緋奈を、一人の緋奈を俺は横から、抱き締めた。
「り、良ちゃん・・・」
「・・・」
俺は何も言わずに、その華奢な体をやさしく強く抱き締めた。
「っく・・ひっく・・・うう・・」
緋奈も俺に抱きつき、大声で泣きはじめた。
俺はより強く、緋奈を抱き締めた。
緋奈もそれに答えるかのように俺にしがみついて、よりいっそう声を出して泣いた。俺は緋奈の頭に片手をおき、きれいな髪をなぞるように撫でていた。
「良ちゃぁん!良ちゃぁんん!」
緋奈は泣き止むまで俺の名前を言い続けた。その間、俺は背中をさすり、頭を撫でてやることしかできなかった。
十分ほどたって、だいぶ緋奈は泣き止んできた。
「・・・ひっく・・・っく」
「なあ、緋奈」
俺は緋奈を抱き締めたまま話かけた。
「なっ・・・何?」
「手術そんなに恐いか?」「うん・・・すっごく恐い」
「そうか・・・本当はさ、こんなこと恥ずかしくて言えないんだけど」
俺は緋奈の耳元で
「俺がついてるから安心しろ、なっ?」
と言った。
「・・・うん、わかった」そして緋奈はぎゅっと俺にしがみついて
「ありがとう良ちゃん」
と、ささやいた。
恥ずかしいことを言って数分がたった。
完全に泣き止んだ緋奈は、俺から離れた。
「・・・もう、いいか?」
「うん。大丈夫。ありがとう」
再び手を繋ぎ、最初の状態に戻った。まだ体に緋奈のぬくもりを感じる。そのせいで繋いでいる手が熱く感じる。
「良ちゃん、そろそろ帰らない?」
「ん、そうだな、帰っか」
俺と緋奈は、神社の本堂から出て、出口に向けて歩きだした。
「あ、ちょっと待って」
緋奈が急にとまったので俺はこけそうになった。
「どうした?」
「神社におまいりしてから帰ろ?」
「ああ、そうだな」
俺たちは神社に戻って、賽銭箱に二十円を入れ、手を繋いでいるので下を向いて目をつぶり祈った。
どうか手術が成功しますように。緋奈の目が見えますように・・・
目をあけて緋奈を見ると、俺より先に終わらせていたらしい。
「良ちゃん、帰ろう?」
「おう」
俺たちは再び病院に向かって歩きだした。いつのまにか周りには人がいなかった。それに、出店もしまっていた。
その風景は、まるで、世界に俺と緋奈の二人しかいないようだった。
緋奈の病院に着いたのは十時半くらいで、看護婦さんに軽く怒られた。遅すぎる、と。
俺たちは謝り、今日は許してもらった。ありがとう、やさしい看護婦さん。
緋奈の病室には誰もいなく、俺は緋奈と少しばかり話してから帰ることにした。
「なぁ、五日後の手術って、何時からなんだ?」
「えっとね・・・午後3時ごろかな」
「その日って、俺は来ていいもんなのか?」
「うん。もちろん」
「じゃ学校終わったらすぐにくるから」
「うん、わかった」
「・・・あのさ、もう恐くないか?」
緋奈は少し戸惑ったが
「・・・ちょっと恐いよ・・・でも、良ちゃんがついててくれるから大丈夫」
と、笑顔で言った。
俺はその笑顔を見て安心した。
「そうか・・・よかった・・・俺そろそろ帰るな」
「あ、えっと・・・今日はありがとね・・・いろいろ」
「なーに、気にするな」
俺は座っていたベットから立ち上がり、病室から出ようとした。その時
「あ、待って」
と緋奈に呼び止められた。
「ん?どうした?」
「もう一回・・・神社の時みたいにやってほしいな・・・」
俺は、まさかそんなこと言われるとは思ってなくて、少し動揺したが、緋奈をベットから立たせ、向かい合った。
緋奈の頬は赤らんでいた。
少しばかり体が震えているように見えた。まるで俺を待っているかのように。
俺はゆっくりと再び抱き寄せた。さっきとは違い、お互いにお互いのぬくもりを感じた。
俺たちは互いのぬくもりを充分に共有してからゆっくりと離れた。
「・・・じゃあ、俺帰るから」
「・・・ん、ありがと。良ちゃん」
「じゃな」
「うん」
俺は病室のドアを開けて外に出た。手を振っているであろう緋奈を振り返らずに、後ろ手にドアを閉めた。
病院を出て、空を見上げた。
空には昼間のような入道雲はもちろんなかったが、雄大な月と星空が広がっている。
手術が終わったら、緋奈とこんな満天の星空を見たいと、強く、強く思った。
どうも!DOGOONでっす。
今回も読んで頂いて有難うございます!
ついに夏祭りに来ちゃった緋奈と良介。書いてることは赤面するような恥ずかしいことばかりです(爆)
書いてて恥ずかしかったですよ・・・。
で、今のところ緋奈と空のどっちとくっつけようかなアンケートは緋奈の方が少々優勢です。これからどうなる事やら・・・。
それで次は、空が良介に・・・的な話になると思います。緋奈の話を書いたら空の話が次にくるようにしようと思います。その逆もまたしかりです。
最後に忘れちゃいけないお礼の言葉。
投票してくださった皆さん。本当に有難うございます!これからもeyes on meをよろしくお願いします。
どっちが勝っても投票してくださった皆さんをがっかりさせないように頑張りたいと思います。
それではまた次回会いましょう!