可愛い金魚と青い浴衣
「私だって・・・その・・・女の子だから」
今は放課後の掃除の時間。俺は掃除に割り当たっていなかったので帰る準備をしていた。
いざ帰ろうとしたとき、そこに麻弥がやってきた。
「おーじさまー!」
あーくそっ、麻弥のやつ!名前は普通に呼べっつーのに・・・
「・・・なんだよ?」
「今日から夏祭りだな」
そう、今夜から夏祭りが始まる。
この町の夏祭りは四日間、町で一番広い神社の境内の中で行なれ、実に多種多様な出店が立ち並ぶ。というオーソドックスなものだ。
「ああそうだな、夏祭りだな、それが何か?」
「いや特に何も・・・何で怒ってるんだよ?」
「たいした用事じゃないのに呼ぶなよ・・・それと“王子様”はやめろ」
「えー何でー」
「いやだから」
麻弥はしぶしぶ分かったよ、と言った。
「ところで、何時に緋奈ちゃんを迎えに行くんだ?」
「六時半ごろ」
「じゃあそれまでちょっと付き合えよ」
「悪い先着入ってる」
麻弥は心底残念そうな顔をして
「なっなんだってー」
と言った。
「じゃ俺帰るわ。じゃーな麻弥」
「今度は付き合ってもらうからなー」
と言われたが
「考えとくー」
と曖昧に返しておいた。
俺は昇降口で靴を履き、涼しそうな木陰が無数にある五十メートルをいつもより速めに歩いた。校門で人を待たせているからだ。
その人というのは、この間、公園で俺の恥ずかしい場面を目撃した「空」だ。
空は校門に背をもたれ、その自分の名前でもある空を見上げていた。
「おっす」
「お、やっと来た」
遅いぞーみたいな顔をしていた。
「仕方がないだろ最後の授業延びたんだよ」
そう言って俺も空を見上げてみた。空には大きな入道雲が雄大に広がっていた。
「・・・私、雲が好きなんだ」
「ふーん」
「見てると飽きないよね」
しばらく空は何も言わずに雲を、空を見上げていた。
「別にいつまでも見てていいけどさ、なんか今日、用事あるんじゃないのか?」
「あぁ、そうだった」
「で?用事ってなんなんだ?」
今日の用事というのは空を家まで送ったときに今日の放課後、あんたに用事があるから空けといてと言われた。俺も用事があるから早くしてほしいのだが・・・
「今日、何の日だか知ってる?」
「夏祭り」
「違う、それ以外で」
それ以外・・・あぁ
「俺の両親の結婚記念日」「へーそうなんだ・・・って全然違う!私に関係あることよ!」
違うのか・・・
「お前の両親の結婚記念日」
「それは来月」
「じゃあお前の爺さんと婆さんの・・・」
「怒るわよ?」
「ごめん」
さてはて、今日は何の日だろう?
・
・・
・・・
・・・・
・・・・・
さっぱり分からない。
「ごめん全然分からないんだけど・・・」
空は少しショックを受けたようだった。
「私はあんたのを覚えてるっていうのに・・・今日は私の誕生日よ」
すっかり忘れてた。全然記憶になかった。
「あ、そうか。覚えてなくてごめんな」
俺は素直に謝まった。
「そんなことより、何か言うことはないの?」
「誕生日おめでとう」
空は少しうれしそうにして
「ありがと」
そう言い、すぐ恥ずかしそうにしながら今度はこう言った。
「それでさ・・・プレゼントっていっちゃあ何だけど・・・夏祭り一緒に行ってくれない?」
「・・・ごめん、俺もう行く人決まってるんだ」
空は、えっ、という言葉を発したが開き直って
「なによう、良介のくせに生意気じゃない」
と言った。
そうは言うが、その話し方には若干がっくりしている様子が見て取れた。
「悪いな、プレゼントあげられなくて」
空は、ううん、と首を振った。
「本当は“誕生日おめでとう”を言ってほしかっただけだから、夏祭りのことはついでよ」
「ん、そうか」
「じゃ、私帰るね。バイバイ」
「おう、じゃあな」と言おうと思ったが一つ忘れてることがあったので呼び止めた。
「空、ちょっと待って」
空は帰るために振り向いたが今度は俺に向かって振り向いた。
「一つ忘れてた」
「なっ何よ・・・」
「サッカーしようぜ」
空は心底呆れたような顔をして言った。
「少しでも期待した私が馬鹿だったわ・・・じゃあね」
「おう、じゃあな」
こうして俺と空は校門をくぐりぬけ別々の道に別れていった。
「さて・・・と」
俺は自室で財布と携帯を持ち、緋奈の待つ病院に行く準備をした。多少の不安があるものの、普段病院から出られない緋奈が久しぶりに外出するのだ。緋奈には楽しんでもらいたい。もちろん俺も楽しみたい。
しかし、頭の中は何だかぐちゃくちゃしていた。心配だが楽しみたい。楽しみたいが心配だ・・・
病院に着いた。約束の五分前
緋奈の病室前。約束の2分前
コン、コン、ココン
いつものノック。
ガラガラ
いつものドアの開く音。
「こんばんは良ちゃん」
いつもの緋奈の声。
いつもの緋奈の病室。
いつものようにちょこんとベットに座る緋奈。
しかし緋奈はずいぶん変わっていた。
緋奈は、うすい青色で所々に小さな赤い金魚や黒い金魚がかわいらしく描かれている浴衣を着ていた。
風に美しくなびかせていた髪はうなじの少し上の辺りに一つに束ねられていた。
「えへへ、ちょっとおしゃれしてみたの」
緋奈は恥ずかしそうだがうれしそうにそう言った。
俺はびっくりしてしまった。
「似合ってるかな?良ちゃん?」
「お、おう。すっげー似合ってるよ」
本当にすごく似合っていた。うまく言葉では表せないが、緋奈のイメージにぴったりだ、というか何というか・・・
むちゃくちゃ狼狽していた。
「良ちゃんこっち来て」
また緋奈はベットの隅をパンパン叩いていた。
俺はベットに座った。座ると少しは冷静さを取り戻した。
「それどうした?」
それとはもちろん浴衣のことである。
「お母さんのお下がりだよ」
「へー、サイズぴったりじゃん」
「うん」
「それ歩きにくくないのか?」
緋奈は少し誇らしげに
「練習したから・・・大丈夫だよ」
歩く練習っていうのはこのことを言ってたのか・・・
「ねぇ、良ちゃんは今日楽しみだった?」
「あぁもちろん」
「そっか、私、すっごく楽しみだったんだ」
そう言った緋奈の顔はとても幸せそうだ。
「それに浴衣も着てみたかったしね」
「色々大変じゃないのか?緋奈の場合」
「うん・・・まぁそうだけど」
「無理して着なくてもよかったんじゃないのか?」
「無理しても着てみたかったんだよ」
「なんでさ?」
そこで緋奈は少し困ったように
「だって・・・その・・・私だって女の子だから・・・」
と言った。
そんな緋奈の困った顔をみて俺はついつい笑ってしまい、
「あー笑ったなー!」
と、緋奈の反感をかってしまった。
「悪い悪い、緋奈があまりにも困った顔してたからさ」
「もー」
でも、今度は二人で笑った。
こんなふうに笑っていると不思議に不安は薄れていった。
「ははは・・・と、そろそろ行かないか?」
「あ、うん、そうしようか」
俺は立ち上がり緋奈の手を取った。
「あ・・・」
「ん?手を繋がないと危ないだろ?」
「え、あ、うん」
緋奈も手を握り返してきた。
「今日は楽しもうな」
「うん!」
手を繋ぎ病室をでて、病院を出た。外に出たとたん御輿の太鼓の音が遠くからだがはっきりと聞こえてきた。
「太鼓の音だね」
「ああ、御輿の太鼓の音だ」
毎年御輿もやっていることをすっかり忘れていた。
俺たちはその御輿の音に向かって歩いていった。
「楽しみだね、良ちゃん」「ああ」
その時の緋奈の笑顔と太鼓の音を聞いたときには不安はすっかりなくなり、俺もいつのまにか笑顔になっていた。
今夜は楽しい夏祭りになるだろう。そんな気がする。
はいどうも!DOGOONです。
今回も読んで頂き有難うございます。
ついに緋奈と夏祭りに向かうことになりました。
次回はeyes on me in夏祭りをお送り致します。(爆)
今回は後書きをさらっとまとめてみました。それでは!また次の話で会いましょう!