旅館にて〜魚の間の夜〜
「あの時のことだけど…」
「忘れたよ」
初日の晩飯は魚をふんだんに使った超豪勢なメニューだった。俺は鯛の尾頭付きなんて初めて食べた。もちろん他の料理も絶品だった。しかし、あまりにも量が多すぎたため、食べきることはできなかった。(残すと悪いと思いみんな限界まで食べたのだが…)残りは旅館の職員さんたちと、麻弥のじいさん、ばあさんが食べるらしい。
そのあとすぐ風呂に入った。風呂というより温泉だった。
俺たち以外の客の姿はなく、貸し切り状態だった。
「ひゃっほー!誰もいねーじゃん!」
と、宮晴は腰に巻いていたタオルをとっぱらって駆け出した。
「…お前は子供か、宮晴」
「よし!俺、泳ぐ!」
ここにも子供が一人いた。「…どいつもこいつも」
俺は先に体を洗ってから入ることにした。
ごっ
「あでっ!」
…男の証明物を隠さない子供な高校生が、盛大にこけて頭を打った音が男湯に響き渡った。
「…あーきもちいー」
「まったくだー」
麻弥と宮晴がやっとおとなしく湯に浸かった。
「麻弥ー、良介ー、誘ってくれてありがとなー」
「なーに人数が足りなかったからお前を呼んだんだよ。な、良介?」
「じゃなきゃお前なんか誘わねーよ」
「うっわーひッでぇー」
わはは、と男湯に今度は三人の笑い声が響いた。
「それはそうと、あの空ちゃんとか緋奈ちゃんとかさ、何であんなかわい子ちゃんも一緒にきてるんだ?」
と宮晴が言った。
「緋奈は俺がつれてきたけど、この間まで入院してたからさ、全快祝いとしてな」
「空は…ちょっとわけがあってだな…とにかく、やっぱり花がないと旅行も楽しくないだろ?」
と麻弥があわてながら言った。空のわけありが妙に気になった。が俺は何も聞かないことにした。
「…でいきなりだけどさー、良介が羨ましいよ、俺」
宮晴が俺を羨ましげにみていた。
「は?何が?」
「空ちゃんと部屋が一緒だってことだよ」
「しかも二人っきり」
と麻弥が付け加えた。
「こっちはいい迷惑だよ」
「…まさか知らなわけがないとは思うけど、空は学年でも三本指に入る女子だからな?」
麻弥が驚愕の新事実を言いやがった。
「あいつが!?そんなに可愛いか…?」
「ばっか!お前…」
麻弥が呆れながら俺を見る。
「…今俺はお前に殺意を抱いたよ」
と宮晴が言う。
「幼なじみだからってそいつぁ鈍すぎるってもんだ。見た瞬間可愛い!と宮晴は思っただろ?」
「おうよ、ビビビッときたよ」
「…何じゃそりゃ」
あーよく分かんねー…
「俺、そろそろあがるから」
体も十分暖まり、リラックスもできたので先にあがることにした。
「こらー逃げるなー」
「待てよー鈍感男ー」
俺は二人を無視して先にあがった。
部屋にもどると布団が二つ並んで敷いてあった。
「気持ち良かったよねー」
と、空がこちらを見ずに言った。奥の窓辺に向かって空は暗くなった窓に自分を映し、しっとりと濡れた髪をとかしていた。普段は結んでいて降ろさない髪が、肩に真っすぐおりている。それを丁寧にくしでとかしている。ただそれだけなのに何だか妙に色っぽくて、どきっとした。
俺はそれを悟られないように空の後ろに歩み寄り、肩に手をついて
「今日はどのようになさいますか?」
と美容師になりきることにした。
ちらっと窓に映る俺を見て少し笑ったあとに
「そうねー…カットはいいから髪をとかしてくれませんか?」
とのご要望があったのだがもちろんさっきのは
「…冗談だったんだけど」
というわけだったんだが…
「髪とかすぐらいやってくれてもいいでしょー?」
空にくしを押しつけられてしまった。
「…少しだけだぞ?」
俺は空の髪をくしでとかし始めた。
「…なぁもういいか?」
窓に映る空を見ながら言った。少しって言っときながら、空がもう少し、あと少し、と延長し続けたため、かれこれ二十分も過ぎている。
「んー、あと三分」
「…了解」
もー三分ね…ウルトラマンが活動できなくなる時間だなー…とか考えていると
「ねぇ良介」
「ん?」
「プリント持ってきてくれたときのことだけどさ…」
い゛っ…何でいきなり…
「お、おうあの時か…」
夏祭りの次の日のことだが…空に好きだと言われたあの日…
「…あの時のさ」
と言って空が窓に映る俺を見る。
かぁぁぁ、と音が聞こえてきそうなくらいの勢いで空は顔を赤らめた。
……きっとそれは俺もだったと思うけど。
「あの時のこと…」
「覚えてないぞ」
と空が言う前に俺は答えていた。
「え…」
「あの時のことは忘れたよ…つーかお前が忘れてって言ったんだろ?」
「それは、そうだけど…」
「もう…忘れたよ」
本当に忘れることなんかできないけど。忘れたくても忘れられないけど。
「そう…なんだ」
と空が小声でつぶやく。
「そうだよ…よし、これで終わり」
俺は空の頭に「ぽん」と手を置き、
「これにて今日の営業時間は終わりになります」
と、おどけた感じで言った。しかし、空は笑わない。窓に映っている空はうつむいていて表情は見えない。
「そろそろ寝ようか」
と、俺は言ったが空は頷くだけだった…
今回も読んでいただきありがとうございます!
旅館編は四話です。とか言っておきながらもっと長くなりそうです。(´・ω・`)だって書いてる途中で書きたいことどんどん増えるんだもん!というわけ(?)でお楽しみください。次回は空の中学生時代の過去が明らかに…ではこの辺で!