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短編・ショートショート

花を咲かせてみせましょう

作者: 葦沢かもめ

「え~、それでは、"花咲か仙人"の伝承についての調査内容をご報告させて頂きます」


 俺は今、小さな町の公民館にある真新しい講演ホールのステージに上がっている。真上にデカデカと掲げられている演題はずばり「"花咲か仙人"の伝承について」。その下には「三木枝隆志 先生」とまで書かれている。別に発表くらいなら、と思って来たものの、こんな下駄を履いたような舞台に上げられるとは夢にも思っていなかった。目の前にはしわを幾重にも重ねた町民たちが座って、視線をじっとこちらへ向けている。伝承の謎を解いた程度で人はあまり集まらないだろうと踏んでいたが、どうやらそれは的はずれな論理だったらしい。人寄せの看板に"伝承の謎を初公開!"なんて書かれたからだろうか。全く、居心地が悪いったらありゃしない。何でこんなことになっちまったんだ、と反抗精神を立ち上げるには、ちょっとばかり遅すぎたようだ。


「私は秋明大学理学研究科修士2年の三木枝隆志です。どうぞよろしくお願いします」


 "先生"という誤謬をいじるべきか迷ったが、ここはスルーすることにした。聴衆が自分の年齢に近ければ、ここで軽く笑いを取って場の雰囲気を和ませるのが定石だろうけれど、今は多分そんなことをしても会場に笑いは起きないだろうと、空気が告げていた。どうせ大学と名がつけば、"先生"と名前の後につけて返すのが常識だとでも思っているに違いない。その辺の齟齬を説明するのは、できれば避けたかった。


「ではまずは、夕渡町の"花咲か仙人"の伝承について簡単におさらいしておきましょう」


 そんな偉そうに講釈を垂れている本人が、実はこの伝承をつい3週間ほど前に知ったことに、もちろん聴衆は気付いていない。受け売りも甚だしいが、そんな人間の喋りを是非に聞きたいと町長から直々に言われてしまったのだから仕方がない。そもそもこんな講演会は、俺の知り合いがこの町の町役場に就職しなければ、絶対に存在しなかった。



† 回想



「もしかして、今は暇なの?」


 院試も終わり、卒論も書き上げて、穏やかな日々が戻ってきた、そんなある日。帰省した俺とばったり会った幼馴染は、一人の大学院生が体と時間を持て余していることを察知して、こう尋ねてきた。


「ちょっと面白いことがあるんだけどさ」


 おごるから、という言葉につられて、ドーナツのチェーン店に連れ込まれたのが運の尽きだった。最初はまさかのデートのお誘いか、と思わなかった訳ではないが、どうもそうではないらしい。この神崎京子という幼馴染は隣町の役場に勤めているらしいのだが、唐突にその町にはとある伝承があるのだと自慢気に話しだしたのである。何故そんな話を始めたのか、俺にはよく理解できなかったが、よく思い返せば小さい頃からそうだったなと勝手に納得している自分がいた。


「それは"花咲か仙人"って言うんだけどさ」

「それってあれか? 『日本昔ばなし』的な?」

「いや、あの有名なのとはまた違う話なんだよ。それでも大学生なの?」

「一応訂正しとくが、俺は院生だからな」

「インセイ? 白河上皇のこと?」

「お前は何歳で頭が止まってんだよ!」


 まるで大学生なら何でも知っているものだという思われていることが腹立たしくはあったが、まともに取り合うほど俺は人間ができてはいない。そのままそいつの話を右から左へ聞くことに専念しながら、俺はポンデリングを口に頬張った。


「随分昔の話らしいんだけど、日照りで作物どころか、植物がみんな枯れちゃったってことがあったそうだよ。いわゆる飢饉ってやつ。それで、この辺の人たちは途方に暮れちゃったんだって」


 教科書を音読するように話すそいつは、飢えに苦しみ、毎日の生活で精一杯だったろう人々の汗と涙を共有しているようにはとてもじゃないが見えなかった。ドーナツを咥えて聞いている俺が言うのも何だけれど。


「そんな時にね、兵藤ひょうどうという男が現れて、村の人達にこう言ったんだって。『この土地を花畑に致しましょう』ってね。もちろん村人は全く信じていなかったんだけど、それから3日後。この村は男の言う通り、一面が満開の花で覆われたんだって! それを見た村の人達はそれはそれは大喜びしたんだけどね、それを土地神様は黙っていなかったそうな。余所者に踏み荒らされるのが気に入らなかったとか、そんな理由でその男は炎に包まれて死んでしまったんだって。この出来事を、人々は後に"花咲か仙人"と呼ぶようになったって訳。分かった?」

「ふ~ん」


 まさしくオーソドックスな「日本昔ばなし」じゃないか、と言いたかったが、別段興味のある話ではなかったし、聞き流しても問題ないのは一目瞭然だった。


「でね、夕渡町では観光資源として、こういう伝承のちゃんとした調査を行うことにしたんだよ。町長がこういう手の話が好きだっていうのもあるんだけど。んで、今私がいるのはそれを調査する部署」

「"何でもやる課"ってやつか?」

「本来は違うんだけどね。皮肉交じりにそう呼ばれてるよ」

「マジか」


 軽い冗談のつもりだったが、うっかり痛いところを突いてしまったようだった。この天然混じりの女が苦笑いをするのを見ると、さすがにちょっとばかり申し訳ない気がしてくる。


「ただ、この町長が変なところにこだわっちゃってさ。『どんな花を、どうやって沢山咲かせることができたのかが知りたい』って言って聞かないんだよ。どうせ実際にそうなった訳ではないんだろうけどさ。仕方がないから、何十年も郷土史を研究している高校の先生に調査の依頼をしたんだけど、結局分からなかったみたい。古い住居跡とか調べたらしいんだけど、そんな植物の種は見つからなかったって」

「つまりお前が言いたいのは、俺に調査を--」

「いいから最後まで聞きなって。いつもそうやって他人の話をよく聞かないんだから」

「うるせぇ。頭の回転がお前よりは速いんだよ」

「へぇ~、頭のイイ人は頭が廻るんだねぇ。知らなかったよ」

「それはボケか? それとも本気で言ってるのか?」

「ちょっと、本気でバカ扱いしないでよ! そのくらいの知能は持ってるって」

「バカが馬鹿な事を言うと、判別がつかねぇんだよ」

「頭がイイんだから、ちゃんと頭を廻してよ!」


 全く昔と変わらない、ボケのようなツッコミは健在だった。


「いいから、とりあえず最後まで話せって」

「え~っと、どこまで話したっけ?」

「それらしい植物の種は無かったってとこまでは聞いたぞ」

「あ、そうそう。それでね、その報告を町長にしたんだけどさ、なんか勝手に一人で燃え上がっちゃったみたいで。今度は別の人を探せって言われてるんだけどさ、」


 そこでこいつは一呼吸おいて、俺を見つめてきた。まさかとは思ったが、やはり勿体ぶっているのだった。


「この調査、暇ならやってみない? 大学で植物の勉強してるんでしょ?」

「まぁ、別に専門外ってわけでもないんだが、そんなことよりさ。お前、さっき最後まで聞けって言ったくせに、結局話はほとんど終わりだったじゃねぇかよ!」

「終わってなかったって。町長の燃え上がり方は異常だったもん」


 理系の人間は論理的で頭が硬いなんて言われるが、こういう時はさすがに怒っていいんだよな?



† 回想終わり



「では、行った調査についての説明に移ります」


 俺はそこで次のスライドをスクリーンに映した。それは町の地図に様々な色の点が配置されたものだ。まさかこんな短期間でこれだけのデータが集められるとは、正直思っていなかった。全くアイツのヒラメキは時々当たるから怖い。


「伝承の『日照り』という言葉から推測するに、恐らく『日照り』は夏の猛暑のことではないかと考えられます。すなわち伝承で咲いた花は夏、もしくはその前後に咲くしゅだと考えるべきでしょう。そこで、この町の中で夏頃に咲く花がどこに分布しているのかを、種ごとに色分けして大まかに示しました。点の大きさは植物群落の大きさを表しています。これを見ても分かるように、どの種もほぼ均等に分布しており、一つの種だけが多く分布しているという傾向は見られません」


 続いて俺は、この地方の地図と植物種の割合を示す円グラフが載ったスライドへ切り替えた。聴衆は俺の専門分野に入った途端にポカンと口を開けて、とても理解が追いついていないような素振りを見せていた。が、俺は気にしない。理解されようだなんて、これっぽっちも思っていないのだから。


「またこのスライドを見ても分かるように、他の地域と比較してもこの地域に特異的な植物種は見られませんでした。つまり、この地域にのみ何らかの植物種が多く見られるということは無いということを示しています」


 そうマイクに向かって声を出しながら聴衆を見回すが、頷いている者はいなかった。それどころかコクリコクリときている人までいる。つい"マイクを投げ飛ばせ"と運動神経に命令するところだったが、この発表の美味しいところは最後に綺麗にとってあるのだ。ここで台無しにするわけにはいかない。


「これらの結果から、現在この町の中、もしくは地域内で特別多く生息する植物はないということが分かります。もしこの地域一帯に咲いた花があったのであれば、それは今では何の変哲もない野草であるか、もしくは地域を越えて広範囲に咲いた花だった、ということができるでしょう。では、ここまででご質問があればどうぞ」


 質問なんてどうせ無いだろうと思っていたが、一人手が挙がった。スーツ姿の白髪の老人である。俺の勘が正しければ、多分この人が町長だ。マイクを持っていくアシスタントの手つきも必要以上に丁寧に見えた。


「あの~、それで結局のところ、咲いた花は分かったんですよね? それをどうやって咲かせたんです?」

「それをこれからお話しするところです」

「でも広範囲に咲いた、っておっしゃってたでしょう? ということは、もうどんな花が咲いたのかは分かっていらっしゃるんですよね? でなきゃ分からないでしょう?」


 "それはあくまでも、もし咲いた花があったのであれば、の話なんですよ"と言ったところで、この手の老人が引き下がるとも思えない。どうせこの講演も半分は遊びで来たのである。楽しまないで帰るだなんて野暮なことは、するだけ馬鹿である。


「もちろん、どんな花が咲いたのかは分かっていますよ。それを大量に咲かせる方法も、実は秘密裏に入手しています。もし時間とお金が許すのであれば、私でもあなたでも、3日でできるでしょう」


 途端に会場は色めき立った。ここでやっと日本語が通じたらしい。どれだけ観光資源に飢えているんだよ、と言いたかったがそこはグッと堪えることにした。上手いことやれば、俺にだってその観光の金が入ってくるかもしれないのだ。実際、この方法は観光資源に最適と言っていい。



† 再び、回想



 神崎と再会した次の日の午前10時頃、俺は隣町の夕渡町の町役場前で待ち合わせをしていた。ここからは彼女の運転する車に乗って、関係している史跡を巡ることになっていた。大学へ帰るのは明日。長年研究していた人間よりも遥かに短い時間で何かが見つけられるはずがなかったが、暇つぶし程度にはなるだろう。


 覚悟はしていたものの、「ブレーキ!! ブレーキ!!」と二、三回叫んで着いた先は山の中だった。春の気配が近づいてきている自然を横目に、獣道を少し進むと開けた場所に出た。そこからの眺めは格別。町全体を舐めるように見渡せる絶好のスポットだった。まるで、さっきまでの暴走が夢のようである。天国に来たわけではないよな、と思いながら、俺はそこの草むらに転がって、早速尋ねた。


「一体、ここはどういう場所なんだ?」

「ここはね、兵藤がよく来ていた場所なんだって」

「へぇ~」

「彼もこの眺めが好きだったのかなぁ」

「そりゃ、そうだろうな」

「で、何か気付いたことはない?」

「と言われてもなぁ。こんな所で何を探せってんだよ」


 実際、この場所は雑草が好き放題に伸びていて、後は古い夜遊びの形跡が残っているくらいだった。まさか線香花火やネズミ花火の燃えカスが兵藤の痕跡、なんてことはないだろう。


「何とかしてよ。大学生なんでしょ?」

「だから俺は院生だって言ってるだろ」

「陰性? 何か病気の検査でもしたの?」

「そういうお前はグラム陰性だろうな」

「グラムインセイ? それって院生より強そうだね。進化系?」

「アホォ。むしろ逆だ、逆。実験に使われちまう細菌だよ」

「あ、そうそう。言い忘れてたけど、ここは兵藤が焼け死んだと言われている場所でもあるんだ」

「っ!? それを早く言えよ!」


 速攻で草むらから飛び起きた。こんな所で寝転がるのは、さすがにあまり心地のいいものではない。


「何も無いなら、もう行くぞ」


 俺がムスっとしているのも気にせずに、神崎は腹を抱えて笑っている。最初から知っていて、あえて言わなかったに違いない。このバカに背中を許してしまったとは一生の不覚。どんな仕返しをしてやるべきか、既にこの頭は回転を始めている。が、その前に一つ言うべきことがあった。


「それと、次の運転は俺だからな」




 続いて神崎のナビで向かったのは、男の住居跡だった。そこは古い小さなお社に隣接していて、さっきよりはまだ人目に触れるような場所だった。それでもお社を最近手入れした人はいないようで、蜘蛛の巣がこれでもかとまとわりついている。


 男の住居跡は、その隣。家の土台か何かが残っているのかとばかり思っていたがそんなことはなく、ただの小さな石碑がそれだった。すっかり苔生していて読みにくいが、確かに一字ずつ読んでいくと"花咲か仙人住居跡"と刻まれている。そこにあったのは、たったそれだけだった。


「で、ここにはこれ以外に何かあるの?」

「ううん。無いよ」

「お墓とかは?」

「無いねぇ」

「つまり、これだけで何か分からないか、って言いたいのか?」

「だって--」

「大学生でしょ、ってか。さすがにこれだけで何か分かったら天才だよ」

「俺は院生だ、って言わないんだ?」

「……うるせぇ。ていうか、俺の専門が植物って言っても、苔は扱ってねぇんだよ。どっちかっつーと、被子植物の遺伝子をいじる方なんだ」

「そんなに苔を虚仮こけにしなくてもいいのに」

「うまいこと言ったつもりかよ」


 神崎がニッと笑った。ドヤ顔と言っても良い。


「でも、残念だなぁ」

「何がだよ?」

「隆志君ならその苔の名前、分かると思ったんだけど」

「分類学はからっきしだからな。それにしても苔に興味持つなんて年寄り臭くなったな。役場勤めのせいじゃねぇか?」

「何よ! 別にいいじゃない。だってこんな色の苔見たことなかったんだもん」


 そう言われてみてみると、確かに石碑の根元の方に、ちょっと変わった苔が生えている。まるでマッチ棒のように、頭に赤い帽子を被っているのだ。確かに、俺もちょっと興味が湧いた。ケータイのカメラ機能は、こういう時に便利だと思う。


「携帯で写メってどうするの?」

「研究室の後輩に植物マニアがいるんだよ。特に高山植物がお気に入りだとかで、サークルも登山部に入って、色んな山の植物を写真に撮っては、暇さえあれば眺めてるような男なんだ。そいつなら、何かしら知ってるかもって思ってさ」



† 回想終わり



「では、面倒な説明は省くことにして、どんな花が咲いたのか、早速お見せすることに致しましょう」


おぉ。そんなどよめきが、会場内に反響こだました。やっとここからがお遊びの時間だ。


 次のスライドに移る。画面は真っ黒だ。一体何なんだ? そんな声が聞こえてきそうになるまで、俺は間をおいた。あの時ドーナツ屋で神崎が勿体ぶった間よりも長く、時間を溜めた。そして期待がスライドから散り始めた頃合いを見計らって、俺はエンターキーを押した。

 これが、真実だ。




ひゅ~~~~~、ドォン

ぴゅ~~~~~、ドォン




 真っ黒いキャンバスに、光の花が咲いた。次々に咲いた。そしてキャンバスは、花々で染まった。


 それを目の前にして聴衆は呆気にとられている。この闇を明るく照らし出す花が突如現れたら、確かに最初は戸惑うだろう。しかし、感性は違っても、感情は同じはずだ。二つ、三つと花が開いていくにつれて、徐々に、少しずつ、チラホラと、拍手が起こりだした。それはまるで春の訪れを知った花が開いていくように、あっという間に会場を満たしていく。


「そう。つまり、咲いた花とは花火のことだったんです」


 拍手が一層強く鳴り響いた。もう後は理由なんて要らないとでも言うかのようだった。非論理的だな、と思ったが、ある意味論理的だなとも思った。


「おい、ちょっと待ってくれ!」


 そこで一人、花火を解する心を持たない人間がいたようだ。さっきの老人である。


「何で答えが花火なんだ! そんなのあり得ない! 嘘だ! このペテン師め!」


 どっちがペテン師だよと言いたかったが、俺はここではまだ言わない。ため息をつくように、俺はこの論理を整然と教えてやった。


「兵藤の咲かせた花が花火だったと結論付ける証拠はいくらでもあります。先ほど示したように、この地域で他の場所から植物がやってきたという可能性はほぼ無いことが、まず一つ挙げられます」


「いや、違うだろう? 一度に沢山、広い地域に咲かせたんだろう? それか、ただの野草を咲かせたって、あんたはさっきそう言ったじゃないか!」


 そういう自分に都合がいいように解釈する人間は大嫌いだ。無視する以外に俺からしてやれることはない。


「それでは二つ目の理由ですが、兵藤は焼け死んだ、という伝承が残っていましたよね? これはまさしく、花火を打ち上げようとして失敗して亡くなったという、紛れもない証拠でしょう」


「フン。ペテン師は口がうまいんだな。何とでも言いたまえ。だったら兵藤の墓を見つけて死因でも鑑定したらどうだ。まぁ、墓を見つけられればだがね」


 そんな嫌な笑みを浮かべる老人が視界に入っていることは意識から排除して、もちろん俺は無言で次のスライドをスクリーンに映した。


「三つ目。これは兵藤の住居跡の石碑に生えていた苔です」


「それがどうしたって言うんだ。ただの苔じゃないか」


「残念ながら、ただの苔ではありません。この苔の学名はCladonia vulcani。和名を"硫黄苔"といいます。主に噴火口のような硫黄の多い場所に生える地衣類です。この苔がここに生えているということがどういうことか、お分かりですよね?」


 ここで老人の舌がようやく固まった。顔を火山のように真っ赤にしながら、空気の足りない金魚のように口をパクパクさせているが、結局何か言葉が出てくることはなかった。


「つまり、この土壌にはなぜか硫黄が多く含まれていたのです。この地域は火山地帯では無いのにも関わらず。ではなぜ? その理由はこう考えることができるでしょう。兵藤が作っていた花火の火薬に含まれていた硫黄が、まだ残っているのではないだろうか、と」


 自然は嘘をつかない。俺には自然が味方をしていた。その自然が指し示す場所へ、俺は最後のトドメを突き刺した。


「もちろん、硫黄が多い理由は他にも考えられるでしょう。そこで私は許可を頂いて、少し辺りを掘り返してみました。するとこんな物が、ちょうど石碑の下から見つかりました」


 そして映しだしたスライドには、黒い球が詰められた半円状の物体が転がっている。掘り出したばかりの時に、ケータイで撮ったのだ。


「調べたらすぐに分かりましたよ。これは一尺玉と呼ばれるサイズの打ち上げ花火だそうです。写真を送ったら、花火師の方も驚かれていましたよ。こんな古いのがよく残っていたねぇ、ってね」


 その老人は、それを聞くなり足から力が抜けて、倒れるように客席に座り込んだ。でもまだ言い足りない。ペテン師とまで言われたのだ。さすがに言い返さなければ気が済まない。こんな公の場で言うのもなんだけれど、別に俺はこの町の人間ということもなかったから、言うべき人間がいるとしたら俺が適任だろう。


「残念でしたね。あなたの弟さんの園芸屋が儲かる算段が頓挫してしまって」



† 余談



 あれから数年が経った。夕渡町は、町長が失脚して、観光地として少し有名になった以外は、何も変わっていない。今日は"花咲か仙人祭り"。妻と一緒に、兵藤を称える花火大会に来ている。日照りで生きる望みを無くした人々に兵藤が最後の一葉を描いてみせたように、今を生きる人々の心を花火が癒していた。


 そうそう。今ではあの住居跡の石碑はすっかり綺麗になって、"花咲か仙人祭り"の盆踊り会場が近くにできたのだそうだ。でもあの苔はちゃんと残してあるのだと、妻は悪戯っぽく笑っていた。


「今さらだけどさ、兵藤はあの眺めの良い高台から景色を眺めていたのかな」

「どうして? とっても見晴らしが良かったと思うけど」

「だってさ、あの頃は日照りで何もかもが枯れてしまうほど大変だったんだろ。そんな荒野を眺めるなんて余程の苦痛だよ。花火をするくらい辺りが暗くなった夜中でないと、あんなところには行けなかったんじゃないかな」

「なるほど。さすが院生だね」

「違うよ。今はポスドクなんだって、何度言ったら分かるんだよ」


まぁ、大学生と言われなくなっただけマシではある。


「しかし、男の本名は結局何だったんだろうなぁ」

「え? 兵藤じゃないの?」

「多分違うんじゃないかなぁ。だってホラ」


ひゅ~~~~~、ドォン

Dedicated to March 11, 2011

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