初恋
かつて世界を滅ぼした男がいた。
その魂を持つ人間の生まれ変わりを世界は観測していた。二度と悲劇が生まれないよう、対策されていた。
危険な魂を持つ男は、コロニーの権力者の息子として生まれた。
しかし当然、権力を持つ未来など存在しなかった。
とはいえあからさまに忌み子として冷遇されるということもなかった。
男は、生まれ変わった瞬間から「世界の運命の外側にいる」と言われていた。
運命の外側がどういうものか私にはよく分からなかったが、とにかく世界を滅ぼすような、世界に関わるようなことができないようになっていたらしい。
男は軽薄な調子で喋る少年だった。
権力者の息子らしく、尊大でもあった。
周囲には取り巻きがいて、私はそれまで関わったことがなかったし、関わろうと思ったこともなかった。
ある日取り巻きとの会話が聞こえてきた。
かつて世界を滅ぼしたことについて、だ。
随分と物騒な質問をするものだと思った。
男は「今は何もできないんじゃ仕方ない」と答えた。
それは「何かできるならば世界を滅ぼす」と言っているようだと仲間に突っ込まれていた。
彼は不敵に笑っており、それはとても恐ろしい笑みだった。
しかしどうしてか私は、この男が危険なようには思えなかった。
私には小さな弟がいた。
体が弱く、もう長くは生きられない。
もうじき苦しみから逃れるため、安楽死をすることが決まっていた。
男はそれを知ってからか、私と弟に関わるようになった。
私は知らなかったが、男も安楽死させられることが決まっていたようだった。
そして軽薄かつ尊大な態度をとりつつも、優しさをもって接してくれた。調子のよい冗談も言った。
私はいつしか、男に惹かれていたのだと思う。
とはいえ、何せ世界をかつて滅ぼした男の生まれ変わりである。男とどうこうなりたいなどと望みを抱くような気安さまでは抱いていなかった。
ただ、男も私との間に友情か何か、温かな感情をもってくれていたらいいのになと思った。
そして、この気安い関係がずっと続いたら良いのにと思った。
私の望みを叶えるように、優しく穏やかな時間はしばらく続いた。
男の最期が訪れたのは、コロニーを巡る課題の最中、とうもろこしの栽培をしている部屋だった。
私たちは、そこに辿り着くまでに随分と笑いあった。
冗談を言い合っていたと思う。内容はよく覚えていない。
ただ、とても楽しかったことだけは覚えている。
突然、男が「そろそろかな」と言った。
何がと思った。
男は周囲の人間に耳打ちすると、安楽死の準備を始めた。
男は沢山の人間と打ち解けていた。
誰も男を危険人物と見なしていなかったと思う。
穏やかにこのまま生きていく道もあるのではないかと思った。
だって、誰も男を嫌ってなどいないのだから。
確実にその道は残されていると私は思った。
「運命の外側にいる人間が、内側に入ろうとはしてはいけないものなんだよね」
分かった風に、男が言った。
私には分からなかった。
それは死ぬべき定めとでもいうのだろうか。元から決められていたことをなぞることが当然とでもいうのか。
この辺りの思考は、ぐちゃぐちゃとしていて、今でもまとめることができない。
しかし私は男を止める術を持っていなかった。
そんな力はなかった。
男と弟の安楽死の準備が進められるのをただ呆然と見ていた。
ああ、ここなのか。弟も男も。
私に何かの決定権などないし、止める権利もない。
だから異議を唱えることもできない。
私の弟と一緒に逝くというのは、男が望んでくれたのかもしれない。
随分と私の弟には優しくしてくれた。
弟も、男と一緒だと分かると安心したようだった。
2人はシートの上に寝そべった。手際よく管が取り付けられていく。
別れを惜しむ時間は僅かだった。
「お姉ちゃんありがとう、大好き」と弟が言った。私も同じように返した。
「世話になった」と男が言った。そして弟の頭を撫でた。弟が嬉しそうに笑った。
2人は目を閉じ、やがて緩やかに呼吸が止まった。
私は2人の腹部が上下しなくなったことを惜しみ、手を添え、うずくまり「死なないで」と叫んでいた。
もうどうにもならなかった。




