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シンプルな恐怖について

 初日から妙に慌ただしいというか、焦燥感たっぷりな引っ越し作業に追われていたら、いつの間にか夜の帳が降りてしまっていた。

 新天地一日目の感想としては、疲れた……。の一言に尽きる。

 僕の予期してなかった事由が大部分を占めている辺りが、よりいっそう哀愁を誘うようだった。

 変な家なのは覚悟していたけど、ここまでだとは思わなかったのである。ついでに抗議というか流石に説明を求めるべく管理人さんに何度も電話をかけているのだが……結局繋がらないという不運が続いてしまっていた。

 何だよもぉ。職務放棄かよぉ。と心の中で悪態をつくのは流石に許されると思う。寧ろこんな部屋の状態で普通に鍵を渡してきた管理人の彼が怖くなってきた。ポーカーフェイスというか、本当にどういう気持ちだったのか。


「……管理人がただの変態趣味。この物件はその布教用――いや、それはないか」


 突飛な推理もとい予想をボソリと呟けば、ほんの僅かながらその声が反響する。ホカホカと湯気が立ち昇る中でふぅと小さく息を吐けば、強張った心身がほぐされていくようだった。

 地味に動き回り、微妙な頭脳労働もした。だからこそリフレッシュや考えの整理も兼ねて、僕は新居のお風呂を満喫していた。

 湯船に毎回お湯をはるのは一人暮らしの学生としてはそこそこ財布に優しくないものの、そこはもう仕方がないと割り切ることにした。

 というか、そういった面をもカバーするが為に選んだ格安物件だ。だから入浴剤までいれちゃって、僕は

浴槽につかりながら今日一日を回想していた。


 取り敢えず、刑事ドラマとかで死体を隠す犯人役をやらせたら……今日の僕は素人ながらそこそこいい線行っていたかもしれない。

 あの後、ベッドを組み立てて貰っている間や、荷物が続々と届く度に僕は謎のプレッシャーを感じる羽目になったし、その後にやってきた配達人や業者の人らもまた、何故かこちらを探るように見てきたりもしたから大変だった。

 何で? どうして? 自意識過剰なの? もしくは僕の鼻が悪いだけで、いる筈もない女の子の匂いがするとか!? なんて具合に僕は大いに混乱した一日を過ごしかけたのだが……。

 後程、ドストレートに「あの、この部屋大丈夫なんですか?」なんて聞いてきた人が出てきた辺りで、僕はようやく今までの何とも言えない視線の理由に納得した。

 仕事先のドアに明らかにヤバそうな御札がベタベタ貼ってあったら……流石に顔が引きつるというもの。ましてやそれを開けるのだから、何となく嫌な気分になっても無理はない話だった。


 暫定、事故物件。

 

 改めて、この事実は部屋の主としてもはや受け入れるしかなく、ならばということで僕は荷解きと並行しながら、この部屋をもう一度調べることにしたのである。

 御札にメイドさん。たかが二件。されど二件もある問題点である。たかがじゃ済まないだろこれ。と言われたら何も言い返せないのはさておき、これ以上不意打ちをくらうのはごめんだった。

 ありがちな染みや汚れは無し。壁も所々修理したり穴を塞いだ跡っぽいものはあるが、こればかりはそれなりに古い物件だから仕方がないだろう。

 お水も電気もガスも問題なし。収納スペースも全部見たが、僕が押し込んだメイドさん以外は何もなし。最終的には写真にあった通りの綺麗な物件だった。

 ここまではよし。後は……。結局、あのメイドさんは何なの? という目下最大の疑問だけが残されてしまった。

 一先ず安心できたのは、結局今もクローゼットに入れたままなメイドさんは、生きた人間ではなく、かといって死体の類でもなかったということだった。

 震えながら、再び謝りながらメイドさんに近づき、まず拘束を解いてあげてから頬に触れて見たところ、呼吸はなく、異様に冷たかったのに……プニプニ柔らかかった。

 この時点では、一瞬死体かと誤解したのだが……。それにしては拘束を解いた際、すんなりと関節が動いたことや、メイドさんの手足の軽さが印象的すぎた。

 勿論、これはあくまで素人知識でしかなく、死体か否かの判断材料としては弱すぎるものの……やはりどちらかといえば、精巧に作られた人形。そっちの方がしっくりときた。

 ただ、肌や髪の質感だとかが異様な程に人間に近すぎたのは……流石に不気味過ぎたけども。

 特に目に貼られていた御札も剥がしたらそれこそ寝顔――、もとい顔立ちも整い過ぎていて、僕はそこで少し気遅れしてしまったのだ。

 瞼を開いて眼球を確認する勇気はなく。これ以上彼女の身体に触るのも、いけないことをしているようで、何だか(はばか)られた。

 しかしながら、このメイドさん人形をリビングに出すというのも不思議な嫌悪感があり……結果、彼女は今もクローゼットの中で一応脚は伸ばした状態で座らされている。


「……マジでどうしよう?」


 一人暮らしになると独り言が多くなるとはいうが、途方にくれた時もまた、つい声は出てしまうものらしい。

 結局管理人さんからの連絡待ちくらいしか、もう僕に打てる手は残されていなそうだった。

 まさかの予想した通りに管理人さんの私物だったのなら、切実に引き取って欲しい。少なくとも、自分の趣味とするにはちょっとハードルが高いというか、僕はそこまで未来に生きては――。

 いないんだ。と、脳内で結論づけようとした矢先に、それは起こった。

 パチン。という音を立てて、僕の目の前で脱衣所の電気が消されたのである。


「………………は?」


 思わずそんな声が漏れる。脱衣所へ続く磨りガラスのついたドアの向こうは完全に真っ暗になっていた。

 ブレーカーが落ちた? ありえない。だってそうなる程この部屋には家電は揃っていないのだから。

 じゃあ停電? それも考えられない。ならば何故、僕のいるお風呂場には、いまだに明かりが灯っているのか。

 そもそも風呂場には脱衣所の電気を切るスイッチやリモコンもないから誤作動はありえない。だとしたら、残る可能性は……。


 誰かが脱衣所に来て、電気を消したということ。


 その事実に僕の思考がたどりついたのと、無機質なコン。コンコンコン。というノックの音は殆ど同時だった。


「――っ!」


 悲鳴を上げそうになるのを堪えたせいで、ヒクッと、喉がしゃっくりを上げたかのように蠕動する。

 ノックは断続的に続き、その度にガラス戸ごしに……手、だろうか? 白い何かがそこに押し当てられては消えるを繰り返す。


「だ……だ、……だ、れ……?」

 

 誰だ! と勇ましい声を上げれたら良かったが、無理だった。血の跡とかならまだ良かった。過去に人が死んだとかでも、気にせず住める自信はある。でも……これは流石にない。

 幽霊は信じてないし見たこともない。テレビや動画サイトに出るのは100%やらせだと思ってるし、ホラー漫画や怖い話にお化け屋敷だって平気だった。

 それはアプローチこそ特殊だが、あくまで人が作り、種も人であるエンターテイメントであると頭で理解しているからだ。分かっていたから怖くなかったのに――。

 今現実で起きていることは、少なくとも僕には理解不能だった。

 温かな湯船につかっているにもかかわらず、いつしか僕の身体はブルブル震えだしている。

 すると今度は……カリ……カリカリカリッと、ガラスを引っ掻く音が耳を侵食してきた。


「…………ああっ……ひ……」


 顔を上げて、また変な声が口から溢れてしまう。

 手だ……! 今度は間違いなく、向こう側に白い手が二つ、曇ったガラス戸にはっきりと映っていて……僕はそこで耐えきれず、ギュッと目を閉じて祈るように手を合わせた。

 消えてくれ。消えてくれ。夢なら覚めてくれ……! 変な人形や御札のせいで疲れてただけ……僕は疲れてるんだ!

 必死にそう念じる。もうそれくらいしか出来なかった。もし入ってこられたら……? そしたらヤケクソで大声を上げよう。隣人がいい人であることを祈るしかない。あわよくば警察も呼べれば流石に管理人も部屋に――。


 現実逃避と、僕がまだ辛うじて正気を保てたのはそこまでだった。

 直後、目を閉じた真っ暗闇の中で。すぐそば……僕の正面に、ちゃぽん。と何かが入水してきた。

 続けて湯船の中で伸ばした僕の下半身に柔らかいものが乗り上げた感触がしたと思えば……ひたりと。両胸にも二つ分の重みが添えられる。そして……。


『……ョウ、カ?』


 囁くようなか細い声。思わず僕は「えっ?」と聞き返すような声をあげてしまう。それがいけなかったらしい。

 触れ合っている何かが更に近づいて来たのか、何かの気配と共に使っていた入浴剤とは違う……花みたいな香りが僕を包みこんで……。


『……ナガシマ、ショウカ?』


 女の声。それだけはわかった。


『ナガシマ……ショウカ?』

「へ、……へぁ……!」

『オツカレ、デシタラ。……オセナカ……オイノチ……ナガシマ、ショウカ?』


 あ、ダメだ。もうダメだ。

 その時点で僕のキャパシティは限界を迎えた。

 入るにしても扉を開けて欲しい。せめて入っていいか聞いてからにして欲しい。背中流すとかなら尚更だ。

 この状況においてまるで役に立たない謎理論が脳内を走り回り、僕はそのまま巻き起こる衝動に身を委ねた。


「やぁだぁあああああ!!」


 パニックを起こした僕は浴槽の中でめちゃめちゃに暴れまわる。胸板に触れた誰かの両手を弾き返した瞬間に下半身の感触は煙のように消えて……。それでも僕は構わずに周りの何もないところをメチャメチャに殴りつけながら、ただひたすらに声を上げた。


「ぬあああああっ! ァアー! キエエエェェーッ!」


 壁を何度か殴ってしまい、激痛で思わず目を開ける。周りには何もなく、こうなれば自棄だとばかりに僕はそのままの勢いに任せて脱衣所へのドアを押し込んだ。

 そこには……何もいなかった。ただ、高めのメロディーだけが、リビングから響いているのに気がついた。……僕のスマートフォンだ。電話らしい。

 まさかとは思うが、このタイミングで管理人からだろうか? だとしたら……。


「クレーム入れて、いいよね? これ」

 

 脱衣所の電気をつけて最初に目に入ってしまったものを見ながら、僕はそう独白した。

 だって一日目から酷い対応をされた上、散々な目にあっているのだ。……こうして、脅威が去ったと一瞬思わせておいて、今も、まさに。


「……はっ……は……ははっ」


 思わず乾いた笑いが漏れる。リフレッシュの為に入ったお風呂だったが、しばらくお湯をはるのは止めようと決意した。

 目の前には脱衣所の洗面台。

 鏡に映る僕の姿と、背後の湯船を交互に確認する。

 夢じゃない。現実だった。僕の身体と浴槽には……僕にはありえない長くて艷やかな黒髪が……べっとりとこびりついていた。

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