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プロローグ〜自業自得とわかってはいても〜

 自己評価ではあるが……僕は多分、神様から嫌われているのだと思う。

 見放されているか、無関心もあり得るだろうか。卑屈な奴だと言われるかもしれないが、そう思わなければやってられないし、説明がつかないのだ。

 こうして自室にて、血塗れで大の字に倒れるような状況に至っている、この状況に。

 少なくとも、彼ないし彼女に僅かでも好かれてたならば、僕はこんなふうにならなかっただろう。……神様に性別があるかは知らないけれども。


「ハルト……様」


 何も見えない真っ暗闇の中、脳をくすぐるようなウィスパーボイスで自分の名を呼ばれる。

 清らかだが恐ろしいくもある音の調べに応えることは出来ない。そうした途端に何もかもが終わる。そんな気がしてならなかったからだ。 

 でも、声の主はそれでもいいと言うかのように、クスクスと忍び笑いを漏らしながら、床に倒れた僕に覆いかぶさる形で身を預けてくる。

 その瞬間、僕の五感はことごとく正常から逸脱した。さっきまで全てを包囲していた痛みも、恐怖も、寒さも……全てが置き去りにされてしまう。


「ハル……ト……さまぁ」


 甘えるような声で耳は歓喜に犯されて、他の音が聞こえなくなる。

 花の匂い。雨のなかでこそ香るそれは血の雨の中ですら、しっかりと僕の鼻に届いていた。

 柔らかな抱き心地が今までの思い出をまるで走馬灯のように呼び起こし、それは確かに甘味や苦味となって僕の薄れかけた意識を繋ぎ止める。

 見えない筈の目は閉じた瞼の裏で彼女の幻像を明確に結んで……。

 僕はその時、己の無力と行く末を悟ったのだ。

 腰まで届く濡羽色の髪。蝋のように白い肌。時に柔らかい、時に鋭い光を帯びる青紫の瞳。人形のように整い過ぎた。否、人形そのものな……愛しくて、憎い、美しい女性(ひと)


「ずっと……おそばに。ずっと……一緒に」


 嬉しそうに囁く彼女に返事はしてやらない。

 それが今の僕に出来る、せめてもの抵抗だった。

 自己評価を繰り返すが……僕は神様に嫌われている。――そう思い込むことで、心の平穏を保っているのだろう。

 本当の僕は……。


  

 ※



 事の始まりは何の捻りもスペクタクルもなかったと、予め言及しておこう。

 それは、僕が自室で新居として住むアパートの物件を調べる中で、ふと目についた優良過ぎる情報を見た時のことであった。


「……そんなことある?」


 内容を確認し、思わずそう呟いてしまう。

 1R洋室キッチン込み13.4畳。敷金や礼金、管理費はなし。家賃4万。バストイレ別。可愛いメイド付き。

 ……お分かりいただけただろうか?

 一番最後が実に意味不明だが、今は置いておこう。

 まず安い。広さの割にあまりにも安すぎる。僕のような春から新生活が始まる大学生にとっては家賃部分はもう一万円分くらいは削ってしまってもいいかもしれないが……それでも、その一万円を我慢したらこの広さの部屋に住めるのは破格と言っていいだろう。

 駅は少々遠いけど都内へのアクセスも問題なく。スーパーや他の商業施設も徒歩圏内。自転車を使えばもっと楽になる。

 築年数こそ二十年以上前ではあるが、アパートの外観や間取りの写真はその年月を感じさせないくらい綺麗だったし、収納スペースの数も申し分ない。

 即決していい。というか喜んで選びたい物件だ。ただ気になるのは……。先程に一旦置いといた案件、可愛いメイド付きという部分である。

 ……何だこれは? いや、本当に。

 流石に情報の中にはメイドさんの写真はないようだった。あったらあったで反応に困るけれども、とにかくこの一文だけは訳が分からない上に異様であり、そのせいで全ての好条件が胡散臭いものになってしまっている。


 事故物件。

 その四文字が僕の頭を横切った。売買や賃貸契約を躊躇いたくなるような要因や過去がある物件がそう呼ばれるのだ。

 例えば住んでいた人が自殺した。あるいは殺されたといった情報があったり、火災等による跡が物理的に色濃く残っているもの。果ては幽霊といった説明しようがないものが出るといった突飛なものまであり、総じて素直に住むには少々問題があるため、普通よりは契約のコストが割安なる傾向がある……とされる。

 僕が知る事故物件に関する知識はそれくらいだ。実際にそれが売り出されているのは見たこともないし、なんなら都市伝説のようなものだと思っていた。

 こうして疑惑ながらもそれらしい部屋を見つけるばかりか、契約を悩む日が来るなんて誰が想像できようか。


「いい……なぁ」


 一応断っておくが、メイドさん付きが。ではなく、物件そのものが……だ。

 より詳しく調べると明らかにおかしい値段設定に言及はなく、加えて内見というか、普通の物件にはある見学日の希望が指定できないときた。

 つまり、住む住まないは即決のみ承る。そういうことらしかった。

 怪しい。怪しすぎる……のだけれども、僕は室内やキッチンの画像を見て、ますますその部屋に魅力を感じ始めていた。

 趣味の関係で部屋は広ければ広い方がいい。という僕の個人的な背景もまた、ここに惹かれる一因となっていた。


「……間違いなく、いいよなぁ」


 無意識にそう呟きながら、頭の中で損得他、色々な要素を照らし合わせる。迷った時は自分の心に従って選ぶ。それが、“どうしようもない星の下に生まれた”僕が唯一出来る、世界への抵抗だった。


 両親は多忙であり、いい意味で放任主義だ。でも無関心という訳ではなく、定期的に連絡は取り合っている。

 間取りと家賃をみたら間違いなく賛成してくれるだろう。

 家族の問題はなし。 


 明らかに事故物件としか思えないが、そういった要素は僕自身にとっては些末ごとだ。

 仮に壁や床に血の跡や何かの汚れがあったとしてもそれがどうしたというのか。オバケなんてこの世にはいないと考えてるし、僕はそこまで繊細ではない筈。

 つまり大丈夫だ。問題ない。


 最後にメイドさん。冷静に考えたらなんてことはなかった。

 いりません。もとい、帰ってもらえばいいではないか。

 活用する、しないは流石に部屋の主に委ねられる筈なのだから。 

 ということはメイドも問題なし。

 こうして、全ての条件ははクリアされた。これは行ける! と僕が思ってからは話は早かった。


『サンドボックス201号室』


 春から大学生になる、僕の拠点が決まった瞬間だった。

 ……今にして思えばこの時点で色々と詰んでいたのだろうか。あるいは物件ホームページに僕があの部屋の虜になるお呪いでもかかっていたのかも。

 だが、仮にタイムスリップが可能になったとしても、僕は多分ここを選んでいただろう。色々な事情と、感情や弱みまで踏まえてしまえば、まず間違いない。

 ――僕がああなるのは、きっとどうしようもない運命だったのだ。


 ※


 時は流れて三月の末。

 桜舞い散る春の日のことであり、僕が田舎から出てきた記念すべき一日目。……結論からいうと、やっぱり訳ありだった。

 それも、後に知り合うオカルト好きな友人に言わせれば、とびっきりに極上な……優良事故物件というやつだ。


「……ウソでしょ」


 自業自得とはいえ、その場で膝をつくくらいは許してほしい。

 契約完了し、そのまま鍵を受け取って、いざ201号室の前に来た僕が目の当たりにしたのは……。

 明らかに“それっぽい”お札がベッタベタに貼られまくった、自室のドアであった。


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