【006】謝罪
時刻は正午過ぎ。
演劇の反省会を行うとのことで教室に足を運んだ成翔は、一つの異変を感じ取る。
普段の成翔なら気づかなかったかもしれない。ただ、先ほどまで多くの群衆に囲まれて感覚が敏感になっていた成翔は、クラスメイトの視線が極端に自身に集まっていることに気づいた。
別に、それ自体は特段珍しいことでない。だがいつもの嘲笑とは違う、何か成翔の様子を伺うような視線。
教室前方で十人、あるいは二十人ほどのクラスメイトが群を形成し、何かを話し合いながら時折チラチラと成翔に視線を向けてくる。
なんだか居心地の悪くなった成翔は席を立とうとした——その時だった。
「佐藤君……」
気づけばその集団は成翔の席まで来ていて、内の一人が成翔に声をかけた。
先程の見ず知らずの群衆とは違い、一応彼らはクラスメイト。気楽に無視するわけにもいかず、立ち上がっていた成翔は再び席に着く。
「その……」
一体何を言われるのか。成翔の身に降りかかる言葉は、大抵が罵詈雑言だった。だが言葉を詰まらせる彼の様子に、やはり何かがおかしいと違和感が高まる。
「私たち、あなたに謝りたいの」
男の様子を見兼ねたのか、隣の女がフォローするように言う。
謝りたい。彼女はそう言った。
「謝るって、俺に?」
「えぇ。……私たち、あなたに酷いことしちゃったから」
申し訳なさそうに俯く女。酷いことをした——無論それが何を指すのかは言うまでもないが、成翔はピンと来ていない様子だ。
「ごめんなさい!」
率先して女は頭を下げる。続くように周りの者らも頭を下げ、二十人近くのクラスメイトが一人の生徒に揃って頭を下げる異様な光景ができあがった。
「……文化祭の台本、本当はだいぶ前に完成してたの。でも佐藤君には渡さなかった。本番で恥をかかせたいからって、あえて直前まで隠してた。劇の練習も本当は毎日やってたのに、ごめんなさいっ!」
決して悪意の発案者でもない彼女が成翔に謝るのは、罪悪感の蓄積からだろう。
いじめられる者を庇えばターゲットが自分に移るのではないか——そんな恐怖に怯え、成翔へのいじめを見て見ぬ振りし、時には場の空気に合わせて成翔の苦しむ選択をした。そんな自分への後悔。
他の者も同様。心の底には抵抗感を抱きながらも、仕方なく成翔への嫌がらせに加担してしまっていたことを謝罪しに来たという。
「……でも、あなたの演技は凄かった。他の誰よりも、あなたに隠れて毎日練習してきた私たちの演技の何倍も、凄かった」
「ほんとに、俺らは何してたんだろうって。酷いことされてるとも知らずに、目の前であんなに完璧な演技をする佐藤君を見て、もしかしたらたった三日でめちゃくちゃ頑張ったんじゃないかって……そう思ったら、自分のしたことが愚かに思えて……」
謝罪を決意するきっかけになったのは、成翔の演技だったと言う。
真相など知らずに、たった三日で誰よりも完璧に演技を仕上げてきた。まさに白雪姫と瓜二つの成翔の演技を見て、彼らは自分が恥ずかしく、今まで成翔にしてきた仕打ちへの後悔が膨れ上がった。
その結果、彼らは互いに集まって相談し、成翔へ謝罪することを決めたと言う。
「急に都合の良いこと言ってって思うかもしれないけど、それでも私たちはあなたに謝りたいの。あなたにはほんとに最低なことをしてしまった。ごめんなさい……」
女の言葉はそこまでだった。成翔への謝罪を並べ終えると、彼の反応を待つ。けれど成翔が言葉を返すことはなく、彼の心情を察した集団は再度小さく謝罪を残して散った。
「……」
成翔は目を見開いた。
それは台本を隠されていた事実を知ったからでも、皆が裏で練習していたのを知ったからでもない。
初の体験だったからだ。
今までいじめられることはあっても、そのいじめを詫びられることなどなかった。いじめる者は自身をストレス発散の道具のように扱い、そこに情はなかったからだ。
いじめるだけいじめて、飽きれば処分——そんな成翔の歪んだ常識を覆せたのは、このクラスのカーストに理由があった。
スクールカースト。それは当然のように成翔のクラスにも存在し、成翔を下位とするならば、先程謝罪に来た集団は下位あるいは中位。
成翔へのいじめを始めた上位に恐れて、言うならば『いじめざるを得なくなった人たち』である。彼らはクラスの流れに身を任せ、成翔が苦しむことで自分が救われるのなら、それでいい——事なかれ主義の集まりだった。
だが成翔の演技を見て罪悪感が爆発した。今まで彼に向けた仕打ちを悔やみ、案外同じ気持ちを抱く者が多いと気づいた彼らは、集まって謝罪に至った。
成翔の演技が、彼らの心を突き動かしたのだった。




