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【004】文化祭当日

 理不尽にもあっという間に三日が経ち、文化祭当日はやって来た。

 校門には看板、校舎には垂れ幕。学校の一大行事らしい豪勢な装飾を纏った学校には、既に朝八時の時点で人がごった返していた。

 本校の在校生はもちろん、その保護者や身内。何より、柚月舞音の演劇を目的に足を運んだ抽選組の数が、全体の半分を占めていた。


「みなさんは今日までの練習を信じて——」


 成翔のクラス演劇は午前の部、二番目の開演。

 一度教室に集まって担任の激励を受け、いよいよ本番に備える。

 生徒は最終調整を始めた。劇に出る人は台本を片手に、黒子としてサポートに徹する人は本番の動きを再確認する。

 成翔はというと、三日前に台本を貰ったばかりだというのに手にその影は見られず、それどころか呑気に窓の外を眺めるいつも通りの光景だった。

 背後からゆっくりと人影が近づいて来る。


「なぁ佐藤」


 成翔に声をかけたのは昌俊だった。当然のように後ろには取り巻きの男もつき、成翔を嘲るような悪びれた笑みも顕在だった。


「調子どうよ? ちゃんとセリフ覚えたか?」


 昌俊は語りかけながら成翔の机に尻を置き、取り巻きの男は友人のように肩に手を回して絡んでくる。

 成翔を心配するような語り口だが、当然彼らにそんな心情はなく、成翔がたった三日で準備が間に合わず焦っている前提での煽りだった。


「絶対最優秀賞取ろうぜ。お前の演技にかかってる。マジで頼んだぞ」


 成翔に多大なプレッシャーをかけると、昌俊らは満足したように立ち去っていく。


「……分かった」


 悪意の滲む二つの背の前で、成翔は小さく呟いた。

 その表情はどこか——自信気だった。


   × × ×


 立ち入り禁止の屋上……の入り口前の階段踊り場。通路脇には使われない机が積まれ、一切人気のないその場所に、一人の女がいた。

 女はスマホを耳に当て、何やら周りの視線を気にしているようだった。


「十番目だから午後の部ね。夕方にはそっちに向かえそうだわ」


 長い黒髪を陽が照らし、ただ電話をする姿さえも絵になる。

 女が階段を登ると合わせて影も美しく動く。立ち入り禁止のドアの前で振り返ってようやく、その顔は鮮明になった。


「……でも本当にいるの? たかが高校生の文化祭よ。役者の原石なんて、いい加減オーディションした方が確実だと思うんだけど」


 現役高校生女優、柚月舞音。

 彼女は手入れの行き届いた黒髪をたくし上げると、小さくため息を吐いた。


「はいはい。見れば分かる……ね。社長の言葉を信じるわよ」


   × × ×


 成翔のクラスの脚本は、良い意味で手が抜かれていた。

 内容はほとんど皆の知る『白雪姫』通りで、言うならばオリジナリティーの一切ない台本。一劇二十分の尺に納まるように少し削られた程度で、成翔が本で読んだ内容と実際の台本は酷似していた。


 けれど、三日前に台本を貰った成翔にとって、これは好都合である。既に白雪姫の世界観は頭に取り込んでいたため、後はセリフを覚えるのみ。

 誰もが無理だと思った台本の暗記を、成翔はその台本の手抜きさゆえに実現させていた。


「これから一年A組の発表を始めます——」


 前のクラスの発表はシンデレラだった。会場の体育館には一公演目から客がびっしりと埋まっている。

 舞音のお陰だろう。彼女の舞台は午後であったが、できるだけ前で姿を見たいという欲から、多くの者が場所取りのために早くから足を運んでいるようだった。


 舞台袖で次のクラス——成翔たちはいよいよ準備に取り掛かる。

 毎年演目は使い回されるため、衣装も備品室にあるものを使う。本来女子のために作られた白雪姫の衣装だったが、細身の成翔には案外ピッタリであった。


 会場を大きな拍手が包む。前のクラスが終わったようだ。

 幕が閉じるのを確認すると、成翔たちは舞台へ向かった。

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