【003】準備
いじめによる人格形成の阻害は、想像以上であった。
小中を苦痛に耐えながら過ごしてきた成翔の心は、すでに修復が困難なほどに歪んでしまっていた。
常に現実逃避をするように自分の世界を作って入り浸り、ぼーっと何も考えないように生きてきた成翔はそれが癖になり、高校の同級生は彼を『変』とみなした。
名前を変えた意味も、わざわざ遠くの高校を選んだ意味もなかった。もう成翔の中に『普通』の二文字はなく、何もせずとも彼は仲間外れの対象となった。
成翔は諦めた。
今まで苦痛を味わったのは名前のせいだと思ったが、その名を捨てても尚他者からの攻撃は止まない。自分自身の性格に問題があるのだと、そう理解した途端、成翔は全部どうでもよくなった。
神楽木成翔の人生は、両親の捕まったあの日に終わっていたのだ。
× × ×
『白雪姫』は、ドイツ発祥のグリム童話に属する民話である。
白雪姫は、その美しい容貌を妬んだ継母に毒リンゴを食べさせられるも、運良く現れた王子によって介抱され意識を取り戻す。ハッピーエンド作品だ。
雪のように真っ白な肌に、艶やかな長い黒髪——それが白雪姫の容姿であり、成翔の演じるべき姿であった。
成翔は学校帰りに書店に寄り、読みやすい形に和訳し書き下ろされた白雪姫の本を買った。
家に帰るとベッドに突っ伏して広げる。所々に挿し絵の入った比較的薄い本だ。
「白雪姫……可哀想」
クラス演劇の脚本はクラスの脚本係によって作られる。そのため本筋がズレなければ内容は自由であり、必ずしも原作に忠実である必要はない。
だから台本が上がるまで実際に練習はできないが、成翔は事前に白雪姫の世界を知ろうと書に没頭していた。
「王妃も綺麗なはずなのに。一番じゃなきゃ嫌だったのか」
ぶつぶつと思ったことを口に出しながらページを捲る。真横にくっついているクロの存在にも気づかないほどの集中力だ。
登場人物の性格、心情、容姿。白雪姫の世界観、舞台、年代——事細かくインプットし終えた頃にはもう外は暗くなっていて、成翔は『白雪姫』を知った。
もう明日にでも台本を渡されてもいい。
そう息巻いた成翔は、自覚していた。自分が演劇に対して高揚感を抱いていることを。演じるのを楽しみにしていることを。
自分は確かに天才役者の血を引いているのだと。
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