【001】孤独な少年
成翔がクラスメイトに嫌がらせを受けるようになったのは、いつからとも知れない。
気づけば当たり前のように、成翔への嫌がらせは日常化していた。
些細なものから、耐え難いものまで。
成翔の容姿に嫉妬しているのか、はたまた彼の変わった性格が鼻につくのか。それはいじめる者にしか分からない。
ただ、幼い頃からいじめられることの多かった成翔は、今さら嫌がらせに対してどうこうする気はなかった。
自身の両親に比べれば——大したことがない。
両親のせいで受けた苦痛と比較すれば、高校生の嫌がらせなんてちっぽけなものである。
× × ×
「……ただいま」
誰もいない我が家に帰宅を告げる。正確には、人のいない我が家である。
成翔が玄関に足を踏み入れると、音を察知した黒い影が一匹、素早く駆け寄ってくる。
「ただいま、クロ」
黒猫のクロだ。二年前に道で捨てられているのを保護し、以来一人暮らしの寂しさを紛らわしてくれる心強い存在である。
「クロ、俺……白雪姫役だってさ」
成翔は静かに毛繕いするクロを前に、今日学校であった出来事を語り出す。
「白雪姫って、お姫様だよね。クロは俺にできると思う?」
当然、猫は人間の言葉を返さない。右手の毛を整えると、今度は左手の毛繕いを始めた。
「白雪姫……ちゃんと読んだことないな。今度書店に行ってみよう」
少女である白雪姫が、その美しい容貌に嫉妬したお妃様によって毒リンゴを食べさせられるが、王子の介抱によって一命を取り留める。その後二人は結ばれてハッピーエンド——成翔の白雪姫の知識を簡潔に言うならこうである。
成翔は今まで白雪姫を読む機会がなかった。両親に読み聞かせてもらった子供もいるだろうが、幼い頃に両親を亡くした成翔にそんな経験はない。
「クロ、俺頑張るから。応援してくれよ?」
成翔が頭をさすると、クロは気持ち良さそうにニャ〜と声を出す。
半ば強制的に任せられた白雪姫の役。決して乗り気ではないが、成翔は心のどこか奥底で自信を宿していた。
それは自身が天才役者の血を引くから——父、神楽木弘と、母、神楽木栞の子だからだとは、死んでも口にしたくなかった。
だって彼らは犯罪者。
今から十五年前に殺人事件を起こして逮捕された元・天才役者であり、成翔の人生を狂わせた張本人なのだから。
× × ×
成翔が学校を後にした教室では、奇妙な光景が繰り広げられていた。
「よしっ、今日も劇の練習するぞ! みんな机を後ろに下げて——」
慣れた様子で教室を片付けると、主役抜きで演劇の練習が始まった。
「でもいいのかよ。あいつが下手くそだと、賞取れないんじゃねぇの?」
「んなもんいらねーよ。それより全校生徒の前で恥かくあいつの方がよっぽど見たいね」
本校の文化祭クラス演劇では観客による投票が行われ、票の多かった二クラスが最優秀賞、優秀賞として表彰される。
昌俊とその取り巻きは、それらを貰うよりも成翔に恥をかかせる方が魅力的だと考えていた。彼に嘘をついて、演劇の練習はおろか台本の存在をも隠していたのだ。
「でもまあ本番中ずっと無言でいられたら俺らにも迷惑だし、来週あたりに台本くらいは渡してやるよ。練習は参加させねーけどな」
「うわ、鬼だな」
心許ない昌俊の思案に、三人の取り巻きは他人事のように笑った。
「あいつには同情するぜ。当日の会場満員は確実だからな」
「そーだな。なにせウチの学校には柚月ちゃんがいるからな」
人気急上昇中の現役高校生女優、柚月舞音。
すれ違う者が思わず二度見する優れた美貌に、ベテラン俳優顔負けの高い演技力。現在CMの契約数は業界トップクラスで、テレビドラマや映画では主演に引っ張りだこの大人気女優だ。
そんな柚月舞音が、この学校に通っている。
「わざわざ忙しいスケジュール割いて来るとか、案外この学校に思い入れあるんじゃねーの」
学生時代の思い出を残したいという本人の意向もあり、舞音はクラス演劇に主役として出るらしい。
それをSNSで呟いた者がいたことで広まり、多くの者が本校の文化祭を訪れたいと希望した結果、学校のホームページで抽選を執り行う前代未聞の事態に。
上限三百人で募ったところあっという間に枠は埋まり、既にその人数が会場に押し寄せることが確定していた。
「まあ俺らだけでも恥かかないように練習しようぜ」
文化祭まで残り約二週間。
各々が自分の役割を練習し、さらに数日が経った。
「悪い遅くなった。読み合わせ練習はする予定ないから、ぶっつけ本番よろしくな」
「……分かった」
成翔が台本を貰ったのは、本番の三日前だった。
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