公開婚約破棄されたけど、無自覚チート地味男子に溺愛されて人生バラ色です♡
「エレナ・リヴィエール。お前との婚約を破棄する」
私の世界は、王子のたった一言で壊れていった。
外国の言葉を聞いてるような気分。スーッと心臓の奥が冷えて、こめかみが熱くなる。
は? なに言ってんの、このクソ王子!
「……王子。おっしゃる意味が、よくわかりません」
怒らないように声を必死で抑えたけど、だめだった。ギャルは沸点が低いのだ。ブルブル、バイブレーダーみたいに体が震えてる。
王子はいかにも「俺が正義」みたいな顔で顎を突き出し、横柄に言った。
「お前がリリアにした非礼の数々、その悪行を見過ごすことはできん」
うわ、完全に私を悪者にして、酔ってんじゃん。
思わず現実逃避したくて窓を見た。
空がかすかに翳り始めた夕暮れ時。
サンクレール魔法学園の抱える管弦楽団が奏でるハーモニーが、薔薇の庭園を美しく彩っている。
ワルツを踊っていた生徒たちが、次々に私たちをふり返る。気遣うようでいて、遠巻きにうっすら騒ぎを喜んでる、好奇心に満ちた野次馬の目だ。
――やめろ、見るな。みじめになる。
王子の嘲笑もあいまって、突き刺さる視線が痛い。
王子の隣には、最近王子にまとわりついていた平民のリリアがいた。くりっとした栗色の瞳に涙をためて、その奥で光る、肉食獣めいた視線が気に入らない。
は? くそ、こっち前世ギャルだっつの。負けるか。
「証拠はあるのですか? 私がそのリリアなる少女を貶めた証拠が」
あるわけない。話したことすらないのに被害妄想ヤバすぎ!
そんなに私、性悪っぽい?! ……ちょっとは信じてよ。
王子は私の口答えが気に入らなかったらしく、目を見開いて怒鳴ってきた。
「なんだ、その口の利き方は! 王族に対し不敬だぞ、エレナ! 爵位まで取り上げられたいか!」
つらつら並べられる身に覚えのないリリアちゃん可哀想エピ。要するに「好みの女が現れたから乗り換えた」ってだけのことだ。
たったそれだけのことで、転生後のがんばりは全部パア。長すぎるドレスの裾のさばき方から、無駄に高い紅茶のおいしい淹れ方、笑顔の角度まで矯正されたのに――
う、泣きそ。ウケる……。
無理にでも笑ってないと、身がもたない気がした。
あー、私がもっと強い人間だったら、あんなやつら蹴散らせるのになぁ。くやしぃっ! 普通にくやしい!
だれもいなくなった薔薇園のベンチに、ひとり座り込む。
悔しくて背中を丸めた。
ふいに声が降ってくる。
「やあ、ミス=エレナ。殿下にフラレたそうだね。おめでとう」
膝に顔をうずめたまま、聞かないふり。
いま、心がすさんでるんだから普通に消えてほしぃ……。
さすがの私もポジティブに変換するには、事件がデカすぎた……。
学祭は台なし、お父さまの抗議も空振り。もう人生お先真っ暗。
「ふむ。きみは砂糖菓子とせんべいならどっち派だい? ぼくは断然せんべい派だ。あの香ばしい醤油が癖になる。じつに美味」
この国に醤油なんかねーっつの!
声の主は、魔法学園で隣の席にいるルカだ。
学園でぶっちぎりの最下位、魔力ゼロの平民。
普通なら声すらかけてこないのに、ルカはすっごくどうでもいい話題を遠慮なくふってくる。
顔をあげると、紙袋を抱えた黒髪黒目の少年が立っていた。
え、まじでそれ、せんべいなの? うそでしょ?
「ルカ、ごめんなさい……。いまはひとりになりたいの」
「まあ待ちたまえレディ。せっかくお邪魔虫が消えたんだ。ぜひ、ぼくの婚約者になってくれないか」
「意味わかんないし、やだ……」
「おや、つれないね。本音を聞けてなによりだよ」
ルカはいつも通り無表情だ。この変な同級生を馬鹿にしたくないけど、結婚相手として釣り合ってるのは年齢だけ。
って、なんでこんなこと考えたんだろう。
「よしよし、よくがんばったね。ほら、ぼくの胸でお泣き」
「うぁー……、ムカつくぅっ……」
いつのまにか抱きしめられてて、涙がまたじわりと浮かんできた。私の背中をなでる手が温かい。腹いせにルカの胸板をバシバシ叩く。華奢と思っていたけど意外に硬くて分厚い。「あ、鼻水は勘弁してくれ」とか言ってきたから遠慮なくべったりつけてやった。
アハハッ、困ってんのウケる!
「やれやれ……もう立ち直ってしまったのか。きみの悲哀は貴重な味なんだが。肝が据わりすぎているね」
「さっきからなに言ってるの、ルカ?」
私が尋ねると、ルカがめずらしくちょっとだけ笑ってみせた。
一瞬、ためらうみたいにその唇が動く。
「ぼくは、人間の負の感情を食べるのさ」
「……ひ、比喩じゃなくて?」
「うむ」
変な告白だ。なんて返したらいいのかわからない。
新手のボケ? っぽいけど、どうしろと?
ルカがかまわず言ってくる。
「ちなみにきみはせんべい味だよ。じつに好みだ」
……へ? 味?
聞き返そうとした私のまえで、ルカの瞳が紫に光った。
私が息を呑む間に、ルカの指先が涙をなぞって、赤い舌でペロリと舐め上げる。
ゾクッと肝が冷えた。
え、ルカってこんなキャラだっけ? 魔力ゼロの、面白癒し変人枠じゃ……、え?
「ルカ……?」
「ああ、すまない。ちょっと興奮してしまってね。やっぱり好きな子を抱きしめたからかね?」
「その冗談、もういいって」
愛想笑いしてたら、ルカがじっと見つめてきた。
う、視線の圧がすごい。
「冗談? 心外だな」
手を取られたとき、顎をつかまれていた。ちょっと、て怒ろうとしたけどルカが目の前にいて心臓が跳ねる。間近で見ると、案外、綺麗な男の子だ。
唇に柔らかいものが当たってる。数秒。なにが起きたのかわからなくて、まばたきした。
……ん?
「ちょ、バッ!」
「すこしは信じてくれたかい?」
唇に手を当てて、ハクハク息をする。心臓の音がうるさい。
こっちを見つめて余裕そうに笑ってるルカは、不覚にもカッコいい。
く……、くそ、イケメンだったのか、ルカ……。面白癒し変人枠のくせに!
なんだか負けた気がして、真っ赤になった顔を背けた。
「む、きみ。いまときめいたね?」
「ときめいてない!」
「莫迦な。この気配はときめいたはずだ」
「ときめいてない!」
横目で見たら、ルカがえへんと胸を張っていた。
あ、いつもの変人さんだ!
「むっ! いかん。きみ、もうときめきが消えたのか。ややこしすぎだろう」
「えっ、ちょ、ま? まじで心読めんの?」
「『読める』んじゃない。『わかる』のさ」
ルカが形のいい唇に人差し指を当てて、内緒話でもするように言ってくる。
……えっと、ほんとにただの冗談だよね?
私の戸惑いを知ってか知らずでか。ルカが左目を細めた。
「だからたとえば、人間の『悪意』もぼくの食糧だ。……砂糖菓子はあまり好みじゃないけれどね」
ルカは大げさにため息を吐く。
なんかわかんないけど、せんべい=私ってことは、砂糖菓子って違う子のこと? ……へ、へー。べつに? 気にしてないけど? 婚約者になってとか言ったあとすぐに浮気?
さすがに二度目の最速RTAは許せないんだけど。
「待ちたまえ、レディ。短気はいかんよ。ぼくへの気持ちの盛り上がり方だけはじつにグッドだ。石を置きたまえ」
「やだ」
「……つまりだね、やり返してやろうというのさ。きみを貶めた殿下殿に」
「殿下にやり返す!?」
なにそれ詳しく!
拾い上げた石ころを置いて、思わず身を乗り出した。
ルカが私の手を引いて、トン……と静かに石畳を爪先で叩く。
「ついてきたまえ」
遅れて聞こえたきた言葉。ふわりと体が浮いて、風が優しく頬に触れた。魔力なんて微塵も感じないのに、私たちはいつの間にか、王宮の中に立っていた。
景色が直線的に流れたのは気の所為じゃなかった。
王子の寝室。リリアと取り巻きたちが王子の周りを囲んでいる。
えっ!? うそっ! いまのなに!?
「静かに」
言われて息を呑む。天井の梁にいる私たちのところに、真下の醜悪な会話が聞こえてくる。
「意外とあっけなかったですね、リヴィエール嬢」
「当然だ。この俺やリリアをコケにした報いは、かならず受けさせねばならん」
「ハハッ、たしかに。貴族なら魔法学園の首席の座なんて、殿下以外にふさわくないと察してしかるべきです! それをあの女は、愚かすぎますよね!」
馬鹿笑いが王子の寝室にけたたましく響く。
……くっ、このっ! 王子が一位になんて、いったいどれだけの人間を自粛させる気よ!
唇を噛んだ私の耳に、すさまじい物音が重なった。
視界が歪んだんだろうか。風がよぎったと思ったら、王子と取り巻きたちが部屋の壁に張り付いていた。――ルカだ。彼はだれの目にも留まらぬ速さで、まわりの人間を軒並み蹴り倒していた。
「……うむ。やはり男は拳だね」
「蹴ってなかった?!」
「む!」
ルカが寝室の中央で手についた埃を払いながら、「それはそう」って顔で私を見上げて、うなずいてくる。……その呑気ムーブ、いまやるんだ……。
王子たちはぴくりとも動かない。完全に気絶していた。
残されたリリアが、ルカに顔を向けられて、ヒッと息を呑んでいる。
そりゃ怖い。だって動き人外なんだもん。どう見ても。
「ぼくは意外にグルメでね。きみたちの悪意を根こそぎ喰ってやろうと思ったが……やめた。あまりに不味そうだ」
コツ、と高らかに靴音を響かせて、ルカは用が済んだとばかりに背を向ける。
気づいたら、私はルカのすぐ傍に引き寄せられていた。
「きみ、名前はなんだったかな? まあいいか。殿下に気に入られたそこのきみ。――この娘はぼくがもらい受ける。ヘタな横槍は身を滅ぼすと、アンポンタンどもに伝えておいてくれたまえ」
「な、なっ……!」
「無論、わからないなら武力で解決しよう。王国との盟約も、そろそろ切れるころだしね」
ルカはどこまでも電波発言していた……。のに、なぜか対峙してるリリアの顔は真っ白になっていって、無心で何度もうなずいている。
なにやったの?
私が覗き込んでも、ルカはいつも通りにしか見えない。
気がついたら、私たちは薔薇園に戻っていた。
「では、これからもよろしく頼むよ。ミス=エレナ。……いや、人間の言葉で言えば、妻となるのかな? マイせんべい」
懐いた猫みたいに私の頭に頬ずりしてきて、ギャーギャー言いながら振り払う。
ルカは相変わらず無表情だ。だけどなんだか、鼻歌でも歌いそうに見えた。
「この私がせんべい扱いなんて、普通にあり得ないんですけど!」
「ぼくはせんべい求めて三百年さまよった」
「告白としてあ・り・得・な・い!」
「……ふーむ。感情は流れているのに、不思議だね」
呑気に言いながら、後ろから抱きしめられる。
地位も名誉も魔力もないくせに、こいつがいるとちょっとだけ生きるのが楽になる。
「せんべい味の女で悪かったわね」
「この世で唯一のお気に入りさ、僕にとってはね」
風が吹いた。薔薇園の花びらが舞いあがって、まるで私たちを祝福してるみたい。
学園一の変なやつは王国で爪弾きにされるはずの私に、いつまでも寄り添ってくれた。
だからちょっとだけ、認めたげる。せんべい味の未来も、悪くないって。
いや、ワンチャン、ね?




