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三人の2020年14月43日ー⑦

 コソコソと話している二人の様子を見て、高木灯台は思う。


 またコソコソと話している……まあ、このまま続けば、勝つのは間違いなく俺だしな。作戦が必要なのも仕方ない。


 彼は一拍を置いて、更に思った。


 ……なんで俺はこんなことをしているんだろう。


 つまらない気持ちと不機嫌な気持ちに混ざった無気力な思い。高木灯台は少し前のことを思い出した。


「前のこと」は、今日や昨日などの最近のことではなく、ここに至るまでの思い出だった。


 ****


 幼い頃、高木灯台の母はいなくなった。母に対しての記憶があまりないが、一つだけ覚えている。それはテニスだった。


 自分は母が楽しそうにやっていたのを見て、自分もやりたくなる駄々をこねた記憶がある。


 あの時、母は少し困っている顔をしていて、それでも最後は丁寧に優しく、暖かく見守って教えていた。


 今思うに、それがテニスを始めるきっかけとなった。


 全体の記憶はうろ覚えだが、「楽しい」という気持ちは残されている。


 ただ、いつの間にか――いいや。高木灯台の母が交通事故でいなくなって以来であろう。彼はテニスをやり続けている目的は、楽しいという気持ちより、ほぼ「執着」だけとなった。


 当然、試合に勝ったら嬉しくなる……嬉しくなるが、その心底に楽しくなる感情とはどこかに違う。


 じゃあ、楽しくならないのは家庭の問題か?


 いいや。高木灯台は自問自答する。


 父は自分のことを応援している。むしろ、プロ選手に目指しているなら、幼稚園から専念してほしいと言われている。


 学業はうまく卒業すればいい。最低限の出勤で、テニスの練習に専念すればいい。


 だから、そのための有名なクラブに入った。そのための寮のメンバー申請だった。


 しっかりと応援してくれている。


 だけど……


 突然、高木灯台の思い出はある声に断ち切られた。


「ライト君――行くわよ!準備はいい?」


 いつの間にか、佐藤ジョシと高木真津芽のコソ話が終わった。


「お、おお!」


 そういえば、自分はなんで……世界一を目指しているんだろう?


 思い出に浸った時間は長いようで短い。高木灯台は脳内によぎった疑問が試合の開始とともに後にした。


 ****


 ゲーム:1-0

 ポイント:15-0


 さて、今回二人の立ち位置から考えると、持久戦に持ちこたえたいだろう……高木灯台はそう判断する。


 いいだろう……正面対決なら、俺も負けられない!


 サーブの時間。佐藤ジョシのサーブ。


 〜ファーストサーブ〜

 

 佐藤ジョシはトスして、パカとボールを打った。


 やはり弱くてスローリなボール。


 だがボールはしっかりとサーブエリアに入って、直接高木灯台の正面に向かった。


 高木灯台にとって、こういう遅い球はほぼチャンスボールに等しい。彼は今まで自分で学んだことを応用して、ボールに力を入れて打ち返す。


 パン!と、ボールが加速し、そのまま佐藤ジョシのほうに飛ばされる。


 返したボールの球速は遅くない。これだけで高木灯台がテニスに積み重ねた練習のベースが見える。遅い球をうまく返すには、基礎練習の打法が肝心だ。


 だから、高木灯台はこれでもう一度リターンエースになれるだろうと考えたが……


 ボールが飛んでいる途中で、一人が横入りし、そのボールを高木灯台に返した。


「えい!」


 ド


 !


 油断はしてないが、その人が急に行動したことに高木灯台は慌てていた。


 それでも高木灯台は反射神経で、ツーバウンドになりそうなボールをなんとか打ち返した。


 ロブの形で高く後ろに飛んでいたが、「オーライ!」と、佐藤ジョシはすでにボールの落下地点に準備できた。


「うっ!」高木灯台は少し呻り声を出して、自分がミスしたことに気付いた。


 だがもう遅い。


 ポン。佐藤ジョシのスマッシュは勢いがあるわけではないが、視界のせいで、また、態勢がすぐうまく立て直せないせいで、高木灯台はあのボールを受け取ることに間に合わなかった。


 一応ボールの落下したところはシングルスのサイドラインの外だが……高木灯台のほうはダブルスの形で考えなければいけない。


 つまり――


「これは……」


「勝ったよ!ジョシちゃん!」


 ゲーム:1-0

 ポイント:15-15


 ――高木灯台はこのポイントを失ってしまった。


 そして、高木灯台はわかる。


 このポイントを失わせた重要人物は、決して佐藤ジョシではない。


 高木真津芽である。



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