佐藤ジョシの日記帳㉚2020年14月41日~2020年14月42日
~第三者視点~
それから、佐藤ジョシはあれこれ練習して、日々は過ごしていく。たまに高木君と茶化したり、話し合ったり、また、高木灯台の練習を見たり……
あっという間に四日が過ぎた。
時間は14月41日になった。
2020年、14月41日。休みの一日目。
だるモードッ!
佐藤ジョシは特撮動画みたいに、“変身!”という感じで動いて、口から「デ、デン、デン♪」と、とある子ども向け番組の魔女っ子変身メロディーを鼻歌で歌い続けながら、パジャマに着替えている。
時に足がズボンの裾に詰まって、時にシャツのボタンが一個外れて、その時に変身メロディーも遅くなる。
そして、やっと全部着終わったら、彼女の変身メロディーはすでに歌わなくなったが……それでも、彼女は自信満々そうに胸を張って、両手が腰に当てている。
「プリティー・ジョシー・たまごっち!」と。激寒のギャグセンスに本人はとても満足だったらしい。
「さーて!」テレビを見ながらゴロゴロするか!
この思いを秘めて、佐藤ジョシは自分の身体に布団をかぶって、頭だけ露出している状態でテレビをつけた。
布団をかぶっている彼女の全身の姿はまさに卵型みたいだった。ベッドの上に座ったら更にそう見える。例えるならもはや人面のある卵、人面卵である。彼女はこのことを知っていて、“たまごっち”と言ったのだ。
自分が考えた二重意味のギャグに、佐藤ジョシはもう一度ハと笑う。
そして、佐藤ジョシはテレビの番組に集中し始め、5分……10分……彼女はビ、ビ、ビッと、リモコンでチャンネルを変え始めた。
すると、とあるチャンネルに回した後、佐藤ジョシはその番組に「あ」と、少し驚いた声を出した。
「あ、テニスの放送だ……ちょっと見よっか。」
それはテニスの試合を放送しているスポーツ番組だ。
佐藤ジョシは依然卵型のまま、テレビに見つめている。
パン、ドン、パン、ドン……テレビから伝わってくるやり合う音。
“「はぁ!」”“「ホゥ!」“打球するたび、気合いを入れる叫び声。
佐藤ジョシは試合内容があまりわからないまま見続けているが、その迫力と勝ち負けの雰囲気はしっかりと伝われ、多少の刺激を受けていた。
「すご……」だるモードになりかけていた彼女の心は、少し燃え始めた。
ただ、心に火をついた途端、その熱血さは次の瞬間ですべて消え去った。
「速っ!」
テレビに映っている試合の放送は、発達した現代によって、スピードの表記が出るようになった。
さっきまで佐藤ジョシが見たやり合うところが終わった。終わった後、次のゲームが始まる。ゲームが始まると、必ず一方からサーブする。
だから、彼女の目に映っているのは、別にテレビで見えにくいボールのことではない。放送の一角にある、球速のスピード表記だ。
“183㎞”
これは佐藤ジョシが反応した数字。
「いくらなんでもそれは速すぎない?」
そう思っている彼女は、次にもっと驚いた。
パン、サーブ。パン、サーブ。パン、サーブ……
次々から始まったゲームでのサーブは、ほとんどのスピードが180台以上に上回っている。たまに160からの150までの球速もあるが、それでも体感的に平均“180㎞”という印象が植え付けられる。
当然、速さはテニスのすべてではない。ただ、一番暴力的かつ単純なのは速さで間違いない。
また、これは素人でも一番わかりやすい強さだ。佐藤ジョシの反応はその証拠である。
ただ、野球なら140kmが基準のように、テニスにおいての180㎞は、プロの規模で言うと決して速くはない。打てる人も少なくはない。特に世界規模になると、有名な大会の優勝を取るには平均200台以上でないと、優勝の希望はほぼ無に等しい。
当然、この事実を知らない佐藤ジョシには、ずっとこの試合のサーブに驚愕せずにはいられない。
無理もない。
佐藤ジョシにとって、球速100km以上だと、どの球も十分速くに見える。
そもそも彼女の心の中では、100kmという数字は、高速道路の基準だけが想像できる。
仮に交通法を違反にして、その倍近くの200㎞という速度を出した車があったとして、その速度はどれだけ速いのか、もう怖くてたまらない。
つまり、球速180kmは佐藤ジョシにとって、別の意味で怖くなる速度だ。
そして、あれこれ考えて、しばらくしたら、佐藤ジョシは少し落ち着いた。
ちょうど、テレビは今、選手がサーブする時の特写を移っている。
佐藤ジョシは選手がサーブする時の特写を見て、一つ思い出した。
「そういえば、あの子のサーブ……どれくらい速いんだろう?」佐藤ジョシは高木灯台のことを思い出した。
考えているうち、口も“うーん”と唸り始める。
150……?いや、160もあるかもしれない。
佐藤ジョシは気になり始めると止められない。考え出したら、きりがない。
実力がないのに、いつの間にか、彼女の思考は“どれくらい速いか”という疑問から、“私はどうやれば勝てるだろう”に成り変わった。
恐らく、一番単純な実力だからこそ、攻略法を探りたいのは人間の性だろう。また、反逆精神ゆえの勝負心だろう。
ある意味、佐藤ジョシは一番勝負心のパッションが秘めている人間だ。
ただ、彼女自身にはその自覚がない。自分が負けず嫌いだとわかってても、そうは思えない。だって、勝ち負けが当たり前の競技スポーツの舞台において、勝負心の存在は当然すぎて、誰も自分が一番だと思えない。
故に、脳内で自分なりの武器とか、一番やれそうな隙に突けるのかとか、佐藤ジョシはこっそりとイメージの試合をしてみた。
そして、その勝負の結論は――「うん!ないな!」と――誰もが思う、当たり前の負けの結果である。
佐藤ジョシは脳内にイメージした試合の結果を後にして、次にリラックスできるように横になり始めた。
「さーて。明日真津芽ちゃんと遊びに行くし、とりあえず、心の充電をしよう!」と。
最初凜とした顔で再びテレビの画面を注目しているが、1分後に、目尻が垂れはじめ、更に5分後に、表情そのもの全てが崩れ落ちた。
だらー……ボケー……
佐藤ジョシは何も考えず、ぼうっとしていた。テレビの音は逆に良い催眠剤のように、瞼がどんどん重くなっていく。
今寝たら夜に絶対眠れないから、佐藤ジョシは少し睡魔に抗ってみたが……
一回だけビクッと肩が驚いたように震えていたら、数十秒後、やはり布団とベッドの気持ち良さに抗えず、寝込んでしまった。
この日、佐藤ジョシが眠っていた時間は、16時間である。
2020年、14月42日。
ボーリング、ショッピングモール、ゲーセン、本屋……最後にカラオケ。
この日、佐藤ジョシは高木真津芽と一日中に色んな遊びで休みを満喫していた。
そして、歌うのが一段落した二人は、カラオケで話し合っている。
「……それで、ジョシちゃんは何が言いたいの?たしか、重要な話があるって。」
「え?あ、うん。まあ、別にそんなに大したことじゃないよ。ただお願いことがあってね……」佐藤ジョシはポテトチップスを摘まんで食べる。
「もしかして……ライト君のこと?」
「ライト――ああ、うん!プライドっ……高木君のこと!」
「……そういえば、君。ライト君に変なあだ名をつけてるよね。」
「……あ!そ、それはわざとじゃないから!悪意がないの!私はただ反応が見たくて、ついいじりたくなってきたというかなんというか……」
「それはわかってる。悪意がないのはわかってる。ただ、失礼なことをやったら、もっと言うべきことがあるだろう?」
「う……ごめん。」
「ちゃんとあの子に言ってね。」
「はい。」
「それで、願いは?」
「あ、そうそう。ちょっとお願いがある……待ってね。」
佐藤ジョシはもう一度ポテトチップスを摘まんで食べた。高木真津芽も同じようにポテトチップスを食べた。
そして、佐藤ジョシの願いを待っている。
「ねえ、真津芽ちゃん。」
「うん?」
「一緒にあの子と試合してみない?」
「……?」
全然話の意味がわからない高木真津芽である。




