表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/48

佐藤ジョシの日記帳⑮2020年14月13日ー⑥

長めに書きました。

 試合2セット目・ゲーム:0-5


 試合はもはや終盤……いや、ラストの一局かもしれない。


 第6ゲーム目。


 私はこの残りの試合で、勝利の方法を見つけ出すしかない。


 ……と、その前に、第6ゲーム目が開始する前に90秒の休憩時間がある。


 この時間を含めて、まだ考えられる時間がある!



 ~90秒タイム~


 さて、翔太くんは勝算があると言ってくれたから、彼が嘘ついてるとは思えない。


 だけど、勝ち筋が見えない……いや、そもそも、私の実力だと、絶対彼が思っている勝ち筋がわかんない。


 自分のサービス局はボールがあっちこっち飛び回ってたし、相手のサーブ局だとだいたい打てられなかった。

 例え運よく返球できても、遅かったり早かったり打ってくるし……なんならネット前に飛びかけた時もあった。


 本当に、初心者いじめと思えるくらい容赦のない試合内容だった。


 でもまあ、逆を考えれば、私の実力が少し強くなったという意味があるだろう。


 もし今までの試合は、指導の意味で点数が失われないであったら、今回の試合は、一点も失いたくないという強い意志が見える。


 実力の上昇にはたしかにつながった……でもこの子、厳しくない?


 スパルタすぎるよ!


 そのスパルタさは……昔ダンス部の先輩に似てる!!


 ううう――先輩めっ!


 とても感謝してるけど!!!!


「佐藤姉ちゃん。」


「はい?」


「休憩時間終わったよ。」


 あ……私、また余計なことを考えちったよ!


 ~90秒タイム終わり~


「ちょ、ちょっと待って!」


「うん?」


「テニスの試合って、タイムとか、一旦中止の作戦タイムとか、そういうのがないの?」


「……ない。」


「ええー?!じゃ、じゃあ、コーチと相談したいときはどうすれば――」


「できない!そもそもコーチはコートに入れないの。コーチのアドバイスも禁止されているよ。」


「ええええー?!」これはまた驚愕の事実!


 まさか他の運動と違って、テニスのコーチは試合中に何もできない……


 そういえば、たまにテレビで見た試合もコーチらしい人物がいなかったわ。


「……どうしたの?何がしたいのか?」


「いやぁ、もう少し作戦を考えさせてほしいなー……なんて。」正直、断られるつもりで言ったんだが……


「いいよ。」翔太くんはあっさり了承してくれた。


「え、いいの?」


「うん。元々正式な試合じゃないし、言ってくれたら全然。」


 え、何。この子。


 優しいー!


「それに、今までの試合内容を見れば、完全に僕が一方的にいじめているような感じで、なんかこう……こっちも申し訳ない気分になるから。だから全然いいよ。」


「天使か……」心の中でスパルタだなんて言ってごめんね!やっぱこの優しい生き物はああいう先輩たちと全然違うわ!


「大げさ!」翔太くんは言いながら、フェンスドアのところに向かっている。


「どこに行くの?」


「トイレ。佐藤姉ちゃんが考えている間、ちょうどいい時間だと思うので。」


「あ!待て!」


「?」


「私も行くー!」


「あ、ああ……どうぞ?」


 作戦はトイレの中でも考えられるからね!



 5分後。


 トイレの前で顔合わせている二人。


「どうだった?佐藤姉ちゃん。いい作戦考えた?」


「うん!」


「なら、期待しておく。」


「期待してね!」


 ……



 ごめん。


 翔太くん。


 おばさんはね……全っっっ然、いい作戦思いつかなかったわ! (`・ω・´。) キリ


 ****


 再びテニスコートに戻った二人。


 お互い自分のラケットを持って、各自の位置についた。


 鈴木翔太は軽くボールを下に何回突いて、そして佐藤ジョシに確認する。


「準備はいい?」


「おお!かかってこい!」全然いい作戦を思い付かなかった佐藤ジョシは、自信満々にそう言っていた。


 なぜ彼女は自信満々に言えるのか、それは――


 さあ!何でもこーい!私は今、ムテキだ――!と、心の中で怒号をしている佐藤ジョシ。


 ――そう。彼女今の状態は、破れかぶれの気持ちになりかけていたのだ。


 もちろん彼女は自分がムテキと言ったら無敵になれるわけではない。少年漫画みたいにテニスの実力超上昇するわけでもない。


 ただただ、いい方法を思い付かなかっただけの、やけくそである。実力は全然変わらない。


 しかし、時にはこのようなやけくその気持ちは役に立つ時がある。

 例えばゲームを遊ぶときに、ずっと運が悪かったのに、やけくその気持ちで今週目に死のうと思えば、なぜか最後まで命綱が繋がって全然死ななかったみたいな事例とか、

 あるいは、ことの転々がずっと悪い方に転がっていて、どうにでもなれーという気持ちで全てを破壊しようと思えば、なぜか逆にずっと良いことが起きて、わけがわからない状態で計画がうまくいった!という事例もあったりとかして、

 世の中に変な奇跡が起こるものだ。


 そして、この変な奇跡は、佐藤ジョシの身に起きていたのだ!


 彼女はトイレの時にいい作戦を思い付かなかったが、何も考えてないわけではない。


 ちゃんと考えていて、今しっかりと作戦を実行しようと思っている。


 そのやけくその気持ちは、作戦を実行するための気持ちである。



 ……


 大丈夫。私なら行ける!私には見える……私は、ムテキ!!!


 ド、ド、ド。


「準備はいい?」


「おお!かかってこい!」


 鈴木翔太はサーブ前のルーティンに入って、ボールを下に突いた。



 ……


 佐藤姉ちゃんもかなりの気合いだな。トイレ前とトイレの後、やる気の感じが全然違う。


 僕も……負けられない!


 ……



 鈴木翔太はボールをキャッチして、向こうに視線を投げる。鈴木翔太が見ているのは、佐藤ジョシの方向ではなく、サーブエリアの角。どこを狙うのか、そして、相手は確実に嫌がっているサーブと、角度はどうのようにつけばいいか、ちゃんと脳内にイメージしている。


 その視線は時々相手に向かう時はあるが、たった一瞥の程度で、深く相手の動きが見れるわけではない。


 故に、彼は今まだ違和感を感じていない。


 スッ。


 鈴木翔太はボールを上にトスした。


 最初のサーブは――ボールが宙に舞って、零点数秒間の時間、一瞬で過ぎそうだ。


 だがここで、身体が前にターンして、腕もパーン!とボールを打つ前に、鈴木翔太は見た。


 最初のサーブは、スピンサーブ――スピンサーブというサーブの名前が自分の脳内から一瞬だけよぎって、すぐに佐藤ジョシの状態に疑問で埋もれた。


 ……


 目を……閉じてる?


 ……


 これは、回転するヤツ!


 私は見ない!


 ……



 ボールが無情に佐藤ジョシの隣から飛んでいく。


 ……何で?鈴木翔太は満面はてなでもあったかのような感じで全身固まっている。


 フェンスにぶつかる音が場内に響く。その音が二人の意識を引き戻し、二人は同時に動き始めた。



 なんでだ……――鈴


 よし!たぶん正解!――佐


 何を考えている……――鈴


 このまま続けば……――佐


 僕の動きか?――鈴


 でも、もし翔太くんは本当にこのまま続けば……――佐


 僕の何かの癖が見えているのか?――鈴



 二人は各自の思惑が進んでいる。そして、場の空気も今までにないくらい張り詰めた空気になっている。


 この二人にとって、このラストゲームはまるで決勝戦になったような一局だった。


 そして、最初この雰囲気に飲み込まれたのは鈴木翔太である。



 とにかく、もう一度同じサーブで様子を見よう。



 ド。ド。ド。



 何のための動きなのか、しっかりと見極めよう……!



 鈴木翔太は向こうのサーブエリアの角に見つめて、イメージする。


 そして、確認した後――


 スッ。


 ――鈴木翔太はボールを打つ前に、先に佐藤ジョシの顔を見た。



 佐藤姉ちゃんの目、僕がサーブを打つ前に閉じた!



 パーン!ボールがもう一度佐藤ジョシの隣から過ぎ去っていく。



 確定だ。――鈴


 また回転するヤツだ……――佐


 佐藤姉ちゃんは……僕の癖がわかってる。――鈴


 どうしよう……このまま続けば……――佐


 ……サーブの作戦、変更するか。――鈴


 ずっと回転するヤツを避けると―― ――佐


 スピンサーブの回転に惑わされたくないなら―― ――鈴


 ――何もしないままで負けちゃう!――佐


 ――スピンサーブで勝ち続けばいい!――鈴



 鈴木翔太は同じ動きで、向こうのサーブエリアの角に見つめてから、2秒置きで、トスする。


 宙に舞うボールを見て、彼の心の中には勝負心が燃え上がっている――いいえ。冷静さすら失うくらいに燃えすぎている。



 ……目を閉じれば、何も打てないよ!



 パー!



 このまま負けちゃう!と思っても、佐藤ジョシはそれでも目を瞑った。


 ボールがまた佐藤ジョシの隣から過ぎ去っていく――という景色が発生しなかった。


 パタ。


 鈴木翔太がサーブしたボールは、勢いよくネットにぶつかって、そのまま網の緩衝材によって、スススと地面に滑り落ちた。


「……」


 ボールの風を切った音が聞こえなかった違和感を感じた佐藤ジョシは、片目を開けて、次第に両目も開けた。彼女は少しOの口になっていた。


 これは鈴木翔太が初めてのサーブミスだ。


「……ごめん。フォルト。」


「え、あ、はい。」フォルト?


「……もう一度サーブをやりなおします。」


 なるほど!


「はい!どうぞ!」これはもしかして……ラッキー?


 佐藤ジョシの言動は特に深い意味ではない。むしろ単純すぎて、逆に疑われるほどだ。


 そして、そう。鈴木翔太は、自ら泥沼に落ちていく。



 僕は……何に対して血が上るんだ!


 初心者相手にここまで勝って当然だろう。むしろ負けた方が恥ずかしいだろう!


 なのに……初心者相手にここまでして、こんなの全然……いいところがないじゃん!


 僕は、何に証明したいんだよ……


 一体、何に勝ちたいんだよ!!



 鈴木翔太はここで、初めて他の負けている可能性を思い付いた――二回のサーブミス。


 このことを意識していたら、鈴木翔太はさらに自分に責める。


 自分のコントロールがいいからって、いい気になるなよ!


 あの時の教訓、まだ得られないのか?!


 僕はなんで、戦力外になっているのか、僕はなぜ、ここで試合しているのか……


 全部、忘れてんじゃねえよ!!!


 鈴木翔太は、頭からあの大会のことがよぎった。よぎってしまった。



 伊中大会トーナメント二回戦・6-6の7タイブレーク、最後の局。2-4の点数。


 あのサーブミスからの選択、全てがよぎってしまった。


 サーブ権は自分。追いつけない点数ではない……ちゃんとやれば、主導権を握れば、まだいける。2-5はさすがにダメ、だからこの一点は、どうしても、取らなければ――!!


 そして、あの時、彼はサーブミスしてしまった。


 緊張と負けたくないという意志、そして、どうしても相手に取らせたくない点数……色んな要素が合わさって、セカンドの時、鈴木翔太は逃げ策を選んでしまった。


 その結果、彼はあの1ポイントを勝てたが――その次のプレイは、彼の心の調子と同じ崩れたように、残りの局は、全敗。


 あの試合の最終結果は――6-7(3)。



 時間が戻り、


 僕は負けてない……負けてない!!まるで今の現実とすべてがかみ合っていたかのように、今このタイミングで、鈴木翔太の目の前に、あの時の景色が彷徨わせて、重なっていく。


 心は、あのままだった。


 彼の時間は、あの時に止まっている。


 目の前の相手はあの子ではない。自分の理性はちゃんとわかっているのに……


 負けてない、負けてないとずっと心の中で叫んでいる悔しさがどうしても現実を受け入れない。


 だから、まき散らすように、八つ当たりのように、何もかもがめちゃくちゃになっていた。


 自分はまだ、小学生なのに……


 何で自分はこんなに面倒くさいか鈴木翔太自身でも思う。


 だが、こういう思考がどうしても止められない。


 誰の手助けがない限り、彼はきっと……この束縛から逃げられない。


 故に――


「翔太くん!」


 ――運命のように、やけくその気持ちが、ダブル意味で奇跡が起こる。


 はっと、佐藤ジョシの声で鈴木翔太は我に返った。


「……何?」と鈴木翔太が無気力な声で答える。


 サーブ時間が超えた?ルール違反で失点?もしかしたら本当に――


 実際、鈴木翔太の思う通り、すでに待ち時間が超えていた。


 だが、佐藤ジョシは待っていた。


 佐藤ジョシはそのことについて指摘しなくて、するつもりもなくて、ただただ、真摯に向けて、鈴木翔太のサーブを待っていた。


 よって、色んなネガティブの思考に囚われている鈴木翔太は、これからの言葉は彼が思わぬ言葉だった。


「私は――ちゃんと、受け取ってみせるよ!」


 ああ、純粋で……真っ直ぐな目。


「あなたのサーブなんか――!」


 ……そういえば、最初の試合の時もそうだった。


 “「大丈夫、大丈夫!小学生のサーブなんて、大人の私にとって”――


「――ちょちょいのちょいなんだから!」


 全然、こっちの実力もわからないくせに、なのに謎の自信家っぷり。


 だが、たとえ全ての結果が覆せても、佐藤ジョシは自分を貫いて、最後までやり遂げようとしている。


 全く同じ言葉なのに、全然違う意味に聞こえる。


 普通なら、佐藤姉ちゃんみたいな人は、絶対嫌われ者だと思うけど……なぜだか、僕は不思議と……全然嫌っていない。


「ふふふ。いずれ私はATPに参加できるかもだからね!」


 ……その舐め腐った態度を除けば。


「……はーいはーい。じゃあ佐藤姉ちゃんは準備できてる?」


「おお!さあー来い!」


 佐藤ジョシのことを見れば、自分はいかに思い込んでしまっているのか、わかってしまう。


 だからこそ、鈴木翔太には彼女のこういうところを直してほしくない。


 自分が自分に真摯に向けられるために、そして――


 スッ。


 パン!


 ――自分から逃げられないために!


 ドン!



 きたぁああ――!!!――佐



 あれは、鈴木翔太の最高のサーブ。打点問題なし。早さも問題なし。タイミングもばっちり!まさに今日中に一番いい一球だった。


 だが、試合中にお互い高め合うように、全てをこの一球に入魂し、佐藤ジョシも珍しく、正しい姿勢、完璧なタイミング、球を打ってる時のスイートポイントまで、全部噛み合って、奇跡の一球、当たり前のような一球が、この局で起きたのだ。


 佐藤ジョシはフォアハンドでサーブをリターンし、反動力によって、その球はもとの力で、ほぼ同じ速度のままで、ボールが返された。


 もし、相手は佐藤ジョシと同格の人であれば、この返球は間違いなく、リターンエースになるだろう。


 だが、佐藤ジョシの相手は、優勝候補を戦術と戦略で最後まで粘ってきた鈴木翔太である。


 初心者がよく返球する方向がクラブで色んな大人と試合経験によって、わかっていたのだ。


 佐藤ジョシがボールを返した方向で、鈴木翔太はすでにその方向の先で待ち構えて、ラケットを構えた。


 ドン、ボールが地に落ち、パー!と、ボールはまたそのまま返されて、佐藤ジョシの目の前に飛び越えた。


 ド。佐藤ジョシは追いつこうとしても、ボールは無慈悲に二回目落ちて、終わった。


「はぁ……はぁ……」


「ふぅ……ふぅ……」


 0-40



「40-0」


 佐藤ジョシは、「はは!」と笑い出した。何故か、彼女はとても笑いたかった。


「……翔太くん。」


「……なに?」


「やっぱ……この局、私が勝っても負けても、このまま終わりにしよう。」


「……いいよ。」


「ありがとう。」



 このゲームの最終結果は――



 ――佐藤ジョシの日記帳


 2020年14月13日


 この日付に色んな記述の最後に、彼女はこう書いてある――


 ”――この日の試合、私の全敗である。”


 ”だけど、楽しかった!”


次回、新章突入!

よって、次の更新まで少々長めです!


あと、試合のGIFもちょっと描きたいです!

色んな試合を参照にして、頑張って描きます!

では!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ