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佐藤ジョシの日記帳⑫2020年14月13日ー③

「3セット……なるほど。いいけど、ちなみに、なんで?」


「ふん、ふん、ふん。簡単なことだ。3セットの試合って……三回1セットの試合みたいなもんじゃん!」


「……」


「それに、ずっと一回一回やるより、直接三回やったほうが、一番勝負感がある――みたいな?だから、今回の試合は3セットにしてほしいなー……なんて、ダメかな……?」


 へへへー。もちろん本当の理由はこれじゃない。


 実は、クソガキの中では、そいつの鼻をへし折るくらいしたい嫌な奴と、ちょっとしょうがない感じの微笑ましいやつがいる。


 うちの姪は残念ながら前者のほうだ。


 そして、こういうクソガキの特徴は、勝ち続けるまでやるだけじゃなく、勝負ごとに、勝負の条件を変えることもよくあるものなんだ!


 そう……例えば――

 こちら一回勝てたら、“ルール決めてなかったから、これは三回勝負だ!”という条件変えがあったり……

 前者のルールを決めた上に勝てたら、“さっきのはなし!五回勝負よ!”という図々しいムーブもあったり!

 さらにもしこの二つの状況が発生した上で、勝ち続けていたら、“ああー!もーう!今度こそこの局が勝ったほうが勝ち!だから前に負けたやつは全部なし!”という、とにかく勝ち逃げのための姿勢を見せて、 完全体のクソガキムーブだったりも!


 ……私は、これを“クソガキルール”と名付けている!あるいは“ガキ大将ルール”と呼んでもいい。


 そして私は今、やっているのはこの“クソガキルール”の前振りだ!


 つまり、“クソガキ”になった今の私は、勝つまでにもう無敵になっている!


 ふふふふ……ふははははははぁー!(心の中で魔王みたいな笑いをしている)


 ****


 佐藤ジョシは心の中に魔王みたいな笑いをしている間、鈴木翔太は彼女を見つめている。その目に含んでいる感情は怒りや面倒くさいなどマイナスの感情ではなく、もはやただの優しさである。


 実は、佐藤ジョシは“クソガキルール”にある一つの問題に意識していなかった。


 それは、三回勝負は確定で三回試合することではない。


 運ゲーや戦略性のあるものなら、“クソガキルール”は適応するかもしれない……が、これは運動競技の試合である。


 運動競技の試合において、試合する両者はある程度の実力がなければ、3セットまでできることはまずない。まして佐藤ジョシと鈴木翔太がやっているのは、もっとも身体能力と技量が問われるテニスだ。


 今まで5回の1セット試合でもずっと完璧に完封された佐藤ジョシには、急に3セットの試合をしても、強くなるわけがない。ストレートで負けるに違いない。


 だから、姪のことと思い出に囚われている佐藤ジョシは、自分がどれだけ腑抜けた計画を立てているのが全然気付いていなかった。当然、この“三回勝負”のことも、全く意識できていなかったのだ。



 だが、鈴木翔太は違う。むしろ、彼は二回目の試合で、すでに佐藤ジョシの意図に気付いたのだ。


 彼は気付いた上で付き合っていた。


 故に、佐藤ジョシのこの「――だから、今回の試合は3セットにしてほしいなー」という願いは、彼はこう言ったのだ。


 ****


「……わかった。いいよ。」


 よっし!


「やったぁ――」私は歓声を上げた途端、翔太くんはすぐ私の声を遮った。


「――ただし!」


「……え?」ま、また何があるのか?!


「一つ条件がある。」


「じょ、条件?!」まさか、私に縛りプレイでもさせる気か?!


 やだやだ!あんなクソガキムーブは絶対この子から見たくないよ!私は嫌だぞ!


「――ええ。何ゲーム目でもいい。もし佐藤姉ちゃんは一回でも僕に勝ったら、そのセットは姉ちゃんの勝ちでいい。」


 ほら!やっぱり縛り――っ?


「ホエ?」


「何がわからないところあるの?」いやいやいや、そんな純粋な目で見ないで……


 え?私がおかしいのかな?


「ええと……確認するんだけど。」


「はい。どうぞ。」


「テニスのルールって、1セットに6ゲーム先取だよね?」


「そうだよ。今までの試合ずっとそうだろう?」


「んで、1ゲームを取るには、先に4ポイントを取らなきゃだめだよね?」


「うん。そうだよ。」


「じゃあ、その、一回でも勝ったらという意味は――」と。


 私が思ったことを口に出す前に、彼はこう言った。


「――そのままの意味だよ。1ゲームの中に、佐藤姉ちゃんは1ポイントでも取ったら、そのセットは――僕の負け。」


 え……?え……?


 この子、私に縛りをつけるところか、逆に自分を……?


「だって、こうでもしないと、お姉ちゃんは絶対に、僕に勝てっこないよ?」翔太は微笑みでこう語る。


 微笑みなのに、優しい口調なのに、私にはただただ、怖い雰囲気を感じている。


「ええと……」


「その代わりと言ってはアレなんだけど……でも、僕はもう、手加減しないよ?」


 あ。


 私、死ぬ?


 それに“もう”って、私は今まで……ずっと手加減されていた?


「――じゃあ、そろそろ、試合を始めようか。」


「あ……は、はい。」



 試合開始!


 パン!


「ひぃ!」


 ……



 そして、この試合の1セット目――


 「うぃ……」佐藤ジョシは目尻に涙を汲みながら、呻いている。


 ――鈴木翔太はあっさりの 6-0 である。

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