夕焼けの中で
斜陽に映える左手を擬と見る。
皺の彫まで認められるこの手には、
掴めるものが何もない。
太陽をこの手に宿したように輝くこの左手は、
確かに光を掌の内へ収めていた。
桜が散るのと同じように、太陽はどことも言えないビルの合間に沈んでいき、やがては青い空気が辺りを包み始めた。
ああ、己れの光よ。
どこへ消えてしまったのだ。
後生大事に抱えていた存在は、その慈しみ故に失ってしまった。
掴んだものを離してばかりの人生だった。
中心の窪んだしなやかな曲線を、青く霞んだ部屋の中で見つめていた時からこの瞬間が来ることは最早止められなかったのかもしれない。
微笑むと口の端にできる窪みはいつの間にか消えていた。
終いの時には声さえ聞くことは叶わず、味のない乾いた言葉だけを、頭から踵まで滴るほど浴びせられた。
ただ己れは、君と一緒にいたかった。
日々を過ごし、毎朝顔を突き合わせるだけでよかったのに。
君に言わせれば不満の溜まる日々だったのだろう。
謝ることしかできなかった。
いつも乗っていた助手席は、数ヶ月経ったというのに未だ香りが残っている。
いつもつけていた甘いバニラの香りが。
街中で似た香りを感じ、振り向く癖がついてしまった。
似ていると言っても、同じ香りではない。
君の香りは今まで感じた香りの中で最も甘く、最も記憶に残っている。