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第8話『拠点が必要だよね!?』

 朝の教室。焔城楔は一冊の黒い手帳を持ちながら、隣のクラスの鏡月紗羅に向かって歩いていた。彼の目的はただ一つ──鏡月に受付を引き受けてもらうことだ。


「おはよう、紗羅!」


 隣の席で準備をしていた紗羅は、振り返ることなく答える。


「……何の用?」


「この前の話、考えてくれた?」


「この前の話?」


 紗羅はわざとらしく楔を無視して、筆箱を開ける。その仕草に、楔は屈することなく続けた。


「ほら、僕の秘密結社の受付。やっぱり紗羅にしかできないと思うんだよね!」


「やっぱり断るわ」


 即答だった。しかし楔はその一言にも気にした様子はなく、笑顔で言葉を重ねる。


「そんな簡単に決めなくてもいいじゃん。ほら、受付ってカッコいいよ?」


「どこが?」


 冷たい声が返ってくるが、楔は構わずに話を続けた。


「秘密結社の受付って、その結社の品格を表す重要なポジションなんだ。紗羅がいると僕も助かるし、結社全体が良くなると思うんだよね」


「そんなものに興味はない」


 紗羅はそれだけ言うと、立ち上がって教室を出て行った。しかし、その胸の中には複雑な感情が渦巻いていた。


(こいつ、本当にしつこい。でも……何でそこまで私にこだわるの?)


 彼女は内心で呟きながら、楔の目に時折見せる鋭さと、その不可解な能力を思い返していた。



 放課後、楔は学校の門の前で紗羅を待ち伏せていた。


「ねえ紗羅、少し時間ある?」


「……今度は何?」


「秘密結社の拠点を探しに行こうと思ってさ。君も一緒に来てよ」


「私には関係ない」


「そう? でも紗羅が来てくれないと困るんだ。せっかく秘密結社の拠点なんだから」


 紗羅は楔の無邪気な笑顔の奥に、あの時の情報の出所を思い出していた。なぜ牙影会のことを知っていたのか。単なる偶然なのか、それとも……。


(……このバカの行動を見ておく必要があるわね)


「……少しだけよ」



「ここなんてどうかな? 秘密結社っぽくない?」


 楔が指差したのは、明らかに老朽化したビルだった。外壁はひび割れ、窓には板が打ち付けられている。しかし、その佇まいには独特の存在感があった。


「……こんな場所、何に使うの?」


 冷たい声で返す紗羅。しかし楔は気にした様子もなく、熱心に語り出した。


「ほら、ここの地下フロアがいいんだ。表からは見えないけど、結構な広さがあって。ここに受付カウンター作って、そこに紗羅が座ってて……」


 楔は目を輝かせながら具体的なイメージを語る。その無邪気な様子に、紗羅はため息をつきながらも、思わずその光景を想像していた。


「秘密結社っぽい雰囲気って大事じゃん!」


「意味が分からない」


 紗羅はため息をつきながら歩き出す。だが、その心の中では、楔の描く世界に対する奇妙な興味が少しずつ芽生えていた。


「受付のカウンターとか作ったらいい感じになると思うんだけどな」


「引き受けない」


 数軒の候補地を見て回るうちに、楔がふと立ち止まった。その表情が一瞬だけ引き締まるのを、紗羅は見逃さなかった。


「ごめん、ちょっと用事ができた」


「は? 用事?」


 紗羅が振り返ると、楔は手帳を開いて静かに呟いた。その表情には、いつもの無邪気さの中に、どこか真剣な色が混ざっていた。


黒典Ⅱ章(セカンド)──『転移楔(ポータルピン)』」


 次の瞬間、楔の姿がふっと消える。残された空間には、かすかな余韻と共に、紗羅の知らない世界の存在を感じさせる空気が漂っていた。


(本当に……何なのよ、あいつは)


 紗羅は立ち尽くしたまま、消えた楔の姿を見つめる。その胸の中で、好奇心と警戒心が混ざり合っていた。



 一方、その頃、伏見燦は暗い路地を全力で走っていた。背後からは複数の足音が響き、彼を追い詰めようとしているのが分かる。


「伏見燦! 逃げても無駄だ!」


 追手の声が響く。伏見は振り返らずに走り続けたが、狭い路地の先には高い壁が立ちはだかっていた。


(くそ、行き止まり……!)


 立ち止まった伏見の前に、追手の男たちが現れる。


「もう逃げ場はないぞ。観念しろ」


「俺は何も知らないと言っている」


 伏見は冷静を装って答えたが、内心では状況の悪さを痛感していた。


 男の一人がナイフを構える。その目は伏見を仕留めようという執念に燃えていた。


「これで終わりだ」


 追手が一斉に伏見に向かって迫った瞬間――空間が揺れるような音が響いた。


 裂け目が現れ、そこからふっと1人の少年が姿を現す。


「やっほー、伏見さん!」


 軽い声で挨拶する楔を見た伏見は、驚愕の表情を浮かべた。


「……何でお前が!?」


 追手たちも足を止め、楔を睨む。


「伏見さんがピンチな気配を感じたんだ」


 楔は無邪気に手帳を開きながらそう答えた。


 追手の一人が、楔に向かって銃を構えた。


「黙れ! 邪魔をするなら消すだけだ!」


 その言葉に、楔は肩をすくめると静かに呟いた。


黒典Ⅲ章(サード)──『重楔撃(クラッシュピン)』」


 虚空から巨大な楔が現れ、追手たちの間に突き刺さる。その衝撃で全員が吹き飛ばされ、地面に転がった。


「くそっ、こいつ……!」


 男たちは怯えながらも体勢を立て直そうとするが、楔はさらに手をかざす。


黒典Ⅲ章(サード)──『楔牢獄(プリズンピン)』」


 無数の楔が現れ、追手たちを囲むように組み合わさり、檻を形成した。


「これでおしまい」


 伏見は目の前の光景に言葉を失っていた。


「……何なんだ、お前は」


 楔は笑顔を浮かべながら振り返った。


「僕? ただの秘密結社のリーダーだよ!」


 その無邪気な言葉に、伏見はさらに困惑した表情を浮かべた。


「助けてくれたのは感謝する。でも……もう俺に関わらない方がいい」


「あ、そうだ! 紗羅をそのままにしてきちゃった! 早く戻らないと」


 楔はふと思い出したように声を上げ、振り返った伏見ににっこり笑いかけた。


「伏見さんも一緒に来てよ。あなたが仲間になったら、うちの受付を紹介しなきゃいけないからね!」


 伏見は困惑した表情で楔を見つめたが、その隙に楔は手帳を手にして口を開いた。


黒典Ⅱ章(セカンド)──『転移楔(ポータルピン)』」


 気づいた時には、伏見は楔とともに次元の裂け目に飲み込まれ、次の瞬間には見慣れない場所へと連れて来られていた。


 そこには腕を組んだ鏡月紗羅が冷たい視線を楔に向けて立っていた。


「……随分と遅かったわね」


 楔は気まずそうに頭を掻きながらも、全く悪びれた様子もなく笑顔で答えた。


「ごめんごめん! ちょっと用事が長引いちゃってさ。でもほら、今日は新しい人を連れてきたよ!」


「新しい人……?」


 伏見を一瞥した紗羅は、困惑の表情を浮かべながらも、楔の能力を目の当たりにした衝撃が残っていた。空間を切り裂き、自在に移動する力。そして戦闘能力さえ持つという事実。その不可解さと、どこか危険な匂いがする存在感。


(ただの学生のはずがない。この力は……でも、なぜ私に……)


 紗羅の中で疑念が渦巻く。だが同時に、今までの自分の立場とは違う何かを感じさせる存在に、かすかな期待も芽生えていた。楔の言葉には嘘がなく、その行動には確かな意志が感じられる。


「この人が伏見さん。うちの事務員だよ! 紗羅、よろしくね!」


「……加入するとは言ってないんだが」


 伏見はぼそりと呟いたが、楔は気にする様子もなく笑みを浮かべ続けた。


 紗羅はそんな二人を見ながら、静かに決意を固めた。


(このバカの本当の目的……この力の正体。それを確かめる必要がある)


「……受付、引き受けてあげるわ。ただし、1ヶ月だけよ」


 突然の言葉に、楔は目を輝かせた。


「本当!? よかった! 紗羅、ありがとう!」


「……後悔するかもしれないけど」


 紗羅はそう呟きながら、不思議な予感を胸に抱いていた。この決断が自分をどこに導くのか、まだ分からない。しかし、確実に何かが変わり始めている。そんな予感が、彼女の心を静かに揺らしていた。

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