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第7話『事務員も欲しいよね!?』

 牙影会との戦闘から数日後──


 落ち着いた雰囲気のカフェの片隅で、伏見燦はコーヒーを一口飲み、静かにノートパソコンの画面に目を戻した。端正な顔立ちと知的な眼鏡姿は、どこにでもいるような優秀なサラリーマンを思わせる。しかし、その瞳の奥には、普通の人間では持ち得ない膨大な情報が宿っていた。


(これで今日の整理は終わりか……)


 伏見は、日々蓄積される記憶を管理するために、定期的に記録をつけている。完全記憶能力──それは一度見たり聞いたりしたものを、決して忘れることのない力だった。しかし、その能力は同時に重荷でもあった。記憶は消えることなく積み重なり、時として彼を追い詰めることもある。


(これ以上、面倒事には関わりたくない)


 伏見はそう思いながら、静かに息を吐いた。窓の外では夕暮れの街が茜色に染まり始めている。


 その時、カフェの扉が開き、一人の黒髪の少年が入ってきた。少年は周囲を見渡し、すぐに伏見を見つけると、まるで旧知の友人であるかのように一直線に彼のテーブルに向かってきた。


「こんにちは!」


 突然声をかけられた伏見は、顔を上げて少年を見た。どこか無邪気な笑顔を浮かべる少年の姿に、違和感と警戒心が芽生える。


(……誰だ?)


 少年はにこやかに微笑みながら、何の遠慮もなく目の前の椅子に腰を下ろした。その態度には不思議なほどの自然さがあり、かえって伏見の警戒心を強めた。


「初めまして。僕は焔城楔。秘密結社を作ってるんだ!」


 その予想外の言葉に伏見は一瞬だけ目を見開いたが、すぐに冷静さを取り戻した。長年の習慣で、表情に動揺を見せないよう気を付けている。


「秘密結社……?」


 伏見は淡々とした声で問い返した。その反応に、楔は満面の笑みを浮かべた。


「そう! 僕の夢なんだ。でね、伏見さんみたいな人が事務員として入ってくれたら最高だなって思って!」


「待て。まず一つ、なぜ俺の名前を知っている?」


 伏見は楔を鋭い目で見つめた。その視線には、単なる警戒以上のものが込められている。これまでの経験から、名前を知られているということは、何かしらの意図を持って接触してきた可能性が高いと考えていた。


 楔は少しだけ困ったような顔をして、黒い手帳を取り出した。


「んー、あなたの名前が秘密結社にいそうだなって思って。それで調べたんだ」


「……それだけか?」


 伏見はあきれたようにため息をついた。この少年の言動には、どこか現実離れした無邪気さがある。しかし、それが演技なのか本心なのか、判断がつかない。


「そんな理由で俺をスカウトしに来たのか」


「うん!」


 楔は何の迷いもなく頷いた。その無邪気さに、伏見はさらに警戒心を強めた。表面的な態度と、その背後にある何かが一致しないように感じられた。


「まあ、伏見さんがすぐに承諾しないのは分かるけどさ」


 楔は手帳を閉じ、椅子の背にもたれかかった。その仕草には、年齢以上の余裕が感じられる。


「僕の秘密結社には、事務員が必要なんだよ。デスクワークとか情報整理とか、そういうの得意でしょ?」


 伏見は黙ったまま楔を見つめた。この少年が何を考えているのか、まったく読めない。それは、長年人間を観察してきた伏見にとって、珍しい経験だった。


「それにしても、何で俺なんだ?」


 伏見の中で緊張が走る。この出会いが本当に偶然なのか、それとも……。


「直感かな」


 楔はあっさりと答えた。その言葉に、伏見は軽く笑った。笑みの中には、困惑と興味が混ざっていた。


「……面白い奴だな」


「でしょ? だから、伏見さんも絶対楽しめるよ!」


 伏見はしばらく黙り込んだ後、椅子から立ち上がった。


「悪いが、断らせてもらう。……君がどれだけ信用できるかも分からないからな」


「そっか、まあそれもそうだよね」


 楔は肩をすくめて笑った。その表情には失望の色は一切なく、むしろ何かを企んでいるような雰囲気さえ感じられた。


「じゃあ、僕の秘密結社がどれだけすごいか、これから見せていくよ!」


 伏見はそれ以上何も言わず、カフェを後にした。その背中を見送りながら、楔は小さく呟いた。


「伏見燦、絶対に僕の秘密結社に来てもらおっと」


 その無邪気な声は、どこか確信めいた響きを持っていた──。

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