第6話『はじめての拷問は緊張するよね!?』
倉庫の一角。拘束された男は椅子に縛り付けられたまま、意識を取り戻していた。その表情には先ほどまでの狂気は消え、代わりに苦々しさだけが残っている。周囲には楔が無数に突き刺さり、閉じた牢獄を形作っていた。
「さてと」
焔城楔は椅子を引き寄せ、男の前に腰掛ける。片手には黒い手帳を持ち、もう片方の手で軽く頭を掻いている。
「ちょっと、話を聞かせてもらおうかな」
楔は相変わらずの調子で声をかけた。男は鋭い目で楔を睨みつける。
「……誰が話すか」
「そっか。でもさ、これ僕のためじゃないんだよね」
男がその言葉の意味を理解しようとしている時、楔はちらりと後ろを振り返った。そこには鏡月紗羅が、腕を組んで立っている。
「紗羅が知りたがってるんだよ。だから、君が話してくれると助かるんだけどなー」
少し離れたその場所で、紗羅は内心でため息をついた。
(こいつ、本当に何を考えているの?)
目の前の光景が、まるで現実とは思えない。楔の行動は、彼女の理解の及ばない何かを感じさせた。いつもの無邪気な態度の裏に、底知れない深さを垣間見る。
紗羅の思考を遮るように、楔は再び男へと向き直る。
楔は手帳を開きながら、男を観察するように目を細める。
「黒典Ⅲ章──『圧楔』」
その言葉と共に、男の周囲に無数の楔が現れ、ゆっくりと狭まるように動き始めた。鋭い先端が肌を刺すことはないが、その寒気のような感触が全身を這い回る。
「おい、やめろ……!」
男の声が震える。先ほどまでの圧倒的な力の差。そして、今も確実に迫ってくる楔の存在。それは、もはや抵抗の余地すら与えない絶対的な力だった。
「だからさ、ちょっとだけ話してくれればいいんだよ。別に全部じゃなくてもさ」
少年の無邪気な声が、より一層恐怖を掻き立てる。人間離れした力を持ちながら、まるで蟻を観察するような態度。それは、彼らが完全に異なる次元の存在なのだと思い知らせる。
「どうせお前たちには何も……っ!」
言葉の途中、楔がさらに一歩だけ迫る。男の全身から冷や汗が吹き出した。先ほどの戦いで散々見せつけられた力。そして、この状況からの脱出は不可能だという事実。
楔は手帳を閉じると、真剣な顔で紗羅を振り返った。
「ねえ、紗羅。僕がうまく情報を引き出せたら、受付やってくれない?」
「……」
紗羅は何かを言おうとしたが、結局黙ったまま楔を見つめるだけだった。
周囲の楔が、もう一歩狭まる。それは、まるで呼吸すら許されないかのような圧迫感。もはや選択の余地はなかった。
「待て……話す、話すから」
震える声で、男は降伏の意を告げた。
楔は満足そうに頷き、手を振って楔を消す。
「ありがとう! じゃあ、君たちの計画を教えて」
*
男は苦々しい表情を浮かべながら語り始めた。
「俺たちは、強力な腕力を得られる薬品を横流ししている。それを使えば、普通の人間でも超人的な力を手に入れることができる」
「へえ、それで?」
楔は興味なさそうにメモを取りながら促した。
「……だが、その実験には犠牲が必要だ。失敗作は処分されるし、成功したとしても副作用で命を落とす可能性がある」
「それで、その薬品をどうするの?」
紗羅が鋭く問いかけると、男は顔を曇らせた。
「その薬品を兵士に使わせ、次の計画に備えている……それ以上のことは俺も知らされていない...」
男の話を聞き終えた楔は、手帳を閉じて立ち上がった。
「そっか、ありがとう! 紗羅、これで君も納得したでしょ?」
「……そうね」
紗羅は冷たい声で答えたが、心の中では楔への疑念と興味が膨らんでいく。
「でさ、これで受付やってくれる?」
「そうね、少しだけ考えてあげる」
紗羅の返答に、楔は肩をすくめて笑った。
「そっか、じゃあ色良い返事を期待してるよ!」
その無邪気な笑顔は、先ほどまでの尋問が嘘のようだった。だが、男の震える背中が、その場の重圧を物語っていた。