第4話『登場シーンはこだわるよね!?』
夜の冷気が漂う倉庫街。紗羅は地図に示された地下通路の入り口を探していた。楔の情報が正しければ、倉庫の北側に隠された扉があるはずだ。
(本当に信じていいのかしら……)
慎重に北壁を調べると、確かに人目につかない位置に扉が設置されていた。紗羅は手帳の情報を思い出しながら、静かに扉を開ける。錆びた金具が軋むのを最小限に抑えて、体を滑り込ませた。
地下通路は予想以上に広く、天井には配管が這っている。紗羅は壁に身を寄せながら、足音を殺して進んだ。
通路の先から、かすかに人の声が漏れてきた。紗羅は息を潜め、音のする方へと近づく。
倉庫の地下には広い空間が広がっていた。天井の無骨な照明が、銃器や薬品の詰まった箱を照らしている。中央では数人の男たちが、何かの取引らしき会話を交わしていた。
「この取引が成功すれば、次の計画が動き出す」
「次の計画……?」
紗羅は梁の影に身を潜めながら、わずかに身を乗り出す。男たちの声が聞き取りづらく、もう少し近づく必要があった。その時、足元の金属板が微かに軋んだ。
(まずい……!)
「……誰かいるぞ」
男たちが一斉に声のした方向を向く。
「そこに隠れているのは誰だ!」
銃を構える男たちが周囲を囲み始める。逃げ場は、もうない。
(ここは──)
紗羅は深呼吸を一つし、冷静に状況を把握する。敵は七人。全員が武装しているが、狭い空間では銃器は扱いづらいはず。
その瞬間、紗羅は一気に動き出した。
「『散月』!」
彼女の手から放たれた暗器が鋭い弧を描き、二人の銃を弾き飛ばす。その隙を突いて、紗羅は間合いを詰める。
「『瞬月』!」
体術を使い一瞬で加速、残りの敵の懐に入り込んでいく。
「何だこいつ……!」
驚きの声が上がる中、紗羅は無駄のない動きで敵を次々と無力化していった。暗器と体術を組み合わせた彼女の戦闘は、まるで舞のように美しく、そして致命的だった。
その姿に、一瞬男たちの動きが止まる。
だが、その沈黙を破るように、重い足音が響いた。
「面白いじゃねぇか」
地下倉庫の奥、薄暗い影から姿を現したのは、筋肉質な大柄の男だった。一歩踏み出すごとに床が軋むような重みがある。その男の存在感は、先ほどまでの敵たちとは明らかに異質だった。
「鏡月家か。最近うちの周りを嗅ぎまわってるらしいなぁ!」
男は首を鳴らしながら、悠然と歩みを進める。紗羅は無意識に一歩後退していた。
(この男は……ただ者じゃない)
「おい、お嬢ちゃん。いい加減、邪魔が過ぎるんだよ」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、男は間合いを詰めていた。紗羅の予想を遥かに超えた速さ。
「『散月』!」
紗羅は咄嗟に暗器を放つ。しかし、男はそれを片手で受け止め、まるでそよ風でも払うかのように弾き飛ばした。
「こんなオモチャで何ができる!」
男の拳が空気を震わせて迫る。紗羅は回避を試みるが、男の一撃は想像以上の威力を帯びていた。かわしきれない衝撃波が彼女を弾き飛ばす。
(この力……通常の人間じゃない)
壁に叩きつけられた背中が痛む。紗羅は素早く体勢を立て直そうとするが、全身が重く感じられた。それでも、次の瞬間には男の巨体が迫っていた。
「これで終わりだ!」
大きな一撃が振り下ろされる。紗羅は避けきれず、ただ衝撃を緩和することしかできない。
(私の技が……まるで通じない)
紗羅の呼吸は乱れ、汗が目に入る。今までにない実力差を前に、彼女は確かな焦りを感じていた。
その時だった。
突然、地下倉庫の空気が震え、歪むような音が響いた。まるで空間そのものが裂かれるかのように、目の前の景色が波打つ。
「黒典Ⅱ章──『転移楔』」
虚空に現れた裂け目から、焔城楔が軽やかに一歩を踏み出した。
「おーい、紗羅!」
あまりにも場違いな明るい声が、緊迫した空間に響く。つい先ほどまで学校で見せていた、あの無邪気な少年が確かにそこにいた。
「……は? どうしてあなたがここに!?」
楔は手を振りながら、まるで下校途中に友達に会ったかのような調子で答える。
「そりゃ、大事な社員はリーダーが助けないと!」
男は目の前の光景に困惑したように眉を寄せる。
「なんだお前は……!」
その問いに楔は首を傾げ、笑顔で答える。
「君たち、なんか悪者感すごいね。でも、ちょっとやりすぎじゃない?」
その軽い言葉に、男の表情が一気に険しくなる。
「ふざけるな!」
男は怒りのままに拳を振り上げ、地面を震わせながら楔へと突進する。その一撃は、先ほど紗羅を追い詰めた破壊力をさらに上回っていた。
しかし――。
「黒典Ⅱ章──『防護楔』」
楔の言葉とともに、虚空から無数の楔が現れ、彼の周囲にバリアを形成する。男の渾身の一撃がバリアに衝突すると、まるで波紋のように衝撃が拡散し、消えていく。
「おお、これ結構便利だね!」
楔の声には、まるで新しいおもちゃを試しているような無邪気さがあった。