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第1話『秘密結社には受付が必要だよね!?』

 夜の静寂は、言葉を持たない哲学者のように、全てを問いかける。

 人が生きる意味とは何か。世界を支配する秩序とは何か。

 そして、なぜ――秘密結社とはこんなにもカッコいいのか。


 焔城楔(ほむらぎくさび)の部屋には、いつも夜の帳が早く訪れる。

 カーテンが引かれ、机の上にはただ一つの明かりだけが灯る。壁には世界中の秘密結社の噂や都市伝説を集めた新聞記事が所狭しと貼られている。机の上には秘密結社の設立計画と称した、妙にこだわりの感じられる図面の数々。


「ようやく終わった……これで本格的に始められる」


 楔は満足げに微笑み、黒い手帳を開いた。その表紙には不思議な模様が刻まれ、見る角度によって形を変えるように見える。


黒典Ⅰ章(ファースト)──『名刻(ネームマーク)』」


 その言葉と共に、手帳のページが淡く輝き始める。

 まるで月の光が水面に映るように、ページの中央にインクが染み込むように文字が浮かび上がる。


 【鏡月紗羅(きょうげつさら)


「……まさに秘密結社の受付に最適な名前じゃないか!これは絶対間違いない!」


 楔は満足げに笑い、即座に行動を開始した。


 *


 翌日。放課後の図書館。陽が傾き始めた窓からは、オレンジ色の光が差し込んでいる。


 一人の少女が窓際の席で読書に没頭していた。

 黒髪のストレートロング、銀色がかった黒い瞳を持つ少女。静かに本のページをめくる姿は、周囲の喧騒を遮断しているかのようだった。


 楔は書架の横から、その様子を見ていた。

 同じ学年の鏡月紗羅。成績優秀で、誰もが知る優等生。

 しかし不思議なことに、彼女と実際に会話を交わした生徒は少ない。


「やあ、鏡月さん」


 本を手に取るふりをしながら、楔は声をかけた。紗羅は一瞬だけ視線を上げ、すぐに本に戻した。


「……なにかしら?」


 その声は冷たく、短い。それでも楔の笑みは崩れなかった。


「実は、君をスカウトしたいんだ」


 楔の言葉に、紗羅はわずかに眉を動かした。


「は?」


「僕は秘密結社を作ってるんだけど、君に受付になってほしいんだ」


 その言葉に、紗羅は初めて本から目を離した。


「……あなた、焔城くんでしょう?」


「うん、そうだよ」


「秘密結社って……何を言ってるの?」


 紗羅の声には明らかな困惑が混じっていた。しかし楔は意に介した様子もなく、むしろ楽しそうに続ける。


「文字通り、秘密結社だよ。そして君には、その受付になってほしいんだ。君の雰囲気が完璧なんだよね。それに、その名前──鏡月紗羅。これって秘密結社にぴったりじゃない?」


 紗羅は静かに本を閉じ、立ち上がった。


「興味ない」


 冷たい一言を残し、紗羅は閲覧室を後にした。


 楔はその背中を見送りながら、一人呟く。


「やっぱり、秘密結社のリーダーって勧誘を断られるところからがスタートだよね」


 彼の目には失望の色は一切なかった。むしろ新たな挑戦への期待に満ちていた。



 翌朝、焔城楔は学校の正門をくぐりながら、黒い手帳を開いていた。

 ページには昨日の図書館での出来事が、妙に几帳面な文字で記されている。


(紗羅の冷たい態度、完璧だったなぁ。これこそ秘密結社の受付にふさわしいよ)


 周囲の生徒たちが楔の独り言を聞いて首を傾げるが、彼はそんな視線にも気づかない様子で歩き続ける。


 その時、前方の廊下に見覚えのある後ろ姿を見つけた。


「紗羅!」


 楔の声に、紗羅の足が一瞬止まる。振り返った表情には、昨日の不快感が倍増したように浮かんでいた。


「……なぜ下の名前で呼ぶの? あなたとそこまで親しくないわ。不愉快よ」


 その冷たい声に、楔は全く意に介さず笑顔で応える。


「だって、これから一緒に秘密結社を――」


「止めて」

 紗羅の鋭い声が、楔の言葉を切る。

「昨日も言ったでしょう。そんな戯言、興味ないって」


「戯言じゃないよ! 僕は本気で焔城機関(ほむらぎきかん)の受付として――」


「迷惑です」


 紗羅は早足で歩き出そうとする。しかし、楔は彼女の前に回り込んだ。


「ねえ、聞いてよ。秘密結社の受付って、すごく重要な役割なんだ。来訪者が最初に出会う存在として、君の冷たい雰囲気は絶対に必要で――」


 紗羅は立ち止まり、楔をじっと見つめた。その目には明らかな怒りの色が浮かんでいる。


「なぜ、私が関わらなければいけないの?」


「それは――」


 楔が言葉を続けようとした瞬間、紗羅は彼の横をすり抜けるように通り過ぎた。その仕草には無駄がなく、まるで影をかわすかのようだった。


「二度と話しかけないで。次は教師に言いますから」


 その警告を残し、紗羅は早足で去っていく。


 楔の声も空しく、紗羅の姿は曲がり角に消えていった。周囲の生徒たちが、困惑した様子で二人の様子を見ている。


「まだまだ口説き文句が足りないかな」


 楔は首を傾げながら、手帳に何かを書き込んでいた。


 *


 昼休み、楔は校庭の片隅で再び紗羅の姿を見つけた。彼女は一人でベンチに座り、読書に没頭している。


「へえ、ニーチェの『ツァラトゥストラはかく語りき』か」

楔が近づいて言った。


 紗羅は読書を遮られたことへの不快感を露わにせず、ただ黙って読み続ける。


「でもそれって結局、超人思想を説きながら、同時にその超人になることの矛盾も示唆してるよね。『神は死んだ』と宣言しつつ、新たな神を求めてしまう人間のさがみたいな」


 紗羅の指先が、わずかに止まる。


「……貴方が何を言いたいのかわからないわ」


「だって、秘密結社ってそういうものじゃない? 特別な存在でありたいと願いながら、結局は誰かとつながりたがる。矛盾してるけど、それがカッコいいと思うんだ」


 紗羅は静かに本を閉じた。

「また貴方の戯言?」


「戯言じゃないよ。だからこそ、君に受付になってほしいんだ」


「迷惑ね」


 周囲から囁き声が聞こえてきた。


「あれ、鏡月さんと誰か話してる……」

「焔城くんでしょ? あの変わり者」


 紗羅は本を手に取り、立ち上がった。

「邪魔しないで」


「君がそう冷たくすればするほど、僕は君が必要だって確信するよ」


 紗羅は無表情のまま背を向ける。

「これ以上絡まないで。迷惑だから」


 楔は一歩も引かずに声をかけた。

「僕の秘密結社に、君の居場所を用意しておくよ」


 返事はない。紗羅は一瞬の躊躇も見せず、そのまま立ち去った。


 残された楔は、懐から黒い手帳を取り出し、何かを書き込む。その表情には、少しも諦めの色は見えなかった。


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